58話 人を呪わば墓穴二つ
怒髪天を衝く癇癪と共に、間断なく吹き荒れる嵐を想起させるほどに銃の連射を始めたキッド。
「おっとやべぇやべぇ〜。図星効きすぎだろキッド」
相棒は咄嗟にインベントリから大きな鉄板を取り出し、遮蔽物代わりにその陰に潜む。
簡素だが、少なくともキッドの弾丸を一発も通さないほどの頑丈さを誇る。
それに守られながらも、相棒のクリティカル口撃は留まらない。
「景気いいなぁオッサン。けどキレるなんてダッセーんじゃねえか、オッサン」
「だから俺をオッサンって呼ぶんじゃねえテンメエエエエ!! まだ全然若いんだよ俺は! なんだってこんなヒゲを生やしてるだけでオッサンって呼ばれなきゃなんねえんだ! せめてオジサンじゃねえのか! おかしいだろボケが! あぁん!!」
罵声の連打と乱射乱撃雨あられの鉛玉のコラボレーションは、聞いているだけでも刺々しさに頭が痛くなるだろう。
それでも相棒は口では煽りつつ、鉄板から身もライフルも乗り出さずにただ耐える。
感情だけでステータスも銃も強くはならない以上、どれだけ小気味よい音色を鉄板が鳴らそうとも相棒は汗一つかかない。
永久に続くと思われたキッドの猛攻も、やがて打ち止めが訪れた。
「フーッ、フーッ、クソっ、弾切れか!」
いくら引き金を引いても無反応の銃を八つ当たり気味に地面に叩きつけ、ひとまず理性を取り戻したキッド。
いくら我に返ろうとも、勢いでやってしまった失態と撃ち終えた弾丸は返ってこないというのに。
「それでこそキッドだ。オッサ……おっと、そう呼ぶだけでプッツン来る。そしてタマを全弾撃ち尽くすまで収まらない、重篤な弱点だ」
「まさか相棒がその手を使ってくるなんてな……」
どこか失望感があるような声だが、今の相棒は敵対中。キッドをキルするための手段は必然的に多くなる。
今やその差は見た目のダメージ以上に歴然。キッドの人格的な弱点を突いた相棒が一枚上手であった。
「撃ち尽くした後は、そのまま何も出来ずに自滅するのが、テメェの負けパターンだったな。もうチェックメイトに踏み込んでるんだよ」
たとえ鬼が金棒を失えど鬼自体が残る。
だがキッドのようなガンナーは、カムイが銃だろうと弾丸だろうと、どちらかを喪失すれば残った方は無用の長物にしかならない。
「誰が、タマを撃ち尽くしたって?」
もっとも、これがかつてまでのキッドの場合だが。
「おん? 何の真似だキッド」
キッドが銃を拾い上げたかと思えば、ついでのように何の変哲もない石ころもいくつか手で回収していたのだ。
「お前は女のことに目を瞑れば無駄なことはしない。意味があるな」
いくら不可解な行為でも、キッドを理解する相棒は抜け目なく油断をしていない。
「意味ならあるさ。【弾装の麗人】」
アーツを発動。
すると、キッドが手に持ったいくつかの石ころが、全て1個ずつの弾丸へと形を変えたのだ。
この手品が見せかけではないことの証明するかのように、キッドは作りたての弾丸を銃に込め直す。
「弾丸のカムイだぜ? タマが無くなりゃ作ればいいだけの話さ、ベイベー」
そう、弾丸のカムイとは技や防御だけでなく弾丸補充、ガンマンにとって蘇生同然の回復までこなせてしまうのだ。
しかもただの補充ではなく、変化元の特徴を引き継ぐという破格の性能。
今回の場合、ただの石なのでダメージ+1の追加効果しかないが、物によっては火力不足の弾丸のカムイの欠点解消にも繋がるだろう。
火力が不足していようと、それ以外の全てに特化している。弾丸のカムイは銃の劣化などとは言わせない、キッドが自身の運命を預けるに足りうる凶悪なカムイであったのだ。
「狙撃早撃ちお手の物! 古今東西に銃声轟くキッド様にゃ、弱点なんて克服するためにあるものよ!」
「ニクいなぁ、テメェいつからそんなに格好いい奴になっちまったんだ。熱くさせやがってよ」
照りつけるほど明るいキッドに、その眩しさを映すように瞳に生気が灯り始めている相棒。
この悲痛な再会と後のないPVPだったはずなのに、心底楽しんでいるかのように。
彼ら2人は、対等な相棒であるだけでなく、時に実力を競い確かめ合う互角のライバル同士でもあるのだから。
「45戦22勝23敗だったな。俺っちも譲る気はねぇが、相棒の気が済むまでぶつかり合おうぜ」
一時は破綻しかけていたが、シリアスを台無しにする男、キッドの真骨頂はここからもだ。
武器を用いた話し合いは、ハグたんの憂いを覆すほどに順調に進行していた。
そうとも、どのみち戦闘が避けられないならば、戦闘の意味を変えるまで。
ここまで来れば、よしんばキッドが武運拙くキルされたとしても、相棒の凶行がこれっきりになるかもしれないとも……。
「ちょっと待てキッド、何だこの羽音は? 聞こえるか?」
そのはずだったが、どうやらそうとも呑気にしていられなくなる。
「お……お? なんか、ブーン、って聞こえるんだが……」
思わず銃への意識が反れるほど、その不気味な羽音がする方向へと視線を移す。
その音は段々と近づき、二つ三つと段々と重なってゆき、そして百近くとなったところでキッド達の視界にも現れる。
「ホースホーネットだ!」
森の奥から襲来したのは、乳児ほどの体格をもち、頭部にはユニコーンのような一角を生やした蜂形のモンスター。
「ボサっとするな! 迎撃しないと毒針で面倒なことになるぞ!」
「そういやフィールドのド真ん中だったな。とにかく撃ち落としまくれ!」
お互い戦いを続けている場合ではないと判断した2人は、迎撃の体勢を取るのに迷いなど微塵もなかった。
「クソが! なんでこんな時に邪魔が入ってくんだ!」
「ハチ公ども! 俺っちの弾と早さ比べするなんざ、命が1つじゃ足りないぜ!」
キッドは銃を連射し、弾丸一発につき二体のキルレシオでひたすら撃ち落とす。
一方で連射に向かないカムイである相棒は、陰殺チームに居たときの杵柄として敵に近づかれた際のサブウェポン用に取り出したサーベルを使い、片っ端から蜂や毒針を切り結ぶ。
敵のすばしっこさや飛行能力もあって手間取りはしたが、それでもボスでもないモンスター。
時間もおかず、ダメージも食らわず、ホースホーネットの群れは……キッド達に目もくれず通り過ぎていった。
「ふぅ……とんだつまらねえ邪魔が入ったな」
「ああ、だがどうも妙だと思わねぇか、相棒」
【弾装の麗人】で弾丸を補充しつつ、キッドは事態の裏側に勘づいていた。
モンスター達の襲撃にしてはキッド達を襲わない関心の無さには、人為的なものを邪推していると。
「妙……に臭うぜ。ゲロくせぇ女の臭いがプンプンするぜぇ……」
「おい相棒、いつの間にそんな変態みてぇな特技身につけてやがんのか」
「やかましい!」
キッドに怒鳴り返した相棒は、ライフルの銃口を何の変哲もない1本の樹に向ける。
「ヴォレにとって女ってのは、見つけ次第必ずキルするって決めてんだ。そこにいるな!」
急な銃撃。
相棒の狙い通り、樹の幹に直撃。
したかと思えば、その木陰に重なって潜んでいた人影が伸びていた。
「あらあら、はしたない殿方ですわね」
みやびな声音で木から悠々と歩いて体を出したのは、丈の短いナース服を着用している女性プレイヤー。
その姿を目に入れてしまえば、撃ち合いでの汗と共に流れ出た相棒の黒い衝動が溢れ出すのも時間の問題であった。
「なめてんのか女ぁ! モンスターを扇動させてヴォレ達を消耗させようってんなら、怒りを買っただけの失敗だ!」
「何のことですの? 貴方のようなレッドネームを討伐することなど、誰の手を借りずともこなせる任務ですわ」
「テメェ……レッドネーム狩りの手練れか」
相棒は女性への憎しみの衝動を理性で抑える。
これまでキルした女性プレイヤーのようにただ遠くから一方的に銃撃できるような相手ではないと、戦闘者の勘が働いたからである。
「なんて綺麗だ……こいつぁなかなかない絶世のレディにお目にかかれたってもんだぜ!」
一方キッドは、その女性の姿を目に入れた途端、気を上げて口説きに入るのも時間の問題だった。
また、単に女性の見た目だけではなく状況全体にも目をつけていた。
「貴女にお相手がいなけりゃ速攻で俺っちのものにしたかったほどだ。ええと、隣にいるのはレディの連れかい?」
「ただのクランメンバーだ。こんなイカレ女と合同任務ってだけでも虫唾が走るってのによォ」
もう1人の存在も当ててみせたキッド。
ワックスか何かで鉄のように逆立てた髪をしている青年が、最早隠れる意味もなしと女性の隣に姿を現していたのだ。
「……3人目はいないらしいな。どこの差し金だ」
相棒の中で、漫然としていたものが鋭く固形化した。
2人を感情的にキルするただの獲物ではなく、キルすべき敵として見なしている。
ライフルの銃口を向けられながらも、女性はなおも泰然としたまま、細く艷やかな両手を伸ばす。
「ほほほ……我らが使命は、レッドネームの元凶討伐。来い、神威」
カムイ召喚の言葉を唱えた次の瞬間、女性の背中から左右に真っ赤なものが広がり、その頭の上には真紅の輪が回り出す。
それだけではなく、まるでここが世界一太陽に近い場所になったかのような熱を放出させた。
業火が、女性の気高さを感じさせるほど流麗に燃え盛っていた。
「ついでだ、そっちの賞金首も狩ってひと稼ぎと洒落込むかなァ。来い、神威!」
もう一方も同様に唱えた次の瞬間、男性の靴が漆黒のものに覆われ、それが膝へ、胴へ、腕と頭へと、両目以外の全身を包み込む。
するとそこには、まるで黒曜石の騎士鎧のようなメタリックなパワードスーツに全身武装した彼が、ヒーローモノ定番の三点着地の姿勢で顔を上げていた。
戦闘態勢となったカムイ使いが並び立てば、後は名乗りの儀が始まるだけだ。
「クラン『討元凶』所属、我が名はナジャ、
その二つ名は『火喰いの天使』
身勝手に命を奪い、堕罪で濡れた赤き忌み名、この赫き炎のカムイが喰ろうて差し上げましょう」
「クラン『討元凶』所属、我が名はアダカ、
その二つ名は『個鉄』
喜ぶといい。鋼よりも硬いこの鉄のカムイが、貴様の首に巻かれた金をこれから失わせるからよォ」
言葉遊びも踏まえた名乗り口上をあげた両雄は、相棒にもキッドにもその首根っこを掻き切らんとする敵意を向けたのだ。
「討元凶! 獲物を釣ったにしてはデカすぎる……!」
「俺っちはただの賞金首だっての。やっぱ同じ悪党の顔に見えちまっても仕方ねぇのか?」
気を引き締め直す相棒と、軽薄に愚痴りながらも銃に弾丸を込め直すキッド。
特に元は陰殺チームに身を置いていた相棒は、クラン『討元凶』は大量虐殺の防衛側最大戦力であることは事前に聞かされていた。
トップランカー同等の実力、熟練のレッドネーム顔負けなほどPKに優れた戦士の精神性から、決して一人では戦ってはいけないこともまた、口酸っぱく指示されていた。
「なあキッド、どうやらヴォレ達、勝負している場合じゃなくなったらしい」
――一時休戦。
キッドと相棒に、以心伝心として浮かんだ文字。それ以上の言葉はいらなかった。
運命の荒波がキッドと相棒を戦わせたのなら、そこから更に別の試練が運命を乱させた結果どうなるか。
交わるはずのなかった2人の肩を並べさせたのだ。
「女の方はヴォレがやる。キッド、まさかこんな時にまで、色男ぶりを押し付けるじゃねえだろうな?」
「仲間のやり方に口挟むつもりはねぇよ。それじゃ俺っちは、遠慮なくあっちのあんちゃんをぶち抜くとすっか!」
ここまで互いを向き合っていた2人が、ここにきて同じ方向を見定める。
2人の切り開くべき運命が、今、重なったのだ。




