第13話「鼓動と暗躍」
基本的にエレキはいつも魔法創会の分寺で寝泊まりをする。今朝は狐寺。トウマは変わらず本堂だが、サクラとキチが来てからは同じように魔法創会の分寺で寝泊まりするようになった。その日の朝、エレキ達は湯治屋「草湯」に向かった。狐寺に泊まった日は必ず草湯にて治療士としての仕事をするから。
「エレキ」
お婆さんにEMSマッサージをしている時、イオスに声をかけられたエレキ。だからお婆さんのマッサージを終えると一旦イオスの部屋へ。するとイオスはおもむろに”力を失った剣”を取ってみせた。
「感じるんだ。ほんの微かだけど、鼓動を感じる」
「鼓動、ですか」
「もしかしたら力を取り戻そうとしてるのかも」
「本当ですか、良かったじゃないですか」
「だけど、相変わらず鞘からは抜けない。時間が経てば本当に戻るのかなんて確証はない。どうしてこのタイミングかなんてのもさっぱりだし」
「そうですね。でしたら、聞きに行きましょう。カナデさん達ならもしかしたら何か知ってるかもしれません」
「大変だ―!山賊だー!」
カラスが叫ぶもんだからエレキやサクラも慌てて、なんだなんだと外に出ていく。
「どこですか!」
「こっちー」
「ユウアさん、すいません」
「いってらっしゃい」
何となく胸騒ぎがした。だからイオスはエレキ達についていった。
火事の臭いはしなかった。でも倒れている若い剣士の姿があった。すぐに駆け寄るもすでに息絶えていて、それからエレキが見たのは、若い剣士達を簡単に叩きのめしている、1人の男だった。また若い剣士がぶっ飛ばされたのでエレキは駆け寄る。酷い出血だった。
「今助けます!頑張って!」
「山賊か?」
トウマの呟きに、キチは茫然とした。あんな男は村には居ないから。
「この都の剣士はこんなものか」
凛としていて、でも思わず体が麻痺してしまいそうな強い殺気。外見も特に妖怪めいたものはないその男は、ガラの悪い山賊にはとても見えなかった。そんな時、男は遠くに目をやった。その方向からやってきたのは、エンユウだった。聡明で穏やかに、しかし隙の無い威厳で刀を抜いたエンユウに、男も静かに狙いを定める。エンユウには分かった。この男は、剣士を殺しに来たんだと。
「術式『霊刀』――」
踏み込むエンユウ。
「氷瀬!」
斬り筋から溢れ出る、凍える程に鋭い冷気。裂傷に凍傷を重ねて負わせるものだが、男にはそのせせらぎのような冷気は効かなかった。しかしそれでもエンユウは隙を与えないように斬りかかり、男を押しやっていく。
「氷雀!」
それはまるで吹雪のように、一瞬の内に相手を冷気で呑み込む。氷属の式神から借りる力を少し強めた霊刀。瞬く間に体中の節々がかじかみ、凍り付く。しかしそれでも男は簡単に氷雀から抜け出した。そして感心するように笑った。
「これが術式剣道か、なるほど」
「お前は、一体何者なんだ?」
「・・・我は、龍の一族にしてその末裔である」
「龍、へぇ」
「そして此度、北の都は、この都を落とす。我はその為に馳せ参じた」
「懲りないねぇ。この前の戦でおめおめと逃げ帰ったのに」
「幾月か前の戦とは、訳が違う。北の都は、我ら龍の一族がその帝となった。覚えておけ、この都も我が龍の都になる」
「帝が、変わった。つまり北の都は先ずお前達に落されたのか。それで裾野を広げに来たと」
「如何にも。聞けばこの都には、術式剣道なるものがあると、以前の北の都はそれに敗れた。しかし――」
男はふと倒れている若い剣士達を見て、小さく蔑んだ笑みを溢す。
「造作もない。剣を持った子供も同然だ。貴様も、程度の低い術よ」
「なるほどねぇ、龍とやらは相当に自信があるようだね。けど、愚弄は許さない。術式『憑依』大氷雀!」
それは式神をその身に宿し、式神の力を最大限に扱う為の術。冷気を身に纏ったエンユウはまるで、忍び寄る凍てつく風のように宙を舞い、そして生きる氷柱のようにその刀を男に向ける。その斬りかかりの力は先ほどとは比べ物にならず、強い力に押されて男は引きずられる。
「・・・くっ」
男が反撃しようにも、その切っ先はまるで蝶を追いかける子供のように空を切る。それは氷の上を滑るように立ち振る舞いだった。しかしエンユウが男を翻弄する理由はそれだけじゃない。エンユウが身に纏う冷気は近くに居るだけで静かに這い寄ってきて体の自由を奪おうとする。そんな存在に男は苛立ち、雄叫びを上げた。その雄叫びに、エンユウは押し退けられた。
「何だありゃ・・・」
思わずトウマが呟いた。その直後、イオスは自分の剣から鼓動を感じた。
ただの雄叫び。ただの声。しかしそれだけでエンユウは押し飛ばされ、砂利は吹き飛び、周りの建物は震えた。人々が逃げていく。
「侮っていたな。それが術式剣道か。ならば、見せてやろう、龍の魔法を」
「龍の魔法・・・」
「させるか!」
気が付けば家屋の屋根に立っていたブライ。しかし十剣士が2人になっても男の表情は勝気に満ちていた。
「術式『霊刀』風針!」
屋根から男に向かって飛び降りながら、ブライは刀に風が集まって出来た槍を仕向ける。しかしその風の針は男に届く前に砕け散った。
「火龍昇炎」
それは足元から天に上るような炎の激流だった。男には全く近付けない。それどころか、天に舞い上がった炎は翻って幾つもの火球となって地上に降り注いできた。
「まずい!『守護』断空!」
ブライとエンユウは見えない壁を作り、すかさず街を護る。しかしその火球の1つが、見えない壁を運悪く通り過ぎ、エレキに向かって落ちていった。
「え・・・」
逃げる間もなかった。というか治療の真っ最中で逃げられなかった。エレキは思わず目を瞑る。しかし急にその熱源を感じなくなった。恐る恐る目を開けてみると目の前にはイオスが立っていて、剣から溢れる光を盾にしていた。エンユウもブライも、龍の男も、その現象にふと目を留めていた。
「お前さん、それ・・・」
「あ、逃げた!」
キチが声を上げた時には、もう龍の男の姿は無かった。それから刀をしまえばブライはすぐに町の鎮火を始めた。一方エンユウは治療士として怪我人の介抱を始めた。まだエンユウはろくにおまじないすら出来ない。出来るのは怪我人を運ぶことくらい。幸い、何軒か燃えたが町人達に死者は出なかった。
「龍の魔法なんて初めて見たなぁ。そこらの山賊の比じゃない。そういえばこの前、孔雀の里で噂話を聞いたんだよな」
「あ、はい」
「噂話?」
エンユウは冷静にエレキとトウマに訊ねる。
「北にある人間の都が、この帝都を落としに来るって。龍が関わってるかは言ってませんでしたが、もしかしたら関わってるのかも知れません」
「そうか、その孔雀は、誰から聞いたって?」
「えっと、確か、狐寺で。もしかしたら、もみ爺かも」
「もみ爺の話だとしたら、きっとそうなんだろう。まぁあの男もそう言ってたし、そうか、龍が、攻めてくるか」
「あんな強い奴が何人も攻めてきたら、帝都は、本当に落ちちゃうんじゃ」
トウマはそんな風に言うが、その不安はエンユウには伝染しなかった。それどころか、何か考えを巡らせていた。そして何かを閃いた。
「悪いエレキ、ちょっと外すよ」
「はい」
エンユウは屋根から屋根へと飛びながら、とある仮説に納得した。点と点が結びついたような感覚だった。そうして向かった先は、総師範マツキの家。
「御免下さい」
家の中の道場に向かうと、そこにはマツキ、リンネ、そしてハルがいた。突然の来客にもエンユウだったらと、マツキは冷静に顔を向けた。
「突然すみません、急ぎ話したいことと、聞きたいことがありまして――」
エンユウは一瞬で空気を悟った。この集まりは単なる雑談ではないと。ならば。
「つかぬ事を尋ねますが、マツキ総師範は、北の都が攻めてくる事をすでにご存じでは」
マツキの観念したようで、だけど嬉しそうな表情が物語っていた。
「さすが、剣士一の聡明さよ」
「そして、総師範が妖怪にも術式剣道を広めようとしているのも、その為では」
大きく頷くマツキ。
「如何にも。しかし、剣士のように命を張れとは言わん。ただ最低限、己の身を守れるようにと」
「つい今しがた、龍の一族と名乗る男と対峙しました。若い剣士が、犠牲に」
「そうか。そう悠長なことはしてられないということか。ならば、エンユウに頼みがある」
「はい」
山賊の村。妖怪の輩たちはジュウガイが眺める中、刀の素振りをしていた。そこにスッとイタチのデンが歩み寄る。
「先ほど、龍と名乗る者が、剣士と対峙したようです」
「・・・そうか」
そんな時だった、ジュウガイは遠くに目をやった。妖怪たちも振り返り、やってきた1人の男に警戒する。
「何だあいつ」
「おい、誰だおめえは」
血気盛んにもモバがケンカを売り始めたが、男はまるで子供でも見るように険しい顔で、威厳を崩さない。無視して通り過ぎようとする男にモバは立ちはだかり、2人は睨み合う。
「よせ、モバ!敵じゃない」
「え、あ、へい」
「誰っすか」
ガツが問いかける。
「こいつはレイザ、血を分けた弟だ」
「ええっ」
「随分と来るのが早いな」
「あのような手紙を寄越されて、皆は怒ってる。故に一足先に尋ねに来た。兄貴は、一体、何をしようとしてるのか」
「まぁなんだ。ちょいと面白いもんを見つけたんだ。そう急ぐことない」
「それは何だ」
「・・・サンダーヒールよ」
「サ・・・サンダー、それは魔法か」
「あぁ。とにかく面白い魔法だ。死に至るような怪我でも何でも無かったように治しちまう。今帝都を皆殺しにしちゃあ宝が砕ける。それともうひとつ、ダイダラボッチ」
「それは、あの厄神と言われる、あの?」
「誰が匿ったか知らねえがあんなところで眠ってやがった。使えるだろ?」
「ダイダラボッチはいいとして、そのサンダーヒールとは」
「いっぺん見たら分かる。習得はそう簡単じゃないらしいからな。まだ帝都には来るなって、向こうに伝えとけ」
「しかし、5日もすれば10人、先兵として来る。今頃出発してるだろう」
すると呆れたように大きな溜め息を吐き、ジュウガイは頭を抱える。
「ならば、討つのは頭だけにしよう。一番強い剣士、そして帝を殺す。頭さえ落とせばそれで都など簡単に落ちる。治療士なら、心配いらないのでは?」
「それじゃ、ダイダラボッチはオレ達を殺しに来るぞ。そうならないようにこうやってわざわざ隠れて、時間もかけてる。台無しじゃねえか!」
ジュウガイが声を荒げれば、レイザは冷静に困惑する。
「あの・・・ジュウガイさん、あっしらにも分かるように教えてくれませんか」
ジュウガイの右腕の1人であるゴウザが控えめにそう言うと、ジュウガイは冷静さを取り戻す。
「あっしらは、そいつの仲間と一緒にまた帝都を襲えばいいんですかい?」
「見たところ、ただの輩風情だな。居たところで足手まとい。剣士に返り討ちにあって終いだ」
「あんだとこの野郎!」
「足手まといにならないように剣を教えてやってんだ。馬鹿にすんな」
「・・・すまない」
「分かりやすく言うとだな。目的としては、都を落とす。オレはその為に遥々北からここに来たんだ」
「へい、それは分かります」
「でもそこで、聞いちまった。なんとあの帝都にはダイダラボッチが眠ってると。お前らだって知ってるよな?」
「いやぁ、寝ては暴れてを繰り返す、妖怪の端くれってことくらいは」
「確かにな。ダイダラボッチが目覚める理由、それは、憎しみなんだ」
「憎しみ・・・」
「しかも、周りの人間や妖怪の憎しみの矛先へと暴れる」
「矛先?・・・」
「例えば、人間が憎いという妖怪の憎しみで目覚めたダイダラボッチは、人間だけを見境なしに殺しに行く。だからオレは、ダイダラボッチに、帝都への憎しみで目覚めて貰おうと思ってる」
「帝都・・・そしたら、ダイダラボッチは、何を殺すんですかい?」
「無論、帝都。町を簡単に踏み荒らしながら、そしてその矛先は、帝になる。それでこの帝都は新しく生まれ変わる。そういう手筈だ。ダイダラボッチが居なきゃ好きなように剣士も帝も殺せやいいが、そうすると、ダイダラボッチはレイザ達を殺すように目覚めるだろう」
「なるほど。だからあっしらは、ちまちま剣士にケンカを吹っかけて、剣士と妖怪が仲違いするのを放っている帝が恨まれるように仕向ける」
「そうだ!ゴウザ、冴えてんな!」
「兄貴の考えは分かる。だがそのちまちまは幾月だ」
「さあな」
「・・・さ、さあなとは。それでは我らが帝も痺れを切らす」
「まあな」
「ま・・・。兄貴はいつもそうだ。曖昧に事を長引かせる。ならば、ダイダラボッチなど北の都に移してしまえばいい」
「そういうお前はいつも急いでんな」
「急いではない。真っ直ぐの道を真っ直ぐ歩んでるだけ。兄貴が寄り道が過ぎるんだ」
「あんだと?この」
ヘッドロックを仕掛けるジュウガイ。レイザは捕まってもがきながらもジュウガイの脇腹をくすぐる。そんな兄弟ゲンカを前に、ゴウザは戸惑いながらも素振りの再開を皆に指示する。
「ここが本堂・・・」
エレキと共に魔法創会の本堂にやってきたイオス。するとそこにチョロチョロとネンがやってくる。
「随分と変わった剣だ」
エレキは、カナデ達だったら信用してくれるからと、身の上を話すことを勧めたのだった。それからカナデとネン、アイナはイオスが別の次元の世界から来たという話を冷静に聞いていた。
「なるほど。身の上は分かった。それがその剣か」
その直後だった。ドクンッと一回、強い鼓動が響いてきた。それは明らかにダイダラボッチからだった。そして更に直後、イオスの剣がほんのりと光を帯びた。
「なんだ?」
イオスは何となく、恐る恐るダイダラボッチに歩み寄り始めた。一歩、また一歩。近づくほど、イオスの剣が放つ光が強くなっていく。そしてまたダイダラボッチから強く鼓動が響いてくる。
「こいつは一体」
「それはダイダラボッチ。寝ては暴れてを繰り返す変わったやつよ」
ネンがそう応えてもイオスにはピンと来なかった。試しに剣を抜こうとはするが抜けなかった。それでもこの光に、イオスは希望を感じずにはいられなかった。
山賊の村。その日の夕食は肉も魚も野菜もある。そう妖怪たちは嬉しそうだが、レイザにはただの貧乏飯にしか見えない。
「さっさと都を落とせばいいものを」
そう言ってレイザは串に刺さった鮎の塩焼きにかぶりつく。レイザはふと思い出す。ジュウガイという存在は子供の頃から変わり者だった。由緒正しい礼節なんかお構いなし、話し言葉も漁師のよう。でも誰よりも逞しく、強かった。父上と母上はジュウガイの横暴っぷりにいつも呆れていた。でも自分にとっては面白くて、憧れの兄貴だ。
「兄貴、晴天の剣の行方を知らないか」
「え?あー、ここいらでは聞いてないな」
「そうか。先程、都で妙な男を見た。光り輝く剣を携え、私の魔法を容易く弾いていた」
その瞬間、ジュウガイの眼差しに真剣さが宿る。
「あれがそうなのかは分からぬが」
「デンはいるか」
「はい」
「ちょいと探ってくれ」
「はい」
読んで頂きありがとうございました。




