44話 その足は誰がため
コロリンの二つ名とカムイが満を持して明かされた。
目の前の相手を手加減無しでキルするという、レッドネームとしての曲がりなりの礼儀。
されど空虚な瞳に意味を問うても反響しかないだろう。
「あっと、お残しは災いのもとだったころす。【消巨砲】」
「ほじゃあああああ!!」
開かれた両手の中心から放たれし極太の光。機械化しているからこそ可能である魔法のような、あるいは科学的なアーツ。
それに店長の全身が飲み込まれ、ポリゴン粒となって消滅していた。まるで浄化でもされているかの如く死亡状態へ。
「うん、コロっと1キル完了。それじゃあ……と?」
「【心地よき心爆音】!」
ハグたんの自爆アーツが、コロリンの不意をついた。
店長が仮死状態に追いやられている際、ハグたんは相手の自爆範囲内に忍び寄っていたのだ。
土壇場になってから見せつける妙な行動力。とはいえ硬いものに直撃した手応えは確かに存在した。
「やった、やった! 私、やりましたよ店長さん、みなさん!」
「【無機視痛】、危なかったぁ。たまげる威力だって影ちゃんから聞いてたおかげで、命拾いしたころすぅ」
「防がれてた!? どうせそんなことだろうと思ってましたけど!」
自爆が無に帰したハグたんは、鮮やかな開き直りを披露していた。
食らう直前にコロリンが使ったのは、発動から30秒の間、あらゆるダメージを一撃だけ0にする障壁をドーム状に張るという防御系アーツ。攻撃力がどれだけあろうと問答無用の鉄壁だ。
なおこの手の絶対防御のアーツはクールタイムが一律24時間と非常に長く設定されているため、連続発動はまず不可能。
強悪な手札を1つ消費させたのは上々だが、だが二度目がないのはハグたんも同じ。
与えたダメージに応じて回復するアーツが不発に終わったため、今立てているのは髪飾りの効果によるおかげでしかない。
「はっ、はっ、はっ、戦わなきゃ……ひとりでもなんとかして戦わなきゃ」
逃げることすらおぼつかない、戦うこともだ。
このままコロリンと相討ちになるか、別の打開策を思いつくか。
親にぶたれたこともないあどけない少女には厳しい選択が迫られる。
ハグたんは出来る限り心を落ち着かせ、自分なりに作戦を立てる。コロリンのロケットパンチ二発をどうにかして躱し、一時的にカムイを失った隙に自爆を仕掛けるかと。
そのどうにかが最も難しいのだが、なんとかなると信じるしかないと対処法にもなっていなかった。
「ああぁ、どうしても勝てる気がしません……」
「勝てる気しかしないころす! 君子危うきに近寄らずともいうころす。だからこのアーツでおしまい」
「へ? うぇ?」
コロリンの右腕が自分の左腕をもぎ取ったかと思えば、
左腕が平面っぽく変形し、間もなくして丸ノコギリのような形状となり、外周には鮫の歯のような刃がびっしりと連なり、通路の端から端までを占領するほどに巨大化していたのだ。
それが起動し、重心を下げたコロリンの頭上で回転速度を上げてゆく。
「【終円刃車】みんなとキルするのも楽しいけれど、やっぱりコロリンが一番楽しいのはタイマン勝負だころすぅ!」
「こんなの絶対無理いいいい!!」
歯医者で聞くような削る音を数倍上げた音が、路地の声1つ無かった静寂を引き裂いてゆく。
自分の死に様が鮮明に想像できてしまうこの攻撃方法は、まさに心から先にキルをする一流のレッドネームたる所以。
ところが、その回る円の刃をハグたんに投げつける前に、コロリンの動きが止まったのだ。
「なんで、こんなに静かになっているんだころす……?」
「ほえっ?」
読み取った不自然が、異変に繋がるのも時間の問題であった。
終始騒然となっているべきこの街だというのに、いつからか悲鳴も何もかもが一切聞こえていない現状に言いようもない不安感を覚えていたのだ。
陰殺チームが街の人間をキルし尽くしたとするならば、コロリンのこれまでの統計では早すぎるのだ。かといって、もし防衛側が陰殺チームを全員返り討ちにでもしたのなら、勝鬨の声の一つや二つ沸き上がっているはずだろう。
「どうしようどうしよう、やっと爆弾ちゃんをキルできそうなのに……。逃げちゃう方がいいのかな……?」
歴戦の殺し屋であるほど異変に対して敏感だ。そもそもレッドネーム界隈において優秀とされる人材とは、プレイヤーを数多くキルした者ではない。
古今東西の兵法書にも記してあるように、倒せる寸前の獲物を逃がしてでも引き際を見誤らない者ほど優れている証。
特にデスペナルティが倍増する呪縛を負うレッドネームには、一度のデスが再起不能に繋がりかねない。
撤収するなら1秒でも早く動かなけらばならない。それでもただの思い違いではないかとか、クランチャットで調べてからでも遅くはないかと葛藤していたその時。
「おぉいコロリン! いるんだな! オレ様だよ!」
「うひゃあ! 仲間が来ちゃいました!? 戻れ、神威!」
路地の向こうから走って現れたのは、誰の影にも侵入していない生身の影のカムイ使い。
その声にコロリンが振り向いた隙を突き、ハグたんは咄嗟に樽の後ろに姿を潜め、なるべく隠れやすくなるために頭部が小さくなるよう爆弾のカムイを解除。
分が悪くなったと見るや、隠れてやり過ごそうとするつもりである。
「影ちゃんが来たなら安心だころす。せっかくだし、爆弾ちゃんを一緒にキルころす?」
「それどころじゃねえんだよ! マスターがなんかおかしいんだ!」
どうもこの影のカムイ使い、かなり切羽詰まった様子だ。
悪夢のような現実を直視してしまった後のようであり、ハグたんの自爆を食らいそうになった時以上の怯えの色を見せている。
「コロリンはなんか聞いてたりしてねぇのか!? マスターのこと、出発前に少し話してたよな!」
「マスターって、あそこにいるマスターのことだころす?」
「へ? うわあっ!?」
その陰殺チームのマスターが、影のカムイの使い手と同様の通路から直々にやって来ていた。
「ああ、そんなところに逃げていたのデスか。ですが、これは一石二鳥デスね」
いや、追跡して来たというべきか。
しかし、口調も含めてコロリンの知るマスターだ。
おかしいところなど何も無いし、ましてや状態異常にもかかっている挙動でもない。陰殺チームの中でただ一人レッドネームではないその本人。
「なあマスター、気は確かかよ……」
不穏な足取りでにじり寄るマスターに対し、影のカムイ使いは足を下げながらもあの惨状について問おうとする。
「変な気を起こしてんじゃねえよマスター……なんで陰殺チームのみんなをキルしてやがんだよ!!」
「みんな? あなたもデスよ」
「わぎゃあああっ!!」
桜の花びらが舞い散るようなエフェクトと共に、影のカムイの使い手の体が四つに引き裂かれていたのだ。即座に死亡状態となり消滅。
マスターの左右に握られしコンバットナイフに付着する黒い物が、その現場の状況を物語る。
「カカカ、やはり“悪”を殺すのは心地いいデスねぇ」
「マスタ……? それ、影ちゃんだよ? なんで、キルしてるの……?」
いきなり乱心したかのようなマスターの行為に、コロリンも影のカムイ使いと同じように動転し、答えを直接聞き出そうとするしか出来ない。
「影ちゃん、嫌がってたよ? そんなに影ちゃんがキルされなきゃいけない理由でもあるの……」
「理由など言うまでもありますか? 各地のサーバーでさんざん人を殺し回ったクズに、殺されない保証が存在する方がお笑いですがねぇ」
陰殺チームのメンバーを死亡状態に追いやったことについては、悲しむなどよりもむしろ一仕事終えたかのような満悦顔であり、額の汗を拭っている。
「だからマスター! おかしいよ! 仲間をキルして笑っていられるなんて、絶対おかしいから!」
「は? 仲間? 正義感のために生きる正義漢たるワタクシには、レッドネームのクズのような知り合いなど存じ上げませんね」
「な、なんでそんなこと言うの! コロリン達は、マスターが建てた陰殺チームの仲間なのに」
仮面の内から嘲笑しているようなその声色は、誰がどう見ても記憶喪失のそれではない。
コロリン側からしても、マスターが操られたり洗脳されたみたいなファンタジーな裏側でもあればまだ楽だっただろうが。
「逆に聞きますが、陰殺チームとは……随分と殺人に手を染めてそうなクラン名デスけど、そんな不道徳極まる集いにワタクシが交わるとでも?」
「お願いだからさ、とぼけてないで……待ってて! マスターのこと、今すぐコロリンが思い出させてあげるから……はっ!?」
何としてもよりを戻したいがため、クランの項目に移ろうとウィンドウを操作していたコロリンだったが、その途中で衝撃の通知履歴を見てしまった。
『クラン・陰殺チームは解散されました』と。
大漁虐殺の裏でマスターが独断で権限を使い、解散の手続きを済ませたということは明白。
そこから導き出される推測は、レッドネームではないマスターが自分だけが勝ち組となる何らかの目的をもって、残党でしかないコロリン達をキルするために乱心しているのだと。
「あんなつまらない友達ごっこ、続けられたワタクシ自身によくここまで我慢したと労わりたいもの」
「そんなの嘘だ! だって、マスターにもキルしたい人がいるってコロリン聞いたよ!」
コロリンにはまだ最後の希望がある。
大漁虐殺出発前の、あのとりとめのない対話。
おかしくなったマスターの思い違いを正せる希望はある。ひとつを思い出させれば、必ずやよりを取り戻せるはずだと。
「誰なのかはまだ秘密でも……マスターもみんなと同じ、誰かをキルしたい陰殺チームの一員で……」
「じゃあここで秘密を明かしてしまいましょうかねぇ! ワタクシが殺したい相手が、アナタ達のような薄汚い人殺し共だということを!」
「っ……!? そんなのやだよ! 信じたくないよ!」
それでもコロリンは、我を忘れて否定を続けていた。
陰殺チームの一員として過ごした日々が、良いように利用されていただけなどとは、確固たる自分の意思で認めようとしない。
安住の地の主に縋り付くように、自分もマスターの仲間であるとがむしゃらに主張する。
だがその声はもう、マスターには迷惑メール同然の聞く価値のないものでしかなかった。
「ちなみに最低なアナタの最低なお仲間とやらは、もう殆どを監獄島に送還させました。さあ、アナタもその背負った十字架と共に裁かれなさい」
「や、やだっ! いやだいやだいやだごっがああああっ!!」
抵抗される間も与えず、瞬時にコロリンに断末魔の叫びをあげさせ仮死状態に追いやった。
慕う相手から裏切られ、慕う相手と連携して行ったことを貶され、慕う相手から徹底的に尊厳を切り刻まれる。
痛覚がオミットされているこのVRMMOにおいても、最も味わいたくないほどの凄惨な最期だろう。
「怪怪怪、殺殺殺、やはり悪人退治は極上の娯楽DEATH! アナタ達を神が許すならば、このワタクシが神に代わってブチ殺さなければなりませんからねぇ!」
「やだよぉ、マスタぁ……。コロリン、みんなでキルしてただけなのに……」
本体の仮死状態により稼働が停止した機械腕に横たわりながら、コロリンは筆舌に尽くしがたい失意と絶望感にただただ押し潰されているのだった。
これらは全て、マスターの思い描いたシナリオだ。
コロリン達レッドネームを快くクランに受け入れ、一流の殺し屋として悪名を轟かせたのも、全てはマッチポンプの生贄役にするために過ぎなかったのだ。
陰殺チームの自分以外全員を強豪サーバー04で優位に暴れさせつつ、防衛側が手に負えない諦め出したタイミングに華麗に登場したマスターがレッドネームを大量殺戮。レッドネーム達も、攻撃されるまでマスターを仲間だと呆けているので簡単にキルできた。
そうするだけで、マスターは単騎でこの街の危機を救った仮面のヒーローとして一躍注目され、持て囃されるだろう。
その土産話を土産代わりにし、スカウトしに来るであろう上位のクランに好待遇で取り入られやすくするのがマスターの最終目的だ。
マスターの首に懸けられた賞金も、クラン解散ついでにその額だけ冒険者ギルドに支払い解除済。
そこに後ろめたさなど微塵も無く、ただ天下万人に親しまれる勧善懲悪物語の快感に酔いしれる。
これまで不快極まる大罪人達との仲良しごっこに我慢してきたのだから、それくらいの見返りやカタルシスを得る権利はあって当然だ、と、信じて疑わなかった。
「……はて、そこのアナタ」
コロリンをデスせんと迫る足音が、数歩手前のところで鳴り止む。
「今すぐにでもあの極悪人の殺人鬼の息の根を止めたいのデス。どいてくれませんかねぇ」
「どきません」
コロリンに怯えて逃げ回ってばかりの無力そうな少女に、そう拒まれた。
「はぁ……腰が抜けて動けなくなっているのデスか? そんなことでわざわざ迂回させないで下さいませんかねぇ」
「そういう意味じゃなくて、あなたをこの先へ通したくない、から」
そうハグたんは、体を大きく見せるためか大の字となって地に足を固定する。
やはり言葉足らずで、相変わらずひっきりなしにだろうが震え、されどそこからテコでも動かない。
「解せません、ワタクシはアナタの味方になったというのに、どうして邪魔をする? どうしてワタクシがあの極悪人を殺してはいけなくなる?」
「確かに、コロリンさんは色んな人に迷惑かけてきたかもしれません……」
その言葉は、ハグたん自身がどれほどまでに秩序に反する行動をとっているかを自覚している証拠。
「けど、裁かれるにしても、コロリンさんがあれたまけ必死になるほど大好きな人に裁かれるなんて、あんまりだと思うんです」
「いいからどけって言ってるんデスよガキぃ……先程そいつがあなたを殺そうとしたこと、もう忘れん坊なのデスか?」
紳士ぶっていたマスターが青筋を立て始める。
相手が年端もいかない少女だろうと、ここまで意固地に反論されれば苛立ってしまうのか。
「そうとも! そいつは平気な顔で人を殺すレッドネーム、わるーいわるーい人殺しの極悪人。だというのになぜ、そのような相手を庇うような真似を……」
「コロリンさんは私と違うやり方でゲームをしていただけです! それを人殺しとか極悪人とか――言いたい放題に罵ってくるあなたの方が間違ってます!!」
そう、どこまでも真っ直ぐに凛然とした態度で言いきった。
自分を助けてくれるであろう相手に話を噛み合わせず、ましてや敵であったコロリンのために、ハグたんは悪魔が誘惑する安らぎを突っぱねたのだ。
「爆弾ちゃん……」
コロリンはそんなハグたんの姿を、温かい光が灯った眼差しで見つめ返していた。
それだけではない。
『ハグたんからのフレンド申請が承認されました』
と、昨日なんとなくに送って保留にされていたメッセージから返答通知が届いていたからだ。
「ここはどけません。あなたみたいな裏切り者には、絶対にコロリンさんに手を出させないですから!!」
非道なレッドネームだろうと憎みきれずにいたハグたんが、どうしても許せない相手へ明確な敵意を露わにした。
そしてこれは、ずっと護られてばかりだったハグたんが、誰かを護るために初めて一人で決意した瞬間だ。
次回の更新は金曜日予定




