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第4話「魔法創会」

朝から大仕事を終えたエレキが草湯に戻ると、中庭には知らない妖怪がいた。柴犬のような凛々しい耳の、モデルのようなイケメンだった。

「あ、帰ってきた。君が噂のエレキか」

「はい」

「オレはトウマ。よろしくな」

「あ、はい。よろしくお願いします。もしかして魔法創会の?」

「ワンワン!」

駆け込んできたヨモギは思い切りトウマにダイブした。すごく嬉しそうに甘えていた。まるで子供みたいにはしゃぐヨモギを見るのは初めてだった。

「よしよし。そう、オレは魔法創会の本堂で働いてる」

「本堂・・・」

「まだ聞いてないのか。魔法創会は、本堂とその周りの5つの寺院で出来てる」

「そんなに大きな組織だったんですか」

「はは、言うほどでかくないさ」

さっきからヨモギがトウマに甘え倒している。それが気になっていた。

「ヨモギがこんなに懐くなんて。やっぱり、その、あなたも犬だからですか」

「懐くも何も、ヨモギは俺の弟だからね」

「ああ、そうだったんですか・・・え?」

エレキは朝から混乱していた。兄弟なのに、どうしてこんなに姿が違うのか。

「不思議に思ったろ?姿が違うじゃないかって」

ど真ん中に感情を言い当てられてエレキは思わず笑ってしまう。

「秘術があるんだ。妖怪が人間の姿になる秘術がね」

「え・・・」

「と言っても完璧に化けられたものは居ない。顔だけ獣だったり、立って話せるようになったものの、姿は獣のままだったり。一番上手く出来てもこの通り耳と尻尾は残る。まだまだ鍛錬が必要な術だ。それより、今日来たのは、君を本堂に案内したいと思ったからなんだ。魔法創会の事をもっと知ってほしい」

「はい!是非!」

「トウマ、いらっしゃい」

ユウアの声がした途端に耳をピンと立ててすぐに立ち上がったトウマの緊張。エレキにはその戸惑いが何だか人間らしく見えた。

「ユウア、エレキに、その、魔法創会を案内しようと思って」

「そう。いってらっしゃい」

「お、おう」

今や教科書や再現CGでしか知ることが出来ない魔法創会。それを実際にこの目で見れる。友達に自慢したい事、断トツでベスト1位だ。エレキがお世話になってる魔法創会は「狐寺(きつねでら)」というらしい。

狐寺のある町から歩いて大体30分といった感覚。そこは立派な大きなお寺だった。狐寺はまるでいつもエレキが初詣に行く、近所のお寺のような懐かしさもあったが、ここはスケールが違う。池があったり、大きな木があったりと、まるで観光地になるような荘厳さがあった。屋台があって、何やら妖怪が食べ物を売っていた。

「魔法創会は、人間と争いたくない妖怪が作ったものなんだ。自然のものを操る術を色々組み合わせて、人間の姿に近づいたり、人間の言葉を話せるようになれたら、争いを避けられると思って。そして妖怪の中でも特に頭が良くて、魔法も長けていて、魔法創会を創設した者達を八賢衆(はっけんしゅう)という。ちなみに狐寺のハルはその1人だよ」

「そうだったんですか」

「八賢衆のみんなは、優しくて、厳しくて、聡明で、先生みたいな妖怪たちなんだ。いつも戦いの巻き添えになってしまった妖怪も人間も治そうと頑張ってる」

エレキはとても共感していた。戦争反対の信念。妖怪も人間も関係ない。それはまさにエレキが抱く理想だった。それから本堂の中に入ると、そこには人よりも大きくて、卵のような形をした大きな岩が鎮座していた。一目で分かる。何の岩かも分からないそれは、祀られているのだと。

「カナデ」

トウマが呼んだのは猛禽類の足以外は人間の姿をした妖怪だった。一目で分かった。住職のような服装をしているから。エレキは途端に緊張してきた。

「この方は八賢衆の1人のカナデだよ」

「エレキです」

「とても面白い服を着ている。もしや頭から被るのか」

「そうですね」

「ほう。して、どうだ。魔法創会は」

「とても、素晴らしいです。まるで僕の理想みたいな場所です。まだここに来たばかりで、この町の事もよく分からないんですけど、どうしたら人間と妖怪の戦争を止められるんだろうって、胸が痛くなります」

「そうか。我々の信念を理解してくれるだけでも有り難い。して、お主はどうやって来た。噂では倒れているところを見つけたと聞いてるが」

「それが、よく分からなくて。ダイダラボッチに襲われて、死んだかもしれないって思ったら、何故かこの町にいました」

2人がポカンとしたあたり、エレキは察した。それから2人は振り返った。

「ダイダラボッチ。これが目覚めたのは200年も前だ」

「・・・ん?」

「ずっと眠ったままで、オレなんか生まれてから動いてるのなんて見たことない」

「え、これって。これ、え、これがダイダラボッチ、ですか」

「無論。ダイダラボッチは、目覚めては暴れてを繰り返す、怒りの化身ともいうべき妖怪だ」

辻褄なら、エレキの頭の中では合っていた。ただ自分が何者かを話していいのか、迷っていた。

「戦争や、戒めたり得ず、夢ぬかせ。この一句は眠る前にダイダラボッチが詠んだもの。それ以来、魔法創会が出来る前から一部の妖怪たちは自分たちの戒めの為にこいつを祀っていた。魔法創会の信念の原初はそこにある。しかし妙な話だ。目覚めてもないものに襲われたと」

きっとこのままでは何となくずっとおかしい人だと思われてしまうのではないか。嘘つきだとか。だからエレキは意を決した。この人達には信用してほしかったから。

「信用して貰えないかも知れないですが」

「いや、疑うつもりはない」

「え、えぇぇえ?だって、普通、信じられませんよね、こんな話」

「世には、誰の想像も及ばない事もある」

エレキは逆にポカンとした。聡明が過ぎる妖怪に。

「こいつもそうだ。実のところ、どうして寝ては暴れてを繰り返すのかも分からん。こいつの術の源も分からん」

「どうせなら、川柳の説明をしてから眠ってほしかったね。ところで、相談なんだけど、エレキも魔法創会に入ってくれないかな?治療の腕前がすごいって評判なんだろ?」

「いやそれほどでも。でも、僕も魔法創会に入りたいと思ってました。是非よろしくお願いします」

実はもうすでに魔法創会で治療士の勉強をしてましたなんて冗談はここではやめておこう。そうエレキは2人の笑顔に微笑み返した。

「そうなったら、早速他の八賢衆を紹介するよ。実は本堂にはいつももう2人八賢衆がいるんだけど今日はちょっと用事があっていないんだ」

寺の敷地内で営まれている屋台で買ったのは、柔らかい干し肉だった。コンビニで売ってるような噛み応え抜群の加工品じゃない。草湯では薬膳料理しか出ないから、エレキは感動した。

それからトウマとエレキが向かったのは「虎寺(とらでら)」。エレキには何となく想像がついた。きっと虎耳の人間らしい妖怪なんだろうと。道すがら、エレキは大きな商店街に差し掛かった。それはどこまでも続いているような活気溢れる商店街だった。

「すごいだろ。ここら辺は、食べ物を売る店が軒を連ねてる、帝都で一番賑やかな町なんだ」

移動手段はもっぱら馬だ。だから一本ずれた裏通りには駐馬場があって馬が列をなしていた。そんな活気溢れる町にある虎寺には、何やら行列が出来ていた。

「何だ?」

トウマが驚くならどうやらいつもの事ではないのだとエレキは察した。

「シュウ」

トウマの呼びかけに振り返ったのは、やはり虎耳で立派な尻尾があるほぼ人間の男性妖怪だった。しかもまるでボディービルダーのような二の腕。

「手伝うよ」

「今日は新作の風邪薬を売る日だ。噂を流せばこの通り、客が集まって来た。薬を捌いてくれ。そいつは、噂の電気男か?」

噂。それはどんな時代でも色々な跳ね返り方をするものだ。

「はい。エレキです」

「八賢衆への挨拶回りだよ」

「だったらお前はこっちだ。怪我人がいる」

まるで昔ながらの駄菓子屋のような場所を抜けると、病院の待合室のような場所に出た。そしてさらに奥に進んでいくとやはり診察室のような部屋に入った。しかし、そこに横たわっている患者は人間じゃなかった。

「剣士との戦いで傷を負った。せっかくだから、お前の腕を見せてくれ」

「は、はい」

見るからに凶暴そうな大熊。ていうか妖怪は初めてなんですけど、そんな言葉を言える状況じゃなかった。戸惑いながらもエレキは瞳を点灯させる。生き物は皆、同じだ。体に微量な電気が流れている。つまり電気治療魔法(サンダーヒール)はあらゆる動物にも応用できる。やることは変わらない。止血して、断裂した血管、筋肉、内臓などを修復する。

ただエレキは苦戦した。何故なら人間よりも大きな体という事は、それだけ血量も多いし、血流も早いという事。素早く傷を塞がないといけないが、体が人間よりも圧倒的に分厚い分、魔法が行き届くには時差が出る。それは慣れた人間に比べたらかなり神経と集中を使う作業だった。最後にバイタルチェックをして、終了。

「・・・終わりました」

まるできつい全身筋トレでもしたかのような負担だった。

「なるほど、これは噂以上だ。助かったよ。お前がいなければ、こいつは死を待つだけだった」

何かすごい達成感だった。

「良かったです。助けられて」

「お前も、治してやったんだから、しっかり反省しろよ?」

「どうして・・・反省するのは人間だ。オレは、見たんだ。妖怪というだけで、何もしてないのに剣士は妖怪を殺した。だからオレもそうしてやった」

「え・・・」

「こいつは、さっき町で暴れてな。剣士に返り討ちにされたんだ」

エレキは疲れを忘れた。いやでも、こういう仕事をしてたら、事件を起こした犯人を治療することだってある。治療士は差別をしてはならない。エレキは大熊の怒りと悲しみに満ちた瞳を見つめた。

「気持ちは分かる。けど、だからって剣士と同じことをするのは、違うんじゃないか?」

「辛いですよね」

エレキは魔法を解いた素手で大熊の体を優しくさすった。

「でも僕は、簡単に命を投げ出してほしくないです。どうか憎しみに支配されないで。あなたには幸せに生きて欲しい」

何百キロもある体を、シュウは簡単に担いだ。それから病室というか、飼育小屋のような場所に大熊が寝かされたのを見届けて、エレキは玄関先に戻った。風邪薬を求める行列はもう捌かれていた。

「終わった?」

「はい」

そんな時に1人の剣士がやってくる。とても覇気の強い、まるで未だに戦闘態勢かのような怖い顔だった。

「先ほどの熊は」

「何の用だ。珍しい客だ」

十剣士の羽織を着ていた。しかも溢れ出る殺気。いきなり張り詰めた緊張感でトウマも他の妖怪たちも縮こまったが、シュウだけは気負いすることなく立ちはだかった。

「ここに運ばれたと聞いた。よもや治療などしてないだろうな?」

「いつもなら手の施しようのない傷だったが、今日は運が良かった」

「癒したのか?あれほどの傷を癒せる訳がない」

「だから運が良かった。そいつのお陰だ」

エレキさえ息を飲んだ。まるで今にも斬りかかってきそうな眼差しだった。

「話に聞いた、どこから来たか分からないという治療士か。貴様、それでも人間か!」

詰め寄ってくる十剣士の1人、津久田(つくだ)リドウ。

「僕は、治療士です。人間も妖怪も関係ありません」

「そういう問題ではない!町を襲った張本人だ!罪人を生かすなど、正気ではないと言ってる!」

「あなたの気持ちは分かります。でも、じゃあ、罪も無い妖怪を問答無用で殺した剣士は罪人ではないんですか?今回の事件はそれが発端です。熊さんが言ってました。確かに熊さんだって罪人です。でもそれは妖怪だけの問題なんですか?」

「それは、そうかも知れん。だが、罪人を生かす事は許さない!そうでなければ、示しがつかない!止めを刺してやる」

「そんな」

歩き出したリドウにしがみつくエレキ。しかしエレキは簡単に振り回されて投げ飛ばされる。

「いてっ・・・ダメです。せっかく生きてるのに」

「落ち着け。話し合おう」

バシンッとリドウはシュウの手を弾く。

「話し合いなど不要だ!死罪より他の余地などない。貴様ら妖怪にだって示しが必要だろう。ますます肩身が狭くなるぞ」

「けど・・・」

その眼光は再びエレキへと向けられる。

「貴様は、治療士失格だ。殺された者の無念を秤にかけられない治療士など帝都には不要だ」

エレキは込み上げる怒りを自覚した。ここに来て初めてキレた。思い出したのは大学での授業だった。治療士の在り方に関してのディスカッション形式の授業。

「・・・あなたには、心が無いんですか」

治療士は、全ての人を平等に癒すのが使命。治療士に取ってみたら、戦争している人たち全員が罪人。だからそこに差別はない。

「何だと貴様!」

「戦争自体が罪じゃないですか!殺し合ってる全員が罪人です。そこに優劣なんかないでしょ!だから治療士は平等に癒すんです」

「貴様ぁあ!――」

激しく詰め寄り、リドウはエレキの胸ぐらを掴む。

「剣士の誇りを、罪人呼ばわりだと!ふざけたことを抜かすなあ!!」

そしてエレキは思い切りぶん殴られた。それからリドウは刀を抜いた。

「貴様は剣士どころか人間の誇りも無い!剣士がどれだけ血反吐を吐いて帝都を護ってるか、貴様は何も分かっておらん!剣士を愚弄する治療士などここで斬り捨ててやる」

直後にリドウが切っ先を向けたのはシュウだった。何故ならシュウが止めに入ろうとしたから。

「帝都の治療士なら、帝都を護る為に生きろ!」

「リドウ!」

振り返るリドウ。そこに居たのはマツキだった。驚いたのか、リドウは止まった。

「それくらいにしなさい」

「・・・しかし」

「忘れたか、剣士の掟を。剣士は罪なき人を斬るべからず。怒りが収まらんというのなら――」

ゆっくりと両手を大きく広げるマツキ。

「私を斬れ」

突拍子もない言葉に思考も止まったリドウだが、パソコンが再起動したように我に返ったのか、刀はゆっくりと鞘に帰った。

「冗談が過ぎます。十剣士の総師範を斬れる訳ないでしょう」

「今日の所は頭を冷やしなさい」

まるで稽古が終わった直後のようにサッとお辞儀をしたリドウが去って行ってようやく、エレキは後悔した。そんなエレキをマツキは優しく見下ろす。

「お前の言うことは正しい。が、正しさが人を傷付けることもある」

「僕はまた、人を傷付けるようなことを言ってしまいました」

「そうだな。まだ青いが、それでもお前の言葉には信念がこもってる」

マツキは新作の風邪薬の様子を見に来たようだった。マツキが来なければ今頃どうなってたか。そうエレキはようやく立ち上がり、シュウと共に宝石商のように丸薬を見定めているマツキに歩み寄る。

「助けて頂きありがとうございました。その、どうして、剣士なのに、魔法創会を」

「私の理想は、剣士と魔法創会の共生だ。十剣士だって、戦争の為に作った訳じゃない。剣士と共に生きていけると思い、妖怪たちと魔法創会を作ったが、中々難しい。結局、いがみ合うような仲を作ってしまっただけなのかも知れない」

「そう気を落とさないで下さい。魔法創会の妖怪は、みんなマツキさんに感謝してます」

トウマがそう言えばマツキは穏やかに頷き返す。

読んで頂きありがとうございます。

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