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青天のエレキ  作者: 加藤貴敏


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第12話「生きている証」

狐寺の町の剣士道場で、朝からサイオンは修行に励んでいた。筋トレから、若い剣士との組手と、でもそれはサイオンにとっては日常そのもの。仲間と汗をかけば、小さな悩みや不安も一緒に流れていってくれる。そうやって若い剣士達は将来の十剣士を夢見ていく。そこに、1人の女の子がやってきた。

「サイオン!」

振り返る若い剣士達。その子は見知らぬ子でもなかった。鬼の形相でやってきた女の子はエンユウの妹、リンネだった。ただならぬ覇気に、ざわつく道場。

「どうして、兄さんから剣を奪ったのよ!」

道場中に響くその大声は、若い剣士達に苦すぎる思い出を甦らせる。だからサイオンも冷静になった。

「リンちゃん、それは違う」

口を挟んだのは若い剣士の中でも指折りのカンタ。

「何がよ!サイオンの言葉で心が折れたって、家でふて寝してんの!しまいには剣捨ててきたって」

「ふて寝って・・・エンユウさんはそんな子供じゃない。リンちゃんじゃないんだから」

失笑が湧き起こる道場。リンネがカンタを睨みつけるが、たくましい剣士達に、16歳の女の子の睨みなど何も怖くない。するとリンネはスタスタと歩き出し、立てかけてある木刀を1本持ち出した。

「サイオン、私と戦って」

「はあ!?」

「私が勝ったら兄さんをまた剣士にして」

今度は結構な笑い声が道場内に響く。

「リンちゃん、落ち着きなよ。勝てるわけないだろ、どうせなら花札で戦えよ」

「悪いけど、私、あんたらより強いから!ここじゃ、サイオン以外私に勝てないから!」

「まったく、本当にあのエンユウさんの妹かよ。いいから帰りな――」

ブオンッと空気を切る木刀。その切っ先はカンタの喉元で止まった。カンタは全く何も出来なかった。

「だったら、先ずはあんたが来な」

ちょっとずつ空気が変わってきた。リンネはどうやら本気だと。

「・・・痛い目見ても知らないからな?」

それから木刀を持ち寄り、リンネとカンタは向かい合う。リンネは小さい頃から道場に遊びに来ては”見学”していた。誰も剣を取ったところなど見たことがない。でもその立ち姿は、とても素人には見えなかった。

「始め!」

最初に踏み込んだのはリンネ。真っ先に懐に飛び込んで、木刀での鍔迫り合い。と思ったら素早く回し蹴り。カンタは顔に直撃を食らって盛大に吹き飛んで転がった。

「そんなもん?」

そこでようやくカンタは本気になった。女の子でも容赦しない。エンユウさんの妹でも容赦しない。そしてカンタはボコボコにされた。

「・・・つ、強え・・・」

「カンタが、まるで子供みたいに・・・」

次の相手は、カンタよりも背が高くて、がたいのいいモンゴ。明らかに体格で勝てない、誰もがそう思った。でもパワー、スピード、スタミナが明らかに16歳の女の子ではなかった。サイオンはリンネの身のこなしを真剣に見つめていた。結果は圧勝。それからこの道場で本当にサイオンの次に強いガランが前に出た。

「本当に本気で行く。何本か骨を折っても恨むなよ?すぐに治療士の下へ運んでやる」

そもそも連戦の組手。それで3人目でナンバー2の相手。ようやく、互角の戦いになった。そう若い剣士達が息を飲む中、しばらくしてリンネの飛び蹴りがヒットして倒れこんだガランは、参ったと言った。若い剣士達は皆、無言だった。

「ふう、良い汗かいた。さあ、次はサイオンよ」

しかしサイオンは立ち上がらなかった。

「断る」

「・・・ふざけてんの?」

「お前は、兄を愚弄するのか」

サイオンの声は、刀のようだった。

「はあ!?何言ってんのよ!」

「エンユウが自分で考えて自分で決めたんだ。オレにそれを曲げる筋合いはない。それは、お前もだ」

「・・・ねえ、それでいいの?約束なんでしょ?一緒に剣士になって帝都を護るって。子供の頃からの夢だったんでしょ?」

サイオンの眼差しが揺らいだ。

「・・・仕方のないことだ」

木刀を投げ捨てるリンネ。怒りと虚しさがよく響いた。それからリンネは涙を拭った。

「いつからそんな腑抜けになったのよお!!バカ!」

そう吐き捨て、リンネは道場を飛び出していく。

「・・・あの、野郎。よくもサイオンさんに、そんなこと・・・」

起き上がるのもやっとなカンタを横目に、サイオンは静かに立ち上がる。

「リンネは、昔から勝気で頑固でな。きっと、まだ現実を受け入れられてないんだろう。皆は修行を続けていろ」

「どこへ」

「無論、放ってはおけない」

孔雀の里。エレキはそこで電気治療魔法(サンダーヒール)の講習会をしていた。孔雀たちは、人間よりもとにかく覚えが早い。知識というより、感覚でやってのける能力が高い。エレキがいない間にも自習に励んでいたからか、あとは感覚の修正だけで、大人の孔雀たちはみんな電気治療魔法学科の学生レベルだった。そんな時に1羽の孔雀が寄ってきた。

「エレキさん。あの時に持ってきてくれた丸薬のお陰で、肺炎が治りました」

「それは良かったです、本当に」

「エレキさんに助けて貰ってなければ、オレは今頃。それに新しく作ってくれた風邪薬のお陰で、いつでも風邪を治すことが出来る。エレキさんは孔雀の里の恩人です」

「いえそんな」

「それでオレたち、決めたんです。魔法創会の本堂と5つの分寺に、それぞれ治療士として働きに出ようと。それが1番の恩返しになるだろうから」

「ほんとですか!すごく助かります。治療士のみんなも喜びます」

「それに帝都だけじゃない。北の国にも広めてやりたい」

すると別の孔雀がそう口を開く。

「そうだな。北には別の孔雀の里もあるし」

「北っていえば、この前狐寺で、北にある人間の都での良からぬ噂を聞いたんだ。なんでも北の都の人間が、この帝都を奪おうとしてるって」

「それって、戦争ってことですか」

「でも噂だし。そういえば龍が来たって噂もあるよ」

「妖怪の噂話は川の流れより早いけど、本当かどうかはイマイチ分からないんだ」

「そうですか」

エンユウの家にやってきたサイオン。引き戸を開けて土間に入りながら声をかければ、すぐにエンユウの母が出迎えてくる。上がらせてもらって縁側に行けば、そこには職を失ってふて寝してるエンユウがいるかと思えば、エンユウは木刀を持って瞑想素振りをしていた。

「珍しいね、こんな時間に」

「リンネが、道場破りに来た」

「えっ」

刀を構えた態勢での瞑想、そして一振り一振りに対して強く集中する。そんな鍛錬が中断してしまうほど、2人にとっては大きなニュースだった。

「ガランを容易くのした。一体どうなってる」

「最近、よく1人でどこかに出かけてる。他の道場か、いやそれでも耳に入らないことはないか」

「どこに行ったかも聞いてないのか」

「いくら聞いても教えてくれないんだ。でも元気そうだからいいと思って」

「自分が勝ったらお前をまた剣士にしろと。断ったら、泣いて出てった。どこか心当たりはないか」

「そう言われてもな。年頃の子だし、秘密の居場所の1つや2つあるんじゃないかな。それで、いたたまれなくて自分の妹でもないのに捜しに来たのか。相変わらずおせっかいだねぇ」

「お前こそ、妹に説くことも出来ないのか」

「説いて聞くような子じゃない」

「いいから捜すぞ」

「はいはい分かったよ」

肩を並べて町を歩く2人。行先はとりあえず虎寺の町の剣士道場。でもその道中、エンユウは団子屋に目を留めた。店先の座席に座り、2人は団子を一口。気まずくはないが、サイオンは思い出していた。エンユウの苦々しい顔と、つい先ほどの瞑想素振りを。

「・・・剣は捨てたんだろ?」

「ああでもしないと、自分を見失ってしまうんじゃないかってさ。懐かしいよな。子供の頃から、修行を終えて、クラマとお前とよく3人で団子を食った」

「リンネにとって、お前は目標なんだろうな。だから今、リンネは、現実を受け入れられてない」

「そうかなぁ。そんなやわな子じゃないと思うけどねぇ」

「一緒に剣士になるって約束はどうしたって、怒鳴られた」

するとエンユウは小さく笑い出した。

「・・・オレもさ。あ、もしかしたらクラマのところかも」

「確かにとばっちりは受けたやも知れん」

虎寺の町の剣士道場に邪魔すると、剣士達はざわついた。出迎えたのは十剣士の津久田リドウの弟、同じく十剣士であるソムイ。

「どうしたんですか。まさか、再び剣を」

「いや。オレの妹が来なかったか、尋ねたいだけだ」

「いえ、来てません」

「そう」

すぐさま出ていこうとするエンユウを、ソムイは呼び止めた。その表情は真剣だった。

「オレは、またエンユウさんに剣を取ってほしいです。みんなそう思ってます」

エンユウは、何も言わなかった。普段は明るく、聡明で朗らかなエンユウが何の言葉も返せなかった。去っていく2人の背中に、ソムイは小さくお辞儀をした。

それからサイオンとエンユウは当てもなく歩く。

「・・・なぁ、リンネは、どんな太刀筋だった?」

サイオンは今朝のことを思い起こす。指折りの剣士達を簡単に倒していくその姿は、まるで十剣士のようだと。

「剣術は乱暴だった。しかし身のこなしは・・・術式剣道を会得していた」

「・・・うん」

最初から、2人はピンと来ていた。でもまさかと疑ってはいた。

「オレ達に知られずにそんなことが出来るとすれば、教えたのは他でもない、マツキ総師範」

マツキの家の中には、総師範らしく道場がある。町にある剣士宿舎に隣接した大きなものではないが、そこでなら、きっと隠れて修行が出来る。そうして2人はマツキの家の門を開ける。でも玄関を開ける間もなく、2人は縁側に座ってくつろいでいるクラマを見つけた。

「クラマ」

「おっ珍しいな2人揃って。エンユウ、まさかもう剣が欲しくなったのか」

「違うよ。いるんだろ?リンネ」

するとクラマは意味深な笑みを浮かべ、空を見上げた。

「さすがだな。もう分かったのか」

「上がるぞ」

「まあ待て。今はいない」

「どこだ」

「さらわれた訳じゃないんだ。茶でも飲んでろよ」

「お前に構ってるほど暇じゃない」

「釣れないこと言うなよ。さっき、意気揚々と剣士を倒してきたって息巻いてたぜ。ったく、どうなってんだ?お前ら十剣士が師範だろ?日頃の修行が甘いんじゃないか?」

「そんなことはない。むしろこちらが問いたい。何をしたらあんなに強くなれる。総師範が直々に教えたんだろ?」

「親父が教えたのは、身のこなしの基礎『霊纏(れいまと)い』だけだ。剣術は一切教えてない」

「確かに剣術は、暴れ馬のようだった。しかし、なら誰だ」

「団子、買ってやるから、教えなよ」

「ははっ、もうそんなガキじゃない。まあ買ってくれんなら教えてやるよ。ついてこい」

サイオンとエンユウは少し戸惑った。ついてこいと言われて、あれよあれよと森の中。いやこういった所には妖怪がよく棲んでいる。こんな所で、いったい何を?・・・。

「リン」

2人は唖然とした。なんとリンネは木刀片手に、大熊と組み手をしていたのだ。

「なんだ、もうばらしたの?」

ふとエンユウは、まるで近所の子供達が集まっているかのようにくつろいでいる熊の子供やイタチ、鹿に目をやる。

「どういうことだ」

「魔法創会じゃなくたって、人間と争いたくない妖怪はいる。けど町には馴染めない。だから親父が、そういう奴らに教えてるんだ。身を護る術をな」

「妖怪に、剣士たる術式剣道をか?」

「何か文句あるのか?親父が作ったもんだ」

サイオンは言葉に詰まった。剣士にとっての唯一の戦う術である、術式剣道。それが妖怪に知れ渡っているだと。それが山賊を生むきっかけになっているやも知れないとしたら。そうサイオンは、怒りを堪えた。ふとエレキの姿が浮かんだ。エレキの魔法で、治療士の威厳が強くなった。剣士を目指していた子供が、やっぱり治療士になると言い出すほどに。その上、”護る者”が唯一威厳を保てる力が、妖怪に流れていく。

「一体、総師範は何を考えてらっしゃるんだ」

「・・・まぁ、嫉妬は分かるけどな」

「嫉妬だと?そんな稚拙な話ではない」

サイオンが町に戻ろうとしたその時――。

「サイオン!」

振り返ったサイオンに、リンネは木刀を差し向ける。

「いつかサイオンを超えるから。私は、人間も妖怪も、帝都も全部を護る剣士になる」

「・・・妖怪も」

「帝都を護るってそういうことでしょ?」

サイオンは、ハッとした。そしてすぐに思い出した。それはマツキがいつも言っている教え。

「世の中は変わり続ける。常に、物事の本質に目を向けなさい。己の力に威厳を感じられなくなった時は、つまり視座が低くなった時だ」

サイオンはリンネの真っ直ぐな眼差しを見つめ、そして深呼吸した。

「・・・オレは、誰にも負けない」

そう言って微笑んでみせた。

それからエンユウは独り、自宅の縁側で晴天を見上げていた。やがて日が暮れて、夕食を取る。今目の前で一緒に夕食を取っている妹が、なんだか別人に見えた。凛々しく、そして強い。取り残されているような気がした。

夜空の下で、サイオンは木刀で瞑想素振りをしていた。クラマが剣士を辞めると言った時は、仕方ないと思った。総師範が魔法創会なるものを作り、言わばその家業を継ぐということだから。

「治療士と剣士の二足の草鞋は履かぬのか」

「まぁ、元々お前らほどの才能は無かったし。それに必要だと思ったからな。剣士にも、帝都にも」

だからオレは、剣士の座、そして十剣士の威厳を守り抜くと決めた。例え総師範の視座が変わろうとも。例え独りになっても、3人の夢はオレが背負い続けると決めた。

翌朝、剣士道場にまたリンネが来た。若い剣士達がビビってるが、リンネは真っ直ぐサイオンの下に来た。何故か穏やかな表情だった。

「兄さん、また剣を持つって」

「ほんとか!」

真っ先に喜んだのはカンタ。すぐに喜びが剣士達に伝播していく。

「でも、治療士にもなるって」

「何だと」

「治療士と剣士の二足の草鞋を履くってさ」

「・・・そうか」

リンネが去ったあと、サイオンはおもむろに立ち上がり、立てかけてある木刀を手に取る。

「今日の組手の相手はオレがやる。今までより厳しくするから本気で来い。リンネに負けたままでは道場として示しがつかん」

生唾を飲み込む若い剣士達。でもその通りだからと、次第に剣士達は真剣な顔つきになっていく。

「お願いします!!」

狐寺にやってきたエレキ達。今日はこの町を中心に電気治療魔法(サンダーヒール)の実演や講習をしていく。そう狐寺の中に入れば、そこにはエンユウが居た。刀を腰に挿して、十剣士の羽織を着ていた。そしていつものように穏やかで聡明な佇まいをしていた。

「やあ」

「おはようございます。剣士に戻ったんですね」

「あぁ。見つけたからねぇ、自分の道を」

キョトンとするエレキ。

「オレは治療士にもなる。剣士としても、治療士としても、帝都を護る。それが見つけた道だ」

「治療士にも・・・」

「どんなに下手を打っても、後悔に打ちひしがれても、一度夢に背いても、また歩き出す。それが、生きるってことなんじゃないかって思うんだ」

「すごくいいと思います。それが、エンユウさんらしさなんですね」

「という訳だ。電気治療魔法(サンダーヒール)とやらの手解き、よろしく頼むよ」

「はい!こちらこそよろしくお願いします」

読んで頂きありがとうございました。

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