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47話 みんなとやるから

 霧崎こゝろの学生生活は、順風満帆とはいかなかった。


 クラスメートの女子グループに混ざろうとしても、流行のジャンルは上辺でさえ好きでもないのだから空気がぎこちなくなる。


 みんながやっているからと誘われて入部したバドミントン部も、熱意の無さを見抜かれたために上級生から煙たがられ、今やほぼ幽霊部員の有り様。


 そうして過ごす内に日が暮れて、花びらが殆ど落ちている桜並木の道を今日も1人で帰宅となった時。


「あっ! ごめん」


 こゝろはよそ見こそしてなかったものの、校門前で他校の女子高生と頭がぶつかってしまった。

 骨が傷ついたような額の痛みに手で抑えながらも、顔を上げた時。


「コッコ……」


 目が合ってしまった。


 かつて自分が預かり知らぬところで、軽薄に万引きをしていたがためにグループ全体の仲が拗れてしまったかつての友人。


 会いたくない人物の筆頭、自分の世渡り人生を狂わせた不吉の権化たる人間であり、当然連絡は一切遮断されているまま。偶然の巡り合わせだ。


 理屈はどうあれ会ってしまった以上またどんな棘を心に刺されるかも分からないと、こゝろは他人のふりをしつつ駅まで走り出そうとしたが。


「待って!」


 それでも呼び止められる。話す言葉も、待つ理由などもない。


 だが、何故だかこれ以上足を動かさなくしていた。


 対してかつての友人は、背中を向けたままのこゝろにそっと近寄ると。


「私ね……高校進学できたよ」


 そう今着ている紺の制服、あるいは膝丈までかかるスカートから背中まで披露。

 デザインは他校のものであるが、確かに本人が言う通り高校生。


「お母さんなんて最初から私のこと見放してて、面接でもあの時の事質問された時はヒヤッとしちゃったけど……でも合格の通知が届いた時はほんとビックリしちゃったよ。勉強頑張ったからかな」


 あれからを知らせなかった相手、どこかぎこちなさがあるようだった。


 理由が過去の一件であることなど、語るまでもあろうか。


「あ、あのさ、あの時はついカッとなっちゃったんだよね……どう考えてもコッコの方が百パー正論なのに、私ってばこの時からまともに勉強してないもんだから酷いワルだったよ」


 唐突に話題を変えたかと思えば、幼さ故の軽薄さについて。

 流石に自分の罪状については正しく理解しているような口ぶりだが、これもまたはっきりと言いづらく、そのくせ喋りだすと口が止まらなくなる。


 それに反して友人の手のひらには汗が止まらなくなっていた。こゝろもまた、言葉を聞くほど唇の閉じる力が強まり緊張感に体が硬直してゆく。


「私の方もさ、コッコとは出来ればあまり会いたくなかった。絶対怒ってると思うし……、けど、うん、運命かなぁ、見てないけど星座占いで私の運勢最悪だったりしてさ」


 自分の声色を和らげるよう努めながら話し続ける。

 対してここまでこゝろは一言も発していない。

 もしこゝろが話したがるなら即座に聞きの姿勢になるつもりだったが、その様子が見受けられない故。


 これはぼんやりしているわけではなく、言葉を返す踏ん切りがまだつかない、友人の話は一言たりとも聞き逃していないことはその抑え込むような表情から伝わるだろう。


「うん……」


 暫し沈黙が流れ出す。

 横目に見える信号が赤から青に変わってもなお。


 強い風が髪を揺らそうがモンシロチョウがひらひらと鼻の先を横切ろうが無反応。


 やがて友人が静寂の時を切り出す。


「長話、付き合わせちゃったね。言いたかったことはこれだけだから……じゃあ」


 端的な別れの言葉で締め、来た道を戻るようにして歩み出す。


 謝罪の言葉は、ついぞ口に出されなかった。


 だがこゝろは、その一見不誠実なことへの意味を分かっている。


 今更「ごめん」など有効期間が過ぎた麻酔の言葉を使ったところで、許すか許さないか、どちらにせよ傷口を深々とえぐる苦痛の選択を相手に強要させてしまうから、あえてそうしないで加害者の呪縛を解かないまま抱いたまま去るつもりだと。


 こゝろはその姿を、あの時の自分と同じ、目に映らないものを1人で背負い込みすぎた人間の背中なのだとはっきり視えた。

 あの一件から「裏切り者」と不当に罵られ除け者にされていたこゝろだが、友人の方も何度償おうとしても「犯罪者」だと、保護者に至っても信用を得られず孤立し続けていた立場だ。


「待ってよ!」


 今度はこゝろが叫ぶように呼び止めた。

 逃げる足取りで走り出そうとしていたその友人は、両足を合わせる。


 こゝろは、何を示せばいいかをようやくまとめられていた。


 相手は罪に対する然るべき罰は受けている。

 後は個人間の感情の問題だ。


 強く深く突き刺さっているものは、たとえ刺した相手がどうしようが簡単に引き抜けるものではない。

 お互い消えない痛みであるならば、何を示せば良いか。そんなこと、とっくに決まっている。


 何故ならば、自分よりも背の小さい“友達”から教授されているから。


「こゝろ達、また仲良くなれるよね」


 そう呈し、棘ついているものをぐっと喉の奥へと飲み込むことにした。


 ようやく本心が聞けた友人が示し返したことこそ。


「……こっちこそ」


 これから先の明るい未来を横柄にも疑う余地のないような返事。

 裏を返せば、誰にも見えていない範囲でとっくに後悔も反省も済ませている証拠だ。


 その意思をしかと聞いたこゝろは。


「良かったぁ」


 そう胸を撫でおろし、安心の笑みを浮かばせたのであった。


 コロリンの友人は、今も変わらず友人であった。

 お互い1番の友人でもない薄い繋がりだとしても、それでも今この瞬間楽しい人と思えるならば十分だ。


 たとえ友情が崩壊しても、消滅まではしていないのならば散らばった破片を再び組み上げられる。

 それはいつの間にか築かれていた最初の頃より簡単かもしれないし、ままならないかもしれない。それでも彼女達は、この再始動を不幸だなどとは微塵も思うわけがなかった。


「こゝろ達もう高校生になっちゃったね、そっちの高校生活ってどんな感じ?」

「なんていうか、校舎が広々ってしてて世界が新鮮って感じ。大人っぽい人は意外とそんなにいないんだけども……コッコは?」

「え? ううんと……」


 義務教育時代ほど上手く世を渡れてないこゝろだ。

 顎に手を置いて二の句を言い淀んでいると、彼女の後ろの校門の方向からどかどかと靴音が迫る。


「おっココロンじゃん。って誰その人」

「もしかしてココロンの友達? 全然知らなかったんだけど〜?」

「こんな時にもつれねぇなぁ。たまには俺らにも紹介しやがれ?」


 四人一色の春服と鞄を身に着けている、十人十色のルックスをしたクラスメートの男女のグループ。


 どうやら2人のフレンドリーシップに混ざりたがっている彼らだ。

 入学してからあまり馴れ合えなかったこゝろだったが、今日はこの幸運を糧に胸を張れる。


「わはぁい! みんな聞いて? この子ね、こゝろの中学時代の友達〜」

「へぇマジかよ、ココロンにもそんな友達」

「うん! とっても頑張り屋でね、小学校の頃なんてコッコってかわいいあだ名つけて呼んでくれてたんだ」

「コッコ……有りだな。そのあだ名いただき! そっちが良ければだが、今からコッコって呼んでいいか!」


 雨上がりの空に麗しい虹がかかるように、ここにみんなが朗らかになる心地よい流れが形成されてゆく。


 今度はこゝろを中心として。


 自分が積極性をもって話せば話すほど、自分が皆に美味しい幸せの粒を分け与え、それを見た彼女は中身の込められた喜びを心の底からさらけ出せるようになっていった。



 彼女には、生まれながらに富も才能もあった。そして交友関係さえも得られた。

 きっとこの先も、多くの幸福に恵まれるだろう。



▽▽



 大漁虐殺の終結から1週間が経過し、同時にコロリンの監獄島での服役期間が満了となるその日。

 戦火の爪痕も残らぬほど平和真っ盛りとなっている第3の街にメンバー全員が集結。


「コロリンのPNはコロリン、レベル42、その二つ名は殺尽平均(キラーマージン)。みんなと一緒に、精一杯がんばるころす〜」


 レッドネームではなくなったコロリンが、そう堅苦しさのない無邪気な挨拶と自己紹介。

 コミュニケーションへの物怖じが虚無であり、度肝を抜かれているハグたんにクロ。


「ううむ、元はレッドネームだと偏見さえ取り除けられれば、我も馴染めそうではあるが」

「クロノワさんもよろしくだころす。まだまだ成長途中のコロリンにも、色んな楽しいことを手ほどきして欲しいころす〜」

「あ、ああ承知した。我の名、結局短縮されるのか……」


 マサムネからはクーちゃん。

 ハグたんからはクロさん。

 マリーからはクロノ。

 コロリンからはクロノワさんと、新しく加入した順から1文字ずつ増えている法則に気づき、味わい深い表情を浮かべている。


「あんた、コロリンっていうのね。元レッドネームだかなんだかどうでもいいけど、これだけは言わせていいかしら」


 過去よりも今を重視することにしたマリー、どうやら忠告があるようだ。

 自分がかつてクランに入りたての頃に味わわされた洗礼を想起し、苦虫を噛み潰したような表情となる。


「このクラン、新人に対してやけにしつこくいびってくるチンピラが1人いるからほんと気をつけなさいね」

「ヤイヤイテメーウチより倍くらいレベル高いからって調子こくなや? テメーみてーな生意気そうなドチビスケは、“新キャラ”って呼ばれんのがしきたりなんだべぇ〜」

「ほら来た」


 開口一番ガン飛ばし始めたチンピラことマサムネが、コロリンと口づけしかねない距離まで顔同士を接近し威嚇開始。


 これにはマリーも肩を竦めながら成り行きを見守る。

 もしコロリンが自分のようにいびられるなら、肩に手を置いて慰め合うつもりだったが。


「わはぁい! ヤンキーなアプローチがカッコよくてドキドキしちゃったころす、せんぱい♡」

「せ、せんぱい?」


 そのあざとさ極まる一言が、マサムネの心に強く深く突き刺さった。


「センパイ……でへへぇ、なかなか殊勝な後輩ちゃんでやんすなぁ」

「うっわ、あんたチョロいわねぇ」


 目上に取り入る能力が育みやすい末っ子の面目躍如か。マサムネの手のひらのひっくり返し方には、思わず引き気味となったマリー。

 すると、またもや態度を元通り豹変させて先ほどのようになるマサムネ。


「あんだごらぁ!」

「あんだごろすゥ」


 怪異に取り憑かれたかのような世にも奇妙な動きでマリーに迫り、ついでにコロリンも先輩マサムネに表情を似せて隣に配置。


「マリっさんみてーなリトル鼻毛デーモンのうぜぇ嫉妬が、かわいい妖精系後輩ちゃんを傷つけて悪魔にしてくるんだよ! このソバット! ソバット! ソバットが!」

「ソバット三兄弟だころすゥ」

「ちょっとあんた、コロリンに悪い影響出てるわよ」


 後輩が増えても結局自分だけがヘイトを買われ、更にどちらかといえばマサムネの舎弟みたいになってしまったコロリンには、ただただ呆れ果てるしかないのであった。



「にへ〜、ハグたんが優しいからかな? みんな優しそうな人だから、コロリンこのクランでもやっていけそうだころす〜」

「あはは……コロリンさんのこと、みんなに受け入れてもらえて良かったです」


 元レッドネームなので猛反対されるかが心配でたまらなかったハグたんだったが、これでようやくほっと胸を撫でおろせたようだ。


 こうして一通りの紹介が終わったため、これからコロリンのクランメンバー正式登録のために冒険者ギルドへと5人は赴く時。


「手、いいよね? ハグたんのことは、このコロリンお姉さんがいつでも護りたいんだころす」

「は、はい!」


 コロリンに促され、手をつないで歩き出した。


 そのハグたんの成長アルバムにしまいたくなる微笑ましい光景を3人は眺め、途中マサムネはある法則に気づく。


「思ったんだけどさ、ハグたんと関わる奴ってみんなお姉さんぶるようになるよね」

「まあ、あれだけ歳の差があればな」

「なるほろぉ、そうやって行く先々にいるお姉様を無自覚にタラシ込んできたんでやんすね。やぁんハグたんってば魔性のオンナ♡」

「庇護欲と言ってやれ」


 幼馴染コンビが何やら軽妙なボケとツッコミを繰り広げていたが、そんなことはともかく、前方のハグたんとコロリンのコンビは。


「けど、コロリンさんも皆さんのこと、こんなに早く仲良くなれているのが、なんだか凄いです」

「そりゃそうだころす。恨まれてることは覚悟の上だけど、コロリンは恨みでレッドネームやってたわけじゃないから」

「いえ、だって、()()()のこと、もし気にしてたとしたら、私のせいだから……」


 そう何やら影を落とし始める。

 しかし完全に記憶を振り返るすんでのところで、コロリンがハグたんのことを前から抱きしめた。


「あれはただのトラブル、ハグたんは何も悪くないころす」

「コロリンさん……ごめんなさい……私が人のこと、何一つ見抜けないせいで」

「後ろなんか気にしちゃどこにも行けないころす。みんなと幸せを探しに行く、ハグたんが言ってくれたことだよ」


 熱いものがこぼれそうなその小さな顔、コロリンの胸の間に深くうずめる。そうするだけで涙は水となって流される。



 2人の間にただならない出来事でもあったかのような会話だが、実際あったのだ。


 コロリンがみんなと合流する少し前、ハグたんとコロリンの絆にヒビが入ってもおかしくない、ちょっとした事件が巻き起こっていたからだ。

 詳細は省きますが、監獄島からは脱獄することも可能です。

 なおその場合レッドネームのままとなります。


 次回は木曜か金曜に

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