54話 バトウでバトル
リトルフラワーが晴れてDランクに昇格した翌日の事。
「来るのが早すぎちゃったんでしょうか……」
晴天に恵まれ至って平和な第三の街に、いつものようにログインしたハグたんだったが、他にログインしているクランメンバーがマサムネしかいないことに申し訳無さを隠せない。
宿題を早めに終わらせてからログインした小学生ハグたんにはまだまだ先の話だが、試験勉強、アルバイト、友達付き合い、エトセトラエトセトラ、高校生の日常はそれだけ忙しいのだ。
「次からは、もうちょっと勉強した後に遊ぼうかな……」
おかげで、ゲームにログインするだけの何の罪もない行為に罪悪感を覚えてしまっている。
「あっ、マサムネさん!」
ハグたんの探し求めていた後ろ姿が大通りでようやく発見される。
「うへへ、こんにちは」
「このボンクラバリカンジジイが! てめぇの髪の毛全部バリカンでそってボウズにしたあとにせせらぐ綺麗な川に投げ込んでてめぇを水中ドラム缶マニアにすんぞ!」
ハグたんは、友に向ける笑顔のままフリーズした。
どうやらマサムネは、目の前にいるなんの変哲もない男性を泣かせている最中の様子。
ハグたんに見られているとは毛ほども気づかず、マサムネの頭も口先もますますヒートアップしてゆく。
「あぁん!? ウチなんて基本人に優しいんだわボケが! てめぇなんて鼻にわさびぶっ刺しながら『人生は厳しい』とか抜かして深夜徘徊してるつるっぱげメンタイコじゃねぇか! 大人しくバカはバカらしくバカになってバカをいきろやクズ! あほ! ぼけ! バスター筋肉ダルマが!」
「これがサーバー04名物、パワーワード製造機マサムネ……出会えて感動だぁ……!」
どういう感性をしているのか怯えではなく感極まって涙を溢れさせる男性に対し、聞いてる人間の脳が情報過多を引き起こしかねない罵倒の数々を、マサムネ本人が連発していたのだった。
もしこれが罵倒だけならば男性から頼んでやっているだけかもしれなかった。
しかしマサムネは、あろうことかカムイを乗せた刀を相手に斬りつけるスレスレで振り回している。
一歩目測を誤ればレッドネーム直行の危険な喧嘩であった。
そんなマサムネも、ようやくハグたんの存在をキャッチした。
「おっ? ハグたぁん聞いてよ! ウチなんにもしてないのにこいついきなり喧嘩売ってきてウチの人生が陰湿な嫌がらせパニックワールドなんだけど!」
「ごめんなさい! 人違いですううう!!」
マサムネとの心の距離を示すように、猛ダッシュで逃げ出した。
いくらハグたんが友達思いでも、普段の行いから逆算してマサムネに非がある喧嘩だけは勘弁であった。
「ぜえっ、へえっ、今日はお花屋さんにお邪魔しに行こう……どっちの道でしたっけ」
そう自分への妥協案を呈し、辺りの施設を一瞥する。
第三の街に慣れてから、今やあの生花店には毎日のように通っている。
ハグたんだってまだまだ子供。装備品やアイテムといった実用性よりも、自分にとって居心地のいい安息の空間にいる方がモチベーションに繋がるようだ。
店側も小さな常連客として出迎えてくれているので、ウィンウィンの関係を築けてるだろう。
そうして立ち並ぶ民家も含めて一件一件くまなく探している途上。
「なんか……おしゃれなお店……」
スイングドアと呼ばれる前後両方に開けるという、世にも珍しい扉が目についた。
見上げてみれば、ここは他の木造りの建物と大差ないが、2階の窓の上に『Saloon』と白いペンキで描かれているのが特徴。
ドアに目を戻せば、その奥から漂う甘いような苦いような芳醇なブドウの香りに、ハグたんはみるみるうちに興味を惹かれてゆく。
「お花屋さんとかもそうですけど、この街って色んなお店があって楽しいです……」
酒場、いや、サルーンとの呼称されるその場所を外側から品定めしたハグたんは、今日はこの店に入ってみようと決意する。
友達作りだけではなく、自分自身の成長のため。
行動範囲を広げるためにも、何度恐ろしい思いをしてもめげながらチャレンジする。それがハグたん。
乾いた風が吹き、丸まった枯れ草が転がる。
「お、お邪魔します。ひいっ!?」
そう及び腰になりながら扉をくぐった先にあったのは、恐ろしい思いの方であった。
「ったく、クエスト帰りの一杯は染みるなぁ!」
「おいマスター、いつものだ」
「俺は降りる。ほらよ5000だ」
明かりは窓から差す日光だけの薄暗い店内には、ジョッキに注がれた泡立つ飲み物をラッパ飲みする男、ゴールドではない何かを賭けるポーカーに興じる男、アコーディオンを吹き鳴らす男、葉巻のような吸い物に火をつける男。
そのどれもが屈強かつ悪人面な、まさに荒くれのような男達で繁盛していたのだ。
「なんて美しいレディだ。どうだい? この後、俺っちとの恋のモンスターハントにお付き合いしてくれないかい?」
「こ、困ります……」
右隣の席でナンパしている男が、ここでは一番マシに見えたほどだ。
無論ハグたんのような子供など店内に存在するはずがない。
店選びを盛大に間違えたと、ハグたんが気づくには時間がかからなかった。
「えへへ……お、お邪魔しましたぁ!」
「ほぉ、かわいい客じゃねえかよ」
「あひ!?」
どうやらハグたんは、男の1人に目をつけられてしまったようだ。
逃げ足がどれだけ速かろうとも、恐怖で足が竦んで動かなければ元も子もない。
「なんだよぉ、そのしょんぼりとしみったれた面は」
「わざわざ来たのにすぐ出ていこうなんざ、つれねぇなぁ。いいからそこに座んな」
間もなく、強面に似合わない薄気味悪い笑みを浮かべた男達に左右から挟まれてしまう。
自分との身長差が50センチほどある時点で、相当な威圧感だ。
そのまま出口と逆方向へと案内されてしまう。
「あ、あば、あば、あば」
ハグたんもまだまだ子供。
まともな受け答えが出来ず、怯えきって痙攣してるかのような鳴き声しか発していない。
あれよあれよとバーカウンター手前に座らせられ、グラスを磨いている店主らしきNPCに注文せざるを得ない状況となってしまった。
「いらっしゃい。何をご注文で?」
「じゃ、じゃあ……あのお水をお願いします……」
事前に何を欲しいか決めてるわけがないハグたんは自分でも飲めそうなものを注文をしたのだが。
「水たぁ? みんな聞いたか? お水だとよぉ!!」
「たまげたなぁ! ギャッハッハッハ!!」
「はぎゃあ!?」
途端、ハグたんを囃し立てるようにした男の一声を皮切りに、周囲の男達から馬鹿にしているかのように笑われてしまう。
もうハグたんには、何が正解なのだか読み取れない思考の袋小路に陥られた。
けれどもだ。
男達の言葉で覆われた蓋の中身を覗いてみるとこうなる。
「水たぁ? みんな聞いたか? お水だとよぉ!!(この店の安いジュースではなく高級品に目をつけるとは、ただ者ではないな)」
「たまげたなぁ! ギャッハッハッハ!!(本当にたまげて笑うしかない)」
ようするに、ハグたんは侮られているどころか折り目正しく丁重に扱われているだけなのだ。
周りの男達も、しかめっ面で睨むよりかは(彼らの中では朗らかに)笑っていた方が恐がられないだろうとハグたんに気を遣っているまで。
「おいおい、ここはガキが来るところじゃないはずだろう(まさか迷子の子か?)」
「あんたみたいなお子様は、ママのミルクを飲んでるほうがお似合いだぜ(この店の名物メニュー)」
「おい店長、ミルクを一杯頼むぜ。あの背のちっちゃいお嬢ちゃんに、俺からの奢りだ(優しさ)」
「まさかとは思うが、こいつからの奢りが飲めねぇってのかよぉ(体調の心配)」
まさに人を見た目で判断してはいけないという好例だ。
彼らは見た目こそ悪ぶっているだけであり、実際は弱きに手を上げない紳士達の集いである。
「け、警察っ、警察っているんでしたっけ……」
とはいえ表面上の言葉だけで人を判断してはいけないところまでは、ハグたんの年頃では難しすぎたようだが。
その時。
「ちょいと待ちな! あんな迷い子ちゃん1人に寄って集るなんざ、みっともねえったらありゃしねえぜ? ブタ野郎共が」
ナンパ中だった男が突如として男達に割り込み、煽りを含めた物言いで咎める。
彼もハグたん同様に勘違いしているのか、真意がどうあれハグたんを困らせていること自体が許せないのか。
「あぁん? 今、ブタ野郎って聞こえたんだが、空耳かぁ?」
「いけねぇ酔っちまった。この店の酒はノンアルばかりのはずだがなぁ。てめぇ、もう1回言ってみろ!!」
ともあれ、この店内の注目はその西部劇のガンマンらしいスタイルのナンパ男に移ったのは確かとなった。
彼らも闘争心を刺激されたようで、ここから先は口での声と心の声が一致することも確かだろう。
「へっ、さっきまでブヒブヒしてたと思えば、今度は文句ブーブー垂れるなんざ、この店はいつからブタ小屋になっちまったんだい?」
「おのれ……黙って聞いてりゃべらべらと!」
大胆不敵にもウィットに富んだ挑発を繰り出され、最終警告をフイにされた男達は今にも拳を出して襲いかかりそうだ。
一気に火花がバチバチと散る間柄と化したが、ナンパ男は一切怖気づかず、むしろ調子が上がってきたかのように男達に体を向き続けながら出口の扉の前に立ち。
「全員表へ出な! てめぇら豚肉共をズタズタにクッキングして、この店の看板メニューとして並べさせてやる、ぜ」
どこぞのマサムネにも見習わせたい、まるで古い映画のハードボイルド教本にでも載ってそうな喧嘩文句で締めくくったのだ。
そしてウエスタンドアを豪快に開け放ち、親指を外に向けて場所を示すジェスチャーをしながらこの店を後にした。
「俺達全員を相手に回すたぁ? 面白ぇ!」
「ヒュー! あいつ中々の色男じゃねえの!」
「おいみんな、祭りの時間だ! 表へ出てやろうぜ!」
「じゃあ俺は裏へ回る、挟み撃ちだ!」
「おい多分そういうことじゃないと思うぞ」
最後で若干空気を壊したが、ナンパ男の先導に乗っかった剣呑な男達は、指を鳴らしながらぞろぞろとサルーンを後にする。
よほど効いたようで、賑わっていたはずの店内はバーテンのNPCとハグたんくらいしかいなくなっていた。
「あわわわどうしよう……私のせいで大変なことに……」
自分が助けを頼んだわけでもないのに抱く罪悪感。
少なくとも大変なことに発展したのは事実ではあるのだが。
「あ……始まっちゃった……」
まごまごとしている内に、多彩で痛々しい音がハグたんの耳に次々と突入してゆく。
殴りつける音、蹴りつける音、店の壁に人間がぶつけられる衝突音。
想像を防ぐためにハグたんは店の隅で縮こまりながら手で耳を塞ぐが、目に瞼はあっても耳は耳栓でもなければ完全な遮断は出来やしない。
まさしく、体の痛みはなくとも生きた心地がしない時間だった。
それでもやがては決着もつくし、全ての騒がしい音も聞こえなくなる。
「終わっちゃった。あの人……行かなきゃ」
罪悪感を抑えきれないハグたんは、突き動かされるように店の外へと駆け出して行った。
「だ、大丈夫ですか!? アアアアー!!」
今までにないバリエーションの悲鳴。
そんな声が出るほど、外での事態は想像を絶することになっていたのだ。
「なんでぃ、もうおしまいかい」
「ボコられてばっかでやんの。弱すぎるぜこいつ」
「こいつマジもんのアホか? 何で全員相手するとか大口叩いてきたんだ?」
「解散解散、カッコつけ野郎のせいで酔いがさめちまったぜ」
喧嘩を買った側の男達は、これといった傷がないままその場を後にしている。
対してハグたんに助け舟を出した男はというと。
「あたた……何もそこまでガチになんなくったっていいじゃんよ……」
ガニ股のまま上半身だけが砂の中に埋め立てられているという、情けないったらありゃしない姿となっていたのだ。
「本っっっ当にすみませんすみませんすみませんっ!」
「いや、いいってことよ……」
あられもない事態に、ペコペコ謝り続けるハグたん。
埋め立てられた上半身を引き抜きながらハグたんに気を負わせないように言葉を選ぶこの男も、器のある大人である。
「そんな……いいって言われても、私、あなたになんてお詫びしたらいいか……」
「だから詫びなんざ……そうだな、じゃあ俺っちが話していたあの美しいレディ、待たせてねぇか見てきてくれないかい」
「はっはい! 行ってきます!」
贖罪の精神で、ハグたんは神速の勢いで店の中に向かう。
なおこの男は、ハグたんがとにかくお詫びしなければ気がすまない性質を理解したがために、子供でも簡単にできることを頼んだに過ぎない。
そうしてハグたんは一旦サルーンの中に顔だけを覗かせ、テーブルには誰も座ってないことを確認。
「たぶんいなくなっちゃってます」
そう簡潔に答える。
その女性はナンパにだいぶ迷惑がっていたため、喧嘩のどさくさに紛れて逃げられてしまったのだろう。
報告を聞いた男は、テンガロンハットを深く被り直し、茶のジャケットの砂をはたき、なんのオシャレなのか尖った顎髭を優しくさすりながら。
「ふっ、夢のようなひと時を過ごせちまった、ぜ」
「う……ん……?」
甘いマスクのつもりか芝居ぶった声で独特の台詞回しを放ち、ハグたんは相手のテンションについて行けなくなっていた。
声をかけられないまま暫し時間を消費していると、男はハグたんの目線の高さまで腰を下げる。
「ついでだ、お嬢ちゃんに聞きたいことがある」
「はいっ! なんでしょう!」
背筋をピンと伸ばし、思いつく最大限の礼儀をもって聞く姿勢に入る。
「陰殺チーム、ってクランを聞いたことはあるかい? サーバー04の誰もが耳に挟んでるはずだ」
今や懐かしさすら感じる単語。
かつてコロリンが所属していたクランの名が、今更のような雰囲気で彼の口からさらりと出てきたのだ。
「ほぇ? 陰殺チームって、あの、レッドネームだらけの陰殺チームのことですか」
「そうとも、その陰殺チームで間違いねぇ。やっぱり、このサーバー内じゃ誰でも知っている大事件ってか」
ハグたんからすると忌々しい過去について調子よく笑ってみせた彼。
発言から逆算するに、陰殺チームと矛を交えてもいない他サーバー出身のよそ者なのだろう。
自分でも力になれそうな話題に、ハグたんは一字一句聞き逃さない集中力を発する。
「ありゃ最低で馬鹿だ。この第三の街の奴らを壊滅させる勢いがあったはずなのに、血迷ったクランマスターがメンバーの殆どをキルしちまったんだってな」
「酷い人でした……。いくらプレイヤーキルを止めるにしても、酷いことには変わりないのに」
大人しいハグたんでさえ我を忘れたあの胸糞悪さは、今でも鮮明に残っている。
故に、その扱き下ろす語りには共感を禁じ得なくなっていた。
「仲間を生贄にして自分だけヒーローになろうなんざ、男の風上にも置けねぇ。ま、最後にゃ本物のヒーローにお仕置きされちまったようだがな」
「そんなこともありましたねぇ。えへ、えへ、えへへへ……」
「ん、何でお嬢ちゃんが喜んでるんだ?」
彼は知る由もないが、かくいうハグたん自身がマスターを自爆で相打ちに持ち込んだ張本人。
本物のヒーローと扱われたのだから、にやにやと蕩けた笑みとなって当然だ。
さっきから変な子供だな、と思いながらも深くは詮索せず、男は本題へと話を移す。
「そんでこれは噂なんだが……陰殺チームのマスターが事を起こそうとした時、どうもメンバーの1人がいち早く危険を察知して逃げおおせたらしい」
「えへへ……うええっ!?」
喜びも吹っ飛ぶ衝撃の裏話。
砂時計の砂に埋もれてゆくはずだった悲惨な事件が、ここにきて再びその火種が燃え上がる兆しを告げていたのだから。
そうして男は、テンガロンハットの裾を持ち上げ、シミのついたアメリカンな顔貌と青の瞳をハグたんに向ける。
「俺っちはそいつに用があってこのサーバーに流れ着いた。手がかりは道半ばだが、どうよ? 嬢ちゃんからの情報提供、もうちょい頼んで貰ってもいいかい?」
表面上はまるで大した用でもなさそうな軽薄な調子だが、やはりこの男も蓋を開けばどのような真意が秘められているのか。
喧嘩が絶えない平和真っ盛りなこの第三の街の、今にも起こりそうな新たな波乱をハグたんは予感した。




