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魂と剣と  作者: 紙緋紅紀
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ユミ 怒りの旅立ち

草一本生えてない荒野を砂埃をあげながら、一台の車が疾走する。

薄い水色の塗装がところどころ剥げたバンパーやいろんなところがへこんだ前時代のガソリン車を改造したおんぼろ車。

その前に立ちはだかる一人の巨躯の男。

黒い肌に白装束の上からもわかるたくましい肉体を持ち、僧兵膳とした頭巾や篭手や具足を着けたその姿は、かの源義経の忠臣で立ったまま死んだ事で有名な伝説の怪僧・武蔵坊弁慶を思わせる。

その身長がゆうに2メートルはあるであろう男は、バランスボール程の大きさの鉄球を持っている。

鉄球は、ヘリコプターを固定できそうな太さの鎖と繋がっていて、その鎖を両手で持って回すことにより、大男は、巨大な鉄球をも回し、勢いをつけて、前へと飛ばした。

正面から対峙していた車は、そのまま、スピードを緩めず、巨大な鉄球と衝突した。

強制的な急ブレーキが起こり、疾走していた車は、ブスブスとした音と共に煙をあげ、武蔵坊弁慶のような大男の前で止まった。

車から黒い炎に包まれた4人の男たちが出てくる。

車が故障し、引火した炎ではない。

車から出てきた4人の男たちは、いずれも神災憑きなのだ。

神災が魂に取り憑き、人間の肉体が神災のエネルギーに耐えきれず、燃えているのだ。

神災に取り憑かれた人間のほとんどは、このように黒い炎をあげ、まとっている。

だが、燃え尽きることもなく、死ぬこともない。

霊媒師が剣に神災の魂を封印しない限りは。

黒い炎をあげ、車から四方にばらけた神災たちを霊媒師達がフォーメーションを作り、一人ずつ取り囲んで、霊力で動きを止め、剣で神災の攻撃手段である四肢を切り落とし、弱ったところで剣の中へと魂を封印していく。

が、四匹のうち強い神災の個体が一匹いて、周りを取り囲む霊媒師達の霊力を振り切り、動きを止めず、一人の霊媒師へと大口を開け、襲いかかった。

黒い炎に包まれた腕が、動揺した霊媒師の構える剣を振り落とす。

その丸腰になり、窮地に立たされた霊媒師は、ゴンゾーだった。


「ひっ!」


神災討伐隊に入隊して15年、ゴンゾーは、死を覚悟した。神災一匹に対して、かならず、4人以上で四方を取り囲み、戦う神災討伐隊。それでも、年に一人は、必ず、死亡者が出る。多い年には、月に一人ないし二人は、死ぬ。人一倍警戒心が強く、悪く言えば、臆病なおかげで今まで生きてこれたが、ついに自分の番が来てしまったか、とゴンゾーは、思った。

思い、肝を冷やした瞬間、車のボンネットを駆け抜け、跳躍したユミの頭上からの剣の一閃を神災は、浴びた。

ユミの魂、霊力の込められたその一閃は、神災の黒い炎を一瞬でかき消した。



「しっかりしてくださいよぉ、先輩」



神災は、すでに沈黙して倒れ、もの言わぬむくろと化している。魂は、もうユミの剣に封印された後だ。

ゴンゾーは、へっぴり腰になりながら、



「あ……ありがとよ」



と言うのが、精一杯だった。

神災討伐隊総勢26名は、一人も欠けることなく、霊媒師の里に帰還した。

が、彼ら彼女ら神災討伐隊が帰還したその時には、里にいた霊媒師の民たちの三分の一が、すでに虐殺されていた。

里の出入り口の門は、壊され、駐在していた帝国軍人も皆殺しにされていた。

神災討伐隊の留守を狙って、山賊供が襲撃をかけ、里の金目のものと若い女を根こそぎ奪い、それに抵抗した者を全て殺し、すでに去った後だった。

通常、神災を退治してくれる霊媒師の民たちの里を襲おうなどとは、誰も思わない。しかし、その通常は、思いもしない事を平気でやってのけるのが、彼ら、山賊、悪なのだ。

この事態に半狂乱になったのは、ユミだった。



「長! モモがいない! モモの姿がどこにも、ないんだ!!」



胸ぐらを掴んできたユミに沈痛の目を向ける里長。



「山賊達に攫われたので、間違いなかろう」



「なら、早く取り戻しにいかないと!!」



「それは、ならん」



「どうして!?」



「我々は、神災討伐以外で里の外に出る事を許可されていない。山賊退治は、我々の役割ではない。山賊の追跡、掃討は、帝国に任せるのだ」



「はぁ!? 何、言ってんだ!? 帝国の軍人なら全員、死んでるじゃねぇか!!」



「ここにいる軍人は、な。帝国本国には、万を超える軍人がいる。我々は、それに従わねばならない」



「じゃあ、その軍人さんは、いつ、モモを助けに行ってくれんだよ!!今すぐ助けにいかなきゃ、モモが山賊達に何されるか、わからねぇじゃねぇか!!」



「それは、そうだが、我々にできるのは、ここで帝国の軍人の到着を待つことだけだ。それと、まずは、被害の正確な状況把握を」



「ふざけんなっ!!」

ついにユミは、ソードホルスターから剣を抜き、里長に向けた。



「わたしは、誰がなんと言おうと、山賊達を追う!止めると言うなら、誰だろうが、斬る!!」



「ユミ、辛いのは、お前だけではない。皆、娘や妻を失っているのだ。山賊供を止めようとした息子や兄弟や親もだ。皆、辛いのに、里の事を思って、我慢しておるのだぞ。帝国に逆らえば、我らに未来は、無いから」

里長は、刃を向けられても、一向に怯まなかった。ユミにまっすぐに視線を向ける。

ユミは、歯噛みして、剣を強く握る。怒りで剣を持つ手がぶるぶると震え、視界がぎゅっと狭くなっていく。

そこに武蔵坊弁慶のような男がぬぅっと出てきて、里長とユミの間に割って入る。



「ユミ、オサニカタナ、ムケル、ソレ、チガウ」



カタコトで喋るこの男、名をゴウリキと云い、霊力を一切、持たぬのに唯一、神災討伐隊に入った男。ゴウリキのその名の通り、とんでもない馬鹿力で巨大な鉄球を振り回し、神災を剣に封印する事なく、神災の宿主の肉体自体をぺしゃんこの肉塊になるまで押し潰し、神災を退治する力技の持ち主である。霊力もなく、剣術も心得ていないにも関わらず、次期里長の呼び声も高い。

里長とユミの間に入って、仲裁できるとしたら、この男しかいないと神災討伐隊の皆は、期待した。



「うるさい!!」



ダンッ!!



ユミは、そのゴウリキを剣の突きで地面へとのしてしまう。

霊媒師の民の里の剣術三大流派 三の太刀の奥義 三段突きである。

一呼吸のうちに三つの突きを一つの突きに見える速さで連続で繰り出す新選組の沖田総司が得意としたと云われる剣術の絶技。

それをユミは、ゴウリキの喉仏に向かって、躊躇なく、放った。

白装束の下に鎖帷子くさりかたびらを着け、首まで覆っているゴウリキでなければ、絶命していたのは、間違いない。

その容赦ないユミの行動に神災討伐隊の隊員達は、自然と手が鞘へと伸び、構えていた。

その様子を見て、里長は、



「やめい!!」と高らかに一言。



「ユミ、行きたければ、行くがよい。止めはせぬ」



態度を一変させた里長にユミは、怪訝な目を向け、剣の構えを解かない。

それを見て、里長は、



「仮にここで我らがヌシを止めようと抵抗すれば、我らは、間違いなく、深手を負うことになるだろう。ただでさえ、少ない手勢の我ら、神災討伐隊がそんな事になれば、この里は終わり、神災を止められる者がいなくなってしまう。それだけは、避けねばならぬ。ヌシの勝ちじゃ、ユミ。どこへでも行くがよい」



それを聞いて、ユミは、剣をソードホルスターにようやく納める。そうして、その場から去ろうと里の出口の門へと歩みを進めようとした。

そこで、里長は、



「ただし!!」と声を張り上げる。



「ユミ、ヌシは、我ら全員を打ち倒し、反逆したので、破門したと帝国には報告する!!それ故、今後、一切の里への出入りを禁ずる!!よいな!!」



ユミは、こくっと頷き、歩みを進める。帰る場所がなくなった事より、モモを助けに行く事の方が重要だった。

自分を背にしたユミに今度は、里長は、



「待て!!」



と言い、自らの剣を鞘に納まった状態でユミへと投げた。

さやからつばからつかまで純白な白さを持つその剣を受け取るユミ。



「それをヌシに授ける」と里長。



ゴンゾーは、血相を変え、

「長! それは、月詠様の魂が封印された剣じゃ!?」

と叫ぶ。



「その通り。代々、この里の長が、その剣の所有を引き継ぐことになっておる。つまり、霊媒師の中で一番、強い者が、だ。わしの次に長を引き継ぐのは、間違いなく、ユミ、ヌシじゃったろう。故にヌシに月詠様を託す」



そうどこか満足そうに言う里長に、ゴンゾーは、



「そんな無茶苦茶な……っ!!」

と呆れかえる。

里長に



「先程の三段突き、見事であったぞ」



と言われても、ユミは、なんの感慨も受けず、ただ武器が増えたぐらいにしか思わなかった。

これから山賊をたくさん斬るのだ。剣一本では、すぐに血で斬れなくなる。二本あるのに、越したことは、なかった。

ユミは、一気に全力で里の外へと駆け出した。

怒りで頭が沸騰していて、疲れは、一切、感じずに走り続けた。

しかし、その日は、モモは見つからず、山賊の痕跡すら、まともに追えなかった。

ユミは、外の世界を知らなすぎたのである。

そうして、ユミは、モモを見つけられぬまま、怒りの旅立ちから一年の時を無駄にしてしまうのである。

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