第18話「先を見据える者」
エレキはジュウガイから、敵意も殺意も感じなかった。ただ物珍しそうに電気治療魔法を見ているだけ。だからエレキはそのままもう1人の剣士の治療を始める。するとそこで、怪我の完治した方の剣士は、刀をジュウガイに向けた。
「貴様、山賊だな!」
「如何にも」
「帝都を汚す火の粉は、ここで打ち払う!」
「・・・火の粉か」
「どうした、剣を抜かないのか」
剣士の問いかけに、ジュウガイは空を見上げて耳をほじった。
「お前と戦う理由も、殺す理由もねえ」
「龍が攻めてくることに乗じて、こそこそ盗みでもしに来たんだろ」
「フンッそんな器の小さいことしてどうすんだよ」
「何だと?」
「んな事より、龍が攻めてきてんだろ、山賊に構ってていいのか?まぁ、あいつらに負けるような腕じゃ、格下か」
「き、貴様・・・。山賊風情が!」
剣士は怒りに任せて斬りかかる。しかし振り下ろされる刀よりも早く、ジュウガイは剣士の腕を掴み、手刀でその刀を根本からへし折った。それから蹴り飛ばされてようやく、剣士は刀の有様に動揺した。
「く、くそ・・・」
「ったく、とんだ格下だな」
「うおおお!」
折れた刀を投げ捨ててタックルを仕掛ける剣士。その勢いもジュウガイに受け止められ、投げ飛ばされそうになりつつも踏ん張り、殴りかかる。泥臭い戦い方だった。でもそんな剣士に、ジュウガイは感心した。
「勇ましいじゃねえか、気に入ったぜ」
それでも殴り合いでも勝てず、剣士は治療してもらったばかりでまた倒れ込んだ。
「負け・・・るか」
「まだ立つか。良い顔だ。相手してやってもいいが、もうすぐだ。直に、この帝都は、落ちるぞ」
「ふう・・・ふう・・・そんな、こと・・・させるか」
ふとジュウガイは群衆に目を向けた。ジュウガイが顔を向けただけで、町人達は縮み上がる。
「町人ども!帝が変わり、この帝都も我が龍の一族のものとなる」
「・・・龍だと・・・山賊風情が・・・」
「知らなかったのか?まあいい」
「そんなことになれば、皆殺しにされる」
「もうおしまいだ」
漂う絶望。町人は皆、すでに負けたかのように立ち尽くす。
「皆さん!よく聞いてください!龍が帝になっても、死ぬことはありません!」
治療しながら声を上げるエレキに、町人は動揺していく。そしてジュウガイはエレキを見下ろした。
「この方は、戦争の無い世を作る為に、色んな都を1つにしようとしてるだけです」
「・・・は?何言ってるんだ、エレキさん」
「北の都と、帝都の帝が同じになれば、争いはなくなる、そう思いませんか?」
エレキの言葉に、町人達は混乱の中に一筋の冷静さを取り戻していく。
「それは・・・そう言われれば、そうかも知れない。でも、エレキさん、何でそんなことが分かるんだ」
「えっと・・・」
「それに、そいつは、山賊だぞ!何で山賊が、龍なんて名乗るんだ。どういうことなんだ!」
「この方は、悪事を働いてしまったりして身寄りが無くなった人や妖怪を、集落に住まわせて、畑の耕し方や狩りを教えてるんです。この方の――」
ふとエレキは、学生時代、授業で習った事を思い出した。歴史の教科書に載っている、時山ジュウガイ。その遍歴と、どんな野望を掲げていたか。
「本当の目的は、身寄りのないような人でも見放さず、みんなが平等に暮らせる、安寧を作ることなんです」
ポカンとする町人達。その直後、ジュウガイは大笑いした。
「なんだ、お前は。町で噂の、たかが流浪の治療士だろ?」
なぜ、オレの事を知っている。そうジュウガイはエレキの顔をまじまじと見下ろす。
「ますます興味の湧く奴だ。どこから来やがった。そもそも、その魔法はなんだ」
「これは、その、この帝都に伝わるおまじないの、門外不出の、魔法、というか」
「山賊だの龍だの言っておきながら、安寧の世だと?ふざけた話だ!」
町人の男性が声を上げると、そうだそうだと、ヤジが飛ぶ。
「剣士を襲い、帝をも襲おうという輩が、何が安寧だ。エレキさん、あんたは甘い。あまり山賊を買い被るもんじゃない」
深いため息を吐き、歩き出すジュウガイ。その足先は町人達へと向かっていく。庇ってくれる剣士はいない。町人達は恐怖を感じ、声を上げた町人の男性も思わず黙り込む。するとジュウガイは足を止めた。
「帝が何をした!」
「・・・え?」
「貧しく暮らしてるお前らに、帝は何をしてくれたんだ?」
「な、何をって・・・」
「帝の顔を見たものはいるのか?居ないだろ。お前達がどんなに貧しくとも、北の都のものが攻めてきても、帝は天上の町からは出てこない。傷ついた時に、治療士のように優しい言葉をかけてくれることもない」
「それは・・・そうだが、いやしかし、帝都があるお陰で、生活が出来てる。帝が居なくなってしまえば、生きてなどいけない」
「畑を耕し、飯を握ってるのは、帝か?違うだろ。帝などいなくとも、畑が枯れることはない。帝が変わったところで、稲は枯れない」
町人達は再び、戸惑いと冷静さの中にいた。
「自分で畑を耕すこともない者に、お前らは手塩にかけた米をわざわざくれてやってんだ。おかしいと思わねえのか?」
「確かに、そう・・・言われると」
「お前らこそ、生きてるか死んでるかも知れねえ帝を、買い被ってんじゃねえのか!」
別の場所、サクラとトウマは倒れた剣士達を運んでいた。普通の剣士では全く歯が立たない。あれからすぐに十剣士が集まった。最早、十剣士と、龍達の戦い。
「ここで降ろそう」
トウマに頷いたサクラは瞳を点灯させた。まるで遊ばれたように、殺意の無い傷ばかりだった。それでも傷の癒えた若い剣士が、再び剣を握ることはなかった。
風が吹き、水が舞い、炎が立つ。戦場と化したそこで、十剣士と龍達の戦いは拮抗しているように見えた。十剣士と、腕の立つ剣士達を前に確かに足止めを食らっていた。ツキオは、内心で剣士を侮っていたと認めた。だからこそ、本気を出すと決意した。ここいらで突破口を開かねば。標的は、ブライ。
「崩牙!」
それは、狭い範囲に、刀のように鋭い風圧が、雨のように降ってくる魔法。次々と地面を抉る風圧に、ブライとハクライは距離を取らざるを得ない。舞い上がった土埃。目を凝らすブライとハクライ。その中で、ツキオは精神統一をした。それは大きな隙の生まれる魔法だった。
「滾れ竜血!カーナ・カゥモイ!」
突然の突風に粉塵が飛んでいく。ブライとハクライはフリーズした。目の前にいるのは、長い尻尾とねじれた2本の角を頭に生やした、まるで人間のように大きいトカゲの姿をしたツキオだった。
「本性を・・・見せたか!」
素早く飛び掛かったツキオ。その挙動に、さっきまでの賢い剣術なんてものはなかった。風の式神「轟華燕」を纏ったブライを腕力で投げ飛ばし、水の式神「大蛟」を纏ったハクライを尻尾で叩き飛ばした。その一撃で、ハクライは気絶した。それから獣のように、疾風のように、ツキオはブライの首を掴んだ。
「きゃあああ!」
振り返るサイオン。人間ならざる姿をしているツキオの刀は、ブライの心臓を貫いていた。目を見開くサイオン。
「ブライ!」
エンユウが叫ぶも虚しく、ブライの亡骸はドサッと倒れ込んだ。
「貴様ぁああ!」
「ウオオオオ!」
ツキオの雄叫び。その衝撃波が周囲を襲う。数人の町人は倒れ、斬りかかった剣士も吹き飛んだ。
「龍を前に、戦くがいい!これが力の差だ!」
「十剣士が、やられるなんて」
「終わりだ。この町は」
「数日もすればまだ龍は何百と来るぞ!余程のバカでないなら、刀を下ろせ!」
少しずつ人間の姿に戻っていくツキオ。そしてツキオは懐から1通の文を取り出して、高々と上げてみせた。
「此度の我々の進軍は、この帝都の帝が望んだことだ!この帝都の帝からの文が証拠である!」
「・・・・・は?」
ツキオの突拍子もない言葉に、剣士達は皆フリーズした。
「そ、そんな、バカな!」
「そんなもの、どう信じろというのだ!」
「よく見るがいい。家紋がある」
動揺と冷静な混乱。剣士達の士気がみるみると揺らいでいく。実際、町の人や剣士でさえ、帝の字など見たとはない。だからこそ混乱するのだが、家紋は本当に捺されていて、はっきりと伺えた。
「帝が、なんだって龍など招くのだ!」
「帝が関わっていることは秘匿にしておくとの約束だったが、これ以上、無用な殺しを避ける為に仕方なく。私は最初に申し上げたはずだ。これから天上の町へ赴くと。剣士や、この帝都の蹂躙など、何も申してはいない。勘違いして刃を向けてきたのは貴様らだ」
「何を!何を都合のいい事を並び立ててやがるんだ!だったら・・・だったら!ブライは無駄死にじゃねえか!」
「無駄死にではない。己の無力さを知れただろ」
「貴様ぁああああ!」
走り出したのはゼンイツ。しかしそこにツキオの部下が割って入り、ゼンイツと1人の龍が鍔迫り合いを起こす。
「ゼンイツ!」
サイオンの声が響き、ゼンイツはツキオを睨みつけながらも渋々と身を引いた。
「恨むなら、帝を恨むがいい!龍が北の都を落としたと知り、帝はすぐにこの帝都を捨てることを決めた!」
「何だって・・・」
「帝都の者共!先も申し上げたが、皆殺しにはしない。顔も知らぬ帝が変わるだけだ」
「それなら・・・オレらには、関係ねえのかもな」
「オレらは、家があって、飯が食えりゃ、それでいいしな」
町人達の戸惑いや恐怖が少しずつ和らいでいく。そんな町人達の態度は、剣士達の切っ先も迷わせていく。
「その言葉に、嘘はないのか?」
問いかけたのはエンユウ。
「皆殺しはしない。その言葉に、嘘はないんだな?」
「勿論」
疑ってはいた。でも力では勝てない相手に、無駄に抵抗してもそれこそ無駄死にするだけ。龍が攻めてくるという話自体が、勘違いだった?とても信じ難いが、エンユウは冷静に状況を見定めようとしていた。
「ならば、行け」
「エンユウ」
「しかし、1人でも斬り捨てれば、覚悟しろ」
部下に目を配りながら、ツキオは刀を納めた。エンユウの脅しにも顔色を崩さず、そうしてツキオは歩き出した。人知れず、勝ち誇った笑みを浮かべながら。龍達が去っていった戦場で、疑念の風が優しく吹き込む。
「エンユウさん。オレには、どうも信じられません!あいつらには、殺気があった!最初から戦う気が無かったのなら、何故、ブライさんは!」
「オレだって信じちゃいないよ。けど、このまま戦ってても、死人が増えるだけだったのは確かだ。これほど龍が手強いとはね」
「何故帝は、自らの文を秘匿になどと。そんなことがなければ、ブライさんは死なずに済んだのに!本当に帝は、帝都の民を、何も案じておられないのか!」
嘆くソムイ。その怒りを、剣士達や町人達も、心の底で共感していた。そんな時だった、イオスの持つ剣が、強く光を帯びたのは。
「おめえら!」
ジュウガイが山賊達に声をかける。
「よく考えろ。身寄りがないのも、生きづらいのも、全部、帝の采配よ!」
「ああ!そうだ!」
ジュウガイの右腕、ゴウザの同調に他の山賊たちも沸々と怒りを露わにしていく。
「オレらも行くぞ!天上の町へ!」
「今までの恨み、遂に晴らす時が来たんだ!」
エレキは治療しながらも目を丸くする。山賊を連れて帝のところへ行って、一体何をする気なんだと。
魔法創会、本堂。その時、本堂のど真ん中で眠るように祀られているダイダラボッチが、ごろんと転がった。誰もいない本堂で巨大な卵のようなものが勝手にごろごろと転がっていく。もう少しで境内に出る。そこで、偶然にもネンがやってきて声を上げた。
「どこへ行くんだ!」
「・・・・・憎い」
「まさか、お前」
卵の姿でジャンプしたダイダラボッチ。ネンを飛び越え、境内をまた転がっていく。
「待て、何が憎い」
「・・・・・帝だ」
転がっていくかと思った矢先、卵はまるで岩肌が蠢くような音を軋ませ、どんどんと人の形をしていった。ネンは茫然とダイダラボッチを見上げていく。
「来た」
イオスは感じた。剣から伝わる力の波動。それはまさしく、前の世界に居た時のものだった。力が体に溢れてくる。そしてイオスはゆっくりと、剣を鞘から抜いた。封印が、解かれた。懐かしい。今なら、龍にだって勝てる。
「おい!待て!」
イオスの声に立ち止まった龍の進軍。振り返るツキオ。
ズドン、ズドンと地面が揺れている。建物が軋んでいく。なんだなんだと、町の人が辺りを見渡す。ズドン、ズドン、その振動が近づいてくる。それは恐怖でしかない。ふと振り返った1人のお婆さん。いつの間にかそこを歩いていたのは、7メートルの岩肌の巨人だった。しかも一歩一歩、重たく歩みを進める度、少しずつ大きくなっていく。
ツキオは見慣れない剣を持つ男に、警戒心を見せた。
「貴様、剣士ではないな。異国人か」
「まあそうだ。だが訳あって、この帝都を護る立場だ」
ツキオは面倒な見知らぬ者を相手にするよう、1人の部下にアイコンタクトを送った。歩き出すツキオ。イオスの前に立ちはだかる1人の龍。しかし直後、ツキオは立ち止まった。ツキオを通り過ぎていって吹き飛んで転がって倒れたのは、部下の龍だったから。
「お前ら、本当は、剣士を皆殺しにするつもりなんじゃないのか?」
十剣士達は、ジュウガイと山賊たちと対峙していた。山賊まで天上の町へと行かせる訳にはいかないから。
「陳情を上げるだけだ。何も暴れはしねえよ」
「龍と山賊は無関係だろ。山賊如きが立ち入っていい場所じゃない」
「なんだとこの野郎!」
その時だった、ズドン、ズドンと足音が響いてきた。一つ一つの足音で、建物に響いて軋んでいく。
「ダイダラボッチだーー!」
カラスが鳴いた。振り返るエレキ、十剣士達、山賊、そしてジュウガイ。
「来たな。厄神」
エレキの脳裏に甦る、あの時の記憶。平和だった日常に突然と姿を現した、巨人。1つ理解したのは、あの時よりも、だいぶ小さいということ。だいたい10メートルくらい。
「ダイダラボッチさん!」
エレキの声かけに、ダイダラボッチは反応しなかった。
「剛波一閃!」
「リフレクション」
1人の龍が放った魔法を、イオスは跳ね返した。龍達が吹き飛ばされ、ツキオは軽く屈みながら身構える。
「その剣は、もしや。お前ら、異国人だろうと関係ない、殺せ!」
龍達はすぐに起き上がり、刀を抜き、イオスを取り囲む。1人が先陣を切って斬りかかる。イオスはその剣を弾き返し、逆に蹴り飛ばした。
「フレイム!」
牽制の炎。背後からイオスを狙っていた3人の龍はたまらずに後退する。それから懐に飛び込んできた龍を、イオスはまたいなし、猛烈に殴り飛ばした。
「貴様、異国人の分際で」
「ははっ、そのセリフはもう聞き飽きた。スターライト!」
イオスの手から放たれた光のビームにまた1人の龍が吹き飛んでいく。
「帝・・・憎い!」
ズドン、ズドンと歩くダイダラボッチを、ジュウガイは高らかに笑った。描いていた策略が見事に上手くいった高揚感。サイオンは眼差しをひそめる。
「ジュウガイさん、どうして、ダイダラボッチさんは急に」
「・・・ダイダラボッチってやつはな、人の憎しみを吸って目覚める。そんでその憎しみの対象を、見境なしに叩き壊すんだ」
「憎しみ・・・」
エレキは思い出していた。ダイダラボッチは、何故自分の街を、何故未来の街を。エレキは走り出した。
「ダイダラボッチさん!エレキです!あなたは、本当は、悲しいんじゃないですか?」
ズドン、ズドンと歩くダイダラボッチ。しかしその直後、ダイダラボッチはエレキに振り返った。
「どうか、憎しみに囚われないで」
歩みを止めたダイダラボッチは、息も荒く、頭を抱えた。そんな姿に、ジュウガイは高揚感を忘れた。ダイダラボッチの歩みを止められる者は居ない。あいつはそういう”災害”だ。なのに。
「・・・・・ぐっ・・・エレキ・・・」
なのに。心を通わせている。この男は、何者なんだ。このままでは策略が。そうジュウガイは、エレキの後姿を凝視し、刀に手をかけた。
読んで頂きありがとうございました。
ダイダラボッチの謎が、解き明かされます。




