堕悪と月詠
――帝国暦1921年・秋――
俺が鎮魂師の里の長になって、もうすぐ丸一年が経とうとしていた。
その頃になると、弱体化していた鎮魂師達の質も俺の指揮のもと、戦闘経験を重ねる事により、向上していて、災害級に強い神災以外の神災なら俺無しでも、討伐できるようになっていた。
俺の仕事は、里長の席で鎮座しているだけが多くなり、俺は、とてつもなく退屈になった。
封邪法印の札で封印されていた時の祠の日々に比べれば、ずいぶんとマシだが、最初から何もないのと、あるのに何も与えられない日々では、別の苦しみがある。
神災と戦うのは、心躍る程ではなかったが、退屈な日々の中での数少ない刺激、俺にとっては、楽しみの一つだったかもしれない。
だが、俺が戦った神災の中で俺に敵う者が現れることはなく、はっきり言って、どいつもこいつも雑魚だった。
俺と同じ神災なのに、どいつもこいつも言葉一つ喋れず、慟哭を上げるばかり、身体が黒く燃えていて、理性をまるで持ち合わせちゃいない。
神災憑きになった器(人間)の魂が神災の魂のエネルギー量に耐えきれず、悲鳴を上げ、神災の能力を存分に使いきれていない。
動きがとろいし、鈍い。パワーも一点に集中できていない為、ばらつき、攻撃も防御もお粗末だ。
こんな低級な神災にすら、簡単に勝てない人間とは、なんて脆い生き物なのだろう。
同情するというより、呆れてしまう。
よくも、そんなに弱いままでいられるものだ。
白装束の鎮魂師達は、俺の指導で幾分かマシになったが、一度、自分達の敵わない戦闘レベルの神災に出会うと血相を変えて、俺に頼って来た。
「長!!助けてください!!」
かつて、恐れて封印して、閉じ込めていた神災に対し、よくもそんな情けない顔で頼みごとができるものだ。
神が人を嫌い、見放したのも頷ける。
自分達の都合の良い神しか信仰せず、頼りにならない、害を為すとわかると、悪と見なし、排斥にかかる。
なんて愚かで救いようのない生き物だろうか。
その日も自分達で退治できない神災に出会したようだった。
俺が里長の殿宮から出て、大きな白階段を下りていくと、黒装束の男が縁者の鎖で鎮魂師達にぐるぐると縛られ、捕らえられていた。
俺は、その男を一目見て、「おっ」と声を上げた。
神災なのに、身体が燃えていない。
神災の魂のエネルギー量に器である人間の魂が耐えている。
いや、それどころか、神災の魂を器である人間の魂が食っている?
よく見ると、その男の魂の色は、黒いがまだらになっていて、様々な者の魂が融合し、一つになっているのが、見てとれる。
「テメェが鎮魂師の中で一番強い奴か?テメェの魂も俺が食ってやるぜ」
黒装束姿の黒髪を不清潔に伸ばしきった男は、髪の隙間から野獣のように血走った目を俺に向け、縁者の鎖で霊力を弱らせられているのに、人間の己の肉体のみの力で、四方八方から、縁者の鎖で引っ張る霊媒師達を引きずり、俺に近づき、階段を登って来た。
「ほう。こいつは、レアだな」と俺は、思わず、呟いていた。
ソウルイーター。魂喰らい。こいつには、他者の魂を喰らって、自分の力にする能力がある。
生まれつきの体性か、後天的かはわからんが、こいつは、人間でもなければ、神災でもない。
魂が鬼化している。
人間の鎮魂師如き、幾ら集まっても、力比べでは、相手にならないだろう。
「長!!この者、我らの剣では、魂を封印出来ないのです!!どうか、お助けを!!」
鎖を握ったまま、黒装束の浮浪者のような男に引きづられている鎮魂師の一人が叫ぶ。
俺は、普段、霊力で圧殺する事もできるが、神災を自らの白い魂で作った白い剣で封印していた。
鎮魂師の中には、それを神剣と呼ぶ者もいた。
しかし、俺の手は、その白い神剣には、伸びない。
俺は、
「お前、名は、なんと云う?」
と自らに今にも噛みつきそうな男を目の前にし、訊いた。
「あぁん!?」
と男は、不審そうに眉を寄せたが、
「俺の名は、ダークだ!!」
と大声で応えた。
今度は、俺が不審そうに白銀色の眉を寄せた。
「それは、お前に取り憑いている神災の名だろう?お前自身の名を聞いてるのだ、俺は」
「フン。名なんか身分のある奴らが付けるもんだろう。こちとら、生まれも育ちも孤児よ。俺に取り憑いた悪霊の名が気に入ったんで、俺の名にしてやったのよ」
自らをダークと名乗る黒装束の男は、臭い息を吐きながら、にかっと笑ったが、目は、相変わらず、血走っていた。
「真言で偶然、取り憑いた神災の魂と自らの魂を同一にしたのか?いや、生まれつき莫大な霊力を持ってないと、それもできない。お前、やっぱりレアだな」
「はぁん!?」
ダークは、不機嫌そうに眉を寄せ、俺を睨んだ。
俺は、そのダークの額を左手の人差し指でパチン!と小突いた。
ダークは、それだけで、がくっと全身の力を失い、じゃらじゃらと鎖の音を盛大に鳴らし、俺の前で倒れた。
完全に気を失っている。
「長、この者の魂の封印は?」
「せん!時の祠にぶち込んでおけ。こいつは、レアだから、しばらく、俺の所有物にする」
「はひ?」
里の鎮魂師達は、俺の言っていることが通じなかったのか、しばらく、間抜け面を引っ提げ、呆然としていたが、俺がキリッと睨むと素直に従い、時の祠を掘って、少し広くし、そこに気絶しているダークをぶち込み、俺の時のように柵格子を付け、それに封邪法印の札を貼り、ダークを封印した。
ダークは、俺と同じように飲み食いせずとも、生きられるわけではないらしく、時が経つと共に見る見るうちに、痩せ細っていく。
俺は、せっかく手に入れたレア種をみすみす死なせるのは、もったいなかったので、夜、鎮魂師の里の者が寝付いてから、ハーブチキンの干し肉や果物や水をダークに餌として、与えに行った。
ダークは、俺が見ていると、いくら腹が減っていても、意地でも餌に手をつけないので、俺は、ダークが餌を食べ終わるまで、ダークに背中を向けていなければならなかった。
俺は、その間、ダークの新しい名を考えていた。
しかし、漆黒の髪に暗い瞳の奴には、ダークという名が、不気味な程、しっくりと来る。他に当てはまる名など、存在しないかのように。
俺は、何夜、過ぎても、新しい名が思いつかないので、投げやりに、
「なぁ、お前のダークと云う名。堕ちる悪と書いて、ダークと呼ぶのは、どうだ?」
と訊ねた。
ダークのくちゃりくちゃりと干し肉を噛む音が止まるのを、背中に感じる。
が、止まったのは、一瞬でダークは、また、咀嚼音を立て、俺を無視した。
「堕悪という名を受け入れるなら、特別にお前が俺の名を付けてもいいぞ。俺には、名前がまだ無いからな」
「けっ。名前が無い里長なんて変なの」
時の祠に入ってから、まともに会話しなかったダークが、俺に口をきく。
しかし、その後は、咀嚼音が続くだけ。
俺は、ダークが話に乗りやすいように、
「俺に名を付ければ、真言で俺を支配できるかもしれないぞ。お前に取り憑いた神災のように」
と呼び水を出した。
「支配?」
じゅるりとダークの舌なめずりする音が響く。
「お前は、出来ないみたいだが、俺なら、その封邪法印の札も触れるだけで、解くことができるぞ」
ダークは、ゴクゴクと俺のやった水筒から、水を飲み干し、
「なら、テメェの名は、月詠だよ。いつも、月ばかり見てるからな」
と言った。
俺は、いつもダークに背中を向けているだけで、月を見てるわけではなかったが、なるほど、奴からは、そう見えるらしかった。
「言ったな、堕悪」
くっくっくっと俺は、初めて笑った。
「なんだよ。笑ってねぇで、俺を早く、ここから、出しやがれ!真言でテメェを支配できるんだろうが!!」
「いや、それは、無理だな。俺の付けた堕悪という名を受け入れるなら、と言ったろう?俺たちは、相互契約の真言による名縛りで、互いを殺せなくなっただけだ」
「テメェ、はめやがったな!!なんの為に、そんな事を!!」
「単なる遊びだよ。こんなに上手くいくとは、思わなかったが、アハハ」
俺は、愉快な遊び相手が出来たようで、おかしかった。
それから、しばらくして、帝国から鎮魂師の里に、西の都を襲った狭魔王なる神災を討伐するように、という命が下る。
俺は、鎮魂師達に
「お前らは、着いて来なくていい」
と命令口調で言った。
鎮魂師達は、
「しかし、今回の神災は、今までとは、レベルが違うそうですぞ。どうやら、西の都が炎の海に包まれてるそうで」
と困惑を見せた。
「お前らは、連れて行かないと言っただけだ。今回の任には、堕悪を連れて行く」
「え?あの者を?」
「お前らを百人、連れて行くより堕悪一人を連れて行った方が、よほど役に立つ」
俺は、時の祠に行き、堕悪の封印を解いてやった。
「堕悪、出番だぞ」
堕悪は、怒りと憎悪の込もった眼光を俺に向けた。




