月詠の再来 ユミ
帝国暦2023年四月のある日――、標高3000メートルの山の頂近くにある鎮魂師の民達の里で、就任式が行われ、また、新たな鎮魂師・神災討伐隊員が誕生した。
この年の神災討伐隊員候補生の中から晴れて、神災討伐隊に入隊できたのは、たった一人――。
人の形をしていながら、人ならざる者の強力な力を持つ神災と剣で戦い、その剣の中に神災の魂を封印するには、高い剣術の技を持つと同時に霊力も人並み外れたものを持っていなければならない。
年々、鎮魂師の民達の里の出生率が落ち込んでいく中、神災との戦いに耐えうる剣技と霊力を保持すると、鎮魂師の民達の長が判断し、神災討伐隊への入隊を許可した新入り隊員は、17歳の少女であった。
名をユミと云う。
ユミは、5歳の頃から里で剣術を習い始めたいわゆる神童で、鎮魂師の民の里の三大剣術流派、一の太刀、二の太刀、三の太刀で全て、免許皆伝を収めており、霊力も生まれつき、桁外れだった為、クロキカタマリノミコトである堕悪の魂を封印する為に自らの魂も封印したシロキヒカリノミコトである月詠の再来と呼ばれていた。
その剣術、霊力は、すでに里の長になっていいレベル。彼女に足りないのは、残すところ、実戦経験のみであった。
彼女一人の為に行われた神災討伐隊就任式を聖杯の酒坏と剣の誓いを立て、終えたユミは、神災討伐隊の制服である白装束から黒と茶系統で統一した帝国民が着るような長袖シャツと長ズボンに着替え、駆け足で里に一本だけ生えてある樹齢千年を超える桜の大樹の下へと向かった。
桜の大樹の下には、すでに天女と見紛うばかりの神秘的な美しさを持つ女性がちょこんと貴族令嬢が着るようなひらひらの淡いピンクのドレス姿で座って、待っていた。
ウェーブしている、しかし、清潔感のある長髪を桜の花びらが舞うそよ風に揺らし、彼女は、ユミを視認すると上品な顔立ちを喜色満面にして、我が子の帰りを待っていた母のような微笑みを浮かべた。
その微笑みに胸の鼓動を高鳴らせ、ユミは、
「モモ!!」
と彼女の名を呼び駆け寄った。
そして、そのまま、滑るように地面に膝をつき、モモに抱きついた。
月桂樹の似合いそうな汚れのない聖女のようなモモは、その勢いに押し倒され、
「もう、ユミったら」
と微笑んだ。
二人は、同い年の幼馴染みで、胎児の頃から家が隣同士だ。互いに里の中で一番、心を開き、通わす仲と言っていい。
モモは、しばらく、くすぐり合いのようなじゃれ合いをユミと行った後、
「はい、これ、就任式のお祝い」
とユミに弁当箱を渡した。
ユミは、二段お重になったそのお弁当箱を「わーっ、ありがとう!」と言って、開けると男のような箸運びでばくばくと勢いよく、口に和食膳としたおかずやご飯を放り込んでいく。
「うまっ、うまっ、モモは、本当に良いお嫁さんになるだろうなー」
食べながら言うユミにモモは、微妙な表情の綻びを見せる。
それに視線を合わせず、ユミは、言う。
「なぁ、本当にあの男と結婚するのか?」と――。
「仕方ないよ。親同士が決めたことだから……」と答えるモモ。
「わたしは、ずっとモモがわたしのお嫁さんになってくれるもんだと思ってた」
「わたしだって、ユミがわたしの旦那さんになるんだと思ってた」
ユミとモモは、しばらく無言になって、太陽の光が差し込む遠い灰色の山なみを見つめた。
ふいにユミが言う。
「どうして、女と女同士で結婚できないんだろうか」
モモは、答えない。
ユミは、座ったまま、自分の太ももを強く叩く。
「わたしは、自分の身体が憎い。どうして、わたしは、男に生まれてこなかったんだろう」
モモは、ユミの左腕に抱きつく。
「わたしは、ずっとユミのことを男だと思っているよ」
ユミは、首をモモの側に傾け、少しの間、考え込む。
そして、
「モモ、わたしと一緒に外の世界に出よう。二人で駆け落ちするんだ。里の連中のいない何処か遠くで二人きりで暮らそう」
と提案する。
「無理だよ。わたし達、外の世界の事を何も知らない。二人きりでなんて生きてけないよ」
鎮魂師の民たちは、もう100年以上前から帝国に神災討伐の任務以外で里の外に出る事を禁止されている。里の外につながる出入り口には、門番、守衛と称して帝国軍人が駐在し、里の者たちを監視している。
里から無断で出ようとする者あらば、軍人たちは、容赦なく、その里の者を科学の力である銃で射殺する。
鎮魂師は、神災には勝てても、銃には勝てない。
逆に帝国軍人は、銃で鎮魂師に勝てても、神災には勝てない。
神災>軍人 軍人>霊媒師 霊媒師>神災
という微妙な三すくみの関係で、この世界のバランスは、保たれているのである。
「それにユミには、人類の為に神災を倒すという大事な使命があるじゃない。里からは、離れられないよ」
ユミの耳に静かに響くモモの声には、どこか諦めに似た虚しさが込もっていた。
けれど、それで挫けることなく、ユミは、また思いついたようで、
「決めた。わたし、この里の長になる」
と言い出す。
「わたしが長になって、この里のルールを変えてやる。今は、人類が深刻な少子化だから無いが、昔は、同性婚というものがあって、女同士でも結婚できたらしい。わたしが長になって、その同性婚を採用して、女同士でも結婚できるようにするよ!モモ!あと10年、待ってくれ!10年後、わたしが長として、お前の夫を離婚させ、わたしが新たなモモの夫になってみせる!」
「暴君じゃん」とモモは、小さく笑う。
そして、
「ユミらしい。楽しみに待ってるね」
とユミを見つめた。
ユミは、モモを押し倒し、桜の木の下で熱い口づけを何度も何度も交わした。
ユミの神災討伐初任務の日、ユミは、白装束に着替えず、黒と茶系統の身体のラインがはっきりとわかる長袖にパンツルックでベルトに繋がった自作のソードホルスターに剣を納めた姿で、里の正門前で出陣の列に並んだ。
「なんだ、その格好は!ちゃんと白装束を着てこんか!白装束を!」
と先輩神災討伐隊員のゴンゾーに唾を飛ばされながら、叱られるユミ。
「この恰好の方が戦いやすいんすっよ」
「何を生意気な!あくまで着替えてこん気か!貴様!」
ユミに掴みかかりそうなゴンゾーに、
「よいよい」と言って、里長が止めに入る。
「恰好など、互いに味方だとわかり、戦いの邪魔にならぬなら、なんでもよいわ」
「長!月詠様の再来って呼ばれてるからって、ユミを甘やかせすぎちゃいかんですぜ!」
「最初から丸い奴は、大成せん。これくらいのはね返りじゃなきゃ、神災討伐なんてつとまらんわ。頼もしい新人じゃないか」
ほっほっほっと笑って、里長は、ゴンゾーをなだめた。
ユミは、それにたいして関心を持たず、見送りに来たモモに手を振る。
「ユミーっ!!頑張ってねーっ!!」
「おう!任せろやい!」
拳を高々と上げて、門を出ていき、意気揚々と神災討伐に出陣したユミは、この後、悲劇が待ってるとは、露ほどにも感じていなかった。
未来は、明るいものだと信じていた。




