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第9話「後悔に手を当てる」

エレキはゆっくりと目を開けた。体の所々が痛くて、動けなくて、熱い。

「エレキ!」

「・・・トウマさん」

「良かったぁ・・・」

エレキは全然理解出来なかった。確かに爆発に巻き込まれた。それから何も分からない。

「お前さん、気を、しっかり」

「クエンさん?・・・えっと」

理解出来たのは、クエンの瞳が点灯しているということ。それで状況は分かった。

「・・・クエェ」

疲れ果てたように、2羽の孔雀が座り込んだ。ソウハは思わずその背中を優しく支えた。

「すごい、ですね。そんなすぐに、出来るように、なるなんて」

「すごかない。すごいのはお前さんだ。相当な歳月をかけて会得したんだろ」

「はい・・・2年ほど」

「そうか・・・」

時が流れていく。少し休憩した孔雀2羽がまた電気治療魔法(サンダーヒール)を始めて、少しずつ、少しずつ、エレキの体が癒えていく。エレキの頭に過ったのは、カイリとリドウ。でも大体分かっていた。2人を助けられる人は、居ない。だから、自然と涙が溢れてきた。

「エレキ大丈夫か?」

「僕の、せいです。リドウさん達を、死に追いやって、しまいました」

「お前のせいじゃないって!悪いのは山賊だ」

1人と2羽がかりで、何十分もかけて、やっと1人を治療した。ゆっくり起き上がったエレキ。手をグーパーして回復を実感した。

「本当に、ありがとうございました」

「あぁ。まさかお前さんが初めての実践になるとは思わなんだ」

砂利を踏む草履の足音にふと振り返る。

「・・・サイオンさん」

「お前は、命拾いしたのか」

「あの、あの、本当に・・・すみませんでした」

「ふざけるな!」

すぐにでも土下座をしようとした矢先、サイオンはエレキの胸ぐらを掴んで立ち上がらせた。その声で、もう刺し殺されたような気分だった。

「謝られたら惨めだ。あいつらは、護るために戦って死んだんだ!・・・謝るな」

「・・・はい」

手を放したサイオンは素早く背中を向けて歩き出す。

「何人か怪我人がいる。そこで待っていろ」

ガクッと膝を落としたエレキ。自分のせいで、2人が犠牲になってしまった。エレキは溢れる涙を拭う事しか出来なかった。それから町は鎮火され、怪我人の治療も終わった。でもエレキの心は晴れなかった。

孔雀の里に戻って来たエレキ達。毒薬を飲んで倒れた孔雀の経過観察は問題無かった。その孔雀が目を覚ましたのは、翌朝の事だった。エレキは驚愕した。得体の知れない毒薬で、肺炎の影が小さくなっていた。クエンも瞳を点灯させながら感心する。

「毒薬とはまったく、奇妙な魔法と似たり寄ったりだな」

「あの毒薬を薄めたものを、いくつか作って貰いましょう。何日かかけて、ゆっくり毒薬を飲んでいけば、体への負担を減らしながら治せると思います」

「本当か。良かった。ありがとう」

ムラサキへの報告はソウハに任せて、エレキ達は狐寺へ。

「ムラサキから預かった西の薬草」

「ありがとう」

「それから孔雀の薬だけど、効果が出たのは3番だった」

「3番ね」

「実はさ、ムラサキにも毒薬を作って貰って、風邪をこじらせて手遅れの病気になってた孔雀にあげたんだ。そしたら良くなってさ」

「そう、ムラサキの毒薬もすごいわね。今度見に行ってみようかしら」

「ムラサキは何であんなにハルに懐いてるんだ?」

「前に、薬草で作った薬で助けてあげたのよ。その時は蛇だったけど、それから人間になって色々手伝ってくれるようになったの」

「へえー」

「おうお前ら、来てたんか」

眠りから覚めたもみ爺。大あくびしながら茂る薬草の中から姿を現す。

「そうだ聞いたか?剣士共、大勢で山賊に討ち入りするってよ。今頃宿舎で決起集会でもやってんじゃねえかなぁ」

「え!本当ですか」

「2人、やられちまったんだろ?それで弔い合戦ってとこだろうな」

「何で知ってるんですか?」

「もみ爺はいつも夜の内に帝都中の噂を聞いて回ってるのよ」

ハルへの報告が済んだら、次は本堂に行って、孔雀たちが電気治療魔法(サンダーヒール)を覚えようとしてくれてるという報告がある。でもエレキは居ても立ってもいられなかった。

「僕1人でも良かったんですけど」

「よく言うよ。無茶して死にそうになったくせに」

「相手は剣士ですし」

「でも放って置けないから」

こんな時に何やら2人の治療士がやって来たもんだから、整列している剣士達は邪魔者を見るような眼差しを向けてきた。そして直後その眼差しの色は一層鋭くなった。

「お前!どの面下げて来やがった!」

若い剣士の怒号が飛んだ。続けと言わんばかりに数人から「帰れ!」の怒号。そこにサイオンがやって来る。

「何の用だ」

それは、あの件のことを謝りでもしたら殺され兼ねない眼差し。

「討ち入りなんて、反対です!」

「お前が言えた立場か!」

再び若い剣士の怒号。

「あの熊さんが山賊になってしまったのは、目の前で、何の罪も無い弟を、剣士に殺されたからです。あなた達に、熊さんを裁けるんですか?」

「黙れ!そんなこと知らんわ!」

「もうそんなこと言ってる場合じゃない!こっちは2人もやられたんだ!ここで戦わないなら剣士じゃない!」

「そうだ!」

「そんな・・・あなた達は、何の為に戦うんですか!」

「は?何だと」

「リドウさん達は、町を護る為に戦ったんでしょ!あなた達は、恨みで戦うんですか!それが剣士のやることですか!山賊と変わらないじゃないですか!」

「何だと貴様ぁ!」

1人の若い剣士が隊列を崩してやって来た。今にも刀を抜きそうだ。でもそれを制止したのは、サイオンだった。

「お前達!治療士の言う事も一理あると思わないのか?」

「ですが、だったら、山賊は野放しですか!帝都一の剣豪が、そんな弱気でいいんですか!」

エレキは少し驚いた。サイオンは、どうやら討ち入りには反対らしい。でも剣士達の勢いは止まない。あのサイオンが、若い剣士に失望されようとしていた。

「サイオン」

そこに声をかけたのは、縁側に立つエンユウだった。

「山賊ってのは、元々絶やさないといけない輩だって分かってるよな?2人やられようが、やられまいがだ」

「・・・あぁ、それは分かっている。しかし」

「それにだ。治療士のお前さん、お前さんの魔法、孔雀たちが真似たそうじゃないか」

「あ、はい」

「お前さんの魔法は、勝ち狼煙にも等しい。それが出来るやつが増えたとあらば、こちらに利がある。山賊くらい、軽く捻り潰してやろうじゃないか!」

「おおー!」

「という訳だ。治療士の方々、お前さん達は治療士を全うしていればいい。討ち入りは正午だ」

エレキ達は本堂に向かった。報告と、討ち入りを止める良い案は無いかと相談する為に。話を聞けば、ネンは呆れたように失笑した。

「こればかりは仕方ないことだよ。ただでさえ剣士と治療士には溝がある。こうなったら聞き耳なんざ持たないよ」

「・・・そうですか」

「それより、良かったじゃないか。孔雀たちが電気治療魔法(サンダーヒール)を学んでくれた。見方を変えれば、剣士達が無謀な事をしでかしても、売れる恩が増える」

「僕は、恩を売りたい訳じゃ」

「エレキよ、視座を高めよ」

冷静沈着という言葉を全身で表したようなカナデに、エレキは気が引き締まる。

「大抵の剣士は、治療士を信用していない。それが現実だ。何故なら、おまじない程度の魔法と薬草の知識しかないからだ。今治療士に必要なのは、威厳だ。それも実のある威厳だ。力のある者は、言葉だけでは心を開かない。威厳とはつまり、力を示せる行動の事を言う」

エレキはハッとした。そして反省した。言葉だけでは、届かない。剣士にも、山賊にも。

「お主の使命は、何だ」

「使命・・・。今は、一刻も早く、電気治療魔法(サンダーヒール)を、広めることです」

「うむ。この帝都だけではない。書に書き止め、数多の町に届けることもだな」

「はい!ありがとうございます!とにかく、もっと孔雀さん達と親睦を深めます」

「うむ」

「しかしだ、悠長な事も言ってられないね」

気が付けばまたチョロチョロとネンは歩み寄って来ていた。

「今すべきなのは、無謀な剣士達にエレキの威厳を見せることだよ」

「そうですね」

色んなものが繋がっている。エレキはそう再認識した。分かってるつもりだった。でも実際は、ただ自分勝手に正論をぶつけていただけなのかも知れない。治療士を全うしろというエンユウの言葉も、カナデの言葉も、行きつくところは同じなんだ。

「なぁカナデ。オレでも雷属の魔法使えるのかな?」

「得手不得手の問題だ。出来ないという事は無いだろう。お前も、エレキにしっかりとついて回って学べばいい」

「あぁ」

本堂の境内で売っている干し肉を片手に、エレキとトウマはそこら辺の丸太ベンチに座った。

「おまじないの魔法って、どういう意識で操るんですか?」

「そうだなぁ。書物に書いてあるのは、内なる気の流れを見極め、念と共に放つって。でも言うに易しでさ。出来るようになるまで100日かかったよ」

「そうなんですね。でも、おまじないとは別に、元々妖怪の方達は自然を操る魔法を使うんですよね?」

「んー。あれは魔法というか、借り物というか、魔法だと思ってやってる訳じゃないんだよな」

「実は、未来ではおまじないの魔法が発展して、自然のものを操ることが出来るようになってるんです」

「え?」

「つまり電気治療魔法(サンダーヒール)は、そのおまじないの1000年後の姿というか」

「そうだったんだ。ってそれもっと早く言ってよ」

エレキとトウマが笑っているところに、1羽の孔雀がやってきた。バサバサと翼をはためかせる音に2人はふと顔を向ける。その孔雀は、翼と尻尾以外は人間の姿をしている中学生くらいの女の子だった。きれいに着地してやってくると、孔雀の女の子は静かにお辞儀した。

「今日から、エレキさんのお世話をします、サクラです」

「・・・・・え?」

「こんな子、里には居なかったけど」

「ついさっき、人間になる術を使いました」

「そうか、でも、何で急に?」

「父から、エレキさんについて回って魔法を覚えなさいと言われまして」

「あーそうなんだ。オレはトウマ、よろしくな」

するとサクラはお行儀よくまたお辞儀。

「そうだエレキ、孔雀たちにも何人か来て貰おうよ。剣士達の治療、さすがにエレキ1人だけじゃ手が足りないんじゃないか?」

「そうですね」

それからサイオンに、待機場所を決めて貰った。と言ってもそこは蛇寺の町にある、ただの広い空き地。サクラに孔雀を数羽連れてきて貰い、タキル、ソウハにも手伝って貰って、簡素な治療場として整備した。準備は整った。正午まであともう少し。エレキは緊張しながら、覚悟した。これが自分の戦いだと。

そして討ち入りが始まった。治療場を通り過ぎて町を出ていく剣士達は皆、覇気に満ちていた。こういう大きな世の中の流れを、どうこうしようと思っていたことが、思い上がりだった。剣士の行進は壮観とも言えるほどだった。しかしその壮観さはあっけなかった。

「もう少しだぞ!死ぬなよ!」

担ぎ込まれた剣士がドサッと寝かされた。剣士は血まみれだった。

「すぐに治します!頑張って!」

所見は、全身の火傷と裂傷。打撲のような傷は多くない。診ている内からまた剣士がドサッと倒れこむ。エレキと言えど、治療は1人ずつしか行えない。ふと目をやると、サクラの電気治療魔法(サンダーヒール)は大学2年生レベルだった。昨日今日でそこまで出来るのは、本物の天才だ。でも感心してる場合じゃない。エレキとサクラ、3羽の孔雀では、手が足りなかった。

「皆さん!全てを治す必要はありません。命に関わる傷だけを治したら、すぐ次に移って下さい!」

何があったかは知らない。ただ、剣士達の大敗北という事は分かった。そんな時にサイオンが若い剣士を担いでやって来た。若い剣士は右腕を失っていて、寝かされた時にはもう死んでいた。黙って首を横に振るエレキ。サイオンとエンユウは軽傷だった。死傷者は全て、未熟な剣士達だった。当然だが、若い剣士ほど重症だった。治療を終えた剣士達には、すすり泣く者も居た。サイオンですら怒れない。心が粉砕されていた。

「サイオンさん、何があったんですか」

「・・・俺の責任だ」

「え・・・」

そんな時にエンユウがやって来る。するとサイオンは猛獣が獲物に噛み付くような素早さで掴みかかった。

「俺は弱気だったんじゃない!敵を見極めようとした!だから時期尚早だと言ったんだ!」

まるで合気道の選手のように強く素早く、エンユウはサイオンの腕を振り払う。殺し合うんじゃないかという、最悪の雰囲気だった。それでも責任の重さを聡明に理解しているように、エンユウは険しい顔で黙って去っていった。

「随分と強い山賊が居たんだな」

ボソッとソウハが呟く。

「・・・トキヤマという男だ。山賊の長であり、龍の子孫と言われている」

「とんでもない悪人なのか」

「遠い町から来たらしく、名前以外の事は分からん」

「トキヤマ・・・」

「知っているのか?」

サイオンの問いに、エレキは首を横に振った。でも嘘だった。エレキには見当がついていた。歴史の教科書に載っている人物。”世の中の在り方を変えた英雄”という大昔の剣士、時山ジュウガイ。

「俺が、しっかりとエンユウを説得していれば、こんなことにはならなかった」

「ここか」

そんな時にやって来たのはクラマとマツキだった。総師範の登場でも、剣士達の士気は1ミリも変わらない。サッと小さくお辞儀するサイオン。

「申し訳御座いません。俺が居ながら不甲斐なく、若い剣士達を無駄死ににさせてしまい」

「お前の責任感の聡明さは分かっておる。だが自惚れるな。エンユウが未熟だっただけだ」

言葉を無くして肩を落とすサイオンの姿を初めて見た。そうエレキは一先ず治療を再開させる。

「エレキよ、そして孔雀の方々、本当にご苦労をかけた」

「いえ、僕は治療士を全うしているだけです」

そうエレキが微笑めば、マツキも小さく頷いた。治療を続ける中、エレキは自分の中で少し納得した。1000年後に、剣士はいない。剣士という職業が衰退した理由を何となく肌で感じていた。1人の治療を終えてふと、エレキはマツキに歩み寄る。

「その、実は、討ち入りが決行されたのは僕のせいでもありまして」

「その話はするな」

すかさず小刀で刺すように口を開いたサイオン。覇気は抑え目だが、エレキは言葉を失った。そしてそんな2人を前に、マツキは深く頷いた。

「例えそうだとして、誰もお主を責められまい。誰しも、目の前の事しか見えなくなる時はある。お主らも、エンユウもだ。死んでしまっては元も子もないが、人は後悔を踏みしめる事で心を強くするものだと、私は思う」

「エレキ、そっち頼む」

クラマが連れてきた治療途中の剣士の治療を始めたエレキ。戦いは終わったし、もうトリアージは必要ない。あとは全員を治すだけ。心に付ける魔法は無い。でもエレキは、マツキの言葉で少し心が軽くなったのを実感していた。魔法は無くても、手当ては出来る。

サイオンはふとエレキを見ていた。どこから来たかも分からない者だが、仲間に囲まれ、妖怪とも手を取り合っている。しかし剣士はどうだ。もっと気を引き締めなければ。エレキ達の姿を前にして、より後悔が色濃く感じた。

読んで頂きありがとうございました。

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