第1話「サンダーヒーラー」
見て頂きありがとうございます。
かなりゆっくりなペースでの投稿になると思います。
よろしくお願いします。
国立魔法創会大学。2年前、歴史のある大学にとある学科が設立された。それはこの国では初めて設立された、雷属性魔法専門治療士を育成する為の学科。
電気治療魔法とは、雷属性魔法から派生した先進的な治療魔法である。
「今日この日を持って、君達はこの国で初めての雷属性魔法専門治療士となりました。しかしあなた達の前に、人はいません。迷った時に手を差し伸べてくれる先輩も居なければ、苦しい時に導いてくれる先人の知恵もありません。それはとても険しい道でしょう。それでも、あなた達が築いてきた知識に偽りはありません。あなた達が歩んできた足跡は、必ず誰かの道となるでしょう。あなた達の生きた証が、人を導くのです」
電気治療魔法学科の卒業生は30名。その内の1人、青原エレキ。成績はまぁまぁだった。でもとにかくいつも穏やかで人に優しい青年だ。それにもう内定先も決まってる。
卒業式が終わって早々に駅前の居酒屋でパーティー。仲の良い友達だけでやる、いつもと同じで、でも特別な乾杯だった。
「大丈夫かなぁオレ。すぐ死ぬザコみたいにならないかな」
「自分で希望したんだろ?」
「その方がやりがいあると思ったけど、急に不安になってきた。・・・ぶはあ」
「不安な奴がそんな一気にビール飲めるかよ」
「エレキはいいよなぁ、家から近いしさ」
「研修の時、看護師さんたちも優しかったし、患者のおじいさんとも仲良くなったから。それに僕の成績じゃシュウマの希望先は無理だよ。それこそすぐ死んじゃう」
「まぁ、だろうな。勇者のパーティーだし」
「・・・え?」
「救命外来だから、死ぬほど忙しいだろってこと」
「そうだったんだ」
「うわキツそう。バンバン退職者が出てる八賢大学病院の救命外来かよ。リアル救急救命24時だもんなぁ。さすが成績トップだな」
「まあな」
2時間ほど飲んで、笑い合って語り合った。それから電車に乗るのはシュウマとタイシとミアナで、手を振るのはエレキとユイ。2人は家も近いし、子供の頃から一緒。線路沿いを歩きながら、2人は自然と手を繋ぐ。
「このまま記録更新し続けたかったけど。止まっちゃうんだね。私達小1の時からずっとこの道でこうして歩いて来たけど、なんだか寂しいな」
「勤務先違ったっていつでも会えるじゃん」
「うん。大人になるんだねぇって思ってさ。社会人だねぇ。ってことで、そろそろ一緒に暮らそっか」
「・・・うん。分かった」
「実はもう決めてるからマンション」
「給料出てからね。そうだ久し振りに行こうよ」
「銭湯?」
「何で分かったんだよ」
「あなたの思考パターンと行動パターンはもう熟知してます」
「テニスだったら勝てないな」
「将棋でも勝てるわ」
家の近くにある昔ながらの銭湯。エレキのお気に入りの場所。大浴場で入るお風呂はとにかく癒されるし、モヤモヤしたものを全部吹き飛ばしてくれる。お風呂の後には決まってコーヒー牛乳。無敵の整いルーティーン。
卒業後の春休みはあっという間だった。気が付けばもう明日が病院勤務初日。寝る前にはユイが電話をくれた。不安だけど、順風満帆だった。
今朝は晴天だった。
「行ってきます」
勤務先は最寄りから2つ先の駅を降りて、歩いて5分。かなり利用客の多い大きな駅だ。それは、突然に起こった。エレキの日常が簡単に崩れた瞬間。いや、エレキだけじゃない。駅を出て、エレキが見上げたのは晴天なんかじゃなく、怪物だった。大地震。悲鳴。轟音。
「ダイダラボッチだあああ!!」
逃げ惑う人々。巨人だった。山のようにでかい。バスは簡単に踏みつぶされ、手を大きく振り下ろされただけで老舗デパートは崩れた。瓦礫が辺り一面に振り注ぐ。エレキは立ち尽くす。妖怪は、だって、もう。
「軍隊は!どうしてんだ!」
「来た!」
サイレンが鳴り響き、遠くから迎撃用の炎属性魔法が飛んでくる。爆撃音がズドンズドンと響き渡る。まるでゾウにアリが噛みついてるみたいだった。ダイダラボッチはトラックを投げ飛ばす。そして歩き出す。その先には、エレキの勤務先の病院があった。一瞬で崩壊した。エレキは呼吸をするので精一杯だった。日常なんてものは、走る自動車にとっての雑草に過ぎない。
「戻ってこい!戻ってこい!」
エレキはふと顔を向けた。男の人が、倒れている人に心臓マッサージをしていた。エレキはハッと我に返った。気が付けば、死傷者がゴロゴロいた。
「先ずは、と、トリアージ」
走り出したエレキ。目を付けたのは意識の無い、倒れている親子。母親と幼い女の子は2人共、頭から出血していた。脈はあった。
「今助けます!頑張って!」
両手から電気を迸らせる。まるで電球のように光る手を、母親の頭に優しく当てる。電気を帯びた指は、電気メスで止血するように。電気を帯びた魔力は細胞を活性化させ、皮下組織や血管、筋肉の断裂もやんわりと埋めていく。2人がそっと手を繋ぐように。
エレキの瞳に優しく閃光が灯る。その瞳が“診る”のは、全身に走る命の輝き。細い細い儚い糸の灯火。生き物の体には、電気が流れている。それはまるで心電図のせせらぎに直接手を触れるような先進的な治療。
「心室細動・・・」
せせらぎが乱れる。エレキは母親の胸に両手を重ねた。点灯する手は、真っ直ぐ押し落とされる度に電気が走る。心臓マッサージと同時に微量な電気を落とし込むのだ。
「・・・・・っ」
呼吸が安定した。傷も塞いだし、心電も安定した。エレキはすぐにその手を女の子に移した。
「来るぞお!」
誰かの叫びに、エレキはパッと顔を上げる。ダイダラボッチが大きく手を振りかぶっていた。建物を激しくビンタ、瓦礫の雨を降らせた。その1つがエレキの下に飛んでくる。
「うわあ!」
エレキの全身が瞬間的に激しく光る。雷属性魔法の調節を誤れば、人だって殺しかねない。電気ナマズが本能で最大電力を弾き出すように。為す術もなく、瓦礫はエレキに墜落した。
「――わああああ!」
「ワンワン!」
布団から飛び起きたエレキ。電気が走るように夢だ!と自分の意識が自分にビンタする。
「はあ、はあ・・・」
「ワン!」
「えっ犬・・・」
柴犬。和室に柴犬がいた。病室じゃない、自分の部屋は普通に洋室。じゃあ、ここは。
「ここは」
「ワン!」
「はーい、ヨモギ、どうしたの?」
ふすまがサンッと開けられて、そこに女性がいた。陽の光が和室に入ってきて、エレキは一瞬だけ目を瞑る。
「良かったぁ。目が覚めたんですね。大丈夫ですか?怪我とかはしてなかったみたいですけど」
「怪我・・・」
滲み出るように脳裏に焼きついてきた。温かい血液。呼吸。ダイダラ――。
「ダイダラボッチは!」
「え、ダイダラボッチ・・・」
「ダイダラボッチがここに居たでしょ!」
「えーと・・・」
とにかくエレキは立ち上がった。寝ていたことは分かった。きっと誰かが自分を治療した。でもここは今、壊滅的な被害を受けている。和室を飛び出して、縁側、庭。ここは何だ。
「あの!」
エレキは裸足で庭をうろうろして、柴犬のヨモギが後に続く。晴天だった。そして静かだった。デパートも無ければビルも無い、駅も無い。
「ここ、どこですか。早く治療しないと」
「ここは帝都ですが、治療って?あなたは、治療士の方ですか?」
「え、はい。帝都?」
エレキは家を出た。明らかに、駅周辺じゃなかった。石畳の道路。瓦屋根しかない町並み。
「あの、大丈夫ですか?頭でも打っちゃいました?」
「どうして、ここに」
「倒れてたんです。草むらに。ヨモギが見つけて、運びました。お名前、分かりますか?」
「怪我人だあ!誰か居ないかあ!」
叫び声だった。エレキは走り出した。もしかしたらあの女の子かも。ただ走る理由が欲しかった。ヨモギは走り出した。走る理由なんて考えない。時代劇に出できそうな大道路では血だらけの男が倒れていて、人集りが出来ていた。
「こりゃあ酷えな。ここまでやられたら、もう助からない。諦めるしかないなぁ」
自信たっぷりに言い捨てた男のやじ馬の中に、裸足の男がいた。
「診せて下さい」
「何だお前」
振り返った男が見上げたのは、瞳に閃光が灯った得体の知れない青年だった。見たことのない魔法なのか、両手が光っていた。その両手は優しい母親の手当てのように、そっと傷口を焼いた。
「何だその魔法」
「電気治療魔法です」
「聞いたこともねえな」
「この傷は、どうやって」
「あーまぁ妖怪だろうなぁ」
「ダイダラボッチですか?」
「そんなもんが出たらもうお終いよ。この傷口からすると、イタチか、キツネか、クマか」
やじ馬が掻き分けられた。エレキには背後に誰が来たかなんて考える余裕はない。
「貴様、何者だ」
刀のように鋭い声に振り返ることもない。
「僕は治療士です」
電圧の調整に神経を研ぎながらも、背後からの声にも応える。
「何だその魔法は」
「すげーなあ!簡単に血を止めやがった。あんた何もんだ?」
「僕は、サンダーヒーラーです」
「さ、サンダー?ヒーラー?何だそれ」
「貴様。もしや妖怪か?」
電圧が乱れてしまうような突拍子もない問いかけで、ようやくエレキは振り返った。殺気の化身というくらいの出で立ちで、静かに日本刀を抜いた。
「その妖しき術、今すぐ止めろ!さもなくば首を落とすぞ!」
「おいちょっと待ってくれよ、どう見たって治療だろ」
「黙れ!魔法使いの分際で意見するな!この帝都に、妖怪の手先など何人たりとも踏み入らせるものか!覚悟!」
「逃げろおお!」
「じゃああなたは、人ですか」
エレキは治療を続けていた。刀のような声にも、殺気と刀にも背中を向けていた。エレキが思い出していたのは、ドラマのセリフだった。
「傷付いた人を見捨てるような者を、人と呼ぶんでしょうか」
「何だと貴様!」
「そうだ人でなし!」
実は冷や汗がべったりだった。エレキはそれを悟られないように、でもこうしなきゃ治療が出来ないから、あえて強気に。日本刀は、引っ込められた。
「・・・覚えておけ」
やじ馬に消えていった男は何者だったのか。でもその答えは、知らない男の人が教えてくれた。
「危うく殺されるところだったな。お前さん、気を付けた方がいいぞ。あいつは、諦めの悪い男だから」
「誰なんですか」
「知らないのか?帝都十剣士の1人、帝都で1番の剣豪、阿津之宮サイオンだ」
「あつのみや・・・」
止血もした、傷は塞いだ、内蔵の損傷も埋めた。体温、呼吸、脈拍、血圧、この4つを示すバイタルは一先ず安定した。エレキは瞳を消灯した。
「ふう。応急処置は終わりました。あとは安静に出来る場所に運んで下さい」
「おう、そうか。とりあえず運ぼう。男共!見てないで手え貸せや!お、ユウア!運ぶぞ?」
「はい」
「ワン!」
電圧調整はとにかく集中力を消費する。座り込んだエレキは、今更晴天を仰いだ。
「おうおう、何座ってんだ、早く来い」
患者が横たわったのは、畳部屋に敷かれた布団の上。
「ここは、病院ですか」
「見たら分かるだろ」
医療機器なんて何も無い。ただの旅館にでもいるみたい。ていうかここはさっき自分が寝ていた部屋。
「お前、名前は?」
「青原エレキです」
「どこから来たんだ?」
「いや、それが、分からなくて」
成り行きで一緒に居る男と、ユウアと呼ばれた女性が「え?」となる傍らで、エレキに治療されて横たわっている男が、目を覚ました。
「どういうことだ」
「ダイダラボッチに襲われて、気が付いたらここに」
「ダイダラボッチって、夢でも見てたんじゃねえか?」
「そう、なんですかね。えっと、あなたは、その、医者ですか?」
「まぁ、遠からずだが、オレは魔法治療士だ。藍葉クラマ。よろしくな」
パシンと肩を叩く、気さくな人。エレキはオドオドと会釈する。
「ここは」
「目が覚めたか。エレキ、ちょいと頼む、用が出来た」
「え?あ、はい」
「ユウアも頼んだぞ」
「はい」
起き上がろうとしたものの、男は全身の痛みに力が抜けた。
「安静にしてて下さい。せっかく塞いだ傷が開いちゃいます」
「私、薬草持ってきますね」
「え?はい」
患者の男はひどく動揺していた。
「・・・有り得ない」
「え?」
「何で、怪我してるんだ。こんなの有り得ない」
「ここは一応病院なんですけど、何があったか分かりますか?」
「そんなのオレが聞きたい。急に知らない世界に飛ばされて、力が出なくて、訳が分からない。ここは何の世界だ」
「それが、僕にもよく分からなくて、大きな妖怪に襲われて、気が付いたらこの世界に」
「ああ何だ。お前も異世界から来たのか。お前が傷を?」
「あ、はい。治療士ですから」
「オレは、捨てられたのか。くそお・・・くそぉ・・・」
男は泣き出した。動けずにただ天井を見上げながら。助かったことよりも、何か悔しいことがあるようだ。エレキはそんな風に患者を見守る。
「オレは転生無双だったんだ。前の世界じゃ無敵で、何でもやり放題だった」
何故なら患者の話をただ聴いてあげる。それは治療士の基礎だから。
「ムカつく奴は全員ボコボコにしてやったんだ。世界だって救ったし、モテモテだった」
それが例え、ん?となる話でも。傷付いた人の心を癒せる魔法など存在しないのだから。
「・・・そうですか」
「でも突然、この世界に飛ばされた。また別の世界でやり直せってことなのかは知らないけど、でも無敵だからやってやろうって。でも前の世界の力が、無くなってた」
「・・・そうですか」
「別に、死んでよかったのに。何で助けたんだよ」
「え・・・」
「力が無いんじゃ、生きてる意味ないだろ」
「そんなことないですよ」
「世界はバカな奴しかいないんだ。だからみんな無双を求めてんだ。世界がバカだから無双に需要があんだ。ふざけんなくそ、世界を救ったら簡単に捨てやがって。世界なんかクソだ!みんな死ねばいい!」
「僕は!あなたに、幸せでいてほしいです!」
「・・・はあ?」
「あなたが誰だか分りませんけど、どんなに絶望してても、生きてるだけマシじゃないですか!力が無くなっても、またあなたらしく生きていけばいいじゃないですか!」
男は泣き止まなかった。でも自棄になるのはやめてくれた様子。まずはそれだけで安心だった。そんな時にゆっくりとユウアが姿を現す。何故か申し訳なさそうだった。
「痛みに効く薬草、持ってきました。これからお茶淹れますね」
「お茶・・・その薬草のですか」
「はい。後はお風呂にも入ってくださいね。薬草のお茶を飲んで、薬草のお風呂に入れば、もうすっかり傷は癒えますから」
「・・・薬草と、湯治。あの、造血機能を高める薬草はありますか?」
「え?」
「傷は塞ぎましたが、出血が酷いので、輸血は無理でも、せめて血になる食べ物を」
「分かりました。でしたらいい薬草があります。持ってきますね」
「はい」
エレキはもう大体は理解していた。ここがどんな世界なのかを。でもこの患者は、きっと本当に異世界から来たようだった。縁側に座り、ユウアが淹れてくれたお茶を飲む。
「・・・まずっ」
「いた。おうエレキ」
恐らくここは裏手で、裏口から直接庭に入ってきたことになるはずのクラマは、エレキが思わず正座をしてしまうような威厳のある老人の男を連れていた。長い白髪で、白髭も立派だった。
「こいつだよ。例の魔法使い」
「ああ、どうも」
「私は藍葉マツキ。魔法創会の長を務めておる」
エレキはすっかり腑に落ちたようにしみじみと頷いた。
「・・・魔法創会」