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第5話「ぶつかり合う理念」

虎寺に行ったその夜、露天風呂でエレキは殴られた頬の痛みを思い出した。傷なら簡単に治せる。けど、心が痛かった。

「今度、パアッと豪華に飯でも食おうや。お前の歓迎にさ。顔を合わせる手間も省けるだろ」

「そうですね」

「お・・・来たな、サイオン」

「貴様、町を襲った妖怪を手当てしたそうだな」

相変わらず刀のような鋭い声だが、湯けむりの中、裸のサイオンに敵意は無く、エレキはただしょんぼりする。またきつい言葉を刺されるんだろうと。

「はい」

「明日の朝、焔熊が出た辺りの手当て小屋に来い」

「あ、はい」

「明日の当番はコーチェラだけどな」

「いいから来い」

以前に焔熊と風鳥が焼いた町の一画。まだまだ復興中で、臨時治療場も炊き出しのスペースも健在。それから翌朝、エレキは臨時治療場に赴いた。朝から近所の女性達がおにぎりを作っていた。

「あら、手伝いに来てくれたの?」

臨時治療場の当番を務めるコーチェラが微笑む。

「実はサイオンさんに呼ばれまして」

うろちょろし始めたその時、ふとエレキはとある男性に目を留めた。

「イオスさん、どうして」

「そろそろ体を動かしたいから、手伝いに来た」

「そうなんですね」

それからぞくぞくと町人、若い剣士達が集まってきた。特に挨拶や朝礼もなく、ぼちぼちやるかと、そして損壊家屋の片付けが始まった。サイオンはまだ来ない。ぼーっとしてるエレキにコーチェラが声をかける。片付けと共に同時進行で、急ピッチで行われている仮設住宅の建設。仮設住宅エリアにはまだまだ怪我人がいた。だからエレキは自然と体が動いた。

「傷を診せて下さい」

エレキが来る前、今までの魔法では傷口を塞ぐので精一杯だった。しかも深い傷は対応出来ない。内臓の治療も大したことは出来ない。つまりは現代だったら応急処置にも満たないレベル。

「ありがとう先生」

元気の無い笑顔。でもエレキには十分だった。またすぐに暗い表情の人に歩み寄る。

「どこが痛いですか?」

「傷は、大したことない。・・・家族が、みんな、死んじまった」

真剣な表情でエレキは頷いた。患者の声を聴く。治療はもうそこから始まっている。

「助けて、やれなかった」

「・・・辛いですね」

心が痛い。誰もがそう叫んでいた。外見は軽傷で、微笑んでいる人でさえだ。エレキは治療しながら、無力だった。

「エレキ、サイオンが呼んでるよ」

コーチェラに声をかけられなかったら、エレキはまた電池が切れるまで動いていただろう。瞳を消灯させたエレキは深呼吸した。臨時治療場に戻ると、サイオンは突き立てた日本刀のように立っていた。

「焼けた家屋は、28だそうだ。その内、全て焼け落ちたのが10。コジロウのような子供はまだいる」

それからサイオンは現場監督のように辺りを見渡した。

「毎月、多くの者が妖怪の犠牲になる」

サイオンが何を言いたいのか。そもそも何故ここに呼んだのか。エレキはまだピンと来ていなかった。でも一瞬、サイオンの表情が、患者達の絶望と重なった。

「・・・辛いですね。でも、マツキさんの理想は間違ってないと思います」

「だが、現実はそう簡単ではない。貴様の目には、剣士はどう映る」

「え・・・それは、町の為に戦う立派な方々だと」

「剣士の掟、初めの掟だ。剣士は、戦う者にあらず。護るものであるべし」

「護る・・・」

「傍から見れば分からぬ、だが剣を振るう志が違う」

「けど、昨日の虎寺がある町の事件の発端は、剣士の方が罪の無い妖怪を殺したことでした。剣士の皆さんが同じ理念を掲げてる訳ではないんですよね」

「その若い者なら、剣を捨てさせた。当然だ、掟を破ったのだから」

「そうですか」

「確かに剣士にも若輩者は居る。マツキ総師範の理想を真に理解してない若造も居る。それも現実だ」

何やら近くで大きなざわつきが起こった。サイオンもエレキも振り返るほどの。

「何事だ」

サイオンの声がその場に刺さっていく。剣士は刀を抜いていて、コーチェラがそれに対峙している。コーチェラがかばっているのは、1匹の大熊だった。険悪な空気だった。

「サイオンさん、妖怪です」

「待って――」

大熊は明らかに怯えていて、誰が見ても敵意などない。だからエレキが割って入ろうとしたがその瞬間、エレキはサイオンに制止された。

「だから何だ」

「え、妖怪ですよ。ここを襲いに来たに決まってます」

「その大熊が何かしたのか」

「いえ、ですが何かをしでかす前に殺さなければ」

エレキがふと思ったのは、若い剣士達も怯えているということ。サイオンの表情が鋭くなる。

「未熟者!!」

サイオンの怒号が空気を貫く。その場の誰もが凍りついていた。

「罪無き者に剣を向ける剣士がどこにいる!」

2人の若い剣士はもう刺し殺されたかのように意気消沈していた。若い剣士のサイオンを見る眼差しは、まるで鬼でも見ているかのよう。

「怯えた手で剣を握り、斬るべき敵かどうか見極めることも出来ない。修業が足らん!」

「ももも申し訳ございません!!」

子供だったら漏らしてるだろうと、エレキは固まっていた。土下座する勢いで謝り倒した若い剣士達がオドオドと作業を再開させたところで、その大熊がエレキに近付いてきた。

「君が、兄貴を助けてくれた治療士だよね」

「えっと」

「昨日、町を襲って、剣士に返り討ちに遭って死ぬ寸前だったところを治療してもらった熊は、オレの兄貴なんだ」

「ああっそうだったんですね!」

「兄貴を助けてくれてありがとう」

「いえ、助けられて良かったです」

「だからオレ、町を直すのを手伝おうと思ってきたんだ」

「そうなんですね。こちらこそありがとうございます」

ピリピリとした空気は完全には消えなかった。大熊は力持ちでとても役に立ったが、子供たちも町人たちも大熊には近付かなかった。

昼食のおにぎりを食べながら、エレキは少し後悔していた。剣士達だって、理想や理念や、護りたいものがあって生きている。でも昨日は、やっぱり酷い事を言ってしまったと。

「あの、サイオンさん。僕、昨日は、リドウさんって方に酷い事を言ってしまいました」

「そのことはもう聞いている」

「謝りに行った方がいいんでしょうか」

「過ぎた事だ。リドウもとうに頭を冷やしている」

しばらくして弟熊が休憩に来た。コーチェラがどんぶりで水を出すと、弟熊は豪快に飲み干した。でも隣のエレキを見てか、何だか神妙になった。

「そういえば兄貴、後悔してるって言ってた。関係ない人を殺しちゃったこと。オレもさ、兄貴を止められなかったって後悔してる」

「あなたが悪いと思う事なんてないよ」

コーチェラの一言に弟熊は小さく頷く。

「それに兄貴、心配してた。イタチ族のこと。剣士に殺されたイタチの一族が仕返ししやしないかって」

「確かにそれは心配ですね」

復讐の連鎖は誰も幸せにしない。エレキはこの時代の者達でもそのことを当たり前のように心配していることに、親近感を抱いた。

「それに人間の子供のことも。殺されたイタチと仲が良かったんだ。きっと今も悲しんでる。目の前で友達が殺されたんだから」

エレキが思ったのは、町を襲った大熊は本当は優しい妖怪だったんだという事。だからこそやり切れない気持ちだけが虚しく募った。

「その子供はどこだ」

聞いていたのか、サイオンが歩み寄ってくる。

「オレは、よく知らない。アタジっていう名前だって兄貴から聞いただけ」

「聞いてどうするの?」

コーチェラが尋ねる。

「剣士の始末だ。私が謝りに行く」

「大丈夫かな。余計にこじれそう」

「じゃあ僕も一緒について行きますよ」

エレキ達が先ず向かったのは虎寺だった。エレキの顔を見れば親しげに挨拶したシュウだが、サイオンの姿には戸惑いを隠せなかった。

「珍しい客を連れてるな」

「昨日の熊さんに話を聞きたくて」

「そうか」

兄熊が居る病室にやって来ると、そこには馬の耳と尻尾を生やした女性がいた。まるで看護師のように兄熊の身体を診ていた。

「昨日の、治療士さん」

急に病室に先生がやってきたリアクションは、現代でも過去でも、人間でも熊でも変わらない。エレキは病院研修時代のことをふと思い出した。

「昨日は、お礼も言わず申し訳ない」

「いえ。元気そうで良かったです」

「本当にありがとう」

狐寺のある町に弟熊が来ている事から、アタジという子供を探している事までを話すと、兄熊はようやくサイオンに顔を向けた。

「オレが言えたことじゃないが、謝って済むような事じゃない」

「だがケジメをつけないでは居られない」

「アタジは、三又坂の林道の近くに住んでる。小笠(おかさ)屋っていう酒屋の息子だ」

「ありがとうございます」

道すがら、エレキはふとサイオンの横顔を伺った。

「意外でした。直接関わった事件でもないのに、率先して謝りに行くだなんて」

「剣士の過ちに、他人事もない」

カッコイイと、エレキはふと心から思ってしまった。

やがて小笠屋という酒屋に着くと、その店先には軽く掃き掃除をしている女性が居た。サイオンが話しかけて事情を話すと、表情を濁した女性は店主を呼びつけた。店先の女性と店主の男性は、アタジの両親だった。

「十剣士が直々に謝りに来たことには感心するが、あんたじゃ意味無いだろ。当の本人は何してんだ」

「剣を捨てさせた。もう剣士ではない」

「そうじゃない。当人が謝らんでどうする。教育がなってないんじゃないか?」

「返す言葉もない。分かった。必ず連れてくる」

いつでも研ぎ澄まされた刀のような凛々しい表情のサイオンが、大人しかった。でもそれは、人間らしかった。その町の剣士宿舎に向かったエレキ達。事件のきっかけである元剣士の名は斉藤ゴウ。まだ18の男だった。あいつは今どこにいる。剣士達に聞き回る。剣士じゃなくなった途端に人を捜すことがこんなに難しいとは。そうエレキは今更時代の違いを実感する。

「あいつ、今朝荷物をまとめて出ていく時、林道の向こうの町に帰るって言ってました」

サイオンは馬を走らせた。エレキは1人で馬には乗れなかったので、仕方なくサイオンにしがみついていた。林道に差し掛かったところで一旦止まる。三又というだけあって道が3つに分かれている。でもそんな時、馬が勝手に方向を決めた。それから林道を抜けて川沿いを走っていくと、やがて河原に座り込んで佇む男を見つけた。

「よくやった」

降りながら言葉をかけたサイオンに、馬はブルルッと返事をする。歩み寄ってきたサイオンに、ゴウはたじろぎながらも立ち上がる。

「サイオンさん、どうして」

「貴様、剣を捨てた後、何をしていた」

「何をって、何も。これから、実家に帰る途中で」

「何故謝りに行かない」

ハッとしたゴウ。しかしすぐに表情を曇らせた。

「・・・オレは、間違ったことをしたとは思ってません。剣士の生き様を全うしただけです。謝るってなんですか?妖怪を殺してなんぼでしょう?だったら、オレ達は何の為の剣士なんですか!」

ササッと歩み寄ったサイオンはゴウの胸ぐらを掴んだ。

「剣士である前に人の子だろ!過ちを認め、悔い改めることも出来ないのか!敵の見極めもせず、勇み足で妖怪を斬るだけなら賊でも出来る!貴様の行いが発端で、妖怪が恨みを晴らしに暴れたんだ!剣を捨てさせたのは、掟を破ったからだけではない!悔いていないからだ!開き直るな!」

ゴウは全身の力が抜けたように尻餅を着いた。そして静かに泣き出した。

「貴様はまだ若い。その足で少年に謝りに行き、悔い改めるのなら、再び剣を取ってもよい」

「・・・は、はい!」

慌てて荷物を背負い、走り出したゴウ。エレキ達は再び馬でゴウを追いかけていき、それからサイオンは約束通り、アタジの両親の前にゴウを連れてきた。すると両親はアタジを連れてきて、店の奥からやって来たアタジを前に、ゴウは正座した。

「よく見極めもせず、妖怪を殺してしまい、申し訳――」

「妖怪じゃねえよ!!友達だったんだ!!」

10歳の少年が思い切りゴウの頬を叩いた。鍛えられた剣士にはそれほど痛みは無いが、そんな事は問題ではない。

「何でだよ!・・・何でだよ!ふざけんなよ!ぜってえ許さないからな!・・・うぅっうぅっ・・・うあああっ」

泣き出したアタジを母親が抱き止めて、すぐに店の中に連れ込んでいく。ゴウはただ、黙って土下座することしか出来なかった。

「許されない事をしたんだ。忘れんなよ」

そう言って父親も店に入っていって、ようやくゴウはガタガタと立ち上がった。

「本当に、また剣を取っていいんでしょうか」

「それは、貴様が答えを出すことだ」

ゴウの表情がエレキの脳裏には焼き付いていた。取り返しのつかない事をしてしまった時の後悔を、救うことは誰にも出来ない。剣士は、ただ剣を持っただけの人じゃない。それが痛いほど理解出来た。エレキは、無力だった。

夕方。露天風呂に入っているエレキの下に、シュウがやってきた。

「いやあ~。人間ってのはいいもんだな」

「剣士の皆さんも、本当は怖いんですよね。だから分かっていても、勇み足で剣を抜いてしまう」

「案外、妖怪も変わらんと思うぞ?剣士が怖いと思うから手を出しちまう」

「そうなんですかね」

「誰にだって葛藤がある。人間の理念にも、妖怪の理念にもな」

「妖怪の理念ですか」

「妖怪は一族を護る為に戦うからなぁ。妖怪の中には、自分の一族を護る為に人間になって、人間の力を得ようとする者もいる」

「人間の力、ですか」

「人間は、とにかく群れとして強い。敵になりたくないと思う妖怪も多い」

「そうなんですね」

翌朝、草湯にトウマがやって来た。とても重要な仕事があるというので、途中だったお年寄りへのEMSマッサージを切り上げてから中庭に向かった。

「実はさ、エレキの魔法を、みんなに広めて欲しいんだ」

予想出来ないことでは無かった。未来の技術を望まないなんてことはないから。やっぱりそう来たかと、エレキは神妙に話を聞いていた。いよいよ、話さなければならない時が来てしまった。そうエレキは大幅に時代を加速させてしまうことを迷っていた。でも絶対に断りたいとも思っていなかった。だって電気治療魔法(サンダーヒール)が広まれば、助かる人が沢山増えるから。ただ、決意する時間が必要だった。

「分かりました。あんまり教えるのは得意じゃないんですけど、何とかやってみます」

草湯を出て、エレキは晴天を仰いだ。そもそも、どうして過去に来てしまったんだろう。誰かに呼ばれたのか、どういう運命なんだろう。そう呑気に考えていた。過去を変えてしまうより、1000年後に現れるダイダラボッチをどうしたらいいかが知りたい。

本堂に着くと、八賢衆の3人が出迎えていた。期待に満ちた眼差しで、エレキは途端に緊張してきた。

「カナデはもう知ってるよね。ネンと、アイナだよ」

「エレキです」

幼稚園児くらいの身長しかない、丸い耳と細い尻尾の女の子の妖怪ネンと、明らかにウサギっぽい耳の女性の妖怪アイナが微笑む。

「実はその、大事な話があるんです」

「でしょうね」

ネンの言葉にエレキは「え?」となる。

「事情があってこの町に来たことくらい分かるよ。だからそういうことも全部、話す機会をあげたかったの」

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