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55話 女性が得意で女性に弱い

「私も、大漁虐殺の時に戦ってたんですけど……その話は聞いたこともないです」


 ふと思い至ったことがあり、ハグたんは慎重に言葉を選び始める。


 もし彼の探している人物が万が一コロリンのことだったら、ハグたん自身もどう責められるか想像もつかないからだ。


「よろしければ、その人の特徴とかは教えてくれませんか」


 コロリンのことを伏せつつ、それとなく問う。


 逆に質問する側になってしまったが、相手はそれをおくびにも気にせず。


「聞いた話だと、そいつの凶行は遠距離射撃からのキルが主。だから姿を見た奴は少ねぇが、レディのプレイヤーを中心に狙う若い男、ってところまでは割れている」

「あっ、コロリンさんじゃなさそう」


 ほっとした面持ちとなる。


 とはいえ、それはそれでハグたんにとって悲報ではあるが。


「ということは、私も狙われちゃうってこと……!?」

「ミニのレディなら容赦してくれるとも限らねぇ。だが、どちらにせよ嬢ちゃんは最高にツイている」

「ついているって、どういうことですか?」


 不幸の知らせ同然なのについている、つまり何かが顔についているという意味なのかともハグたんは思い違ったが。


「決まってら、この俺っちと出会えたんだからよ」

「えぇ?」


 ハグたんにら理屈があまり伝わらなかったが、何となく自信が伝わる一言であった。


 すると彼は、指で帽子の裾をピンと弾き、木材の壁に背だけを預け、親指で自分の胸を指し示す仕草を取る。

 そして決めの言葉。


「そうとも! か弱いレディの危機とあらば……泣く子も黙って恋に落ちる、世界も惚れた色男、このゴッドレイヴン・キッド様の出番ってわけ、さ」

「は、はぁ……」


 カッコつけたいお年頃にしてはどう考えても適齢期を過ぎている。


 恋に落ちるだの世界も惚れただの以前に、こんな大人にはなりたくないなぁとハグたんは嘆息するのだった。


 だが、それを別としてハグたんには責任感が芽生えていた。


「あのっ、キッドさん、私にもお手伝い出来ませんか!」


 ハグたんは、その責任感に押されるがままに協力を頼み込んだ。


 そこに自分が被害者の1人になるかもしれない恐ろしさもある。だがかつて陰殺チームの陰謀に立ち向かった当事者の1人でもあり、当時そのクランメンバーだったコロリンが全てを捨てられた際には自分のクランに迎え入れた。


 ここまでしていれば、今回の件も無関係ではいられない。


 しかしそんな見た目に反した壮絶な背景を読み取れるわけがないキッドは、またしてもカッコつけるようなポーズを取る。


「おっと、俺っちの色男っぷりにメロっちまったかい? だが悪いな、この風来坊の過酷な旅には、ミニのレディじゃ釣り合わねぇ」

「いえ、好きになったとかではないです」

「そ、そうかい……」


 終始おどおどしていたのに、断る時だけハキハキ否定するためにキッドは気勢を削がれている。


 とはいえこの男キッドは癖こそあるが、おちゃらけていて話しやすい大人の人間であることはハグたんの中で少しずつ理解してきている。


 故に、隠し通そうとしていた秘密を打ち明けてみようとの思考に至ることなど、幼きハグたんには必然であった。


「私、実は陰殺チームに入っていた人と1人友達になっているんです」

「……そいつは本当かい?」

「あば、ひぇ……」


 飄々としていた目つきが一転して鋭くなる。

 まるで幾人もの邪魔者を始末してきた暗殺者のようなそれだとハグたんは感じ取った。


 核心に触れる部分はシリアスになるのも致し方なし。


「ええと、今お呼びしますね……」


 キッドから目を逸らす口実のように、ハグたんはクランチャットを開いてメンバーの名前を一瞥する。


 当のコロリンは未だログインしていない。

 ついでに先程この街で喧嘩していたはずのマサムネもログアウト中となっている。


 実はこの直前、宿題をサボって遊んでいることがクロに見つかり、強制的にログアウトされたのだがこれはまた別の話。


 手がかりが得られなさそうなことを残念に思いながらも、ハグたんは心拍数を取り戻す。


「すみませんキッドさん、今は会えないみたいです……あれ? キッドさん?」


 ところが、ハグたんが目を離している僅か数秒の間に、キッドの姿がいずこかに移られている。


 キョロキョロと見回していると、案外すぐ近くにキッドがいた。


「そこの道行く美しいレディ。どうだい? もし暇で暇で仕方ないっていうなら、この俺っちがあの店で一杯奢らせてもいいかい?」

「えっ? えっ?」


 そう、キッドはあろうことかクリーム色のプレーリースカートを着た女性プレイヤーを口説き始めていたのだ。


 ハグたんもその女性と同じ表情と化していたが、キッドが声をかけ続けたのは女性の方。


「困惑する姿もまるで天女様みてぇで参っちまうぜ! フッ、その国さえ傾けちまうような貴女の魅力に、俺っちのハートはとっくにノックアウト、さ」

「すみません、わたし、男性に興味がないので」


 一度ペコリと頭を下げ、女性はキッドから足早に立ち去って行った。


 どうやら脈無しだったようだ。

 むしろこんな歯の浮くようなセリフばかり呈し出す男に少しでも脈がある女性を探す方が、砂漠の薔薇を見つけるよりも困難だろう。


 そうして残されたのは、哀愁漂う棒立ちの男の背中。


 あまりにも声をかけづらかったが、それでもハグたんはキッドの隣に近づく。


「あのぅ……キッドさん?」

「また夢のようなひと時を過ごせちまった、ぜ」

「確かにまたですね」

「おいおい沁みるぜぇ……」


 傷口に塩を塗られたように引きつった顔が、彼の強がりの仮面を壊される。


 ハグたん側も、自分が通う小学校の先生くらいの年齢相手への距離感が掴めてないようで秀逸に噛み合っているという奇跡のコミュニケーションにある種の親しみを見出しているほど。


 キッドは帽子のポジションを直しながら、放ったらかしにしていたハグたんへとようやく向き直る。


「すまねぇな嬢ちゃん。美しいレディを見つけちゃ声をかけずにはいられないのが、色男のサガなんでな」

「そんなことよりも、陰殺チームの話はどうするんですか」

「もちろん目的は忘れちゃいないぜ。兎にも角にも聞き込みが第一だ」


 この男のセリフでは言い訳のようにも聞こえてしまうが、ともかく初対面の他人と積極的にコミュニケーションを取れるのはハグたんにはない長所。


 キッドがサルーンにいたのも、当初は事情通のプレイヤーが集まりがちな施設を選んだからこそだ。


「嬢ちゃんが陰殺チームのメンバーとダチになってたのは大幅前進だが、おちおち待っている訳にもいかねぇ」

「そうですよね。そのレッドネームだって、ほかの街とかサーバーに行っちゃったりするかもですし」

「それだけじゃねえ。こうしてる間にも、美しいレディが被害に遭っちまうかもだから、な」

「また美しいレディ……ですか」


 キッドのアイデンティティかつ情熱の籠もる単語。

 この時点でも既に耳にタコが出来るほどに聞いていたハグたんはだいぶ辟易している。


「キッドさんって、美人さんのことばっかりですけど、美しくない女の人がいたら助けないんですか?」


 ハグたんにしては踏み込んだ発言だ。


 故にキッドは、自分が試されているのだと勝手に信じ込み、帽子を摘んで目を影に隠すようにずらす。


「そりゃ俺っちだって、好みに合わないレディはお断りさ。けどこの世界にはそんなバッドなレディははっきり言って1人もいねぇんだ。たとえ足腰の弱い老婆だろうと、俺っちが一目惚れする美しいレディが多すぎるってもんよ。フッ……こんなにも女神だらけだと、美しいレディって言葉は頭痛が痛いみたいになっちまうのか? けどあえて俺っちはこれからも美しいレディと――」


 こうしている間にも被害が出てしまうかもなので、ハグたんはその先からは聞いていなかった。


 こうして、ハグたんとキッドによる目的だけが一致した正反対な二人組による聞き込み調査が始まった。


「駄賃をやる。陰殺チームについて知ってることを教えて欲しい」

「陰殺チームかい? ああ、たしかこの前……」


 よほど熱が入ったのか、女性を無視してでもその手の話題に詳しそうな男性プレイヤーに聞き込むキッド。


 ハグたんの方も、きっかけがなければ通りすがりの他人にも話しかけられない程まだまだ人見知りだが、自分から志願したからには任せっきりにはいかない。


『陰殺チームに逃げ延びた人がいる話って、ユロクさんは知っていますか?』

『かの者か。あの大漁虐殺以来行方を晦ましていたが、先日、第三と第四の街の中間地点でプレイヤーキルが発生したという報告があった』


 ログインしているユロクにフレンドチャットから聞き込みを開始してみると、有力な手がかりが早速発掘されたようだ。


『なるほどです。もしよければ、一緒に調べに行けませんか』

『いや、儂は第四の街から暫く戻れない。だが余力があれば調査の手を回すとしよう』

『ありがとうございます』


 地道だが着実に、少しずつ犯人への手がかり足がかりを拾っていく。


 やがてある程度情報が集まって再び合流した時、ハグたんは根本を突く発想に至る。


「そういえば、ギルドの賞金首リストからその人の顔なんかは調べられると思うんですが……」

「いいーやいや! それだけはいけねぇぜ嬢ちゃん!」

「あえ?」


 焦ったように猛烈に首を左右に振られ、ハグたんは呆気にとられてしまう。


「ううんとな……簡単に答えに辿り着いちゃ、ロマンがねぇってことだ」

「私、ロマンとかそういうのは求めてないので」

「いいか! どうしてもだ」


 ハグたんが案の定の否定をしても、今回ばかりは釘を刺すような言い方で詰めている。


 どうも他にもやましい理由がありそうな落ち着きの無さを披露したキッドだが、それに拍車をかけるように両腕を伸ばして体をほぐし出す。


「さてと、いい加減出発しないとな。嬢ちゃんはどうしたい? さみしいがここでお別れした方がいいかい?」


 ハグたんの無事を祈るがための気遣いも、関わりを絶ちたがっている不審さにも聞こえる間の悪さ。


「えっと、お供させて下さい。せめて私の門限までは」

「ほぉ、行儀いいだけじゃねえんだな。うし、武装するものとかを買いにいきたいなら付き合うぜ」

「あ、いえ、私はこのままでも役に立てます。多分……」


 カムイの都合上武器を必要とせず、またステータスの都合上防具を装備する意味もないハグたんだ。


 むしろ、一見ファッション性に特化しているキッドの準備が気になり出しているほど。


「その犯人を見つけるのはいいんですけど、やっぱり見つけたら戦わなきゃいけないですよね」

「そりゃ俺っちだって腹を括って来ているわけだしな。もちろん、勝算だってあるぜ」


 そうキッドは腰に手をかけ、あるものを指で軽快に回転させながら上向きに構える。


「どうだい、()()()はよ。俺っちからすりゃ、レディの次に大切な戦友ってところだぜ」

「ま、まさか、銃っ!?」


 そう、キッドが武器とするものこそ、銀色に磨かれたオサレな銃身が特徴である一丁のリボルバー。


 警察官が持つような拳銃とは一味違うそれを見た途端、ハグたんは亀のように丸まってしまう。


「おいおいビビることはないだろ。このゲームをしてりゃ、ピストルよりもおっかない武器もカムイも嫌ってほど見てきたんじゃねえのか?」

「恐いものは恐いんですううっ!!」


 キッドから見て大げさなリアクションを取ったハグたんだが、個人的な理由を鑑みれば無理もない。


 もし刀や弓であれば、武器であってもスポーツなどの競技にも使われるようなイメージ。

 杖や人形や機械の腕なんかは、むしろ架空と明らかにされているため、ファンシーなゆるさも印象づけられる。


 だが現実世界でも主力である銃は、銀行強盗などの恐ろしい犯罪に使われるイメージが付きまとってしまう。


 そのせいでハグたんは、銃に対する恐怖心は他の武器よりも人一倍だ。


「ったくしょうがねえ嬢ちゃんだ。けどな、このゲームでの銃の性能は一発見てみりゃ通じるさ」


 キッドは人が誰もいない方向へと銃を向け。


「ほい、ズドン」

「ぎゃひ゜!」


 ズドンというよりズキュンに近い発砲音によって周辺の人々がこちらを向き、ゴミをつついていたカラスも驚いて飛び立つ。


 キッドは擬音を口に出すと共に、顔色を変えず、汗一つかかず、白昼堂々と、銃の引き金を引いて発砲したのだ。


 こんな行動を読むなど不可能なほどの唐突さに、ハグたんも心臓がまろび出かねないほど大声で叫ぼうとし、うっかり舌を噛んでしまったほど。


「……あれ?」


 唐辛子をかじった後のようにヒリヒリした舌を労っていた時、ハグたんの顔から銃への恐怖心がいくらか消える。


 何故ならば、指先ほどの小さな弾丸が、ハグたんから歩いて2歩前くらいのすぐ近くに転がっていたからだ。


 距離にして、ほぼ目と鼻の先と言えよう。

 銃の性能を示してくれるはずなのに、これではまるで不良品じゃないかとハグたんは謎を抱いたが、その全てをキッドは織り込み済みだ。


「どうもこの世界の銃ってやつは、誰が造っても威力も飛距離もねぇションベンみたいな出来損ないになっちまうらしい」

「だから、こんな近くにたまが落ちちゃってたんですか」


 まるで歴史を先取りしすぎた代償の呪いを受けたアイテムみたいな話だが、それだけではない。


 銃系統の武器には、使い手のSTRは攻撃力へ一切の補正がかからない。

 代わりに銃には引き金を引くために必要なSTRが設定されているという、銃一強のバランスにならないよう不利な要素まであるのだ。


「失礼なことを聞きますけど……これだと、戦うための武器になれない気もするんですけど……」

「脅しにさえならねぇさ。カムイ無しの話なら、な」

「カムイ?」


 キッドの中でクールとでも思っているのかいちいち一拍置く喋り方を繰り出してばかりだが、辟易というより耳が慣れてきたハグたんはさらなる疑問を抱く。


「それじゃあ、キッドさんのカムイって……」

「ようやく見つけたぜ、キッド!」

「はいっ!?」


 ハグたんの問いを遮るように大声をあげられ、呼ばれてもないのに驚いて返事してしまった。


 白い馬から降りたこの男も、キッド達男性プレイヤーの間でブームなのかテンガロンハットとベストのような外套をまとっているが、追加のアクセントとして胸に星形のバッジを着けているのが目を引くだろう。


「ここで会ったが百年目、ゴッドレイヴン・キッドよ。オレを忘れたとは言わせねぇぞ」

「悪い、忘れた」

「んなっ!?」


 因縁をさらりと躱され、ずっこけそうになる相手。


 この調子だとお目当てのレッドネームでさえなさそうだが、ハグたんはむしろ、キッドの記憶力の方を心配し始めていた。


「キッドさん、相手が女の人じゃないとしてもちゃんと人の顔は覚えておいた方がいいと思いますって」

「おいおい違うぜ。俺っちはレディは顔で覚えるが、野郎は(ハート)で覚えるタチだからよ」

「え、そんな目で見えないもので覚えようとしてるからなんじゃ……」

「無視するんじゃねえキッド! それにそこのチビ!」

「私!? はいっ!」


 キッドも相手の男も高身長なので、チビで該当するプレイヤーがハグたんしかいないことくらい本人が一番分かっていた。


「お前まさか、キッドの正体をなんにも知らねぇでチョロチョロとつるんでるんじゃねえだろうな?」


 急にご指名を受けたかと思えば、どうも敵対的どころか何か大事な真実を伝えたいことがある模様。


「実は……キッドさんとはさっき知り合ったばかりなんですけども……」


 そう心して耳を傾けてみると。


「そいつは自分が色男だとかチャラいこと抜かしてるが、そんなチャチなウエスタン野郎じゃねえ。そいつの首にはな、400万ゴールドの賞金が懸かっている、札付きのお尋ね者なんだよ!」

「よ、よんひゃくまんんん!?」


 本日何度目か数えるのも諦めたくなる驚きのリアクション。

 それでも、お尋ね者を追うキッド自身も賞金首だなどとは、リアクション以上に衝撃の真実だ。


 先程、賞金首リストからの調査を頑なに拒否した一件も、これで説明がついてしまった。


 なお、念を押すがキッドはレッドネームになったことさえない。つまり、プレイヤーキル以外の理由で賞金が懸けられている。


「キッドさぁん!? なん、なん、なんでそんなことを」

「前のサーバーのことなんざ、とっくの昔の話さ……」


 陽気な男の鎮痛な面持ちに、他人の心の痛みを共有しがちなハグたんも感化されてしまう。


「そんな……キッドさんに一体何が……」

「なーんてな! 実は俺っちがギルドに頼んでそうして貰ってるだけなのさ、ベイベー」

「はい? キッドさん頭おかしいんじゃないですか?」


 ハグたんの口から出たとは信じがたい辛辣発言。キッドには内心ほとほと参っていることへの表れだ。


 自分からお尋ね者に成り下がるという絶句モノの意味不明なムーブも、この男にかかれば自己賛美の意味に脚色されてしまう。


「美しいレディを追い求め、腕っぷしの立つ奴らに追われる孤高のアウトロー。イカしてると思わねぇかい?」

「すみませんよく分かりません」


 どうしてもシリアスになりきれない男、それがキッド。


 サルーンでの乱闘騒ぎの時のように、キッドはロールプレイのためならかなりの無茶さえやってのける人物であることは実証済みだ。


 他の友達のような悲しき過去などを覚悟していたハグたんだったが、大人の気楽さがつくづくうらやましいなぁと、憧れもなく心の声で褒めていたのだった。



「相談は済んだかよ。オレはキッドを倒し、賞金のみならず名誉も頂く。『宣戦布告』だ。キッド、決闘(けっとう)しろ!」


 相手の男から挑戦的で堂々とした宣言。


 それを耳に納めたキッドは、口角を釣り上げて喜色を示した。


「ま、丁度いい。あの野郎でも、俺っちのカムイの試し撃ち相手にゃなりそうだ」

「わぁ、喧嘩だぁ」


 本日3度目のバトル展開ともなると、ハグたんも恐がるなどをしない完全に諦観している反応だった。


 とはいえ、決闘と喧嘩は大いに異なる。


 これから両者同時に、このゲームの特色であるあの儀をとり行うからだ。


来い、神威(カムイン・カムイ)!」

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