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36話 忍ばない2つの影

 今や様式美となったマサムネの爆発オチが確定したところで。


「うひぃ……でも、これで倒せたでしょうか」


 黒い煙が晴れ、そこには出し尽くして倒れたハグたんとマサムネが倒れ伏せていた。


 だったが、人と人が支え合う文字になっているだけ。川の字にはなっていない。


「いや、あの影のやつ、戻れ、神威(カムアウトカムイ)で逃げてる」

「ひょええ!? じゃあマサムネさん無駄死に!?」

「いいえ、むしろハグたんがお手柄なことに変わりないわ」


 マリーが操り糸を人形達に繋ぎ直す。

 その相手にそれぞれ小型化した武器を人形達が構えながら。


「カムイが剥がれた丸裸の相手なら、戦う以前に勝ったも同然よ」

「くそっ、なんつうバカでかい火力なんだよ……これがダチにやる攻撃か? もしかしてこいつら、実は仲悪いんじゃねえんか……」


 確かに相手は――ハグたん達の闇の深い面を妄想しながら――爆炎の範囲外へと離脱してこそいる。


 ただ、影のカムイを解除し生身を引き出した現在、マリー単独でも戦いは優位に運べるだろう。


 影のカムイのアーツ【繰り影絡道化(ダミーアーミー)】には効果時間があるため自然解除はするが、途中解除が不可能という欠点をもつ。

 更に操り先のHPが0になれば、自分も仮死状態となって影の外に放り出されてしまう。だからアーツではなくカムイの方をここで解除しなければならなかったのだ。


「このあたしの宣言通り、あんた程度一人でも楽勝になったわけだけど、どうするのかしら? 逃げた方がいいんじゃないかしら?」


 死屍累々となったパーティだが、ハグたんの自爆の甲斐あってノーダメージのまま生存しているマリーが代わって勧告する。


 ただ勝てるとしても、手間のかからない方法で撃退したいため。

 一応ここはモンスターも蔓延るダンジョンのど真ん中なので、思わぬ茶々でも入る前に3人の友達を復帰させたいがため。


「……オレ様は、メリットだかリスクとかじゃなく、何が何でも我武者羅遮二無二右から左まで片っ端からキルしまくっていたいからPKやってるんだぜ」


 その相手は、マリーの想像以上に覚悟や悪意が据わっていた。

 クロの片手を切断したナイフを手に取り出し、そこから一番近い人物――ハグたんへと狙いを定めて腕を引く。


「カムイがなくたってキルは出来る。無傷で逃げおおせるくらいなら、一人でも多くキルしてからだ!」

「話通じないわね! 人形達、ハグたんを最優先で回収よ!」


 これにはマリーも呑気に挑発している場合ではないと把握したが。


「遅ぇんだよ! そんな素人反応で出し抜けると思ってんじゃねえ!」


 数多くの命を吸ったそのナイフをハグたんへと真っ直ぐに投擲。

 マリーの人形も隊列を乱してまで向かっていたが、それでもやはり相手の速度が上回る。

 【味方代わり人形(スケープゴードール)】の発動もやむ無しと一時は観念したほど。


 しかし、その凶器が誰かを貫くことはなかった。


「そこまでだ」

「そこまでだよ」


 まるで見計らったかのように、されど偶然にも2人分の新たな声が重なる。


 ハグたんの前にもPK側にも、闖入した1人ずつが矢面に立っていたのだ。


「だ……ユロクさん!? どうしてここに!」

「ハグたん君ではないか! 奇遇だな。よもや第三の街まで進められていたとは」


 そこにいたのは決して砂漠の蜃気楼などではなく、ハグたんの前で立ちはだかってナイフを指で止めていたユロク本人。

 再会を喜び合えるほど穏やかな状況ではないのだが。


「ふ、ふぅん。あのハグたんにこんなダンディなおじさまと知り合いだったなんてね」

「君達はハグたんの御友人達かね? 詳しい話は後だ。儂が牽制させている今のうちに回復を頼んだ」

「ええ、それもそうね。動くのよ人形達」


 急かされるとすぐに人形達にポーションを持たせ、倒れている友達2人それぞれの口に注ぐことに成功した。


 そんな一方で、PK側もなにやら慌ただしいことになっている。


「コロリンお前、邪魔する気かよ! あいつらはあとひと息のとこまで追い詰めた獲物だぜ!」

「でも影ちゃん、今日はキルしないって予め決めてたよね? なんでマスターさんからの言いつけ破ってるのかなぁ」

「くっ……マスターには黙っていてくれよ」


 殺意に奮起していたレッドネームでさえ、言葉の圧に段々と勢いを落としていた。


 もう1人の闖入者、コロリンと呼ばれたその少女は、PKプレイヤーの襟首を掴んで強引に動きを封じている。


 見る限りマリーと同年代程の少女であったが、パーマがかった白髪、楕円に開ききった瞳孔、ぺったり貼り付けたようなアルカイックスマイルには掴みどころのなさを印象づけられる。

 なにより武器やカムイらしきものこそ見当たらないものの、影のカムイ使いに対しやや乱暴ともいえる止め方をしても反撃もされない点が、彼女もレッドネームの同業者であることをストレートに証明していた。


 いよいよ取っ散らかってきた状況下。

 そこではユロクの行動が最も早かった。


「お前達、どこのクランの使いだ。儂の顔は広いが、諸君らのようなPKプレイヤーは噂すら耳にせんかったが」


 相手がレッドネームだろうと、決して弱味を見せない語気で問う。


「わはー! やっぱり知らないんだぁ。でもコロリン達、つい昨日サーバー34から移住してきたばかりだしね」

「やはり、な」


 得心のいったユロクは呟く。


 その背では、大過なく復帰し集まったハグたん達が、凶悪な相手を刺激しないようひそひそと話を始めていた。


「えっとマサムネさん、サーバーって移動出来るんですか」

「条件はあるけどね」


 ハグたんだけはその情報を知らないでいたが、ここまで知る必要もなかったともいえる。

 このCCOには60ものサーバーがあり、初ログインしたプレイヤー達はそれぞれ人口のバランスよく自動的に振り分けられている。


 後天的に変えることも可能だが、週末の0時から23時59分までの間、一回のみ。

 移動すればもちろん人間関係も真っ更とされるし、フレンドやクランメンバーが別々のサーバーにいようと解消はされないが、もし移住先に不満があろうと来週まで待た無くてはならない。


 このシステム、はみ出し者で鼻つまみ者となり得るPKプレイヤー達にとって、サーバー移動で追っ手を撒くのは常套手といえよう。


「あっそうだ! コロリン、マスターに言われてたんだ。今日中に出来るだけ多くのプレイヤーさんに()()を布告しなきゃいけないんだった」


 影のカムイ使いから手を離し――大胆に不敵に、罪悪感などはなく。


「コロリン達のクラン『陰殺(いんさつ)チーム』は、明日第三の街で()()()()を敢行するよ」


 企画と呼ぶにはあまりにも大規模な鏖殺の予定を宣告したのであった。


「その街にいるプレイヤーさん達は、みんなみーんなコロリン達がコロコロとキルしまくっちゃうから、早め早めの心の準備をしておいてね」

「なん……と! いや、それより……陰殺チームだと!?」


 ユロクは相手のクランの名に対して最も強い反応を示した。


 たとえレッドネームだろうとクラン加入や脱退は取り消されないのが本作。

 もっとも、街中を大手を振って歩けないレッドネームが冒険者ギルドに足を踏み入れれば最後、NPC従業員に通報されるだけなのだが。


「へぇ、そのクチは知ってるな。サーバーを跨いでもオレ様らの悪名は轟いてるってか」

「いやウチら知らんけど。てかウチら置いてきぼりなんだけど」

「そーいやこいつらは何もしらねぇペーペーの雑魚だったな。良かったなコロリン、布告する意味があったってもんだぜ」


 しびれを切らしたにも関わらず、やはり置いてきぼりにされたマサムネ。ここはどうやら自分達の都合優先なようだ。


「ふー。ちゃんと聞いてたよね? 聞き返さないよね? じゃ、布告はしたし今日のところはこれでおしまい。また明日、みんな来てくれるとうれしいな」

「ケッ、もし気が利くなら首でも洗ってるんだな」


 そう背中を向けた2人のレッドネームは、足元にある何かを同時に踏みつける。

 すると、一陣の風で舞い上がった砂塵に紛れるように、あるいは影の中に溶け込むかのように立ち去っていった。


「転移の罠を利用されたか……これでは追跡のしようもないな」


 慎重論を唱えつつも、相手が再び奇襲するといった万が一のため目を小刻みに動かし残心している。


 それでもひとまずの安全は確保したため、左右からハグたんを護っている2人も肩の力を抜く。


「助かったわ。ハグたんの意外な人脈にも感謝しないとね」

「いやぁどもども、ウチのハグたんが世話になってますわ」


 特にマサムネが引率者通り越してもはや保護者面だが、ハグたんのフレンドということで軟化した態度となる。

 第二の街で不審者扱いした件については記憶の彼方だ。


 ひとしきり交流を終えたところで、話題に上がるのはやはり。


「しかし陰殺チーム。よもやこのサーバー04(ゼロヨン)を狙ってきたとは……」

「そっ、そんなに有名なとこなんですか」


 ハグたんは恐る恐るとなる。

 過去にプレイヤーと戦ったことはあれど、その相手はレッドネームにならない正当な手順を踏んで勝負に臨んでいた。


 マリーと諍いになった時に関しては、同じクランやパーティメンバーをキルしてもレッドネームにはならない仕様なので(但し報酬も得られない)仲間内の問題で済む。


 なので今回のような通り魔同然の奇襲をし、使命や大義もなくキルそのものを目的とするシリアルキラーの超然さは、ハグたんの健全な倫理観には理解が及ばなくても無理はないだろう。


「陰殺チーム――やつらは数多くのサーバーを渡り歩いては第三の街のプレイヤーを蹂躙する。たとえるならば人間を餌にしたイナゴの群れのような凶悪無比なクランだ」

「はぁ!? このあたし達って、そんなおっかなさそうなところに手出されちゃったわけ!?」

「先のあの2人もメッセンジャーに過ぎん。30人を越すメンバー1人1人に多額の懸賞金がかけられているほどには、組織的犯行を延々と繰り返してきたクランだと、巷を騒がせている」


 ひとさじの偏見も踏まえて情報共有を済ます。

 実のところユロクがこのわななきの洞窟に到来していたのも、かくいうそのレッドネームに襲われたという報告が届き、虱つぶしに足跡(そくせき)を追っていたからだ。


 ただその中でも、ハグたんは一味違う切り口から疑問を抱いていたようだ。


「PKって、やっぱり1回でもやったらいけないことなんでしょうか。レッドネームになったらもう仲良くはなっちゃいけなくなるんですか」

「なに博愛ってるのよハグたん! って、このあたしとも仲良くしてくれたんだったわ」


 かつてまでパパを侮辱したプレイヤーを何人も傷つけてきたマリーだったため、ハグたんの無垢な視点には関心を示す。


 モンスターはこの世界限りの存在で倒すしかないものだが、プレイヤーは同じゲームで遊ぶ人間同士。

 そのモンスターに協力して立ち向かうのもプレイヤー同士。


 ハグたんからすれば、経験値やアイテムなどはモンスターをコツコツ倒していれば得られるのに、わざわざ喧嘩以上の沙汰をして何を生むのかと、話し合えば分かり合える余地があるのではと、環境の裕福さ所以の疑問を呈したのだ。

 自分がやるかはさておいてだが。


「プレイヤーキルは運営から正式に実装されている遊び方の一つだ。電脳世界に暮らす民衆にとって不法であれど、ゲームとしては合法。だから儂はその行為そのものは悪と咎めはしない」


 これがユロクの価値観だ。どんなレッドネームだって、いずれはレッドネームの期間が晴れ改心する日が来るかもしれない。

 ただし、あくまで持論は正反対である。


「だが、PKKという対抗手段もまた合法。ましてや儂の友人に魔の手を伸ばしたともあれば、神が許そうとも儂が許さん」


 そう強く決意し、握りしめた拳を振り上げ。


「陰殺チーム、その不快極まる犯行声明を買おう。我がクラン『討元凶(とうげんきょう)』は第三の街のあらゆるクランにかけ合い、その横暴な元凶を一息に掃討してくれる!」


 ユロクは義憤を燃やして威風堂々と宣言する。

 聞く者はハグたんら3人だけにも関わらず、まるでそこに大数の聴衆がいるかの如く、勝利の確信をもって人々の期待を預かるように。


「ほーん。大体流れ分かったけどおっさん、あんなテロリストみたいなやつ相手に逆にやられちゃったりして?」

「心配には及ばん。儂のレベルは上限の80だ。相手が誰であろうとどんなカムイがあろうと決して遅れはとらんよ」

「げ……ハグたんこんな上級者と友達だったん!? ウチハグたんに逆らえねぇ……」


 マサムネは自分で訊いておきながら勝手に萎縮し始めてた。


 本来彼のクランは、CCO有数のPVPの専門家として名が通っている。

 正義感の強いユロク自身の気質も相まって、こうした恐怖に陥れる不法者に対して大集団で情報網を張り、そして容赦なく恐怖に陥れ返すことで、サーバー04がいかに我が物顔で不法を働きにくい場所なのかをサーバー全土に風の噂となるよう流布させてきた。


 ――ならば何故、わざわざこの全サーバー屈指に治安が行き届いたサーバー04に挑戦しに来たのか? 屍の山をいくつも築きあげてきたあまり思い上がっただけなのか? そう大きな疑問がよぎり、内心気が気でないでいた。


「ええっと、ユロクさん、とりあえず……頑張って下さい。へへっ」


 やはり無言で聞いていたハグたんは、影を薄くして抜き足差し足の姿勢に入るものの。


「明日はログインできるかね? 可能であればだが、ハグたんと友人達も討伐作戦に協力して欲しい」

「あひいいいっ!? わっ私が討伐なんて出来るわけがあああっ!」

「い、いや出来ればで構わんのだぞ! パトロールや情報提供だけでも十分有り難い!」


 ハグたんはイエスと言うつもりがなかろうと、自分に頼まれてしまえば――協力を要請されるほどの大事になってしまえば、ノーセンキューとでも言えたはずの口が重くなってしまう。


 かくして第三の街は、プレイヤー同士ルール無用の熾烈を極める争いが起ころうとしていた。

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