39話 幕間・アウトレイジ
あれから翌日。
大方が夕食を済ます時刻を少し過ぎた頃だが、このゲーム内においては真っ赤な太陽が眩しい昼下がりの時。
「おや、コロリンさんではございませんか。奇遇ですねぇ」
「わ! マスターだ! こんにちは」
口元が開いた仮面を被り、奇術師然とした偉丈夫であるマスターの風貌を見かけた途端、正面から抱きつかんとする勢いで駆け寄ってゆく。
コロリンの口角が三日月のように上がるほどには慕う相手だ。マスターとはPNではなく、彼のクラン内の役職名である。
「にへへ〜、マスターと会えただけでコロリン幸せ。今日は目一杯張りきれそうな気がしちゃうよ」
「それは上々。今日の大漁虐殺でもコロリンさんの殺しっぷりには一段と期待してますから」
「もちろん! でもマスターの完璧な指示あればこそだよ。だってコロリン、1人ぼっちじゃ1人くらいしかキルできないし」
マスターに感謝を示しつつ、数え切れないほどにサーバー移動を繰り返し、今やどのサーバーの時だったかも忘れてしまった記憶を振り返る。
CCO始めたての頃、カムイの使い方が不馴れなあまりうっかりプレイヤーをキルしてしまって以来、街に入ればレッドネームとしてNPC住民から恐れられ、あらゆるプレイヤー達からは目の敵とされ――ひたすら怯えながら逃げ回る日々だった。
そんな自分を匿い、マスター他クラン陰殺チームのフルメンバーは揃って歓迎してくれた。「みんなと一緒にプレイヤーキルをして遊ぼう」と楽になれる道を示してくれた。
ただし、朱に交われば赤くなるという諺を表すが如く自己が薄弱なコロリンなので、マスターへの特別な感情だとか自分を爪弾きにした社会への復讐などといった後ろ暗い理由で更生したがらないわけではない。
このクランでの活動が病みつきになるほど居心地良いから。コロリンにとってのみんなとは、『陰殺チーム』の他にあり得なくなっている。
「マスター、今回の大漁虐殺も目一杯頑張るね。みんなと一緒にたくさんキルして、みんなに負けないくらいたくさんたくさんキルして……」
「コココ。殺人鬼としての伸びしろがあるのは元気な証拠です」
「コココ〜。コロリン、もっともっとキルしてもっともっと凄くなるよ」
マスターの笑い方の真似をしながらその向上心を拙い言葉で表現した。
「まあしかし、あなたは殺人鬼として十分立派なのにこれ以上立派になったらどんな進化を果たすのでしょうか。いっそのことどうです? 語尾に『殺す』でも付けてみてはいかがですかね?」
百パーセントの冗談のつもりで言った台詞だった。
だがそれを聞いたコロリンに電流が走る感覚が呼び起こされ、手のひらをポンと叩く。
「それいただき! なんだかゆるキャラみたいで可愛いんだころす〜」
「いや本当にやるんですか。意図せず珍妙なキャラクターが誕生してしまいましたねぇ……」
マイペースすぎるコロリンの会話には、頭脳明晰なマスターでさえ呑まれるばかりであった。
和やかな雰囲気で談笑している間に、2人は陰殺チームの集合場所へと到着する。
とある砂漠地帯の一角に乱立する、殆どが砂に埋もれたか風化している石造りの遺跡。
「これはこれは、1人も除かず愛しき陰殺チームの皆様、とっくにお集まりでしたか」
それらの陰に、上に、直立する者から地べたにあぐらをかく者まで無法無秩序なレッドネーム達が勢揃い。
キルするための得物、人によってはカムイに手を置いているのは共通している。
流血描写がオミットされているこのCCOにおいて、PNこそがプレイヤーの返り血が唯一付着する箇所。
そうなってしまえばデス時のペナルティが倍増し、更にリスポーン地点は街の代わりに『監獄島』なる収容所に送還されてしまう。そんな宿業を背負った落伍者達の蔑称をレッドネームという。
「では皆々様、挨拶は省略致しましょう。本番開始のその前に、まずは右から順に、殺したい相手を高らかに叫びなさい」
マスターは注目が集まる位置から両手を広げ、それに呼応するようメンバー達が注目。
クランチャットを通じてここに全メンバーを召集したのは、陰殺チームの本番前の恒例である宣誓の儀で士気を高めるためだ。
メンバーそれぞれが架空の神や悪魔のような上位存在に祈りをささげるほどに渇望するキルしたい相手。その首を切断したり、肉体を細切れにしたりと想像を始め、完了した者からゆるりと立ち上がり始める。
「ヴォレはぁ、女という女をキルしてぇ!」
先陣を切って立ち上がったこのレッドネームは、女性の誰かによほど恨みでもあるのか今から猛々しい殺意を滾らせる男性。
「さて小生は、賢い奴をキルしたいかな」
次に冷淡な声をあげたレッドネーム。
ボサボサの髪を掻き、自分を賢しらぶって貶めてきた者をどうキルしようかと思案する。
「自分は、話の通じない馬鹿をキルしたいね」
その次に、機械仕掛けのモノクルを装着した知的そうな男性は、先程声を出したレッドネームに対しいけしゃあしゃあと睨み出す。
「私は、僕をキルしたい」
更に次には、どこか意味深ぶった物言いをする少年。その言葉の陰にははたしてどのような意味はあるのか、ないのか。
その後も1人ずつ似たような方式で着々と進み、影のカムイ使いの「誰でもいいからキルしたい」の宣誓を終え、いよいよ最後の1人を飾るメンバーこそ。
「コロリンは、みんなと一緒にキルしたい! だころす」
コロリンがそう殺し方にのみ拘り人物に拘らないことを示し、手を一回叩いたのであった。
「……そのつもりだったんだけど、今回の大漁殺戮はいつもよりもちょっと楽しみなんだころす。コロリンにも、どうしてもキルしたい人が出来ちゃって……」
そうコロリンがフレンド申請をするほど気に入った相手であるハグたんのことを思い浮かべながらなぜか顔を赤らめ、勿体ぶった言い方で興味を引こうとしている。
ところが、陰殺チームのメンバーはマスター以外の誰も顔を向けたりはしていない。妙な語尾についても、だからどうしたと受け流しているかのようだ。
クランなのに冷たい印象があるが、この陰殺チームはマスターへの狂信的な忠誠心こそあれど、横の繋がりが希薄。
せいぜいキルし合わない共闘者でしかなく、それぞれがフレンド登録すらしていない。
クラン全体がマスターを中心に一つの団体となって協力するため、余計な派閥が作られないよう、あえてマスターがワンマン体制を敷いているのである。
「コロリンさん、真面目な場なのでフリーダムはこれくらいにしなさい。その殺したい人とやらは今宵きっと巡り会えるでしょうし」
「もちろん。何人もキルしてでも捜し出すころす」
マスターに諌められたコロリンは体育座りで腰を下ろした。
「今回の標的は、言わずと知れた強豪サーバー04。抵抗者は言わずもがな多勢、されど我らの味方は我らのみ。だが案ずるな、このワタクシがついています」
自らを強大で絶対的な存在だと誇示し、扇動するように、奮い立たせるように。
「勇猛にして終わりなる同胞達よ、殺されるよりも殺しましょう。次も殺すために殺しましょう。心ゆくまで殺しましょう。価値なき限りなき命の群れ、奪うも死なすも我ら陰殺チームだけの権利。たとえ神が許さなくても、ワタクシが全てを許しましょう」
レッドネーム達の所業を肯定する演説で、彼らの心を掴み取る。
彼の本領こそ、思想や動機がバラバラのレッドネーム達を正気や狂気の区別なく手なづけるカリスマ性だ。
「さあ、各々配置に着くのです! ワタクシが合図を送信するまでは息を潜めて待機。それでは、砂上のゴーストタウンでまた会いましょう」
号令をかけ、けたたましく鬨の声を鳴らした各メンバーが、意気軒昂となりながら第三の街に向けてあらゆる方向から出立する。
これで全員が出払った後にマスターも現場へ出向くつもりだったが、ぼうっとしているようにマスターを見つめるコロリンの存在が気がかりとなる。
「おや、どうしました? 配置を忘れてしまったんですか?」
「うんとね、実はマスターのことで気になることがあるの」
個人的な内容であり礼を失するためずっとおくびにも出さなかったが、抱えていた疑問をここにおろす。
「マスターってさ、キルしたい人っているころす?」
彼とて陰殺チームの統率者であり一員なのに、自分勝手を絵に描いたメンバー達の宣誓を静聴するだけの姿に少しの物寂しさを覚えたからであった。
「ククク……ええもちろんいますとも。何十人もね」
「そうなの!? だれだれ? 誰にも言わないから、コロリンだけに教えてほしいころす」
「いいえ、今はまだ、誰であっても、たとえコロリンさんといえども秘密にしておきたいのです」
あまり知られたくない相手なのか、胸の内にめらめらと揺れる炎を伏せる。
「そっかぁ、でも誰なんだろう……マスターがいつも仮面つけてたり、追い詰めた人を譲ってもキルしたがらないのも関係あるのかなぁ」
そうコロリンが信頼する統率者にして、疑問の存在たるマスター。
なにしろ彼は、陰殺チームにおいて唯一レッドネームではないのである。
答えはそのまま、これまで誰一人としてプレイヤーキルをしていないため。
なお懸賞金はクランぐるみで懸けられてしまうのでマスターにも100万ゴールドの値がついており、レッドネーム同様名分無しでキルしても問題ない仕様なのだが、無法者を率いる人間としてはあまりに異質な存在だ。
それでも、クランメンバーの皆がマスターの描く戦略には盲目的に従う。
いかにも利己的なレッドネームといえども、1人ではプレイヤーキルなど到底成功しないと――マスターの類稀なる圧倒的頭脳があってこそ満足するまでプレイヤーキルが行えるという現実を、大半が自己の個として限界を認めているから。
そうでもなければ、誰かが隣に座られるだけで気が気でなくなるレッドネームが、クランなどという中身が不明な団体なぞ殊更信用しないだろう。
マスターとは皆に滅私で従うマスターであり、皆が滅私で従うマスターでもあるのだ。
「カカカ、ココッ。あぁ早く殺したい……殺したらどうなるのでしょう……」
「マスターも、キルしたい人をいつかキルできるといいね」
淡白に言葉を返し、詮索はしなかった。
思慮深いマスターなのだから、並々ならぬ策略があって秘密主義を貫いているのだろうと。
「じゃあマスター、そろそろコロリンもいってきまころすー」
好奇心を抑えたコロリンは、早くも扱い慣れてきた語尾をとってつけながら、他のメンバーに遅れてしまったが出立を開始する。
それを見送ろうともしないマスター。
「親身になって心配してくれるとは、なんて他人思いな人殺しなのでしょう。ですがワタクシが殺したい連中など、どうせ、今日、明かされますから……」
含みを持って微笑する。その腹の底に不吉なものを忍ばせていることは明白か。
彼が朱に交わらず純白の名を保っているのは、果たしてどんな目論見があるのか。




