42話 スプラッシュっと! キラキラスマイルぶちのめしアラモード
ハグたん達は、大漁虐殺なのだから大々的かつ劇的に始まるだろう、と4人とも無意識のうちに空想を確定している節があったのだろう。
その迂闊さによって、早くも友達一人が代償となった。
一見レッドネームではないからと気を抜いている相手を陰から狙って狩る。それが彼女の手並み。PK戦における影のカムイの真骨頂。
「あばばびびび……マリーさんがやられちゃうなんて、もうピンチですううう!」
「おおおちおちおちつけつけつハグたんけつ……テメェハグたんビビらせて何が面白いんだこのゾウキンバイキンビョウゲンキンが!!」
「こやつの思考の切り替え速度が今は頼もしいな」
敵ということで三人は即座にカムイを召喚。
ただしマリーは操り糸のカムイを出す前に仮死状態にされてしまっているため、最後の切り札【死敗者綾釣り人形】の発動は閉ざされている。
「昨日の貴様、我が前に現れたということは……さては既に大漁虐殺は始まっていたということか」
「さあな。オレ様は昨日みてぇにちょっくらつまみ食いしてるだけだからそこんとこは……おっと喋っちゃったか? マスターには内緒な?」
わざとらしさが如実に表れる。冗談交じりであり、まるで要領を得ない発言だ。
だが最低でもこの場だけはとっくに戦端は開かれている後。影のカムイ使いは細剣を握る男性の腕を操り、喉が串刺しにされているマリーを正面へ向けて持ち上げた。
「何でよ……このあたしが、何も貢献しないまま足手まといにされるって……」
「ヨウヨウ人質のつもりっすかぁ? マリっさんを選んでる時点で、ウチらマリっさんぶっ殺しフレンズのこと何もわかっちゃいないんじゃね〜の?」
「いや待て馬鹿者! 気づけ!」
クロは、完全に諦めているハグたんに代わり、マリーもろとも自爆に巻き込むことしか考えてなかったマサムネの気を鎮める。
「あやつ、マリーを人質ではなく盾にするつもりだ!」
「そゆことね。気づきたくなかったっすわ」
冷静な分析力が相手の不審な行動の裏を見抜いていた。
仲間の考えの見落としを即座に修正できる、このパーティにおける副官の適性を遺憾無く発揮しているだろう。
そうとも、ハグたんの自爆は一撃必殺だが、裏を返せば連撃技は持ち合わせていない。
正面から自爆したところでマリーだけが死亡状態となり、陰に隠れている相手には無傷。受け取った髪飾りの能力で復活は出来るものの、2度目の自爆を発動するよりも先に細剣でのカウンターが飛ぶだろう。
「張ったヤマが大当たりだぜ! たったこれだけのことでこいつらを完封出来るなんてな」
このレッドネーム、昨日のPK戦において最も心胆寒からしめたハグたんへの対策は織り込み済であったのだ。
「自爆しちゃいけないなら、これじゃあもう、マリーさんは助けられないんじゃ……」
「いや、我なら問題ない。我ならばマリーを解放出来る。よいかマサムネにハグたん、耳をかせ」
とはいえ、クロだけはマリーの救出を諦めていなかった。
始まったばかりで1人喪うには早すぎると。それにクロには相手を傷つけず動きだけを制限するアーツがあるからだ。
「作戦はこうだ。我が重力を強めた隙に、2人は左右から奴に迫り……」
「テメェは重力強化のアーツ持ちか。そいつぁちょっとばかし面倒だ、遊んでる場合じゃねえな」
そう会話を拾ったレッドネームは何やら呟くと、水滴を払うようにマリーの体を細剣から一振りで除け――そこから先の行動は理解を置き去りにするほどに迅速であった。
「がはっ!! こやつ……!」
「ひょえええっ!! クロさああああん!!」
「2キル目確定! やっぱレベル70の身体は馬力が違ぇや!」
1度の瞬きが遅れるほどの間であった。
今度はクロが串刺しの仮死状態にまで一撃で追いやられていたのだ。
そして動けなくなったクロの体はやはりマリー同様に正面へ。このまま牽制しつつ、マサムネとハグたんいずれか先に油断を見せた方を串刺しにするつもりだろう。
「どどどどうしましょう……ええとクロさんは……マサムネさんどうすれば助けられて……」
「ハグたん、右向け右! 右向け右! 走れぃ!」
「えっ? ひあっ!?」
一瞬の内にマサムネがハグたんの手を掴みとって一気呵成に逆走。
そのまま2人揃ってレッドネームから遠ざかってゆく。
「逃げちゃうんですか!? ま、まだ何か助ける方法はあるはずですって」
「無い! とにかく一旦仕切り直して回復が使えそうな奴と合流しなきゃなんにもなんない!」
判断力の高さに決断力、思考と行動を並列できる実行力。さしずめ前線指揮官としての素質がマサムネの持ち味。
このままクロの救出で手こずっている間に大漁虐殺が始まってしまえば、それこそ協力を頼むどころではなくなる。
盾として利用価値がある間はクロは生かされるということも。相手は追っては来ないということも。マサムネはハグたんが混乱している間に結論をはじき出したのだ。
全部ではないにしろ意図を読み取ったハグたんは、マサムネの手を離して並んで走り出す。
「うぅ……マリーさんクロさん、どうしてあんなことに……」
「ぜってー大丈夫だし。ハグたん、次にあいつと会ったらウチらの方が大量に逆襲する番だかんね」
「そんなの絶対……いえ、絶対やれますよね」
相変わらず弱音を吐こうとしたハグたんだったが、マサムネの横顔を見た途端さっぱりと承諾する。
マサムネの歯ぎしりからは、やられっぱなしの悔しさが入り混じっていたからだ。もっとレベルが高ければ正面から挑んで倒せるはずだと言いたげな、押し殺している無力感が伝わったからだ。
「んで道は……あっちだよね!」
「はい! 道くらい覚えていて下さいよ……」
そんなマサムネ達は、現在街の中央広場を目指している。
そこは拓けている分、多くのプレイヤーが集まりやすい場所ともなっている。大漁虐殺がまだ始まっていなければ多くのプレイヤーに救援を呼びかけられる、常駐スポットだ。
「うし、もうすぐ。声を出すのはウチに任せんしゃい! ついでに奇襲とか得意そうな奴にも声かけちゃえば――ほえ」
辿り着いた中央広場での異様な光景に、マサムネらは思わず逃げていることも忘れて立ち止まった。
「悪者退治だなんて楽しそうだな。こっちも頭の悪いやつをキルするのは最高の気分さ」
「あ……あ……あ……もう我慢できない。やるよ? やるよ? やるよ?」
「赤き血潮の大量出血大サービスッ! てめぇらの悲鳴が生きて腸まで届くぜぇ」
「顔面騒音100デシベル越えのカスども♡ 騒音規制法違反だぞ☆」
「俺は女子供をキルしない。だが残念だ、母親のお前は子供ではないし、お前の子供は女ではないからな」
そこは、弱者から順に色とりどりの最期の運命が贈られるデス・ゲーム会場となっていたからだ。
数人ほどのレッドネーム達が、刺し、突き、裂き、砕き、抉り、拉ぎ、屠り、誅し、弑し、戮し――数十人もの多くの人間はひたすらキルされている。
戦いと呼ぶにはあまりにも一方的な蹂躙劇。キルされる者は両目を抑えており、何故か抵抗もせぬまま、相手に気づく素振りすらみせないままだったが、その不自然さが吹き飛ぶほどの衝撃的な事態。
「どひゃあああマサムネさんっ! これどう見ても始まってますよおおおっ!」
「誰か来てんのか! 幻覚耐性のないやつは中央広場から離れてろあぎゃ!」
一人のプレイヤーが、ハグたん達の前で決死で呼びかけるも虚しくキルされてしまう。
いや、ハグたん達にはもう、誰がキルしたのかやその声の主がどんな人間だったかも視えなくなっている。
「やべぇ、ハグたんがどこにいるかも分からん」
「私もです……もしかして、レッドネームの罠にかかっちゃったんでしょうか……?」
「いやいやこれくらい大丈夫だって。まだ何とかなる、何とかなる、何とかなる……」
万策尽きてなお震え声で強がってみせても、2人の両眼にはもう白い靄しか写っていない。
この中央広場全体に、アイテムなのかカムイの能力なのか幻覚の状態異常に侵す何かか空気中に撒かれていたからだ。
市民や人々が行き交う此処は、今や生き馬の目を抜く鬼蜘蛛達の巣窟。
レッドネームだけがプレイヤーキルを満悦するための“狩り場”になっている以上、踏み込んだ獲物はたとえ羽が生えても逃げられない。
「げぐあーっ!」
「ぎょえーっ!」
「のぉーーっ!」
「うぼぁーっ!」
「馬あああ鹿あああなあああ!」
「ぬううううっ! 討元凶万歳!」
「くぁwせdrftgyふじこlp!! 人生五十年〜、印税五十円〜」
ここで行われるのは、狩られるだけの敗者達による断末魔の叫びのオンパレードだ。
何の配慮のつもりか最後に聞こえたマサムネの歌ってるような悲鳴も、ハグたんの間近にまで魔の手が迫っていたことを示しているだろう。
「こ、これは仕切り直し……仕切り直しですから!」
ハグたんは胃液が逆噴射しそうなほどの恐怖心を堪えきれなくなり、自分に言い訳しながら広場から逆方向に駆け出した。
何しろ両目が機能しなくなっていても、絶叫だけは鼓膜が確実に拾ってしまうのだ。臆病者にとっては、これだけでも生きた心地がしなくなる精神的拷問だろう。
それに敵が見えなくては自爆も当たらない、巻き込んではいけない味方も見えない。
何も見えていないせいで走り始めた側から壁にぶつかりながらも、建物の石壁に沿ってあてもなく退散する。
「ひぃ! ひぃ! どっちが来た道だっだっけ……」
「おおっと? うろちょろしてるおチビちゃん発見!」
だがこれでは誰がどう見ても、まさにキルして下さいと言わんばかりの牛歩。一寸先も見えなければ得意の逃げ足も鈍るものだ。
ハグたん自身でさえ、あわや万事休すと思われたが。
「早いもの勝ち、あいつは俺がキルしていいな? ん?」
「コココ、お楽しみのところ邪魔してすみませんが、皆様に少し用があるのです」
幸運だったのは、追跡しようとしたレッドネーム達が突然呼び止められたところだろう。
「なんだよマスター! 折角いいところだってのによ」
「ケケケ、まあどちらかといえば、いいところだからこそ止めに入ったのですがね……」
▽▽▽
「ぜぇ……ぜぇ……死ぬぅ……あそこは駄目だ、私みたいなおチビちゃんが混ざっちゃいけないとこだ……」
鬼も泣く伏魔殿からほうぼうの体で離れたハグたん。
息をきらしているのは、体力的な面とは別であることは明らか。
かくして幻覚の状態異常も効果時間が過ぎ、人気のないどこぞの狭い裏路地に落ち延びたと判明した時。
「あぁ、逃げてきちゃったぁぁ。みんなを守らないで、逃げるしか出来なかった……。これじゃ昨日と同じ、なんにも成長してない……」
下手に一息ついたためにハグたんは自責の念に駆られ、しょっぱい水たまりを作る勢いの雨模様となってしまっていた。
右を見ても左を見ても頼れる友達はそこにいないこと、代わりに四方八方から飛び交う悲鳴を聞くほど、自分だけ戦いもせず見殺しにしたという罪悪感が膨張してしまう。
「もういやだ、最初からやり直したい……うひいっ!? だっ誰ですか!」
突如前方から聞こえた物音にハグたんは過敏に反応。
道なりに置かれていた木製の樽が後ろから倒されており、するとそこにはレッドネーム特有の赤い色の文字が浮かんでいた。
「もう私もここまでですぅ! きっとあの物陰から、危ない人が来るんですよねっ! 昨日みたいに! 昨日みたいに!」
「わはぁい爆弾ちゃんだ! 大漁虐殺たのしめてるころす?」
「ほらやっぱりいいい! え、ころ……す?」
ばったりと鉢合わせたコロリンの取ってつけたような語尾に、そんなことしてる場合でないと分かっていながらも、ハグたんはつい首を傾げていた。
次回は来週月曜に




