38話 結末を見定めない決意
偶発的に目と目が合ってしまったハグたんとそのほんわかとしたレッドネーム。
見る限り他にレッドネームの仲間はいない。
一応、全員の影を確認したがこれといって何もないため一人だけだと断定。
「店長さん店長さん! この人、レッドネーム! 危ない人なんですっ!」
ハグたんは仇敵と相対した際、戦闘するよりも頼れる大人に周知させる人間だ。
さっそく言葉足らずながら特徴を端的に伝え、危機感を店長は眉をひそめて相手を見据える。
「ほぉむ、客人、レッドネームとな? 即ちそちは、この街でやたらと騒がれている陰殺チームの1人、ということじゃな」
「うんそうだよ。コロリン達のクラン『陰殺チーム』は、明日この街で大漁虐殺を敢行するの」
会話に流れる形だが、ここでも大胆不敵に宣言。
「だから店長さんも、コロリン達から抵抗する自信がないなら今日中に他の街に避難しといてね」
台本を読むような抑揚のない声色でそう続いたのは慈悲か。否。
殺気を放てば逃げおおせる一方でしかない、最悪『自死宣言』で死に逃げされるような弱者など、獲物としては不適正とでも言わんばかりの無関心さ。
だが店長は、怪訝な目つきとなりながらもなお質問を繰り出す。
「つまり、“プレイヤー”をキルするというだけで、“花”まではキルしないということなのじゃな?」
「うん? お花をキルできるわけないよ? 第一明日やるんだし、今日はだれも、もちろん店長さんにも手を出しちゃいけない決まりなの」
虫すら無慈悲に殺しそうな爛々とした目つきで言われても信用ならないかもしれないが、陰殺チームは基本的に計画実行前に足がつかないよう日程を厳守している。影のカムイ使いのような例外もいるが。
コロリンのメッセージの子細を読み取った店長は、たちまち腰に手をあて警戒心を解くポーズに。
「ならばそちはわらわのお客様じゃ。たとえ一目惚れであれ香りであれ薬の素材であれ、花を愛でる者は誰であろうと上客なのじゃ」
「わはーい! 店長さんだいすき!」
「えええええっ!? そんなのでいいんですか!?」
もうハグたんには、マイペースさが組み合わさった2人の空気には何がなんやらといった状態だ。
ハグたんを待たせてしまったと店長は、今一度ハグたんの方に体を向ける。
「よいともよいとも。もし万が一にも狼藉を働くようであれば、あそこに待ち受けておるNPC用心棒が黙ってはおらぬのじゃからな」
「あそこに? あっ、あ……あひぃぃ……」
ハグたんは見てしまった。
店のカウンターの奥にある扉の影、目が合うだけでも恐ろしい、スカーフェイスが特徴の屈強な男性が眼を光らせていたため、ハグたんはさも自分が万引き犯の立場でもあるかのように呻ってしまった。
真面目に生きている証拠ともいう。
「のじゃのじゃの優しい店長さん、お墓の前に置けそうなオススメのお花、ありませんか?」
「ほむ? そち、大切な人を亡くしてしもうておるのか?」
「ううん、明日キルした人達の地点にお備えするためのお花、今から用意しようと思ってたから。ざっと1000人分くらい欲しいかな」
「むむう、1000はちと在庫が……じゃが明日の朝には育て上げるゆえ、それで構わぬならば予約の形にしておくのじゃが」
「うーん、明日は忙しくなっちゃうし、ある分だけでいいよ」
その気になれば強盗も辞さない印象すらあるレッドネームが、商談を成り立たせてしまっている。実に奇妙な空気感、光景がそこにあった。
馴染めるわけもないハグたんは、只々呆然としているだけだ。
「とりあえず500は調達完了。爆弾ちゃんの方も、欲しいお花はあった?」
「えっ、あっひゃあああっ!! 殺さないでくださいぃ! 来い、神威!」
今から襲われると気が逸り出したハグたんは、爆弾を頭に取り付かせ臨戦態勢に入った。
この場で自爆すれば店の全ての花ごと木っ端微塵にしかねないが、被害妄想が誇大し慌てふためいたハグたんにはそんな余裕もなくなっている。
「そんなオーバーに構えなくても大丈夫だよ。聞いてたの爆弾ちゃん? もう一回言う? 今日じゃなくて明日キルするって」
「そんなこと言われたって、信用できませんんんん!」
キルへのハードルが外れている殺人鬼を前に恐怖するのは、こればかりは仕方ない。
一見クランの調律がとれているように見えても、影のカムイの使い手のようにつまみ食い気分でキルする者もいたことである。
あの店長が異様に大物なだけであって、これはハグたんに限らず常識的な反応だろう。
そこで、白い花弁がかわいらしいカモミールの植えてある鉢植えを持った店長が戻ってくる。
「なんなのじゃその頭巾……生きておるか? これが、必ずや仲直りに役立つ親交の花なのじゃ」
「店長さん、ありがとうございます。あと……私のお墓に供えるお花も追加していいでしょうか……」
「おぉい死ぬ気なのじゃあ!? 仲直りは諦めてしもうたか!」
またもやどこか大物というより天然なのか、若干ズレた推測であった。
ともあれ事情を聞いた店長の計らいにより、ハグたんは会計するまで先程見た用心棒が付きっきりで護衛することでこの場は収まった。
そうして、勧められたカモミールの花をハグたんは3000ゴールドで購入し、ひとまず退店。
したまではいいのだが。
「なんでこのひと着いてくるんですかぁ……」
「誰もキルできなくて暇だからねー」
純朴な瞳でハグたん一点だけを見つめるコロリン。さしずめ友達同士の距離感である。
ただ、ハグたんが一歩だけ進んでも、二歩だけ下がっても、距離を頑なに維持してくるのがなんだか不気味だと感じざるを得ない。いよいよユロクに通報しようかとも考え出すほどだ。
「うぅ、この人のことが全然共感出来ません。そのプレイヤーキルっていうの、どこがそんなに楽しいんですか……」
げんなりしながら繰り出した愚痴。
それをコロリンは質問だと受け取ると、あっけらかんとした表情となる。
「え? どこがって言われても、プレイヤーキルが楽しいからやってるんじゃないよ?」
「ひょげ?」
キルそのものを楽しんでいたあの影のカムイ使いと同類なのかと予想していたハグたんだったが、それをさらりと裏切る発言には素っ頓狂な声をあげる。
コロリンのオリジンこそ、これだ。
「だって“みんなやってるから”。だからコロリンも楽しくなるから、みんなと一緒にプレイヤーキルしているの」
「みんなやってるからって……そんな小さい理由でレッドネームになっているんですか!?」
「コロリン、そんなにおかしいこと言っちゃった?」
とぼけたような反応をするコロリンを相手に、ハグたんにしては掴みかかる勢いだ。
そしてハグたんがPKに対するあやふやだった印象も段々と掴みかけていた。
「でも、やっぱり、ユロクさんも言ってましたけど、どんな理由があってもなくても、プレイヤーキルって本当はいけないことなんじゃ……」
「えっ? なんでいけないの?」
「なんでって、その、キルされたら悲しむ人だっているはずですし……」
「でもみんなは喜びながらキルしてるよ。あの影ちゃんだって、つまみ食いしちゃうくらいプレイヤーキルが大好きだし」
「だとしても、ダメなものはダメなんですってぇ」
「言うに事欠いちゃった? なんでそんなにダメダメ言うのかな……あっ、コロリン分かっちゃった!」
そう唐突に虚無の棲んでいた目を輝かせ。
「爆弾ちゃんも、陰殺チームに入りたかったんだね!」
「いやどこをどうとればそうなるんですか!?」
たとえマサムネでもそこまではやらないだろう衝撃の曲解に、ハグたんは堪らず大声をあげた。
「だってさ、そういうタブー視って『あわよくばやりたい』願望の裏返しって、よく言わない?」
「聞いたことないですってそれぇ!? 入りません入りません! レッドネームになれるわけありません!」
「えへー、素直に伝えられない気持ちもよく分かるよ。だからこれから、コロリンが爆弾ちゃんをマスターのとこに案内してあげるね」
一定の距離間を維持していたコロリンだったが、勘違いのままようやくハグたんの方へと自分から近づいてゆく。
仲間、いや、同類扱いされつつあるこの状況に、今度はハグたんが間隔を空けるほど嫌がり出す。
「ひ、飛躍しすぎです! なんで私が……友達を裏切るみたいなことしなきゃならないんですか!」
「じゃあその友達みんなと陰殺チームに入ろ! メンバーまだまだ募集中だから、何人来たって仲間外れにはしないからね」
「あぁう、だからどうしてその話に……」
「みんなでやるから、何だって楽しい。おひるごはんとか学芸会みたいにね」
「またそれ!? この人どうしてずっとそればっかり……」
ハグたんの言葉が詰まる。
話をいくら展開しても堂々巡りとなり、用意されたかのようにどうしてもその理屈に着地する。
そこまでされて、ハグたんはコロリンというプレイヤーの本質を悟った。
「考えてないんだ――何も……」
レッドネーム・コロリンの瞳には黒黒とした殺意や紅き残忍性が研ぎ澄まされているとかではなく、透明に澄みきっているほどに『空虚』なだけ。
個としての自分の意思や意見をもたず、みんなという一つの集団のためのラジコンと化し、決断を委ね同調だけをする。コロリンの場合は、みんなとはクランのメンバーのことだろう。
そのためならば、たとえ赤信号を渡れだとか詐欺行為に加担しろだとか命令されようとも、疑問をもたず敢行する。
もしそれで御用となったとしても、“みんな”を信じて過ちを省みないだろうと。
善悪の天秤に他人の意思が乗しかかれば容易く傾ける。神にも死神にも紙一重の危うい人間性に、ハグたんは掴みどころのなかったコロリンについての纏まりを得た。
「爆弾ちゃんだってそうじゃないの? その友達みんなとやるのが楽しいから、爆弾ちゃんもこのゲーム続けられてるんだよね」
空虚な瞳だが、だからこそ修飾しない物言いでコロリンはハグたんの内面へ確信をつける。
「それは……みんなと一緒なら、何だって楽しいとは思ってましたけど……」
そんなコロリンの持論に言い返せなくなっているハグたんもいた。
友達みんなと一緒だからこそ、これまでのプレイ中に襲いかかってきたどんな恐ろしいことにも――断言するにはまだまだ程遠いが――みんなの後ろから歩いて着いてきた。
逆に一人ぼっちでは思うようなことが何も出来なくなる。
何なら現在、クロへの謝罪すらも踏み出せなくなっているほど。
「にへへぇ、なんか爆弾ちゃんとシンパシー感じてきちゃった。明日、爆弾ちゃんをキルするのが楽しみになってきちゃったから……はい」
コロリンが何かウィンドウを浮かべてタップしたと同時に、ハグたんのメッセージ履歴に送られてきたものは。
「……はひ!? 私達どこも分かり合えてないのに、なんで!?」
「みんなでやるしかなにもやれない人同士のよしみ?」
ハグたんが第一目的とするほどに欲していた、フレンド申請であった。
「コロリン、大漁虐殺が終わったらまた別のサーバーに移っちゃうし、そのあとも爆弾ちゃんとは時々チャットでお喋りしたいな。どう?」
コロリンの思考回路が再び読み解けなくなる。
キョトンとした顔で訊かれても、同意出来るわけがない。
ハグたんはただ、申し訳なさそうにしながら粛々と『閉じる』の項をそっとタップした。
「ごめんなさい。フレンドになるかどうかは考えさせて下さい」
義理はなくとも詫びのお辞儀をし、あまり怒らせないよう申請自体は保留に納め、自分の意見をもってやんわりと断った。
かつて体中の血液から筋肉を掌握されていた恐怖心は微塵もなく、ただコロリンの純粋無垢な言葉を真摯に感じ入って上で、自分はコロリンのようにはなりたくないという意思を喉の奥にしまう。
「みんなと一緒が楽しいなら、ユロクさんや他の友達と一緒に街を守る方が絶対楽しいから、私はあなたの味方になれないです」
「うんうん、やっぱり仲良しの人達とやるのが一番だよね」
やはりハグたんが抱いておる印象通りに喜怒哀楽が薄いためか、実質的に跳ね除けられたというのに落ち込んだり逆上などはせず、ただニコニコと微笑むだけだった。
「……というよりそっちの方こそ、そんなにみんなと一緒がいいなら、何もあんなレッドネーム達じゃなくて街を守る側でやる方が安心できるんじゃ……」
「それはない、かな。だって陰殺チームにはね、マスターがいるから」
「マスター……さん?」
これまでコロリンの言葉の節々に出てきたマスターなる存在。それがコロリンの口から絶対の反論材料として改めて提示される。
「爆弾ちゃん達なんか、コロリン達みんなが本気出すだけでみんなはみーんないなくなっちゃうのに……。マスターが作った陰殺チーム以上に安心できるクランなんてないよ?」
「そう、ですか」
そう見下すともとれる言葉に対してだが、ハグたんはコロリンの意思を曲げることは出来ないと認め、生返事だけをする。ただし匙を投げたわけではない。
コロリンにとってのマスター。マリーにパパが該当するように、恐らくそれと限りなく近いかけがえのない人間なのだろうとハグたんは経験則から察し、追及をする間でもなく納得したから。
何が正しくて何が悪かもよく知りもしない自分が、数分話しただけの先入観で、許せないだの悪だのと全面的に否定はしたくないと。
そうこうしている内に、この第三の街の景観には夜の帳が降りつつあった。
「爆弾ちゃんとはもっと話したいけれども、コロリンあんまりのんびりしてられないから……バイバイ、明日は絶対にログインしてほしいな」
カタギを敵にしたレッドネームなので、街に長居するわけにもいかないコロリンはここでひとまずの別れをきりだす。
無防備な背中を見せるほどハグたんを信頼し、狭い路地を通って去っていった。
ずっと立ちすくんでいたハグたんは、ここで緊張の糸がきれる。
「助かったぁ……殺されないで済んだぁ……。私、なんでレッドネームと話し込んじゃってたんだろ……」
フットワークの軽い自爆で散りがちな命の有り難みを実感し、コロリンとはひとまずどころか今生の別れになって欲しいと弱気になりだす。
ただ、コロリンから逃げずに対談した甲斐あって、うじうじと悩んでいた討伐作戦参加の是非についてハグたんの答えがようやく定まっていた。
早速クロやマサムネに伝えたかったが、門限まであと一分弱しかなかったため、やむなくクランのチャットに書き置きを残す。
『明日の討伐作戦、私は参加します』
そう送信し、返事を待たずにログアウト。
正義感で立ち上がる者、儲け話に飛びつく者、災難を避ける者までいる中で、ハグたんはみんなと一緒ならレッドネームを食い止められると理想を見て選択。
明日の血戦に備え、一分でも多く英気を養うのであった。
実はストックが尽きており、毎日更新が難しくなっているためご了承下さい。




