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青天のエレキ  作者: 加藤貴敏


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15/15

第15話「変わりゆく兆し」

「シュウ、それはどうかな」

そこに口を挟んだのはトウマだった。

「1000年も後の伝話なんか、信用できるのか?エレキを疑う訳じゃないけど、今の時山は、山賊で、町を襲って、剣士達を殺したんだ。聡明も何もないじゃないか」

「・・・まぁ、そうだな。エレキが嘘をついてなくとも1000年もの月日が流れた伝話をおいそれと鵜吞みには出来まい」

「ただでさえ伝話なんて、足が早いんだ。三日も経てば形も変わり、三月も経てば実も変わる」

「トウマの言うことはもっともだ。しかし、ならばむしろ不思議に思わないか?なぜエレキは、時山をまるで親しい師のように話す」

「それは・・・確かに」

「オレは、なぜ時山にそんな伝話が残るのか、そこを知りたい。それに、やはり時山がどんな男か、それはキチに聞いた方が早いだろう」

「あぁ。そうだな。キチ、時山はどんな奴なんだ」

キチは口の中のものを飲み込んだ。やっぱり話さなきゃいけないみたいだと、意を決した。

「・・・親分は、エレキの言う通り、とても強くて、義理堅い。オイラ、学がないから、時々親分の言ってること分かんないけど、でも村に棲むオイラ達を守ってくれてる。畑の耕し方も狩りの仕方も教えてくれる」

「これから何をしようとしてるかは聞いてないのか?」

「・・・帝の命を狙ってる」

一気に張り詰めた空気になった。時山ジュウガイは単なる山賊じゃなく、大きな野望のの持ち主だと。でもシュウはふと、冷静なエレキの顔を見た。

「知ってたのか?」

「それは、もちろん。それが刻まれた歴史ですから」

シュウは大きく頷いた。歴史。その言葉に大きな納得があった。今を生きている自分達にとって、未来とは(くう)である。この先、どうなるか分からないもの。この先に起こることが分かったとして、そしてそれを変えたとして、それは”正された”ということにはならない。何故なら元々の正しいことなんて知らないのだから。ただ、それ自体が歴史となって刻まれていくだけ。

「確かに、時山は、相当に聡明だな」

「シュウ、どういうこと?」

「エレキさーん」

外からカラスの鳴き声がした。逼迫した感じではなく、単なる呼びかけのトーンだ。だからエレキはふらっと外に出た。

「エンユウから伝言だよー」

この町での訪問治療もそこそこにこなして、それからエレキ達は虎寺の町と、狐寺の町のちょうど中間辺りにある、”道場”にやってきた。まだろくに建物も建ってない、ただの空き地。エンユウとハル、そして剣士達と妖怪たちがいた。

「皆も聞いたことくらいはあるだろう。最近になって帝都に広まり始めた電気治療魔法(サンダーヒール)。その使い手であり、師範となるエレキだ」

「・・・えっ師範・・・僕が?」

「他に誰がいるんだ」

「そうだよ」

トウマにぽんっと背中を押されて歩き出したエレキ。とりあえず会釈してみた。この時代に来て、講習会はもう何度もやってる。そこに緊張はないが、急に師範となったことには驚いた。

「エレキです。よろしくお願いします」

剣士でもあり治療士でもあるエンユウ、八賢衆のハル、そしてエレキ。術式剣道も電気治療魔法(サンダーヒール)も学べる道場なんてすごいと、トウマは感心した。これは、きっと刻まれるべき大きな歴史になるんじゃないかと、希望を持たずにはいられなかった。

エレキによる講習会の最中、とある大熊がのそのそとやってきた。トウマが振り返る。遅れてやってきたのだろうか、しかしその大熊の様子は、張り詰めた緊迫感を醸していた。すると大熊はゆっくりと立ち上がった。

「ここが剣士の道場か!」

怒鳴り声と殺気。講習会に参加している剣士達は刀に手を回し、妖怪たちは怯えて立ちすくむ。

「何だお前は!」

若い剣士が怒鳴り返すと、大熊は更にゆっくりと近づいてきた。

「お前らは、妖怪を根絶やしにするつもりか!」

「・・・はあ!?」

「お前らが妖怪を集めて、人間になる秘術を教えて回るから、妖怪がいなくなっていく!人間が増えれば妖怪の住む場所もなくなっていくだろ!」

「え?・・・お前、何言ってんだ・・・」

「オレの兄弟も人間になって、もう帰ってこない。森でひっそりと暮らしたいだけなのに、人間になれば良い暮らしが出来るからって、周りがどんどん町に行ってしまう。そうやって人間は妖怪を根絶やしにするつもりだろ」

「・・・は?何言ってんだよさっきから。そんな、妖怪を根絶やしになんか思ってない。エンユウさんも、総師範も、妖怪が自分で身を守れるようにって、この道場を開いてくれたんだ」

「オレも、総師範も、妖怪に人間になれとは言わないよ」

「でも妖怪のままじゃ、町では暮らしづらい。だから人間になるしかないだろ。自分で身を守れるようにって、そんなの、人間になれって言ってるようなもんだ」

「そんなことないって!」

トウマが言い返すと、大熊はその怒りの眼差しをトウマにも向けていく。

「妖怪のままの姿で暮らしてる妖怪だっているよ」

「お前だって人間になってるだろ」

「そ、そうだけど」

「このままじゃ、本当に妖怪がいなくなってしまうぞ!」

「・・・お前の言う通りかも知れない」

エンユウがそう言葉を返せば、若い剣士たちも妖怪たちも、ハルも顔を向けていく。

「けど、必ず道はあるはずだ。この道場は、その道を探る為にあるんだ」

すると1匹の大熊が、怒りの大熊に歩み寄る。

「気持ちは分かる。だが、人間にならずとも、人間と共に暮らさねば、それも生きづらかろう。共に生きる道を探さねば」

「・・・共に生きる。熊が、こんな小さな町でどうやって」

「それを、これからみんなで考えるのよ」

ハルがそう言葉を返すと、ようやく怒りの大熊は落ち着いた。

エレキは思い出そうとしていた。1000年後、実際には妖怪も剣士もない。そういえば何故そうなったかを思い出そうとしたが、分からなかった。学校で習ったことは、月日が経って妖怪は姿を消しましたなんて、おとぎ話でも語るような結果だけ。妖怪が人間になる秘術なんて、初めて聞いた。そして剣士も、日本が外国との戦争に負けたことで外国との交流が盛んになって、文明開化と共に消えていった。1000年前の歴史の詳細なんて、エレキには知る由もなかった。

講習会を終えたところで、トウマはふと気になったことをエレキにぶつけた。

「なぁ、未来の妖怪も、今みたいに人間と対立してるのか?」

聞かれたくないことをまた聞かれてしまった。話を濁そうか迷った。でもそんな嘘をついたところで、何の得もない。

「僕の時代では、妖怪はいません」

「・・・・・え」

「厳密に言うと、今の鬼だけです」

「鬼・・・姿は妖怪そっくりだが、喋れもしないし、魔法も使えない。心のない者たち」

「はい。ちなみに」

少しエレキは辺りを見渡し、トウマをエンユウ達から離していく。声のボリュームだって少し抑える。

「未来では剣士もいません」

「1000年も経てば、変わるんだな。でも、ダイダラボッチに襲われたって」

「はい。それが、僕にとって一番の謎なんです」

「んー。確かに謎ばかりだな」


イタチが颯爽と町を駆け抜ける。やがて蛇寺のある町の外れにやってきて、丘で待機していたアオサギと合流する。それからアオサギの足にしがみつき、村までひとっ飛び。アオサギを降りれば、子分たちに剣術を教えていたジュウガイに駆け寄る。

「例の、十剣士の新しい道場に行ってきました」

「おう、どうだ?」

「そこは、剣士も妖怪も一堂に集め、剣術とサンダーヒールを同時に鍛錬する道場でして、町に棲む妖怪や、普段は戦うことのないような妖怪も自分の身を護る術を会得出来ると」

「そらあ、面白い。妖怪に、剣術を教える道場か」

「何が面白い。それはつまり、戦うものが増えるということだ」

ジュウガイに口を挟んだのは弟のレイザ。

「剣士も妖怪も、総出で身を固めてる。もしや、町中で結束を固め、我らと徹底的に戦をするつもりか」

「そんな大層なことじゃねえだろ、心配が過ぎるぞ」

「兄貴が呑気なんだ」

「あんだとこの」

ジュウガイがレイザにヘッドロックを仕掛けると、レイザも負けじとジュウガイの脇をくすぐる。

「ジュウガイさん」

そこで口を開いたのはゴウザだった。

「その、町中の結束が高まると、お互いの憎しみも消えるのではねえですかい」

「ああ?あー、そうだな、そら、確かにマズイ」

ふと真剣な表情になって、弟とのじゃれあいも急にやめて、ジュウガイはそこら辺の丸太に座り込んだ。

「だったら・・・・・そうだな。そう、そうか・・・帝を殺すのは、やめだ」

「・・・はあ!?兄貴、急に何を言い出すんだ。先兵はもう3日もすれば来る」

「だったらお前が迎えに行って伝えろ。新しい計画が出来たってな。とは言え、この都を奪うことには変わりない。お前も協力しろ」

「新しい計画とは」

「先ずはそうだな。文だ。文を書け」

「誰に」

「お頭」

そんな時、”別の”デンがやってくる。先にやって来ていたデンは交替するようにさっと下がって去っていく。

「少々奇妙なことになりました」

「おう、何だ」

「キチの素性がバレました。でも当人の治療士は、それでも構わずキチにサンダーヒールを学び、この村に伝えてほしいと」

フリーズしたのは一瞬だけ。それからジュウガイは失笑するように笑い声を上げた。

「こいつは面白え。山賊だと分かってサンダーヒールを教えるか。その治療士の名は何だっけ」

「エレキです」

「・・・エレキ。中々突飛な奴よ。サンダーヒールの出どころもそうだが、その男が何者か、興味が湧く」


翌朝。エレキ達は走っていた。空にはカラスが飛んでいて道案内をしてくれてる。町中に居る、噂好きのニュースボーイなカラス。やがてカラスが降り立ったところに、ソウハと怪我人がいた。

「来た。エレキ、この子だよ」

瞳を点灯させるエレキ。聞いた怪我人とは半獣半人の狐の男の子だった。全身やけどで、意識は不明。

「これはひどいな。一体誰に」

「それが分からないんだ」

トウマの問いかけに、ソウハが応える。

「カラスたちも、山賊は見てないって言うし。急に、燃え上がったらしい」

2人の話に耳を傾けながらも、エレキは狐の治療を進めていく。

「急にって。この子だけ?」

「うん、そうみたい」

ますますトウマは困惑した。襲われた訳じゃないのに、こんなにも大怪我を負っている。するとそんな時だった、人間の男の子が不安そうにやってきた。

「おれのせいなんだ」

「ん?君は」

トウマが訊ねる。よく見ればその子も転んだのか、腕に擦り傷があった。

「おれが、もっともっとなんて言ったから。それでウルが、魔法を。でも失敗して。燃えちゃって」

「この狐の子はウルっていうんだね。君の名前は?」

「ジソタ」

「ジソタ。もうちょっと詳しく聞かせてくれないかな?」


――30分前。

ウルとジソタはいつものように顔を合わせ、広場でかくれんぼ。遊び終えたところで、ウルがふと見せたもの、それは手から燃え上がる炎だった。目を輝かせるジソタ。

「すげー!」

「やっと使えるようになったんだ。昨日行った道場のおかげかな。今度一緒に行こうよ」

「うん!」

おまじないのやり方を道場で教えてもらって、ウルは魔法のコントロールが格段に上手くなった。そしてもうひとつ教えてもらったもの。電気治療魔法(サンダーヒール)。ウルも早速やってみた。でも狐は、電気は得意じゃない。基本的には火属の妖怪だから。だからウルは、何となくやってみた。火を使って、サンダーヒール・ハンドを作った。実際、それは上手く出来ていた。手から燃え上がる炎を見て、ジソタは好奇心を高ぶらせた。

「この魔法があれば、怪我しても治せるんだって」

「すげー!もっと大きく出来るかな?」

友達が笑顔でそう言うもんだから、ウルは何となくやってみた。でもその直後、コントロールが難しくなって、手から燃え上がる炎は爆発した。

「わあああ!」

吹き飛んでこけたジソタ。ウルを見れば、全身に火が点いていた。

「あああ!!うわあああ!」

「ウル!!」

このままじゃ死んでしまう。でもすぐ目の前の家の主人がバケツに汲んだ水を持ってきて、思い切りウルに水をぶっかけた。


「え、火で・・・怪我を治すって。そんなの教えてないのに」

やがてウルはゆっくりと目を開けた。まだ全身がひりひりする。でも意識が回復した。

「ウル!」

「大丈夫だよウルくん。じっとしてて」

「・・・昨日の、お兄さん」

「うん。すぐ治すからね」

エレキはウルの全身をくまなく見渡す。幸い、やけどは表面的なものばかりで、重症度は低かった。それから10分もすれば、ウルの全身やけどはキレイに治った。最後にバイタルチェックをして、終了。

「やっぱりすごいや。おれ、将来は治療士になりたいんだ」

「そうなんだね。それは助かるよ」

「でも何で火を使ったんだ?電気治療魔法(サンダーヒール)は電気って決まってる」

「え?そうだったの!?でもおれ、狐だし、火しか使えないし」

「そんなことないよ。得意不得意はあるけど、どんな妖怪だって、ちゃんと鍛錬すれば電気も使える」

「そうなんだ。でも、昨日の夜、出来たんだ。火を使って、怪我を治すの。少しだけど」

「・・・え?そ、それ、ほんと?」

トウマが困惑する隣で、エレキは茫然とした。実は、1000年後では、電気治療魔法よりも歴史の長い、水属性の治療魔法がある。世界で初めて、治療専門魔法として生まれたのが水治療魔法(ウォーターヒール)。人間もそうだが、生き物はほとんどが水で出来ている。水を制するものは命を制する。そうして長年、治療魔法はそれが一択だった。それから電気治療魔法(サンダーヒール)も開発されたが、決して、火属性の治療魔法は存在しない。

「ど、どうやって」

するとウルは治ったばかりの体で、手に炎を燃え上がらせ、そしてその炎を手のひら全体になじませた。まるで暖かい光の手袋みたいだ。

「これで、怪我したイタチを触ってあげたら、血が止まったんだ」

「・・・・・す、すごい。エレキでさえやったことのないことを」

「火を使うなんてずっとやってたから簡単だけど、昨日、おまじないを教えて貰って、それでおまじないの中で魔法をやるって言ってたから、やってみたら、出来たんだ」

エレキはとてつもない歴史改変をしてしまうんじゃないかと、頭を巡らせた。そもそも水治療魔法(ウォーターヒール)も妖怪が居なくなったあとに開発された。人間だけで、長い年月をかけて。でもそのおまじないという得体の知れない魔法の元祖が、こんな風に妖怪に知れ渡ってたら、世界はもっと変わっていたのだろうか。

エレキは本堂に向かった。未来の危機を防ぐどころか、世界そのものを変えてしまう。そのとてつもなく先の見えない大きな不安を、とにかく聞いてほしかった。カナデの顔を見れば、エレキは狐の少年のこと、新しく魔法が生まれてしまうことを話した。変わらず、カナデは冷静に話を聞いてくれた。

「未来に戻ったとしても、知っている未来でなくなってるなら、意味がない。僕は、本当は、ここにきてはいけなかったのでしょうか」

「オレはそんなことないと思うよ。エレキがこの帝都に来てくれたことには、必ず意味があると思う」

不安げにトウマを見つめるエレキを見つめ、カナデは深く頷く

「そうだな。歴史というのは誰の意思に依らずとも、刻まれるもの。お主がこの地に来ること自体、その範疇なのやも知れぬ」

「それって、どういうこと?」

するとカナデは、おもむろにダイダラボッチに振り返った。

「勝手なこじつけだが、ダイダラボッチがお主を呼んだということもあるのではと、思ってな」

「ダイダラボッチが・・・エレキを?」

エレキもただ静かに、ダイダラボッチに顔を向ける。巨大な卵のような物体でしかない、その奇妙な存在に。

読んで頂きありがとうございました。

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