雨の中の反魂
―帝国暦2023年 雨季―
豪雨が襲う禿山のアジトの軒下で山賊達は、花札賭博に興じていた。
そこに全身に黒布を巻いた金髪の男がやって来る。
無言で気配もなく、突然、目の前に現れたずぶ濡れの金髪に金色の瞳の男に山賊達は、賭け事をしている手を止め、異様なものを見る目を遠慮なく向ける。男の持つ雰囲気にすでに鉈を手に持つ者も少なくない。
「お前、何者だ? ここが、俺ら鬼頭一家の根城とわかって来たのか?」
警戒心剥き出しの野性的な眼光で山賊・鬼頭一家をまとめる頭が黒布をぐるぐると纏った金髪男に訊ねる。
男は、開口一番に
「お前らの持っている衣服と武器をよこせ」
と山賊達に囲まれながら、答えた。
そのまるで返答になってない返答に周りの山賊達は、猿のようなゲラ笑いをどっと沸き起こさせる。
「こいつ、何、言ってやがんのぉーっ!?」
「よく見ろよ。こいつ、布一枚の下は、全裸だぜ!?」
「アタマ、沸いてんだろ!!」
そうバカにされても、意に返さず、黒布金髪の男は、
「武器はできれば、剣がいい。切れ味は悪くてもいいから、ちょっとやそっとじゃ壊れない丈夫なやつを2本くれ」
と山賊達に要求した。
「こいつ、マジで言ってやがんのか!?」
「俺達をナメてんのか!!テメェ!!」
気性が荒く、何よりナメられることを嫌う山賊達は、一斉に黒布を纏った金髪男に詰め寄る。
「待て!様子がおかしい!!」
と山賊の頭がそう命じた時には、もう遅かった。
金髪の男は、素早くまだ鞘から刀を抜いていない山賊二人から刀を2本引き抜き、奪うと周りを取り囲んでいる山賊達の腕をまな板に乗った魚を包丁で叩くような乱暴さでみじん切りにした。
一瞬の出来事でそれに対応できた者は、いなかった。
「うぎゃああ!!」と白目を剥き、百戦錬磨の山賊の何人かは、そのままショック死した。
生き残った何人かも、いきなり腕が消えるように無くなり、噴き出す血を止められないので、わけもわからず、のたうち回って絶命した。
その場で唯一、生き残った山賊の頭は、まだアジトの中に控えている残りの手下を呼び出そうとしたが、その時には、すでに金髪の男に斬りかかられていた。
が、男の握る刀の刃は、山賊の頭の皮膚を通過することは、なかった。
山賊の頭は、服の下に鎖帷子を着ていたのだ。
「お前、いいもん着てるな」
金髪の男は、悪趣味な笑みを浮かべると、刀を手元から離し、山賊の頭から鎖帷子を剥ぎ取るのではなく、鎖帷子から山賊の頭の頭部を掴み、力任せに剥ぎ取り、引きちぎった。
そして、首無し死体から血だらけの服とズボンと鎖帷子を脱がし、着て、自分のものとした。
地面に刺していた刀2本を拾い上げ、悠々とした足取りでまだ外で何が起きたか知らないアジトの中の山賊達を殺しに行く。山賊達は、それから30分も経たずに皆殺しにされた。
血がべっとりと付いた顔面と2本の刀を外に出て、雨で拭う金髪の男。
「ん?」
気づけば、目の前には、来る時には、気づかなかったが、裸体の女達が山のように積み上げられ、雨の中、放置されていた。
皆、各里や村々で山賊達に攫われ、肉体的にも精神的にも傷物にされた女達だった。
その女達のほとんどは、息絶えている。皆、山賊達に生ゴミのようにやり捨てられたのだ。
その中で一際、人形のように輝く美しい女の裸体があった。
それは、霊媒師の民たちの里から山賊達に攫われたモモだった。モモの瞳にすでに生気はなく、何も映ってないようだったが、金髪の男は、しゃがんでモモの乳房を掴み、
「心臓は、まだ動いているな」と言った。
「が、魂は、すでにここにない」とも言った。
金髪の男は、しばらく、モモの裸体を見惚れているかのように、眺めた。
が、そこにヒュンヒュンと音を立て、斧が飛んで来る。
後ろから飛んで来たそれを金髪の男は、首を振るだけで、避けた。
「ひゅう。あんた、本当にやるねぇ」
金髪の男が振り向くとそこには、まだ10歳にもなっていないような少年が立っていた。
「山賊供の生き残りか?」
と男は、訊いた。
「違うよ。ボクは、山賊狩りさ」
と少年は、答えた。
「山賊狩り?なんだ?それは?」
「山賊達から剣や宝を奪って、生計を立ててるのさ」
「お前のような子供がか?」
「皆、それで油断するから、ボクの仕事は、割と楽勝さ。今の時代、子供でも、盗みや殺人をしても、当たり前なのに、皆、信じられないって、顔をして死んでいく。大人って、バカだね」
「どうして、姿を現した?俺が去るまで、姿を隠して、やり過ごせば、山賊達の宝は、お前のものになったはずだ。俺が宝を持っていくと思ったのか?悪いが、俺は宝に興味はない」
「あいつらが、寝静まった頃にボクが皆殺しにしてやろうと思ってたのを、あんたに横取りされたからさ。つい、腹が立ってね。それに今のあんたなら、ボクでも殺せそうだ。雨で剣に付いた血をまだ拭いきれていない。それじゃ、人は、斬れないよ」
フフッと笑って、少年は、自らに不釣り合いな長さの剣を構えた。
「なるほど。山賊狩りで快楽殺人者でもあるわけか」
立って、少年と正面から対峙し、2本の血のまとわりついた刀を構える金髪の男は、
「俺の名は、堕悪」と名乗り、
「小僧、お前の名は?」と訊いた。
「名は、ない」と少年は、答えた。
「そうか、昔の俺と一緒だな」と堕悪は、言い、
「良かったら、俺が付けてやろうか」と笑いかける。
「断る。ボクの名前は、ボクが付ける。斬骨丸。この刀の名だ。今日から、これをボクの名前にする」
「斬骨丸。なかなかいい名だ」
そう言うと堕悪は、正面から斬骨丸に向かって、走り込んでいく。2本の刀をX字に構えた力任せの突進だ。
斬骨丸は、それを刀を一本一本巻き込むように捌いて、堕悪のがら空きになった正中線に向け、自らの剣を重力の力も加えて、振り下ろした。
思った通りだ。こいつ、パワーとスピードは、常人離れしているが、剣術は素人だ。この勝負、ボクの勝ち!!
と斬骨丸は、勝利を確信したが、次の瞬間、彼が予想だにしていなかった事態が起こる。
剣で確かに叩き割った堕悪の頭部が赤く輝くマグマに変わり、斬骨丸の刀を溶かしたのだ。
頭部のない堕悪の身体が動き出し、2本の刀で斬骨丸を串刺しにする。
そこで、マグマから堕悪の顔がにんまりとした笑顔で再生し、出現する。
「テメ……!!神災だったのか!?そんなの反則だろ……」
斬骨丸は、血反吐を吐いて、前のめりに倒れ、動かなくなる。
「さぁ、斬骨丸。お前の肉体は、もうすぐ死ぬが、ここにちょうどいい魂の抜けた女の肉体がある。俺は、復活したばかりで自分の力が、どの程度まで戻ってるのか、試したい。勘のいいお前なら、俺が何を言ってるのか、わかるだろ?」
斬骨丸は、堕悪と悪魔の契約を交わした。