0.5話 ゲーム未経験ぼっち少女のSTR極振りオワタ式自滅アーッ無理
前日譚その3
このゲーム内の通貨は『ゴールド』という名の硬貨だ。なんだか捻りがない名前だが、これでも世界観の根幹を成すほど重要な意味はある。
それはともかく、いかなるプレイヤーであれ初期資金は1000ゴールド、初期装備は初心者用の素朴な布の服一着で統一されている。
武器は無くても徒手空拳で攻撃はできるので詰みはないが、素手はダメージに一切の補正が入らないし、何よりリーチが自分の腕の長さでしかならず反撃だけ貰う危険があるため、なるべく自分に合ったものを街のショップで調達したい。というのがヘルプの簡潔な内容だ。
「ええっと、お店お店……」
しかしハグたんは、武器選びの前に店選びから始めていた。
新米プレイヤー達が大通りを行き交い活気で溢れるはじまりの街には、目抜き通りから裏路地に至るまで豊富にショップが存在し、その種類も住居を構えるNPCからプレイヤーが開く露天商など多岐に分かれて営業している。
ただしハグたんがここまで店を決めあぐねているのは、安くて質も優れた上等な店を選びたいなどといった拘りではない。
「あっ、あへへっ、このお店ならいいかも」
客も店番も居ない露店に目をつけ、変顔もといニヤケ面を浮かべながらゆらゆらと行く。
もしハグたんが中高生くらいの歳であれば、満場一致で万引き犯として通報して良いと判断されるくらいの挙動不審さだ。
それに構わず、ハグたんはカウンターに並ばれている品物の物色を始める。
「剣に槍に、これは……ブーメラン? 武器って、棒みたいなもの以外にも色々あるんだ……」
「へいらっしゃい! お客さん小さすぎて気づかなかったよ!」
「ひょげっ!? どちらさまああっ!?」
いきなり大声で脅かされ、否、ただ来店の挨拶をした気のいい店員が木箱の後ろから顔を出した。
「お嬢ちゃん初心者かい? だったらサービスしてあげちゃうぜ! オマケもたっぷりつけてあげちゃってもいいかい?」
「あのぉ! お店のお邪魔してすみませんでしたあああ!」
「おいちょっと!?」
ハグたんは振り向くことさえ恐れるほどの勢いで逃げ出した。
そう、ハグたんは基本的に店員が会計を務める店には入れない。
親からお使いを頼まれても、セルフレジへの使える店が近所になければ隣の街まで遠征が始まってしまうほど。
つまりハグたんは、無人販売所を選びたかったのだった。薬では治らない臆病という重病に苛まれている以上、店員の務める店など一人きりではハードなハードルの高さであった。
もっとも、このゲームの世界は令和日本とは違い、世界観上犯罪行為のブレーキが軽いため無人販売所など出店すれば盗んで下さいと宣伝しているようなものなのだが。
「もうダメだぁ! きっと出禁だぁ! あのお店二度と来れないぃ!」
叫びながら大通りを疾走する。ハグたんは運動神経はそれほど良くはないのだが、逃げ足に限定すると何故か学年トップクラスへと成り変わる生態をもつ。
こうして一心不乱に走っている内に、どうやらはじまりの草原の元いた場所にカムバックしていたようだ。
「……ウン、きっと大丈夫だよね」
澄ました顔で開き直って装備の新調は金輪際諦めたハグたんだったが、まだ強化の手立ては残されている。
草原の乾いた土を踏みながら、ハグたんは次にヘルプに表示された神威の意味を探る。
キャラメイクの時にも映像付きで流れていたその要素だが、まだまだ未知の領域に違いなく、文章を眺めれば眺めるほどうんうん唸り出したのだが。
「今日も絶好のどんぐり狩り日和だ! 来い、神威!」
「えっ、カムイ!?」
たまたま近くにいたプレイヤーがカムイをまさしく顕現する瞬間を、ハグたんは運良く目撃した。
咄嗟に物陰に潜んで眺めていると、そのプレイヤーが持っていた青銅製の片手剣が、みるみるうちに担ぐほどの全長をもつ両刃の戦斧と形を変えたのだ。
なお斧のカムイをはじめとした武器系カムイはベースとなる武器でステータス補正が左右されるが、ベース自体は木の棒であれ何であれ種類を問わないという滅多な特徴を持つ。
「わわ、凄い……じゃあ私も、あんな感じのカムイ使えるのかな」
一振りでどんぐりこぞうをポリゴンの藻屑にする場面を見送った後、自身の契約したカムイについての情報を得るため、ステータスウィンドウを下へとスクロールする。
程なくして、ナビゲーターが選んだ運命の相方の名前がそこに記されていた。
その名も。
「『爆弾のカムイ』って、なんか音が大きくて恐そう……」
音というだけで、あまり良い想像は働かなかったようだ。
かつて河川敷の花火大会に家族と出かけた際、花火の爆音に3分も持たずに卒倒したという逸話にでもなりそうな過去をもつハグたんだ。
「でも、なんか強そうかも」
閑話休題。ハグたんは、爆弾のカムイというからにはきっと手榴弾みたいなものを投げて敵を派手に驚かせるのだろうなと、そう無害な戦闘光景をイメージをしていた。
なお、歩くどんぐりを見てしまった手前、想像上の手榴弾の形が松ぼっくりと化してしまっているが、ともかく手順を踏んでカムイを発現できればそれで良い。
「……ゴクリ」
生唾を飲み、何も握られていない両手を今一度開閉し、恥ずかしがりなので誰にも見られていないことを何度も確認し、先程見かけたプレイヤーの言葉を真似して唱える。
「来い、神威」
瞬間、視界がホワイトアウトする最早お馴染みの現象が巻き起こる。
ハグたん本人の視線からでは分からないが、今ハグたんの頭部はそれは変身ヒロインの変身バンクの如く真っ白な光に包まれているのだ。
やがてその光が晴れた時、ハグたんは心躍らせながら手榴弾が握られていないか確認したが。
「……なにもない? あっもしかして、声が小さすぎちゃったのかな」
他人に言葉をよく聞き取れなかったことが山ほどあるハグたん。
なので、繰り返し来い、神威を唱えたが、もう既に契約したカムイは発現しているのだから今度こそは何も起こらなくて正解だ。
「ふえぇ、どういうこと……誰かぁ……」
「おい見ろよあれ! 新種のどんぐりこぞうか?」
「ひょげっ!?」
やや遠巻きからの突然の声で思わず怖がってしまったハグたんだったが、どうやらそのプレイヤー二人組の目線の矛先もハグたんに向けられていたと判明。
「待て、よく見ろ、プレイヤーネームがあるじゃねえか。あいつプレイヤーだぜ」
「ウッソだろ! それじゃ頭だけの着ぐるみ装備ってことか! つーか、何故に?」
「まあ……そういうウケ狙いのロールプレイなんじゃないの?」
「だったらせめてよぉ、上半身全裸くらいは追加オプションしねぇとバズれなくねぇか」
ハグたんに奇異な目を向けては口々に不明瞭なことを言い合うプレイヤー達。
それを聞きとったハグたんは、まさしく自分の身に何か異常なことが起こっていると判断。
「……とりあえず逃げなきゃ」
逃げに次ぐ逃げ。ハグたんの口ではああ言ってるものの、今回の場合は離れるための逃げではなく場所移動が目的はある。
やけに重くなってグラングランしてる頭を抑えながら、水場のありそうな所まで足を動かし続ける。
「ぜぇ、ぜぇ、あの人達、頭がって言ってたような……」
息も絶え絶えになりながら推理。だから鏡の代わりになるものとして、水場を求めていたのだ。
そのせせらぐ小川まで来ると、水面に四つん這いとなりそこに映る自分の顔を恐る恐る覗いてみると――。
「ばくだ……ほわあああああ!?」
頭が鉄色でまんまるい、てっぺんには導火線がちょろっと伸びているという、それは誰がどう見ても後ろ指さされて当然とばかりの奇抜すぎる自分が映っていたのだ。
「うわぁ……ゲームの世界の鏡って、すごい意地悪なんだなぁ……」
ハグたんはまず仮想現実空間を疑った。次に現実を疑った。
その次には水面を覗いたまま手を振ったりにらめっこしてみたが、全く同じ自分の動きが返ってくる。
試しても試しても、そのまま別の水場に移動して試しても結果は何一つ変わらなかったので、認めるしか無かった。
「こ、これはひどい。爆弾のカムイじゃなくて、爆弾の私……ハグたんじゃなくて、バクダン……なんちゃって……」
――多分こんなヘンテコなカムイと契約してしまったのは私くらいだと思う、絶対そう思う。ハグたんはそう打ちひしがれながら思う。
これ以上何かする気が起きなくなり、記念すべきCCO1日目はここでログアウトをもって終了した。
とはいえ、気分の浮き沈みなど1日という時が氷解してくれふもので、翌日には爆弾のカムイと向き合うために恐れずにログイン。
「……見た目が全部じゃないよね。きっと」
知識的な準備は最低限なら完了した。アーツという技は音声入力で発動しなくてはならないことくらいだが。
ログイン地点の近くには、この世の苦労を知らぬような顔で散歩中のあのどんぐり。どんぐりこぞうという正式名称も今日の内に知識に付け加えていた。
ハグたんは発見されないようなるべく忍び足で接近したが、どんぐりこぞうが気配に感づいてしまい振り返る。
だがもう終い、ハグたんのこれから発動するアーツの圏内であるため。
「ご、ごめんね! 【自爆】っ!」
相手を凶暴なモンスターだと割り切れない謝罪と共に、爆弾のカムイの初歩たるアーツを発動。
その能力は名前の通り。その威力は極振りの通り。
STR依存のアーツであるため相応に大音量の爆発音が響いたが、流石に使用者にだけは鼓膜を考慮して低音量となるので、その点だけはハグたんに対しては救いだ。
結果は救われなかったが。
「ええっ!? ななななんで、なんで私のHPが、なくなってるんですか!?」
その場で力尽きていたハグたんは、いきなり訪れた最期に訳もわからず狼狽えるしかない。
ここにいるのは、オーバーキルの爆炎に焼却されて灰となったどんぐりこぞうと、強力なアーツの強力な代償でHPが0の仮死状態のために動けなくならなければならないハグたん。
されど災難はまだ続く。
爆音におびき寄せられた別のどんぐりこぞうが複数体、仮死状態中のハグたんを恨めしそうな目つき(デフォルメされたようなままだが)で取り囲んでいたのだ。
「うわあああ! どんぐりさんたちごめんなさい友達を焼きどんぐりにしてしまってごめんなさいぃ! どうにかして生き返らせる方法を探しますからどうか私を許して下さ……」
《ハグたんは死亡状態になりました》
《はじまりの草原で倒されたため、デスペナルティはありません》
《はじまりの街でランダムリスポーンします》
ブラックアウトが終わった時には、はじまりの街で横にされていた。
リスポーンされ今ハグたんが浸かっている噴水こそが、この街の中心部のシンボル。そんな豆知識はさておき。
「見た目どころか中身までおかしすぎませんかこれー!」
爆弾のカムイのどうしようもない性能に対し、匙をぶん投げた。後悔が止めどなくどぶどぶ溢れてゆく。
しかしヘルプには、こんなことも書いてあった。
――ログインして72時間以内ならば、カムイの変更は自由だと。
ハグたんのように扱いに難のあるカムイを掴まされてしまったプレイヤーへの救済措置が用意されていたのだ。
万が一72時間が過ぎたあとでもカムイ変更の他の手段はあるにはあるが、おいそれと変えられないくらいには厳しく、他にはカムイのバランス調整のお詫びで運営から配布される専用アイテムがあれば可能だが、いずれにせよ狙ってやれるものではないだろう。
「うん、こんなカムイ、別のと取り替えに行こう」
理不尽が畳みかけられたせいで、壊れたかバグが発生したようなテンションでハグたんは虚空に即答した。
地獄の責め苦の期間が満了したかのように、ハグたんは爆弾のカムイという名の『呪い』を解くと決意し、後悔を振り払った。
一度こうなったハグたんは、なかなかどうして非常に頑固だ。
もしハグたんの物語にタイトルを付けるとして『ゲーム未経験ぼっち少女のSTR極振りオワタ式自爆アーツ無双』などと書かれていようとも、卑屈な方面では前向きすぎる決意は揺らがなかった。
タイトル回収ならぬタイトル崩壊である
次回、17時更新




