第2話「帝都十剣士」
「なるほど。稲妻を操り、治療する魔法とな。これは奇天烈な魔法だな。妖怪だと思われても仕方のない。して、ダイダラボッチか。あれはもうとうに封印されたもの故、信じ難い話だ」
「封印という事は、死んではないという事ですよね」
「そんだって、出ようもんならすぐに分かるからなぁ。あれが出たなんて話は聞かんし。それにそこで寝てる者も見たことのない身形だ」
「実は彼は、こことは違う世界から来たそうです」
「海の向こうからか?」
「えっと・・・どうでしょう。僕には分かりません」
そもそも話が通じるなんて期待はしていない。この患者の話も、自分の話も。エレキははぐらかすので精一杯だった。
「そうだ聞くの忘れてた。あんた、名は」
「・・・イオス」
「ああ、海の向こうから来たような名だな」
「あの、魔法創会って・・・妖怪が、居るんですよね?」
教科書に載っているのは、1000年前に設立された魔法創会は人間と妖怪の交流の場だったということ。エレキは少しだけミーハー心を浮き足立たせてしまうのだった。
「おう。そうだが」
「その、古典って、やっぱりその、妖怪の里の物だったんでしょうか」
「それが分からねえんだよな。大雨で土砂崩れしちまった所を片付けてたらたまたま見つけたからなぁ」
「いつどこで誰が書いたのか分からない魔法の書なんて、ロマンがあるというか」
「変わった奴だなあんた。見てみるか?」
「良いんですか!?」
1000年も前に存在した、魔法の書。どういった文明が残したものなのかは不明だが、ただ1つ分かるのは、それが“軽い怪我を治すおまじない”の書だということ。現代では当然レプリカしかないが、まさか本物が見れるなんてと、エレキはウキウキしていた。
「ここが、魔法創会・・・」
日本人なら誰もが知ってるあの魔法創会の原点は、町外れに建ったただの平屋だった。でもエレキだけじゃない、きっと大学の人間なら誰もが目を輝かせる質素な建物だ。博物館なんかじゃ分からない、生臭さ。
「・・・何の臭いですか」
焦げ臭くて、生臭くて、薬の臭いがした。何か分かんないけど不安になる臭いだった。でもマツキとクラマは我が家のように入っていく。
「あ、おかえんなー」
現代ではもうとっくに絶滅した、妖怪。それが笑顔で声をかけてきたのだ。何やら魔女の料理みたいに大釜で何かを煮ていた。エレキは、臭いの正体がとにかく気になっていた。鼻をつまみながら恐る恐る大釜を覗く。
「これは、何ですか」
「これはねー、ふがふが、分かんない。でも良い薬にはなるんかなー」
大人なのか子供なのか分からない声色。顔がネコなだけで、後ろ姿は人間とそんなに変わらない。
魔法創会は、どこか酒蔵のような雰囲気だった。家と言うには広くて、作業場という感じ。
「ワンワン!」
「・・・え?まさか、ヨモギ?」
柴犬。魔法創会の入口にヨモギがいた。すぐに背中を向けて、顎をぷいっとさせる。
「ワン!」
「ついてこいってー」
「分かるの?妖怪だから?」
「ふがふが、妖怪じゃなくたって分かるでしょー」
ヨモギについていくと、道端では青年が血だらけで倒れていた。エレキはすぐさま瞳に閃光を点灯させる。重症だったが治療出来たので町の人と共に病床に寝かす。そこは大部屋の和室で、つまり4人部屋の病室。
「無様だな。剣士なのに」
「元気になったらまた鍛錬したらいいじゃないですか?」
恐らくユウアは、この瓦屋根の大浴場付き和式病院「草湯」では看護師のような役割なのだろう。いや、正確には“湯治メインの治療院”か。当たり前のように、そして優しく患者に声をかけるその姿は、1年や2年のキャリアじゃない。
「さ、飲んで下さい。薬草茶ですよ」
「これ、ほんと不味いんだよな。まぁほんとに効くんだけど・・・・・くぅ、不味い」
「あの、どうして、妖怪と戦ってるんですか?魔法創会の妖怪は全然怖くないのに」
エレキのそんな問いかけに、剣士の青年は一瞬にして穏やかな表情を吐き捨てた。
「はあ?何バカな事抜かしてんだ。お前らの方がおかしいんだ」
「え・・・」
「そもそも、何で魔法使いなんかがここにいる」
「何でって、だってここは、怪我人を治療する場所ですから」
「この帝都に、魔法使いなんか要らない。あいつらは妖怪とつるむあぶれ者だ」
「そんな言い方・・・でもあなたは、僕が治療しなければ、恐らく、助からなかったと思います」
「だから何だ。帝都の剣士として、帝都を守って死ぬならそれが本望だ」
「そんな、命を簡単に捨てるなんて」
「貴様・・・」
ドタドタと立ち上がり、ふらふらと詰め寄る。でもその形相はまるで鬼だった。胸ぐらを掴まれたエレキは尻餅を着く。
「二度とその口の利き方すんな!剣士はな!帝都に命を捧げてんだ!命を捨ててる剣士なんざ居やしねえよ!!」
「ご、ごごごめんなさい」
ユウアが剣士の青年の腕を取るもそれは振り払われた。エレキは、ふらふらと去っていく剣士の青年を追いかける事も、声をかける事も出来なかった。完全に腰が抜けていた。
縁側にしょんぼりと佇むエレキ。まるで忍者のようにいつの間にか、ユウアはエレキにお茶を差し出していた。躊躇するエレキにユウアは微笑む。
「ただの麦茶です」
「あ・・・ありがとうございます・・・良かった、美味しいです」
「剣士の方々は、昼夜問わず妖怪から帝都を護って下さってますので、あんな言い方されたら怒っちゃいますよ」
「・・・そう、ですよね。あの、ユウアさんは、どうして、魔法使いの方々と」
「魔法使いの方々だって、怪我や病気を治そうと働いていらっしゃいます。悪い方々ではないですから。私は湯治屋の娘として薬草を学んでまして、魔法使いの方々や妖怪の方々から色んな薬草を頂いたりしてます」
「そうなんですね」
帝都十剣士の宿舎。ふらふらと剣士の青年は帰ってきた。広い庭先で特訓している剣士達のざわつきを聞き、広間から顔を出したのは、帝都十剣士の1人、清瀬エンユウ。
「どうやら墓を作らずに済んだみたいだね。もしかして、例の治療士かい?」
「はい。魔法に助けて貰うなど無様に他なりません。死んだ方がマシでした」
「まぁまぁ。命あってのなんとやらだ。で?お前さんは?」
聡明な眼差しが向けられたのは、同じくふらふらと歩いてきたイオスだった。異国の剣を持った男に、剣士達はまたざわつく。
「誰でもいい、手合わせしてくれ」
湯治屋「草湯」にて。俯せになって貰ったとあるお婆さんの背中に、エレキは手を当てる。電気治療魔法とは己の手ひとつで行う、外科手術から“EMSマッサージ”まで多岐に渡る先進的な治療魔法である。
「あったかいね〜。気持ちいいよ」
「・・・これで少し休んだら、楽に立てますよ」
病室のお年寄り達は皆、目を輝かせた。長年、腰の曲がった婆さんで有名だった、あの婆さんが、なんと真っ直ぐ立ち上がったのだから。
「こ、これは、なんと・・・」
入れ歯も無いお婆さんは涙ぐむ。杖をつかずに歩くのは、何年ぶりだと。
「ユリ婆、すごい!」
1人パチパチと拍手するユウア。
「1度施せば良いというものではないので、しばらくはここに通って下さいね」
それからというもの、まるで親ツバメにエサをせがむヒナのように、お年寄り達はエレキを求めた。エレキはそれがとにかく嬉しかった。
「ワンワン!」
「ん?ヨモギ」
柴犬。病室の入口にヨモギがいた。エレキは胸騒ぎを感じた。走っていくヨモギについていくと、道端ではイオスが倒れていた。まるで草湯に帰る途中で力尽きたようだった。見守るやじ馬達。
「大丈夫ですか!まだ完全じゃないのに」
「く・・・くそ、ダメだった」
外傷は無い。内出血だらけだった。更には内臓の傷口が開いていた。
電気治療魔法で出来るのは、傷口を塞ぎ、傷口が無かったかのように細胞を再生させるまで。栄養の管理や、出血した分の血液を補充したり管理する内科的治療は専門外。
イオスにあと必要だったのは、ただ沢山ご飯を食べること。こうなるまでは。
「何してたんですか」
治療しながら、光る瞳でエレキは問いかける。
「ふう、力を、取り戻したいに決まってるだろ。でも、どうすれば、いいか、分からなくて。剣士の、道場に」
「道場。その体じゃまだ安静にしてなきゃダメですよ。そんなに急がなくたって」
「お前が言ったんだ」
「え?」
「オレらしく生きろって。オレには、強さ以外、何も無い。何も無いんだ」
夕方。イオスの病室の前の縁側で、エレキはしょんぼりしていた。
「エレキ」
「・・・クラマさん」
「引っ張りだこなんだって?大したもんだ」
「いえ、そんな」
「ん?どうした」
「イオスさんがさっき、剣士の道場に行って傷だらけで帰ってきたんです。僕が、あなたらしく生きて下さいって言ったばかりに」
「・・・ついてこい」
「え」
草湯には露天風呂がある。そこは源泉掛け流しで、湯治屋としての看板温泉。2人は肩を並べ、肩まで温泉に浸かっていた。
「最高だろ」
「はい」
「ここのはな、ただの温泉じゃない。小せえ悩みなんざ全部流してくれんだ」
「・・・謝りに行った方がいいでしょうか」
「え?」
「剣士の方に失礼な事を言っちゃいました。簡単に命を捨てるなんてって」
「おうおう、言ったなあ。よく殺されなかったな」
「治療したばかりだったので」
「来なくてよい」
振り返る2人。
「げっ!サイオン」
剣豪というだけあって、まるでダビデ像のような体。でも傷跡だらけ。エレキはその美しさに生唾を飲み込む。
「未来ある若き剣士の命を救った。剣士の誇りを愚弄しただけならば、その場で首を斬っていたが、水に流してやる」
湯けむりの中、目を瞑るサイオンの声は、鞘に納めた刀のようだった。
「す、すいません」
「それに、イオスという男。剣術は子供同然だが、根性はある」
「その、どうしてあんなに、強さを求めるんでしょうか。強さ以外何も無いなんて」
「そんな事も分からないのか。戦う事は誇りだからだ。己の強さを求める事も、誰かを護る事も。その誇りが生き様だ」
「生き様・・・」
「剣は盾に非ず。帝都十剣士の生き様だ」
「ん?それは、そうでしょう」
「クラマ、説いてやれ」
「何でオレが。オレはもう剣を捨てたんだ」
「え?クラマさん、剣士、だったんですか」
「昔の話だ。サイオンとはガキの頃から鍛錬し合った腐れ縁なんだ。まぁそれはいいとして。はあーあ・・・剣を、生き様の盾にしちゃならん、そういう意味だ」
「えっと」
「剣を持つ故に剣士に非ず。剣を生きる言い訳にするべからず。剣士とは、己の生き様」
「生き様。深いですね」
湯けむりから仰いだのは青天だった。大浴場はいつだって小さな悩みを流してくれる。エレキはようやく思い出した。ユイの顔だ。ここは1000年前だから、あっちでは時間は経過していない。
問題はそんな事ではない。
もし仮に、今すぐ現代に戻ったとして、あのままでは世界は崩壊するだろう。ダイダラボッチだ。そもそも、何で“こうなってる”んだろう。
脱衣所で牛乳を飲み干した。コーヒー牛乳じゃないけど、でも整った。そしてエレキは決意した。
「イオスさん」
病室であぐらをかきながらイオスが食べていたのは、草餅だった。かしこまって正座したエレキ。
「イオスさんなら分かってくれると思うので正直に話します。実は、僕はこの時代から1000年後の未来から来たんです」
「・・・そうか」
「でも僕が思うに、イオスさんはこの世界の時間軸からはまた別の世界から来たんじゃないかと思います」
「うん。それはそうだと思う」
「でもそんな僕達がここで出会ったのには何か意味があるんじゃないかと思います。だから、協力しませんか?それぞれの世界に帰る方法を、一緒に探すんです」
「・・・まぁ、いいけど。お前には借りがあるし」
「僕は、現代に現れた妖怪に襲われて気が付いたらここに来てたんです。イオスさんはどうしここに」
「世界を救ったって言っただろ?それから1週間くらいした後、空から光が降ってきた。まるで宇宙人にさらわれるみたいに。元の世界に戻されるって思った。でもここに来た」
「転生って、ゲームとかマンガのアレですよね」
「あぁ。元々はただの30過ぎのフリーターだった。それが急に光にさらわれて、知らない世界で高校生になってた。しかも勇者の生まれ変わり。剣と魔法の世界でさ、封印された伝説の剣ってのがあって、オレだけが使えてさ。それからすぐに高校でトップになって、魔王も倒してさ。マジで快感しかない世界だった。みんなバカに見えた。でもこの剣はこの世界じゃガラクタだけどな。もしかしたら、この世界にも封印された強大な力とかあるんじゃないか?」
エレキは目を泳がせる。この世界は、そんなファンタジーな世界じゃない。学校で習った限りで言えば、ただ古典から伝わった解析不能の魔法が1000年かけて少しずつ発展していっただけの世界。魔王も勇者もない。
「ワンワン!」
「え、ヨモギ?」
「ワン!」
「分かった。ちょっとすいません、行かなくちゃ」
カンカンカンと町中に鐘の音が響く。時代劇で何度も見た。これは火事の知らせ。ヨモギについていくと次第に焦げた臭いがしてきて、煙が見えてきた。火事は1軒や2軒じゃなかった。絶望的だ。この時代じゃまだ水属性魔法は無いし、レスキューだっていない。つまり逃げ遅れた人を救出する人がいない。
「おい逃げろ!」
屋根の上から声をかけられた。その人は”纏持ち”と呼ばれる、火消し達の、先導者のような存在。
「僕は治療士です!怪我人は!」
纏持ちが顎で差した方へと走るエレキ。しかしとある人とのすれ違いざまに腕をつかまれた。その人は帝都十剣士の羽織を着ていた。
「どこへ行く。死ぬぞ」
「僕は治療士です」
「もう助からん」
「まだ助かる人がいるかも知れません!」
「此度の火事は、普通の火事ではない。妖怪の襲撃によるものだ」
「え・・・」
「近付けば問答無用で食い殺される」
「でも」
「ここより先の者はもう諦めるしかない」
「そんな!あなた達は町の人を護る為に命を賭けてるんでしょ?そんな簡単に命を見捨てていいんですか!」
胸ぐらを掴まれたエレキは強い力で塀に押し付けられた。
「誰が簡単に見捨てたと言った!ここで妖怪を止めなければ、更に火事が広まるぞ。致し方ない事だ!」
「助けて・・・」
傷だらけの人が燃える軒並みの向こうからふらふらと歩いて来た。しかしすぐに力尽きて倒れこむ。
「放して下さい!」
もうすでに居るだけで熱い。そんなところでエレキは膝を落とし、怪我人を仰向けにした。
「今助けます!頑張って!」
火傷には、軽度、中等度、重度の3種類がある。瞳を点灯させたエレキが診るのは、どれくらい皮膚の中まで傷付いているかという事。
「おい下がれ!」
十剣士が叫んで刀を抜いた。今にも斬り殺そうという殺気に満ちていた。歩み寄ってきた十剣士にエレキは恐怖を覚える。十剣士はエレキを通り過ぎた。十剣士が見ていたのは、全身に炎の毛皮を纏った大熊「焔熊」だった。エレキと怪我人を背に、十剣士は刀を構える。
「グオオオオ!」
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