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57話 意思の中にも怨念

 ハグたんは逃げ出したのか。

 いや、キッドに後を託したと言うべきだろう。


 当のキッドからすれば、どちらだろうと望ましいことのようだが。


「行ったか嬢ちゃん……いい子だ。俺っちのことは忘れて、達者にゲームを楽しめよ」


 ――これで、この先どんな過酷な試練が待ち構えていようと自分だけに差し掛かるのみ。


 指示に従って走って去ったハグたんに対し、キッドは一瞬だけ微笑んだ後、すぐにレッドネームへと警戒を向ける。


 相棒と呼んだそのレッドネームへだ。


「久しぶりだな相棒、俺っちたちがこうして出会うなんざ、いつぶりだい?」

「四捨五入して3年ぶりだ。いや1年は12ヶ月だったが……どうでもいい」


 ハグたんや他の友達は進学しているほどの年月。


 それでも彼らのような成人男性には、まるでつい昨日もあったかのような距離での会話と成る。


「それにしても驚いたぜキッドよぉ。見ない内に、とうとう女連れになったとはな」

「バカヤロウ、俺っちは未成年は守備範囲外だっていっつも言ってるだろ」


 3年もの月日が経過しているにも関わらず、まるで毎日のようにつるんで遠慮の壁が取り除かれた友人関係のような軽口の叩き合い。


 それでもなお、友人同士の対面にしては鬼気迫る物々しさは本物。

 やはり彼らは、口よりも目で物を語る類なのか。

 すわ撃ち合い、とはやはりすぐにはならない。


「なあ相棒、何があった」


 先に一歩踏みこんだのは、キッドの方であった。


「レディばかり狙ってキルを繰り返すなんざ、ストイックな相棒らしくもねぇ。一体どうしちまったんだよ」


 切々と訴えかけるキッドの眉は釣り下がっている。


 そう、キッドの知る相棒という人物は、かつてまではそうでなかったと。

 悪魔に取り憑かれたかのような変貌ぶりに、キッドはただただ受け入れられていないと。


 対して相棒は、眉の位置はそのままキッドの質問に答える。


「女のクソさに気づいたからだ。男が気に食わねぇってだけで貶める嘘を吐きまくる。玉の輿だとか夢見て自立して稼ぐ努力をしない。自分から喧嘩をふっかけてきながらやり返されれば被害者ぶる。口論で勝てなくなれば『キモい』だの『恐い』だの『モテなさそう』だの論点ずらし、しまいには赤子みてーに泣き喚く……女ってやつは、精神年齢が乳幼児未満なんだろうなぁ」


「ああっと……こいつはかなりの重症だな。女叩きのアカウントに洗脳でもされたのかこりゃ」


 そう皮肉たっぷりに言い返す。

 ミソジニーかぶれの投稿をひたすら羅列する相棒の姿には、もしかしたら案外深刻な理由でもないのかもしれないと、キッドは緊張感のない反応をしていた。


 もちろん女性限定で博愛かつ情熱的なキッドは――キッドに好意を返す女性がいるかはさておいて――女性の内面がどれだけわがままであれ、むしろ振り回されたいと思えてしまう危ない度量がある。


 女性を外見から覚えると宣ったのはそういうことだ。尤も、外見が優れていない女性などいないという前提もあるのだが。


「キッド、お前はよ、ちっとも変わってないな。どうせここでも女にナンパばっかして遊び歩いているんだろ?」

「そりゃそうだ。なにせ、世の中のレディが1人も飛ばせないほど漏れなく別嬪からなぁ〜」


 女性を絡めた自尊心をつつかれ、キッドは飄々とした調子を取り戻す。

 最早キッドの条件反射か本能みたいなものだ。


「よくもまあ約束されし一生未経験のくせに飽きないな。そんでよく呆れないもんだ、そんなに女にちょっかい出しまくってりゃ、女がどれだけ馬鹿でクソかも……」

「うるせぇよ」


 癪に障られたかのような強い語調での否定。


「美しいレディはごまんといるが、どれもが俺っちにとっての国宝だ。だからよ……たった1人でも傷つくレディが現れちゃ、色男が代わって報復しないわけにもいかねぇ」


 本来の目的へと立ち帰り、ホルスターへと手を置いていつでも銃を引き抜ける構えをとった。


 まるで己の正義感を糧に奮い立っているようにも見える。

 だが、現状キッドは覚悟に迷いが生じていた。


 たとえ立ち上がる足に力が入れど、ありとあらゆる獲物を狙い撃ちしてきた指先にはどうやっても力が入らない。


「それはお得意のか? キッド、言いたいことははっきり言ったらどうだ?」

「俺っちに撃たせるな、相棒……意味分かんねぇことはもうやめてくれ……」


 はっきりと言った結果が、キッドらしからぬか細い悲痛な叫びであった。


 もし暴発でも一発撃ってしまえば、相棒とは金輪際道が分かたれたままになるかもしれないと。

 そもそも、ギルドの賞金首リストを頑なに見ようとしなかったのも、犯人の顔が万が一にも相棒だったらと不安に襲われていたことが真相。


 目や心だけで語りきれなくなるほどの、迷いを露わにしていた。


「そうだキッド! テメェはヴォレを始末しに来たんだろ?」


 反面、相棒には迷いが無さそうだが。


「だったら、ヴォレはテメェに提案しようじゃないか」

「提案? 俺っちが何を言われようと……」

「キッド、ヴォレと()()


 そう、キッドを勧誘するという意味で迷いが無かった。


 確かにキッドからすれば相容れない敵プレイヤーであっても、相棒からすればキッドという男性プレイヤーはキルするよりも仲間にする方が傷が少なくて済むし、目的に反しない。

 合理的な判断だ。


「陰殺チームとかいうクランは、結局組むに値しないまま自壊した。だがかつてまでヴォレが背中を預け合った相棒として、キッド、お前なら信じられる」


 真摯に、誠実に、迷いのあるキッドの湾曲した線を真っ直ぐに整えるように。


 そこには、キッドの知る相棒の顔と確たる正気があった。


「テメェの力を借りたい。また前みたいに、一緒にどこまでも突っ走りまくろうや」


 キッドという強ぶりたい男が欲しがる言葉での勧誘を締めくくったのだ。


 堕ちるところまで堕ち、変わり果てたとしても、変わらないものがそこにあった。

 目の前の相棒は、キッドの知る相棒と同一人物であったのだ。


 そこに胸打たれたキッドは、葛藤していたものが下らないものだったかのように取り払われる感覚に満ちてゆく。


「魅力的な提案、どうもよ」


 だから、答えられた。


「それでも俺っちは、世の中のレディ達の方が魅力的すぎてな」


 相棒の誘いが、女性プレイヤー全体をキルして回ることだとするならば、たとえ首の骨が折れても縦に振れはしない。


 先ほど逃がしたハグたんだって、その守りたいレディの一人だから。


「そうか」


 ただ短い答えが返る。


 キッドの返答に残念がっているような、半ば予想していたような、呆れているような、そんな様々がものが垣間見える複雑な表情。


 暫しの沈黙。

 不動の男達。

 一陣の風と共に、丸まった枯れ草が転がる。


 この佇むだけの一見無駄な時間は、心の整理の最中でもあったのだろうか。


 感情的な膠着状態を打破するべく動き出したのは、2人同時であった。


「元『陰殺チーム』所属、

その二つ名は『白き射線上の死神(キルユーヘイヘイ)』。

あくまで組まないなら、テメェもキルの対象だ!!」

「クラン無所属、

その二つ名は『百発意中(トリッキートリガー)』。

レディを傷つける奴は容赦しねぇ。たとえレディだろうと……相棒だろうとな!!」


 悲愴感をかき消すほどの号砲と共に、キッドが目にも留まらぬ早業で銃を引き抜くと、一切の躊躇なく乾いた銃声を鳴らす。


 弾丸を曲げるアーツを使わない、小細工無しにただ仕留めんとする一直線の弾道で。


「がっ」


 その一発の弾丸は、相手の眉間にクリーンヒット。


 精神的動揺を感じさせない、キッドの実力高さを伺い知れる一発である。


 ところが、相棒は弾丸の勢いに負けて反っていた顔を起こすと。


「効いた、少しはな」

「チッ、効いてねぇ」


 現実世界なら勝負ありの一発でも、豆鉄砲を食らったかのようにまるで動じていない。


 HPゲージも、殆ど削れていない。


 この結果には、至極当たり前の理由がある。


「キッド、さては弾丸の方をカムイにしているな?」


 唐突だが、キッドのカムイを的中させる。


「正解しても何も出ねぇぜ。俺っちの選んだカムイに、ケチつけんのかよ」

「ああつけてやる。いいか、どんだけ弾丸を極めてもなぁ、それを込める銃が骨董品じゃ女々しいへっぴり弾にしかならないとな」


 キッドの不手際を解説する相手。その全てが事実である。


 キッドの扱う弾丸のカムイこそ、曲がる弾丸や偵察をはじめとした補助的なアーツを多数搭載しているのだが、直接的な火力を向上させるアーツが一切無い。

 故に、弾丸のカムイなのだ。


 旅芸人みたいに人々を楽しませる分には向いてはいても、こんな横の範囲ばかり広げてたところで縦の貫通力がなければ防御力の高い相手への決め手が無くなってしまう。


「このCCO界隈のガンマン共は、弾丸よりも銃そのものを技術革新させるもんだ。その方が威力も破壊力もいくらでも魔改造できるからな」


 解説を続ける相手がインベントリから両手持ちで取り出したもの。


「ヴォレはそうしたぜ。これが、狙撃銃(スナイパーライフル)のカムイだ」


 キッドのピストルと比較しても銃身が圧倒的に長い銃。

 おまけのようにスコープも装着しているそれを、自身の目的の障害となる敵の眉間へと向けた。


「おしまいだなキッド。カムイ選びを間違えたこと、この一発で後悔しな。【百戦万枢銃ワンディジットエクセプト】!!」


 こちらも躊躇せず引き金を引き、ライフルの銃口から一発の弾丸が飛ぶ。


 キッドの小ぶりな銃と比較しても、その発砲の音量は遥かに大きい、さしずめ小規模の落雷が如く。

 まさしく桁違いの威力だとの証明だ。


 その上、ダメージ倍率強化のアーツによって見違えるほど火力を高めている。

 こんな必殺の一撃を食らった部位は使い物にならなくなるだろう。頭を貫通しようものなら粉々になるくらいは一目瞭然。


 そのはずだったが。


「……効いたぜ、ちょっとだけな」

「なんだと!?」


 相棒は、信じられない現象を目撃した。


 弾丸を避けようともしないキッドのキルを確信したかと思えば、眉間に触れた直後に真横へと弾丸が曲がって行ったからだ。


 ライフルによる圧倒的殺傷力をもつ弾丸は、その先の枯れ木に直撃しただけに終わった。


 ここはサーカス会場だったのかという珍現象を当たり前としたのが、キッドという男の操るカムイ。


「察しが悪いぜ? 弾丸がカムイじゃなくて、弾丸のカムイ。弾丸なら誰のモンだろうと、俺っちの体に触れた瞬間軌道を逸らせるのさ」


 そう、アーツ【曲弾の射手(ベクトルウェーブ)】の能力の応用。

 いかにも撃ってキルするだけが専門の銃系統のカムイと違い、弾丸のカムイとは技だけでなく防御にも使えるのだ。


 ただしこのアーツはオートで発動しているわけではない。

 相手の弾丸が命中してから0.1秒未満もの誤差すら許されないごく僅かな判定、それさえもキッドは思うがままとさせたまで。


 普段こそ自由気ままなで大雑把に生きるキッドは、ひとたび戦場に立てば刹那を見切る。

 反射神経や胆力も加味した神業と言うべき他ないだろう。


「カムイ選びを間違えたのは相棒の方さ! 美しいレディは数しれねぇが、下手な鉄砲は数打ちゃ当たるとは限らねぇ、ってな」

「ハッ……ハハハハ!! やっぱキッドはただのナンパ野郎じゃねえ、ヴォレの相棒に相応しい無敵のガンマンだ!」


 自分の一撃が意趣返しされたというのに、相棒はスッキリしたかのように笑い飛ばしていた。


「どうだ相棒! このまま撃ち合うだけならこの勝負、俺っちがズドンと頂いちまうぜ?」


 相棒の変化に、キッド自身にも大いなる希望が灯り出す。

 偵察のアーツで見た時こそ負の感情に操られていた相棒が、知らず知らずの内に正しき明るさを取り戻している。


 武器まで持ち出した荒療治だったが、女性相手への殺戮よりも互角の勝負の楽しさを思い出させられれば、相棒はきっと反省し改心する、と。


 ここまで、キッドの手はず通りであったのだ。


「だが! そんなテメェにも致命的な()()があったな。仮にも相棒していたヴォレだからこそよく知っている」


 そう平静へと戻ってしまった相棒。


 突くだけで勝負が決まるほど、よほど即効性がある弱点なのだろうか。


「俺っちの弱点? 興味ねぇな。どうせレディにまつわることだろ」


 本人も認めているように、キッドといえば美しい女性への愛情。


 しかし女性が1人もいないこの場においては、キッドの弱点など弱点にもならないはず。


「言うだけ言ってみやがれ。鼻で笑ってやるぜ」


 まるで涼しそうな顔だ。

 これなら仮に女性関連で挑発したところで、頭に血がのぼるどころか尚更冷徹さに磨きがかかりそうだったが。


「まあそう死に急ぐなや、頭が噴火してハゲても知らないぞ? ()()()()


 煽り口調で、生意気な表情で、侮るように強調した。


 すると、その単語を耳にしたキッドからは銃声でもなんでもない、何かが切れる音がした。



「俺はオッサンじゃねえええええええ!!」


 築き上げた手はずを自分でかなぐり捨てる音と、銃を爆発的に乱射する音が交差していた。

 次回へ続く

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