第7話「山賊と呼ばれる者」
馬を走らせるエレキ達。町並みが無くなって自然豊かな林道に入り、そしてまた町並みが見えてくる。
「オレ、蛇寺の町、ちょっと苦手なんだ」
馬に揺られながら、エレキはそんな呟きが気にかかった。でも駐馬場で馬を降りてすぐその理由が分かった。
「この臭いは・・・」
微かだが、何とも表現できないものだった。ツーンとするような薬っぽい、でもちょっとハーブっぽい。確かに犬にとってはこういう臭いが町のあちこちでするなら居心地は良くないだろう。
「この町も薬草の町なんですか?」
「うん。そうだね。でも狐寺とは扱ってるものも、知識も違うんだ」
早速蛇寺に向かうエレキ達だが、そこで怒号と悲鳴が聞こえた。ふっと緊張が走り、エレキはまた妖怪が暴れているのか、そしたら怪我人がいるはずだと気を引き締める。
「すいません。行かせてください」
「うん」
トウマだって同じ治療士。同じ緊張を感じていた。逃げてくる町人とすれ違いながらやがて大通りへ。そこに居たのは、敵意に満ちた数人の男達だった。半獣半人の猪や猿、熊、そして刀を持った人間。エレキは立ち尽くした。
「山賊だ」
トウマがボソッと教えてくれた。エレキは混乱していた。暴徒。でもその者達は人間も妖怪も入り混じって、つまり手を取り合っている。
「食いもんだ!黙って寄越せえ!!」
猪が思い切り水瓶を蹴り砕く。猪だけあって相当のパワーだ。そんな時に熊がエレキに目を留める。
「何だお前は!」
そしてドカドカを歩み寄ってくる。足がすくんで動けなかった。それでもトウマに引っ張られてようやく後ずさる。
「その羽織は治療士か」
2メートル越えの巨漢だ。何をしても敵う訳がない。しかしその瞬間、熊はパッと目線を変えて敵意をそっちにやった。すぐにトウマが引っ張り、エレキ達は物陰に。やって来たのは帝都十剣士の1人、宗元カイリだった。睨み合う剣士と山賊。
「立ち去れ!」
「うるせえ!」
先に手を出したのは山賊だった。全身から炎を燃え上がらせて、突進。
「術式『霊刀』水斬り!」
炎と水が激しくぶつかり合う。でも水で火が消える、そんな単純な話じゃなかった。前に見た焔熊より、明らかに炎が強く、そして扱いが上手かった。まるで戦い慣れた戦士のようだ。
「エレキ、早く逃げよう」
「ちょっと待って下さい」
そう言うとせっかく隠れた物陰から出ていく。
「お、おい!」
そしてエレキは戦う2人を前にした。
「待って下さい!!」
何をするのかと思えば仲裁なんて。そうトウマは気が気じゃない。揃ってエレキに顔を向ける2人。
「人間と妖怪が手を取り合えてるのに、どうしてこんなことするんですか!」
「はあ!?どうしてか、だと?お前ら十剣士も治療士も揃って、帝都がオレ達を見捨てたからだろ!だからオレ達は自分達で村を作って、何とか食い凌いでんだ」
「村を・・・。どうして帝都は、救おうとしないんですか?」
「まったく都合のいい。こいつらは罪人だ。帝都が許す訳もない。自ら居場所を無くすようなことをした者共が南の方に村を作ってる。それだけのことだ。黙って食いもんを恵むだけならまだしも、結局は恨みを晴らしたいだけ。何が救うだバカバカしい」
都会とスラム街の抗争のようなものか。納得してしまったからこそエレキは言葉を失った。すかさずトウマがエレキを引っ張っていく。抗争の戦場から離れたところでトウマはようやくは安堵する。
「そういえば言ってなかったよな。こっちは帝都でも南の方で、よく山賊が出る。山を1つ越えた先に村があるんだけど、山賊は、ただ暴れる妖怪と違って鍛えてるもんだから手強いんだ」
「世間から、あぶれてしまった人達・・・」
「そうそう。身勝手で、食料を奪いに来る」
貧富の差、秩序からはみ出てしまった者達。たかが治療士に何が出来よう。エレキは、無力だった。
半ばしょんぼりとしながらエレキ達は蛇寺にやってきた。狐寺でふきちが煮込んでる薬草の臭いとはまた違った、何かが腐ったような臭い。
「相変わらずキツイなあ。ムラサキー!」
「・・・・・はいはーい」
下駄の足音がした。旅館の玄関のようなさっぱりとした景色の奥からやって来たのは、アイドルのようにとても可愛らしい着物の女性だった。
「珍しいねトウマ。あ、知ってる!噂の凄腕治療士」
「それほどでも。エレキです」
「うん。あたいムラサキ、よろしくねー」
髪はベリーショートで、肌は白蛇のように真っ白。天真爛漫な弾ける笑顔に、エレキは照れ臭くなった。でもペロッと舌を出せばそれは蛇の舌だった。
「あそうだ。トウマに頼みたいことがあるの。前にハル姉さんが西の薬草が欲しいって言ってたじゃない?仕入れたから届けてほしいの」
「いいけど、自分で行かないの?」
「行きたいし会いたいし、傍に居たいけど、ちょっと忙しくて」
「そうなんだ」
狐寺と同じように作られた中庭の薬草農園にやって来たムラサキは、とある草が生えた植木鉢を指差した。
「これがそのヤタソウ」
「分かった。でもその前に相談があって」
孔雀の事、そして肺炎というもの、説明を交えての相談に、するとムラサキは何やら閃いたような顔をした。
「つまり、何の毒に冒されてるかは分からないけど治療がしたいんでしょ?だったらアレを使うしかないね」
「アレ?」
「あたいが作った、毒薬」
「ど・・・毒薬」
「初めての人はみんなそういう顔なんだよね。でも考えてみて?毒の薬と書いて毒薬、立派な薬でしょ?」
「それは、そうですけど」
「毒じゃなくて、毒で作った薬。ハル姉さんは薬草で薬を作るけど、あたいは毒草で薬を作るの」
「そうなんですね」
「で、最近ようやく出来た新しい毒薬を試したいんだけど、ちょうど材料を切らしてるの」
「オレ達が採って来るよ」
「うん。お願いね。クセマ山に行く途中の川辺にある、ゲンジカズラ」
「絵は無いの?」
「あるある、そこ」
当然、この時代に写真なんてものはない。だから草花を探そうというなら頼りは絵のみ。そうして町を出た2人。林道を歩き、そしてようやく川辺に辿り着いた。確かにそれなりに草がちらほらと生えている。
「カズラって沢山の種類があるから、探すの大変そうですね」
「未来にはどれくらいあるの?」
「いやあ、花は詳しくないので」
「これには、真っ赤な果実をつけるってあるね」
「今の季節になってるんですか?」
「いや、季節はずれてるみたいだ。だから葉で探すしかないね」
「そういえばどこの部分を使うんでしょう。実なのか、葉なのか、根なのか」
「しまった。肝心な事聞き忘れたね。でも、全部持っていこう」
「そうですね」
それらしい植物を見つけたが、確証はない。花や実というヒントがないとエレキにはどれも同じに見えるのだった。絵を見ても確証が得られないとなると、もう手詰まりだ。
「買った方がいいんじゃないでしょうか」
「いやぁ、薬草ならまだしも、毒草を採って売ろうなんて誰も考えないよ」
「た、確かに」
「せめて匂いでも分かればなぁ」
何となく下流に向かって歩いていく2人。
蛇寺にて。そこに1人の半獣半人妖怪がやって来た。我が家に帰って来たように中に入っていくと、そのままムラサキのいる居間にやって来た。
「トウマ来た?匂いが残ってる」
「ん?あ、おかえり。来たよ?」
トウマと同じく犬の妖怪、タキルは毒草を包んでいる風呂敷をムラサキに手渡した。
「ありがとう。今ね、ゲンジカズラを採ってきて貰ってるの」
「トウマってゲンジカズラ知ってるんだっけ」
「んー、知らなそうだった。今頃南の川だと思うよ」
「えっまずいよ。ゲンジカズラを知らないで川になんて。もし下流の方に行ったら山賊に鉢合わせしちゃうよ」
ハッとするムラサキ。
川辺をのんびりと歩くエレキとトウマ。2人はそれぞれ、適当に摘んだ枝葉を持っている。まるで散歩する子供のように。川は静かに流れて気分も落ち着く。魚が見えれば心も湧き立つ。
「エレキは、どうして治療士になったの?」
エレキがふと脳裏に甦らせたのは、医療ドラマ。エレキの子供の頃はまだ電気治療魔法は無かったが、それでも魔法で人を助ける姿がかっこよかった。
「それは、かっこいいなって思って」
「そっか。すごいな、生粋の治療士なんだ」
「あは、それほどでもないですよ」
のんびりではあるがもう多分1時間は川を下った。でも収穫はそれらしい枝葉だけ。でもまだまだ行けそうだ。そうエレキが思ったところで、声がした。
「おーい」
誰だか分からないが、周りには他に誰も居ないのできっと自分達だろうと、エレキは立ち尽くす。するとすぐにトウマが手を挙げた。
「蛇寺で働いてる、タキルだよ」
あんなに遠くでも分かるのか。エレキは米粒ほどの人影が近付いてくるのをただ眺めた。
「2人じゃ危ないから追いかけてきた。知らないでしょ?ゲンジカズラ」
「あはは、実はそうなんだよね」
「それにこの川はあまり下らない方がいい。川の先は山の向こうに繋がってる」
「それって山賊の」
「そう。そっちの丘の上にゲンジカズラが生えてるとこあるから、ついてきてよ」
「助かるよ。あ、この人はエレキだよ」
「エレキです」
顔が犬なので笑顔は無いが、タキルは頷いた。それでも何となく分かったのは、タキルは人懐っこくはないということ。川とは反対側に、丘へ上がる道がある。そこに向かい始めたその時、その道から1人の男がやって来た。荒れた服装で、腰に刀があった。明らかに帝都の剣士ではなかった。隠れる場所も何もない。エレキ達と山賊の男は否応なしに目を合わせた。エレキは言葉が出なかった。トウマとタキルも警戒と不安で固まっていた。ふとエレキが目を留めたのは、男が持ってる色んな枝葉。睨みつけられたが、それから男は黙って通り過ぎて川を下っていった。
「・・・びっくりした。まさか本当に鉢合わせするなんて」
「あっちも戦う気が無かったみたいで助かった」
丘を上りながらエレキはふと思った。
「向こうの村に治療士は居ないんですかね」
「・・・どうだろう。居ないこともないんじゃないかな」
川を見下ろせる丘には、確かに絵に描いた通りのゲンジカズラがあった。葉の形、蔓の感じ、よく見ればエレキが持ってたものは全然別物だった。
「南の村ってどんなところなんですかね。もし治療士に困ってて、助けてあげられたら南の村の人とも交流が出来るようになるんでしょうか」
「エレキが思ってるほど簡単じゃないと思うよ。そもそも山賊が帝都を嫌ってるんだから、交流しようとしたって怪我するだけだよ」
トウマにそう言われてしまうと反論する気は無くなってしまった。でもエレキは、さっきの山賊の男の表情が妙に引っかかっていた。
無事に蛇寺に帰って来れたエレキ達。ゲンジカズラを渡すと、ムラサキはさっそく薬の調合を始めた。その間、エレキとトウマはふらりと散策しようと町に出た。すると良いところに案内するとタキルが付き添ってくれた。蛇寺には毒草が沢山あるから全然人が近付かないが、この辺りは農家が多く、ずっと西の町とも貿易関係があるのだそう。ここを東京とするなら、神奈川や静岡ということなのだろうか。
「ずっと西の町とはどんな交流をしてるんですか?」
「あっちは魚がよく獲れるからって、魚を買ってる。代わりにこっちは薬草とか肉を売ってる。それに魔法も」
「魔法も売るんですか」
「古典が見つかったのは帝都だし、他の町にも魔法は広めた方がいい。だから書き写して売ってるんだ」
「南の村にも?」
「いや、きっと買おうともしないんじゃないかな。今更甘えたら面目が潰れるとか思ってるんじゃない?」
「そうですか」
エレキにはそもそもこの帝都がどれくらいの広さかなど知る由もない。”蛇寺の辺りのこの町”は果たして都内の1区くらいなのか。1000年も前の時代なのだから、恐らくそれなりに小規模な国なんだろう。町を歩いている中、エレキは剣士達が何やら集まっているのを見かけた。軍隊の整列でも、警察の訓練でもない、まるで侍の恰好をした俳優たちの休憩時間。笑い合って、他愛もない話をしながら団子を食べている。でもそれこそが彼らの本当の姿なんだ。エレキはちょっと嬉しかった。
やがてエレキ達がやって来たのは小さな神社の境内に立つ大きな杉の木だった。とても荘厳で、思わず手を当ててしまいたくなるような神聖さ。エレキは子供のような眼差しで大木を見上げた。
「エレキは、何でそんなに山賊の村を気にかけようとするんだ?」
「だって、争ったって良いことないじゃないですか。それに僕は治療士です。相手が誰とか関係なく、困ってる人には手を差し伸べたいんです」
トウマもタキルも微妙な反応だった。
「困ってるようには見えないけどな。山賊は、恨みで人を襲うだけだ」
「さっき、川辺で山賊の人を見た時、薬草を持ってましたよね?僕には、誰かを心配してそうな顔に見えました。南の村の人達だって、食べ物と薬に困らなければきっと人を襲いませんよ」
「そうなのかな」
「絵空事を」
振り返るエレキ。まるで散歩しているようにふらっと神社にやってきたのは、カイリだった。
「だから治療士は甘く見られる」
「それは、どういうことですか」
「山賊は治療士を見掛ければ真っ先に食べ物を奪おうとする。何故なら、治療士はそんな山賊共にすんなりと食べ物を恵むからだ」
「何がいけないんですか?」
「何だと?」
詰め寄って来たカイリ。刀こそ抜かないが、まるで日頃の鬱憤が溜まっているかのような形相だった。
「そのせいで山賊共が付け上がるんだ。半端に施すが故にだ!」
「だったら、半端に施すのでなく、帝都もちゃんと助けてあげればいいじゃないですか。半端に施すから付け上がるんじゃない。二の足踏んで施さないから恨まれるんです」
「貴様」
胸ぐらを掴まれたエレキ。そこにすかさずトウマが止めに入る。
「やめろって!」
「お二方」
見兼ねてやって来たのは神社の宮司の初老男性。
「神社でケンカとは罰当たりですね」
「すいません」
エレキが謝ればカイリは黙って去っていった。モヤモヤした気持ちを抱えたまま、それからエレキは蛇寺に戻って来た。何だか浮かない表情のエレキに、ムラサキはキョトンとする。
「どうかした?」
「さっき、剣士とケンカしちゃってさ。エレキって普段は穏やかなのに、剣士には厳しいんだ」
「ふーん」
「エレキ、南の村をちゃんと助けろって十剣士に言ってさ。ケンカしたら宮司のアズミのおじさんに叱られてさ」
「病気を治すのと同じだと思います」
「え?」
「原因を突き止めて、正しく対処する。だから南の村の人達の恨みも、原因に対して正しく手を差し伸べてあげればいいはずです」
「正しく、か。確かにその通りだと思うよ。でも元々悪事を働いた人達なんだし、もし南の村を帝都が抱えても、また繰り返すんじゃない?・・・んっ」
ムラサキが差し出したのは、出来上がった毒薬。エレキはとりあえず小さな麻の巾着袋を受け取った。
「一朝一夕の問題じゃない。先ずは孔雀たちを助けてあげなよ」
「そうですね。ありがとうございます」
読んで頂きありがとうございました。