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青天のエレキ  作者: 加藤貴敏


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第8話「悲しみという刃」

孔雀の里。ムラサキに作って貰った毒薬を持ってきたエレキ達。肺炎を患っている孔雀の為にまた薬を貰ってきたが、毒薬と聞けば孔雀の里の長のクエンは急に不安になった。

「でも安心してください。蛇寺のムラサキさんが作った薬なので」

「毒じゃなく毒で作った薬か、聞こえはいいが、手放しで安心は出来ないな」

「けど、これしかないんだろ?だったらオレは飲むよ。せっかく作ってくれたんだ」

肺炎の孔雀がそう言えばクエンもそれ以上は反論しなくなったので、そして孔雀は意を決して毒薬を飲み込んだ。半人でもないただのその孔雀は直後、静かにパタリと倒れこんだ。

「お、おい!そんな・・・」

クエンが慌てる傍で、すかさず瞳を点灯させるエレキ。

「・・・大丈夫です。脈は正常です。気を失っただけみたいですね。それにしても、とても体温が高くなってる」

「体温が?・・・」

「悪い事ではありません。体温上昇は、病気と闘ってるという証拠ですから。でも何が起こるかは分かりませんので、このまま一晩観察してもいいですか?」

「それは勿論だが」

それから5分、10分、特に異常は見られない。一先ずは即効性の劇物ではないことは分かった。ついでにインフルエンザ患者の孔雀も観察してみると、5羽の内、すっかり良くなったように見える者、だるさは特に変わらない者など、少なからず変化は見られた。

「なるほど。今のところ、1番良くなったと感じるのは3番の丸薬ですね」

「さすがハルさんだなぁ」

「なぁお前さん、その、サンダーヒールってやつ、教えてくれないか?」

「え?勿論です。良いんですか?」

「ここまでやってくれてるんだ。恩返ししたい」

「ありがとうございます!」

エレキの笑顔にクエンも照れ臭そうに頷く。とは言え、電気治療魔法(サンダーヒール)の理論はそんなに簡単ではない。先ずは一般的に解剖学を学び、体の仕組み、内臓の名前とその機能、位置などを覚えなければならない。そして同時に、雷魔法の扱い方、その医療転用を覚えなければならない。

「なるほどな。一先ず、雷属の魔法の、医療転用から教えてほしい。人間だけの体の仕組みを学んだところで、妖怪にはさほど役には立ちそうにない」

「そうですね。分かりました。雷魔法を医療転用した時にやることは主に2つです。1つは自分の瞳に雷魔法を施すこと。これによって、患者の体の中が見えるようになります。心拍の頻度や、体温、血圧といって、血の巡りの強さを見ることが出来ます。そしてもう1つ、これが電気治療魔法(サンダーヒール)の1番の目的なんですが、傷を塞ぐという治療です。電気の熱で細胞を溶かし、くっつけて、切り傷を塞ぎます。これは体の中の傷も同じです。電気の熱で出来ることは他にもあります。例えば、弱い電気を当てれば、細胞は溶けずに逆に大きくなったり、増えたりします。これを活性化っていいます――」

気が付けば治療小屋には沢山の孔雀が集まっていた。大人から、ただ遊びに来た雛まで。

「とても難しい話だ。だが、分かる部分も多い。魔法をそんな風に扱うなんて、奇妙なことだ」

しばらく講義が続いたところで、何やら外から声がした。

「エレキ!どこだ!」

なんだなんだと孔雀たちと共に外に出てみれば、そこに居たのは馬の耳と尻尾を持った女性だった。

「ソウハ、どうしたの?」

トウマが尋ねる。

「山賊が攻めてきて、怪我人が居る」

「こんな時に。今は、この孔雀さんの経過観察をしなければならないんですが」

「ここは大丈夫だ、行ってくれ」

「クエンさん。でも」

「お前さんにしか出来ない事だろ」

ソウハは自分で走って、エレキ達は馬に乗って、そして3人は急いで怪我人の居る場所へと向かった。蛇寺のある町では、人だかりが出来ていた。それは剣士と山賊の戦いの野次馬と、怪我人への野次馬。

「大丈夫ですか!今助けます!頑張って下さい!」

炎の魔法の巻き添えを食らった町人は、まるで爆破テロにでもあったかのような状態だった。全身の火傷だけではなく、吹き飛んだ際の全身打撲、或いは骨折。

「トウマさん、怪我人を一か所に」

「あぁ」

「私も手伝う」

「はい」

トウマとソウハが町を駆け回る。怪我人を探しながら、トウマは状況を出来るだけ確認した。どうやら火事は起きていない。家がいくつか倒壊している。臭いからして、剣士と山賊はあっちの方向。幸い、血の臭いは遠くにはない。

「エレキ、これで最後だよ」

「ありがとうございます」

怪我人は5人。無造作に、路上に優しく寝かされた。

「トリアージ・・・治療の優先順位を決めて下さい。すぐに治療しないといけない人から治療します」

「あ、あぁ、分かった」

しかしトウマは困った。どれも同じような怪我人ばかり。

「オレは、後で・・・いい、先に、女房を・・・」

動けないが話せる男性の隣には、意識のない女性。

「エレキ、この人、意識ないよ」

ふっと顔を向けたエレキ。点灯させた瞳で診るのは、2人の体の中。その直後、男性は吐血した。エレキはすぐに男性を手当てしていく。

「その女性は気絶してますが傷は深くありません。あなたから治療しますね。頑張って」

「噂には聞いてたが、すごいなその魔法。体の中が見えるのか」

「はい」

「私もやりたいな」

「ソウハ、雷属の魔法は使えるのか?」

「分かんない。けど、すごく役に立つ。治療士として、私ももっと頑張りたい。怪我人を運ぶだけなんて、名折れもいいとこだ」

「オレ達だって、これがあるだろ?」

そうトウマは気絶している女性に、手をかざした。直後に女性の全身がほんのりと光を帯びる。白っぽい、青っぽい、そんな微かな光だ。施してる本人でさえ、それが本当に効いてるのか分からない、そんな微かな光だ。エレキは男性の胸部の内出血を手早く治してからふと女性を見た。それは確かに魔法だった。少しずつ、傷が癒えていく。ただ理解出来るのは、その治療速度では全然間に合わないということ。

「ここまでの怪我人に”おまじない”なんか役に立たないよ。私達治療士の本分は薬草の使い手。そうでしょ?」

トウマは苦い表情で、そっと魔法をやめた。

「私、決めた。この人の魔法、覚える」

「え?でも、雷属の魔法が使えないんじゃ無理だろ」

「そんなのやってみなきゃ分からない。馬はね、こうと決めたら立ち止まらない性分なの」

「そんなこと言ったって」

「治療した人を安全な場所に寝かせて下さい」

「はいよ。ほらトウマも」

「分かってる」

最後の1人を治療し終えた頃、エレキは安堵する前に何やら焦げ臭いような臭いを感じた。嫌な予感がした。妖怪たちのように耳も鼻も利かないが、エレキはとりあえず歩き出した。

「エレキ、待って。この人運んでからだ。きっと火事だ」

どうやら最悪の事態が起こってしまったようだ。それから3人が向かった先には、剣士と山賊が居た。怒りと共に炎を撒き散らす半人半獣の焔熊と、そのとばっちりの炎を必死で消すカイリ。しかしカイリは山賊の相手で手一杯で、燃え盛る家屋を鎮火させる余裕はない。

「ど、どうしよう」

トウマもソウハも戸惑う中、ふとエレキは顔を向けた。

「あれ」

屋根から屋根へと飛び移り、忍者のように颯爽と駆けつけて来たのは、リドウだった。

「術式『霊刀』蛟!」

盛大にバシャアッと大量の水が家屋にぶっかけられる。

「エレキ、オレ達家の中見てくる」

「はい」

2人が鎮火された家屋に入っていく中、エレキは剣士と山賊の戦いを見ていた。

「やめて下さい!!」

戦いの最中に声をかけて、しかも近付いていくバカな治療士を、リドウは放って置く訳がない。

「下がれ!死ぬぞ!」

「熊さん!あなたの、憎しみを聞かせて下さい!」

「黙れ」

「ああ?聞かせろだあ?聞いてどうなる?死んだもんが返ってくんのかよ!」

「それは・・・でも、憎しみや怒りは、言葉にしていくことで薄れていくものです。今生きてるあなたは、命を投げ出すようなことをしてはいけません」

剣士と山賊の刀がバチンとぶつかり合う。エレキはふと、剣士に友達の妖怪を殺されてしまったアタジのことを思い出した。山賊は、少しカイリと間合いを取る。

「薄れてたまるか!死んだ弟の為に、お前らが殺した弟の為に、恨みを捨てるなんざ出来ねえ!」


――1年前。

半人半獣の熊、ガツは大工見習いだった。家を作りたいから、人間になって言葉を覚えて、必死で頼み込んだ。最初は門前払いだったが、最後は根負けした親方に許しを貰った。

「おお、ガツ、覚えが早えじゃねえか。その調子で頑張れよ」

「へい!」

疎まれてないという事はなかった。近所の人達からはずっと腫れ物を見るような目で見られていた。それでも毎日、ガツは真面目に大工見習いを頑張っていた。ある日、大工の仕事場に1匹の熊がやって来た。

「く、熊!」

「何だこいつ!」

「あ、いた。おーい、兄貴」

突然やって来た熊がそんなことを言うもんだから、大工達は戸惑ったが緊張はすぐに和らいだ。

「兄貴が大工やってるっていうから見に来た」

「お前の兄貴は見習いだがな」

それからちょくちょく弟熊のコマが見学という邪魔をしに来て、大工の間では兄弟熊はすっかりと顔馴染みになった。でもある日、事件が起こった。熊が町人を襲って物を盗んでいった。そういう話が町中に広がった。犯人はまだ見つかってない。でもとある人が大工達の下にやって来た。

「お前んとこの熊だろ!」

「ガツはそんな奴じゃねえよ、さっさと出ていけ!邪魔だ!」

次第に町中にとある話が広がった。あの大工達は盗人をかばっていると。そしてそんな話を聞きつけて剣士が来るのに時間はかからなかった。やって来た3人の若い剣士は仕事をしているガツを見つけては、早々に背中を向けた。

「・・・半人か・・・なら違うか。きっと別の熊だ」

そんな時だった、ふらっと散歩するようにコマがやって来た。大工の仕事場から去ろうという時に出くわして、剣士達はすぐに刀を抜いた。

「貴様か!ここいらで人を襲って物を盗んだというのは!」

「・・・え?」

剣士の怒号にようやく大工達とガツが振り返る。訳の分からないコマはとにかく逃げ出した。だから剣士達は追いかけた。

「おい!待て!」

そしてガツはとっさに走り出した。そいつはオレの弟だ、事件には関係ない。それを言う前に、ガツが追いついた時には、コマは刺し殺されていた。

「お前らああ!何やってんだよ!」

「何だ貴様。大工見習いの熊が何の用だ」

「そいつは・・・そいつは!」

「皆さん!」

もう1人剣士がやって来た。血相を変えた剣士の声の方が大きかった。

「犯人の熊が出ました!」

「・・・何だって」

「じゃあ、この熊は・・・」

「まぁいい。どうせ熊なんてどれも同じだ。見分けがつかん。それに盗人の仲間じゃないとも言い切れん」

「ふざけんじゃねえよおお!!」


「それからオレは、そいつらを全員殺した。弟は、何の罪も無かったんだ!」

「都合の良い。だからって貴様の罪が消えるのか?」

「じゃあてめえらの罪はどうなんだよ!!」

カイリは言葉に詰まった。

「てめえらこそ、自分達を棚に上げてんじゃねえかよ!」

「しかし、それは、若い、未熟な剣士の――」

「てめえらが言ったんだぞ!熊なんてどれも同じだって。じゃあこっちからしたら剣士だって同じじゃねえか!若い剣士のせいにして、誇りはねえのかよ!」

カイリとリドウは、言葉を返せなかった。明らかに切っ先に迷いが伺えた。直後、ガツの刀に炎が宿る。

「『霊刀』焔凰(えんおう)

それは、トウマとソウハがちょうど戻って来た時のことだった。大爆発の衝撃波と熱波が辺り一帯を襲った。トウマ達は塀があったお陰で無事だった。

「エレキ!」

でもトウマが見たのは、倒れているカイリ、リドウ、エレキだった。

「おい!大丈夫か!おい!」

全身の火傷と打撲、それはこの時代では、死を意味する重症。

「エレキ!そんな・・・こんな、ことって」

トウマはふとゆっくりと歩いて去っていくガツの後ろ姿に目をやったが、それどころではない。

「こんなとこで死んでいい人じゃないんだエレキは!ソウハ!えっと、薬草」

「そうは言っても、もう、助からない。治療士なら分かるでしょ」

「くそ!くそ・・・諦めるしかないのか・・・」

「・・・・・はあ・・・はあ」

「え、エレキ!エレキ!」

目を開けたが、それだけ。呼吸も弱く、喋る力もない。それでもトウマは、エレキに魔法の光を当てる。擦り傷くらいしか治せない魔法の光だ。

「トウマ・・・」

「それでもやるんだ!これしかないんだから!」

エレキは朦朧とした意識の中で、ほんの微かな温かさを感じていた。でもやがて意識は遠のいていった。

「あ、エレキ!だめだ!こんなところで死んだら!」

「お前さんたち、下がってなさい」

「・・・え――」

そこにやって来たのは、クエンと2羽の孔雀だった。

「クエン・・・」

トウマは目を見開いた。その瞬間、クエンの目が、点灯したのだ。それは確かに、電気治療魔法(サンダーヒール)の瞳だった。

「・・・なるほど。これはひどい」

それから2羽の孔雀も瞳を点灯させ、そしてクエンと2羽はエレキの体に手を当てた。

「出来るの?」

「分からん。これが初めてだ。だが、やるしかない」

「そもそも、どうしてここに」

「山賊との戦いできっと怪我人が出るだろうから、実践ついでに手伝おうと追いかけてきた」

「でも、肺炎の孔雀は」

「問題ない。みんな話は聞いてたんだ。やってやれないこともないだろう。さてと・・・」

瞳の点灯は難しくはなかった。しかし次は、手に電気を溜めて、その調節次第で細胞とやらを焼いたり、増やしたり、くっつけたり。

「んー、難儀だな」

とにかく先ずは手に電気を。そうクエンは意識を集中した。自然のものを操るには、自然との対話が必要となる。力は借り物。敬意をもって、自然の意思に呼びかけ、力を借りる。我ら孔雀の一族は、元来より雷の意思に恵まれている。

「手が、光った・・・」

クエン、2羽の孔雀の翼の先端が光を帯びた。しかし直後、バチンッと音がして、1羽が驚いて尻餅を着く。ふとクエンは、チリチリと痛む自分の手をグーパーしながら、違和感に気付いた。電気を帯びているのに、何故この者の手は無傷だったのだろうか。

「・・・そうか。分かったぞ。光ってるように見えたが、それは上辺だけだ。実際に電気を体に溜めている訳ではないかも知れん。つまり――」

クエンがふと目をやったのは、トウマが履いているいる足袋。

「足袋だ。手に付かないように、上辺だけに電気を溜めるんだ」

「そんなこと、出来るのか」

自分の手を見つめながら呟いたのはソウハ。

「まったくだ。器用な魔法よ」

再び意識を集中していくクエンたち。雷を呼ぶ、雨を降らす、火を起こす。そんな大雑把な扱いが、魔法だった。しかし実際にやってみて分かる。電気治療魔法(サンダーヒール)は、まるで針の穴に糸を通すように、限りなく繊細に。今までの魔法とは、まったく違う。

「これは、本来、気の遠くなるような歳月をかけた鍛錬が必要なのだろうな。今日やって、出来るものではないのかも知れん」

「諦めちゃだめだ」

「そ、そうだな。元より無理は承知の上。全ては、運にかかっている」

読んで頂きありがとうございました。

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