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幕間 僕は世界一不幸せな人間だ

 あくまでも少年が再びログインしてこない理由への補足。

 

 ――僕は世界一不幸せな人間だ。

 みんな僕のことを助けてくれない。


 僕はただのんびりと平和に生きたいだけなのに、周りの人が揃いも揃って僕のことばっかり邪魔してくるんだ。


 毎日頑張って生きてくだけでも一生懸命なのに、危険が迫れば必死で逃げるしか出来ない程僕は弱いのに、みんながみんな寄ってたかって逃げられなくしてから弱いものいじめをしてくる。


 僕だけが正常なのに、みんなはさも当然のように狂っているのに、みんなは僕の方がおかしいと指をさしてくる。

 僕の言うことを誰も聞いてくれない。

 そのせいで毎日がまるで地獄のようだ。


「酷いよ、酷すぎるよ。僕は何も悪くないのに」


 少年は、そう自分の境遇を悲観して生きてきた。

 恐ろしい人間の怒りの形相から受けた心の傷、自分の安心出来る居場所を奪われ続ける理不尽、いつの日かそんな孤立無援の暮らしから逃げおおせたいと頭を抱えてうなだれていた。






「おい虚口(うろぐち)ぃ、宿題はどうしたぁ?」


 少年は、今日も崖っぷちに立たされていた。

 小学校の担任の先生、その角刈りと腕力はただでさえラスボスよりも恐い存在だというのに、少年に対してカンカンだ。


 ここで宿題を忘れたなんて正直に言ったら、確実に雷が落ちる。

 だからといってこのままだんまりとしていれば、それはそれで叱られるだろう。


 何か言わなけれら、何か言わなければこの少年、虚口(うろぐち)正義(まさよし)の人生は詰んでしまう。そう大袈裟にまで未来が過った少年は。


「ごめんなさいぃ! そのっ、ちゃんとやろうとしてたけど指を思いっきりぶつけてしまいまして! ああゆびがああっ!」


 この絶望的状況を切り抜けるために、咄嗟に思いついた話を作り、あたかも実際あった話だと信じこませるように右手の指を抑えて痛がるアピールを繰り出した。


「……そ、そうだったんだな。それならそうと早く言ってくれれば保健室に連れてってあげられたんだぞ」


 ――いけた、やった、通じた。

 ()()()どうにか逃げ切れられた。


 日がな一日遊び呆けて宿題が真っ白だったのを、バレる前に誤魔化せたのだ。


 人生なにかミスをしたとしても、とにかく上手く工夫して誤魔化せば無かったことになってそのうち時効になる。

 どうにか言い訳すれば、命さえ助かることだってあるのだとは、少年の持論であった。


 これで宿題は無かったことになった。もうこれ以上追求されずに済んだ。今日も無事に凌げたのだ。


「でも、それにしたってひどいや」


 クラスの誰にも聞こえない声量で少年は呟く。


 ――悪いのは僕じゃない、宿題なんていう制度を考えた先生の方だ。

 僕みたいに頭が良くない人間にも難しい問題を解くように強要するなんてさ。

 それなのに、怒られるべきはそんな不公平なことを押し付けてくる先生の方なのに、宿題をやらなかった僕が怒られなきゃいけないなんて、控えめに言って狂ってる。


 だから学校というところは凄く嫌なんだ、と、少年は嫌悪感を顕にした目線をする。


 学校は、弱いものいじめが好きな人間ばかりいて、弱いものばかり頭を使わされて苦労しなきゃいけない理不尽な場所。


 そこに否応なしに通わされているのだから、()()()()()()()()()()()()






「あんた今日一日どこほっつき歩いてたのよ! 先生から電話来たわよ!!」


 またある日、少年のピンチは唐突に始まった。


 学校に行きたくないために隣の区の公園で時間を潰してから家に帰ってきてみたら、少年の母親が玄関の前だというのに物凄い剣幕で怒鳴っているのだ。


 しかも、少年が学校に行かなかっまことまで電話でバレている。

 よりにもよって、宿題を出してないだのと少年をいじめるあの威張り屋な先生の仕業らしい。


 それでも、少年は諦めずに切り抜けることだけを思ってアドレナリンを噴出させる。

 ここで誤魔化せなければ、少年が一方的に悪いことにされてそこで終わりだからだ。


「僕はちゃんと学校に行ったんだ! あっ、あの電話は先生がウソをついているんだよ!」

「あんたバカじゃないの!? 言い訳よりも先にごめんなさいって謝るのが先じゃないかしら!」

「全部本当なんだよ! 僕を信じてよお母さぁあん!」


 少年はその後も、疲れ果てるまで声が枯れるまで説得を続けた。


 しかし最後まで信じてもらえず、逃げ切れず、罰としてトイレと浴槽の掃除を言いつけられてしまった。


「酷い、おかしい……」


 ――僕はお母さんのただ一人の子供なんだよね? どうして赤の他人でしかない先生の言葉を信じて、今まで大切に育ててくれたはずの僕が悪いことにされるんだ。


 お父さんが死んじゃったのは家族として悲しいけれども、それ以前からお母さんはぼくに対して何故か優しさを与えてくれない。


 だから僕は、家にも居場所がなかった。


 そう、()()()()()()()()()()()()





「今すぐ宿題を出すんだ虚口。昨日約束した通り、今日こそはちゃんとやってきたんだろう」


 またある日、またしても学校で少年は再び元の崖の淵へと立たれていた。


 先生がいつも以上に真っ赤で鬼の角も幻視するほど。


 選択を誤れば地獄行きだ。万が一にも間違えられない。


 どうするか、どう誤魔化すのか。

 たとえば「僕のお母さんが急に倒れて……」いや、一昨日使ったばかりであるためもう通じないだろう。

 ましてや「宿題家に置いてきました」と言っても、白紙の宿題を家に取りに行かされる未来しか見えない。


 ――考えろ、考えろ、考えて、考えて。


「せんせー、こいついっつもウソついてるんでどうせまたウソつきますよー」

「……は!? あっくん!?」


 クラスメートの男子1人が、いきなり立ち上がって少年のまだ確定していないことをさも事実のように言ってのけたのだ。


 ――ふざけるなよ!

 なんで僕がウソつきだって言われなきゃならないんだよ!

 折角いいアイデアが浮かびそうだったのに、余計な横槍が入ったせいで滅茶苦茶だよ!


 あっくんといえばクラスの人気者で調子乗ってるのは知ってたけど、こうやってぼくみたいな弱い人間だけを狙って蹴落としてヒーローアピールする魂胆だったのか、と。


「酷い、酷すぎる」


 あっくんの卑劣な策略には、少年にふつふつと煮えたぎるものを宿らせる。


「そうか、わざと宿題をサボったというわけだな」


 ともかく憤慨している場合ではなかった、最大のピンチを迎えている。人生終了まで秒読みだ。


 それでもだ、他人への怒りや憎しみが止まらなくなる。

 こうなったのも全部空気読めないあっくんのせいだ、決して僕のせいじゃないと。そればかり考えてしまう。


 落ち着かなくては、あっくんに惑わされず冷静になって考えなければ。


「あっくんのバカヤロー……あっくん?」


 少年の頭脳に電撃的なアイデアが現れる。


 ――そうだ、僕は宿題を家に置いてきていてここにはない、それを逆手に取るんだ!


「実はあっくんが僕の宿題をどこかに隠したんです! だからやろうとする以前にやれなかったんだ! だよねあっくん!」

「は!? わけわかんねぇこと言ってんじゃねえよ虚口!」


 ――いや空気読んでよ! 僕の話に合わせてよ!


 みんなからの信用が粉々にされている少年がわざと忘れたのが先生にバレれば、どんなお叱りを受けるかも分からない。

 されど人気者あっくんのせいで不可抗力だったってことにすれば「仕方ないな」ってなって穏便に済むことだと、少年は心の中であっくんの頭を殴り飛ばす。


 少年は他人よりも頭が回らなくて一言喋るだけでもいっぱいいっぱい。

 だというのにここぞとばかりに弱ってるところをいじめてくるのは理不尽じゃないかと。我慢が限界に達する。


「許せない……」


 人気なのを弱い者いじめのために利用してくるその性根を、少年の正義感は黙っていられなかった。


「あの、僕はあっくんにいじめられているんです! この前だってランドセルをボロボロにされました!」

「ちょっと待てよ! お前のランドセルとか知らねぇよ! またわけわかんねぇ嘘つくとかお前マジで頭イッテルだろ!」

「……なあ阿久津、虚口をいじめているというのは本当か?」

「待って先生! 俺はこいつのこといじめてなんか……」

「いじめないでええええ! 僕の宿題を返してええええ!」

「阿久津、後で職員室に来なさい」


 先生が冷たくそう言うと、でまかせであらぬ罪を着せられたあっくんは悔しそうに教室の方を睨みながら先生に連れて行かれた。


 ――やった! やったぞ!


 ヒーロー気取りしたいために弱い僕をいじめるからバチが当たったんだ!


 ついでに凌げた。助かった助かった!


 一石二鳥だ、今日も宿題を出さないで逃げきれたんだ!


「はぁぁぁ……」


 苦難から逃げおおせた少年は、とても長いため息を出す。

 あっくんが庇ってくれないどころか先生と一緒になっていじめてくるのは想定外だったが、これで誰もが反省して元の規律正しい学校生活を過ごせるだろう、と、怒りの炎が自然鎮火した少年は悪人を懲らしめた後の爽やかな表情を見せる。


 少年自身、喧嘩とかいじめをしたいわけではなく、ただのんびりと平和に生きたいだけだ。

 少年のそんなささやかな願いをあっくんは身勝手にも妨害したから悪なのだ、と。


 ――だから僕が悪いわけじゃない。

 僕は弱いのに、助けなきゃいけない人間は僕のことなのに、自分勝手に弱いものいじめをしてくる人間が悪いんだ。


 なのに、何故だ。


 放課後、少年が近所の公園のベンチでゲームをしていたところ、あっくんを筆頭にクラスメートの男子達が揃っていじめてきたのだから。


「やべでえええええええ! なぐらないでええええ!」

「殴ってねぇよ! 聞かれたことに答えてくれりゃいいんだよ!」

「おい虚口! なんであっくんが虚口のことをいじめるって嘘ついたんだよ!」

「俺達みんなで先生に説明するの大変だったんだからな! あっくんに謝れよ!」

「さっさと謝れ! てかこいつが謝ったとこ見たことないんだが本当に謝れるんだろうな!」


 口々にがなり立てる男子達。皆がこの少年の理解不能な行動原理を強制的に追及している。

 このまま袋叩きにされても文句をいえない状況でありながら、先に謝罪から求めているだけ深い温情があるだろう。


 少年の心情はというと。


「なんで、なんでなんでなんでなんで……」


 ――なんで僕は悪くないのに、僕が謝んなきゃならないんだ。


 どこからどう見たって、仲間を集めて口々に酷いこと言っていじめてくるそっちの方が謝るべきだよね。


 だって僕はずっと一人なんだよ!


 今回ばかりは僕の味方になってもいいじゃん!


「あとなぁ、俺のボッケモンパープル盗んだのどうせお前が犯人なんだろ。なんかこのあいだ学校で自慢してたよな」


 そう、卑怯にもゲームソフトのことで濡れ衣を着せてきた。


 何故ならばこの前、あっくんが自分の口で失くしたってみんなに言っていた。

 失くしたならば、買い直すのが筋だろうと。


 そして何より、少年もそのゲームソフトを喉から手が出るほど欲しがっていた。

 だからたまたま公園の椅子に置いてあったものをそのまま持って帰っただけ。

 ただ少年は少年なりにゲームを手に入れようと頑張っただけ。


 それを勝手に盗んだなどとあらぬ罪をなすりつけるあっくんこそが最低なのだ、と。


「違う! あれは僕が自分の力でゲットしたやつなんだよあっくん! 盗んだやつじゃない! 本当だから信じて!」

「またこいつ嘘ついてるよ。みんな、こいつのこと抑えてて」

「や、やだ、やめて、僕に近づかないで! 痛い痛い痛い!」

「クソが、大人しくしてりゃ痛くないのに暴れるからだよ虚口!」


 ――だいきくん、ゆうすけくん、たくろうくん。

 きみ達だけは僕の苦しみを分かってくれるって思ってたのに、なんであっくんと一緒になって弱いものいじめをしても罪悪感を感じないんだ。


「今のうちだ! こいつの持ち物を探せ!」

「やめてええええ! 誰か助けてええええ!!」


 少年は全身を掴まれて地面に抑えられ、その間にゲームをしまっていた大事な鞄の中を男子達に弄られる。すると早速、中から固いものがズルズルと引き出される音が、この場に緊張感を与えた。


「……やっぱり俺のヌイッチこいつが盗んでたじゃんか! ちゃんと裏に俺が書いた名前もそのままあるし!」


 ついに真相を物語る証拠を掴まれた。


 身動きのとれない少年であるため、このまま成すすべもなく取り返されるだけ。


 そんな状況下でも、少年の目はなおも死んでいない。


 ――一生懸命育てた仲間モンスターがいるのに、努力の結晶を奪われちゃう。

 誤魔化さなきゃ、誤魔化さなきゃまた僕の物が取り上げられてしまう……と。理不尽を覆そうと悪足掻きを始める。


「たっ、たまたま同じ名前、同じ文字を書いたんだ! 奇跡の偶然なんだ! とにかくこれは僕のものなんだ!」

「あるわけないだろそんなこと! 俺のもん勝手に取りやがって!」

「この泥棒が! なんで同じクラスにこんなクズみたいなやつがいるんだよ!」

「お前ほんとマジで謝れよ虚口!」

「ねぇ、大丈夫だったあっくん?」

「くっそぉ! 明日お前のお母さんと先生に言いつけてやる!」

「やめでよ……僕のものとらないで……」


 ――酷い……酷い酷い酷い酷い酷いぃ。

 そんなにゲームがやりたいなら、自分のお金で買えばいいのに。

 そうやって力が弱い人間から奪いとるなんて、卑怯じゃないか。


 弱い人が目の前で泣いているっていうのに、みんないじめるのをやめてくれない。


 だっていじめは犯罪なんだよ?


 百歩譲って犯罪にならないとしても、人のものを取ったら泥棒なんじゃないの?


「どう考えても虚口のせいだろう! まさか大人になってもそうやって言い訳しながら生きていくつもりなのか!」

「あんたの友達はみんな優しすぎるくらいいい子ばかりなのに、いじめだなんて言うせいで仲良くなれないんでしょ!」


 そのことを三者面談で先生にもお母さんにも話したものの、全然取り入ってくれなかった。


 そう、()()()()()()()()()()()()





 そんな少年だが、ずっと不幸せというほどでもない。


 そう、ゲームをして遊んでいる時間だけは、不幸せな日常を紛らわせてくれる。


 何故ならゲームは裏切らない、弱くていじめられている自分のことを唯一認めてくれる。


 拾ったヌイッチは無理やり横取りされたままだが、少年にとって面白いゲームソフトは他にもまだ自室に保管してあるので些細な問題であった。


 母親はお小遣いをくれないし、せいぜい誕生日やクリスマスのプレゼントに買い与えてくれる程度だが、頑張って考えればゲームを買うことも出来る。


 貰った給食費を使えばソフト一つ分くらいは足りるし、お母さんには「失くした」って言えば誤魔化せる。


 ――最近は「何で毎月のように給食費失くすの!」って怒鳴られるけど、僕は何一つ悪くない。

 ゲームを買う分だけでもお小遣いをくれればちゃんと給食費を渡すのに、いくらねだっても一円もくれないお母さんが悪いんだ。



「朝からゲームばっかり! あんた、学校はどうしたの! 今日休みじゃないでしょ!」


 少年が一生懸命ラストダンジョンの攻略に集中しているタイミングで、怒鳴りつけてくる母親。


 ――どうかしてる。僕にはこれしかないというのに。

 みんながいじめてくる学校に行くよりも、ゲームしてた方が楽しいし平和に決まっているのに、なんで分からないんだろう。

 お母さんも食わず嫌いなだけで一回ゲームをやれば考えが変わるはず、ものは試しにこの格闘ゲームをオススメしてみよう。


「お母さん、実はお母さんにもやってみて欲しいゲームがあって……」

「このゲームが悪いのね」


 ――え。


 なんであっくんの時みたいに奪ってくるの。


「あんたがこんなゲームばっかりやってるせいで……」


 ――やめてよ。


 急に窓なんか開けて。


「言ったわよね? もし次学校サボったら、あんたのゲーム全部壊すって」


 ――なんで。

 やだ。

 壊さないで。

 やめて。

 離して。

 返して。

 心の声を聞いて。


 僕は弱いんだ、逃げるしかないんだ、だからこれ以上僕のものを奪うのはやめて。


 僕の唯一の楽しみまで、奪わないで。


「お願いお母さん……それだけは」

「これさえなければ、旦那も……こんなもの、こうしてやる!!」

「やめてっていってるだろこのクソババアアアアアアアアア!!」









 ――()()()()()()()()()()()()

 みんなが僕のことを助けてくれない。


 酷いよ、酷すぎるよ。


 僕は何も悪くないのに。


「……平和だなぁ。いつもの時とは大違いだ」


 とはいえ、学校に通わずゲームして寝るだけのここ3日間の少年の生活は、辛くも苦しくもない。

 むしろ、人生で初めて何も気負わなくて済む快適さを堪能しているくらいだ。


 少年をつらい目にあわせてくる敵と関わらない毎日は最高だ。

 不幸な苦労の日々だったが、ようやく少年は念願叶って平和に満ちた幸せな暮らしを手に入れた。


 はずだった。


「ログインできなくなってるうううう!? なんで!? このゲーム買ったばかりなのに!?」


 少年が3日前ほどに始めたComein・Camui・OnlineというタイトルのVRMMO。

 母親のクレジットカードを利用し通販で機材ごと購入したその高価なフルダイブ式オンラインゲームだが、何度ログインしようと試みても規約違反によるアカウント停止の処分が下ったというメッセージしか表示されないのだ。


 原因は一目瞭然。なのだが、少年はまるっきり別の回答を掴み取っていた。


「ああああハグたん! ハグたんのせいだ! 僕を助けなかったせいだ! ハグたんが僕に嫌がらせしてきたせいだ!! 僕は何もしてないのに! どうせ僕が悪いって嘘ついて運営を騙したせいなんだろクソヤロオオオオオ!!」


 少年はVRヘッドギアを壁に投げつけ、乱暴に掴んでは机や床を殴り、傷をつけ、目についた物から次々に破壊し、行き場のない怒りを周りにぶつけていた。


 逃げに逃げ続けた少年の唯一の居場所であるゲームの世界すら奪った極悪非道のハグたんだけは、同じ目にあわせないと不公平だ、と。

 地の果てまで這ってでも訴えたい。だがログイン出来なくなった以上どうしようもない。


 かくして疲れ果てた時には、機械やガラスの部品などが床にも壁にも散乱するというちょっとした事件簿の跡のように様変わりしていた。


「……さすがにお腹すいたなぁ」


 何度目か分からない空腹

 普段なら母親が三食料理してくれていたが、少年自身は料理は苦手で、家に残っていたカップ麺は全部食べてしまったためもう食料は残ってない。

 とはいえ、予め通販で頼んでおいたカップ麺一箱はそろそろ届く頃合いだ。


 そう準備していた矢先。


「噂をすればだ」


 インターホンが鳴ったため、少年は玄関に向かうことにした。


 したのだが、少年は嫌な予感を察知する。


 何故ならば、玄関ドアの外にいる人影が二人分いるからだ。


 宅配業者の人はいつも一人で来ていると、この明らかに注文の品とは別件である外の状況に危機感を覚え、少年はドアに耳を澄ませて会話を聞いてみると。


「異臭がするとの通報のあった住宅はここでよろしいですか」

「はい、間違いありませんよ! 隣の奥さん顔も見せないし、洗濯物もずうっと干しっぱなしだし、あたしは心配で心配で……」


 隣に住むおばさんの不安がる声。

 それに通報、すなわち少年の家のことである。


 とすると、もう一人の人影の正体こそ。


「おまわりさん! なんとか虚口さんちを捜査出来ませんか!」


 そう、警察だ。

 人影以外にも、その後ろには黒と白のコントラストをもつパトロールカーまで停まっていたのだ。


 ――いや、なんで!?

 捜査って、ここ僕の家だよ! 何で捜査とかされるの!


 やばいやばいやばいやばいやばいやばい。

 お母さんのことだけはバレたら冗談抜きでやばい。


 なんとしてでも怪しまれないように家の中整理しなきゃやばい。


 けどカップラーメンや色んなゴミが散らばっているこのリビングを見ただけで帰ってくれるのか。

 それとも逃げればいいのか。お金を握って裏手の窓から脱出して、遠くまで電車に乗っていけば逃げ切れるだろうか。


 いや、このパジャマの格好で外に出るのは間違いなく目立つ。

 だからといって警察官相手に言いくるめる自信は無い。


 お母さんは押入れの中にしまってるから何とかなるかな? でも異臭で通報されてるみたいだからどうあがいたって見つかりそうだ。


「どうしようどうしよう……捕まりたくないよ……」


 ――誤魔化せ、誤魔化せ、誤魔化せ。

 何とかしろ、何とかしろ、何とかしろ。

 考えろ、考えろ、考えろ、早く。

 早く、早く、早く考えなきゃいけないのはなんで。


「……なんで! なんでなんだよ!」


 すると慌てふためきながら逡巡していた少年だったが、突如として人が変わったかのように逆上する。


「どうして僕が一人で必死に考えなきゃいけなくなるんだ! やっと不幸せから卒業出来たのに! だっておかしいじゃないか、危険が迫れば逃げるしか出来ない程僕は弱い人間なんだ! 何で誰も助けてくれないんだ! 何でしたくもないのにこんな恐い思いをさせられているんだ! 大人はみんな僕を守ってくれない、クラスのみんなは僕を信じてくれない、誰か一人くらい味方になってもいいじゃないか! 誰でもいいから、早く僕を助けてよおおおお!」

「鍵、開いてますね……うわっ! この臭い!」

「ひいいっ!? 入ってきちゃったあああっ!」


 なんでこうなったのか、少年には未来永劫分からないだろう。


 自分の人生とは、いつも意地悪な人間に居場所を奪われてばかり。それしか理解しようとしない。


「なんでなんでなんでなんで、やめてやめてやめてやめて、来るな来るな来るな来るなっ!!」


 ――警察官は虐げられている人の味方じゃないのか。


 僕に罪はない、逮捕するべきは学校の先生の方だろ。


 それだけじゃない、いじめと盗み、二つの犯罪者のあっくんやそのクラスメートも同じだ。

 あと、僕の大切なものを力ずくで壊そうとしたお母さんもそれ以下じゃないのか。


 そもそも隣のおばさんが通報しなきゃこんなことにはならなかったのに。

 通報したところで一人の弱い人間が悲しい思いをするだけで誰も得しない。そんなことも気遣えないなんて人の心が無いのか。


「後の事は警官に任せてどうかお引き取り下さい。ここから先へは、覚悟が必要になります」

「やっぱり強盗殺人!? あらぁ〜大変だわぁ……」

「捕まる捕まる捕まる捕まる、逃げられない逃げられない逃げられない逃げられない!」


 ――僕だけが正常で、僕以外みんなが狂ってるこんな世界、どこまで逃げ続ければ落ち着いてすごせるようになるんだ。


「あっ、まさちゃん! そんなにやつれてどうしちゃったの!? そうだ、あんたのお母さんは無事?」


 ――僕は世界一不幸せな人間だ。

 みんな僕のことを助けてくれない。


「勝手にお邪魔してすみません、○✕警察の者ですが……」


 ――僕は世界一不幸せな人間だ。

 僕はただのんびりと平和に生きたいだけなんだ。


 なのに、なのに。


「なんで全部僕のせいになるんだよおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 実は過去に執筆した短編のリメイク。

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― 新着の感想 ―
流石に救いようがなさすぎる まぁ、ここまで終わっているキャラなら愛着が湧きようもないから、物語から退場しても何ら問題ないか
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