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魂と剣と  作者: 紙緋紅紀
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林檎の行方

――帝国暦2024年 春――

ユミがモモを攫った山賊達を追い、里を出て、一年の時が経過していた。

ユミは、すでにモモを攫った山賊が、有名な鬼頭一家である事を突き止め、彼らのアジトである禿山に乗り込んでいたが、その時には、もう山賊達は、何者かの手によって、皆殺しにされた後だった。

そこには、山賊達に攫われた女性達の遺体も山のように積み上げられあったが、うじが沸き、腐乱の状態が酷く、そこからモモを見つけることは、できなかった。

ユミは、モモが生きているものと信じ、その後もモモの捜索を続けていた。

この一年の生計は、帝国に神災の討伐料を払えない貧しい人々を相手に野良の霊媒師として仕事をし、報酬として食事を分けてもらったり、剣術の才を活かし、用心棒などをし、なんとか餓死しない程度にやりくりしていた。大きな病気を患えば、一発で終わるようなぎりぎりの生活だった。

その日も酒場にユミは、用心棒の仕事はないかと訪れたが、生憎、仕事にはありつけなかった。

「マスター、私の探してる女の情報は、ないのか?」

ユミは、用心棒として、全国の酒場を渡り歩きながら、モモの姿を見た者がいないか、情報収集も行っていた。


「人形みたいに綺麗な女性のことかい?そんな女性、この町にいたら、ただじゃ済まんよ」


「おい、キレイなネェちゃん。こっちで俺らと一杯どうよ」

とナンパ目的の失礼な酔っ払いが、女とは思えないベリーショートの髪型のユミに声をかける。別に女でなくても、いいのかもしれない。



「ほら、言わんこっちゃない」

酒場のマスターは、触らぬ神に祟りなしと店の奥へと引っ込んだ。

ユミは、平気な顔でその酔っ払いに近づいていき、シャルロッテを一杯奢ってもらってから、無言でその場を去ろうとするが、


「おい、本当に一杯で帰るなよ。俺達と仲良くしようぜ」

と片腕を掴まれ、酒臭い悪漢達に囲まれる。

ユミは、その腕を掴んだ酔っ払いの鼻柱を拳の一撃で折った。

瞬間、その酔っ払いの連れ合いの悪漢達が、怒気を荒げた声を出し、辺りに大乱闘の気配が漂う。

ユミは、男達が手を出すより早くに剣を鞘に納めたままの峰打ち捌きで男達の鳩尾みぞおちを打ち、大股を開いた大開脚で姿勢を低くして、男達の反撃の拳を避け、次に鞘を男達のすねに打ち込み、そのまま大開脚の状態で回転し、蹴りで男達に足払いし、転ばせると、アクロバティックな動きで椅子の上に立ち、立ち上がった男達の攻撃を今度は、次々とジャンプでテーブルの上を移動して避け、彼らの脳天を上から鞘でぶち抜く突きを見せ、最終的には、全員、昏倒、気絶させた。

ユミは、酒場のマスターから「もう来ないでくれ」と出禁を言い渡され、店を出る。

酒場を出ると、砂埃の舞う舗装されていない西部劇のような道が広がっている。

一見、寂れきった世紀末な光景だが、その大通りを抜けて、角を折れると、人がどった返す程、賑やかな市場へと出る。

市場と言っても、どの店も屋台小屋のような造りで、ちゃんとした一軒構えしている店はなく、その賑やかさは、花火大会や祭りに近い。

そのような市場が存在するだけでも、ユミの訪れている場所は、帝国の支配地域の中でも都会に近かった。

ユミは、その市場に普段、近寄らないようにしていた。単純にその賑やかな光景を見ると腹が減るからだ。

しかし、その日は、ろくに買い物できる金もないのに、自然とその祭り然とした市場に足が向いていた。

何かを感じる。

霊媒師として。

ユミは、どった返す人混みの中から、自らがこの一年、探し求めていた者の姿を視認する。


「モモ!モモぉーー!!」


他人の空似ではない。確かに、モモだとユミは、確信する。


「モモ!!私だ!!ユミだ!!」

ユミは、しっかりとした声音で叫ぶが、市場の賑やかさにかき消されてか、立ち止まらずにモモの姿は、遠ざかっていく。

ユミは、人混みをかき分け、走ろうとするが、途中、通行人に衝突し、上手く進めず、モモの元へと向かうのが、遅れる。

先程、モモの姿があった場所までユミがようやく、辿り着いた時には、モモの姿は、どこにもなかった。


「幻影?」

ユミは、自らの正気を疑った。一年間、探して見つからなかったモモが、こんななんでもない市場で果たして、見つかるだろうか――?

空腹により、自分は、幻覚を見たのではないか?

ハッ!となってユミは、先程、見えたモモの姿を回想する。彼女は、リンゴを片手に握っていた。

ユミは、すぐ側にある果物屋に駆け寄り、店主の老婆に


「今、人形のように綺麗な美女が、リンゴを一つ買って行かなかったか?」

と訊いた。


「美女ぉ?」

と果物屋の老婆は、眉を寄せ、

「美青年じゃなくて?」

とユミに訊き返す。


ユミは、再び、先程のモモの姿を回想する。

モモと同じ顔をしてはいたが、髪はよく考えてみれば、モモの特徴的な赤茶けた色のウェーブした髪ではなく、漆黒のびっちりとしたストレートでポニーテールだった。

モモならば、自らのあの特徴的な人形のような綺麗な髪を黒染めして、粗雑に一つに結んだりしないはずだ。

恰好もガーリーなファッションではなく、真っ黒の軍服のようなデザインで金襟の金ボタンでパンツルックで、腰には、鞘に納められた剣をぶら下げていた。

確かに、美女というより、美青年に見える。

今、思い返せば。

もしくは、男装の麗人というところか。

口元には、黒いルージュを引いていたような気がする。

さっき、見たあの人物は、モモではないのか。


だったら、あいつは、誰だ?



ユミが見失った軍服のようなデザインの服を着た人物は、軍人ではない。

そもそも、帝国軍人の軍服は、灰色と黄土色の中間の色をしており、漆黒ではない。

金をかけた軍人コスのような恰好の人物は、人気のない廃ビルに入ってゆく。

その廃ビルが何故、人気がないかと言えば、殺人ビルと呼ばれているからだ。

帝国の統治は、法によるものではなく、力によるものである。

帝国の力の及ばない、つまりは、帝国軍人が出歩かない地域においては、未だに山賊のようなものが、幅を利かす。

つまりは、殺人をしても裁かれない地域があり、裁かれない人物もいる。その廃ビルは、そんな殺人者達がたむろする場所だった。

一般人が足を踏み入れれば、決して、生きては帰れないと噂されていたし、実際、生きて帰ってきた一般人は、いなかった。

黒いルージュを引いた口元をにやつかせながら、その廃ビルに入っていった人物は、



「なんだよ。リンゴが食いてえって言うから、ボクがわざわざ買って来てやったのに、寝てんじゃねぇよ」


と言って、リンゴを放り投げた。


リンゴを放り投げた先には、頭蓋骨の山の上に堕悪が寝息を立てて、熟睡していた。

寝床として敷かれている頭蓋骨達は、元は、この廃ビルを根城とする殺人者達だ。

彼ら彼女らは、堕悪の手によって、生首死体となり、その後、一気に細胞に残った生命力を根こそぎ奪われ、白骨化したのだ。

堕悪は、自分に向け、投げられたリンゴを寝たまま、片手でキャッチすると、


「斬骨丸か」

と言って、目覚めた。


堕悪によって、殺された斬骨丸は、堕悪による反魂の術によって、よみがえっていた。

モモの肉体を与えられて。

生き返りはしたものの、斬骨丸は、今は、堕悪の使い魔のようなもので、魂を握られている。

生殺与奪の権利は、常に堕悪の意思一つにあり、決して、逆らえる状態ではないが、斬骨丸は、堕悪に媚びへつらう事はなく、堕悪もそれが気に入り、最初は、自分の力を試す実験目的で、生き返っても、すぐ殺し直すつもりだったものの、今の今まで生かしている。


「起きてたのかよ」


「いや、寝ていた。夢を見ていた」


「神災も夢を見ることが、あるのか?どんな夢を見てたんだよ」


「昔の夢だ。ほんの100年以上前のな」

堕悪は、そう言って、むしゃりと林檎を頬張る。


「リンゴついでに調べてきたけど、例の剣、霊媒師の里にあるらしいぜ」


「そうか。あの里か」

堕悪は、追憶に思いを馳せる。

シロキヒカリノミコト、月詠と過ごした日々に――。

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