33話 ダンジョンと罠
翌日、気分屋マサムネの発案により、レベリングや資金稼ぎのため実入りの多いクエストを受注する。
内容はミノタウロス3体討伐。このモンスター達は能力こそ厄介なものは持たないものの、シンプルに攻防共に優れた武闘派。
しかし、そのモンスターの生息地は、普段野外で狩っているモンスターとは一味違うのであった。
「どうハグたん? こわない?」
「もう少しハグさせて下さい……」
街の遥か西側、通称『わななきの洞窟』と呼ばれる“ダンジョン”。
岩肌をくり抜かれて造られた入り口を4人は通り、閉鎖感のある通路の探索を開始する。
フィールドとダンジョンの主な違いはいくつかあるが、特筆すべき点こそ今回突入したダンジョン内に無数にある。
「やべっ、なんかカチッていったし。絶対なんか踏んだし! なんなんなんなんほげぇ!」
突如としてマサムネの頭上から降ってきた大きな石が脳天直撃。マサムネは10の固定ダメージを受けた。
「わわっ! マサムネさん大丈夫ですか!」
「貴様、その危なっかしいほどにそそっかしい癖を今すぐ何とかせよ」
「そうよ、罠に踏み入る夏の虫なんてパーティ全体の足ごと引っ張るお邪魔虫よ」
ハグたんだけは思いやる心の持ち主なのが伝わるが、他はみな口々にマサムネを容赦なく扱き下ろした。
マサムネが誤って踏んでしまったものこそ、落石の罠が作動するスイッチ。10の固定ダメージを与える危害に加え、当たった箇所にタンコブを作るという見た目以外どうでもいい効果ももつ。
「ねえねえ、なんかウチが馬鹿みたいになってるけどさ、ウチが最前列で歩いてるんだかんね」
「フッ、我らの中で最もしぶといのが貴様だ。ハグたんの身代わりとなった名誉の負傷と解釈せよ」
「確かに? 10ダメのかすり傷でもハグたんには即死トラップだもんね。あ」
またしても、カチッと音が鳴った。
この世界の罠は、基本的に踏んでしまったと気づいた時にはもう回避不可である。
マサムネめがけて降ってきた落下物は石でも岩でもなく、銀色の光沢が眩しいタライであった。20の固定ダメージを与える。
「ほげえっ! いやなんでこっちの方がダメージでかいん」
「あぁう、マサムネさんがまたタンコブをぉ……」
「ちょいちょいハグたんもなんか踏んでるし!」
気を取り直したマサムネがすぐさま指をさして注意したが、このパーティで特にどんくさいハグたんには後の祭り。
「ひゃっ! つめたっ……」
「あぁ〜やっちゃったっすね」
撒き水のトラップ。天井から汚水を被ってしまったようだ。
ダメージは無くただそれだけと、何だかちびっ子向けの情けを感じさせるが、水に触れると自爆が封じられるハグたんにとっては有害でしかない。
ダンジョンでは、兎にも角にも罠の存在がスパイスだ。
まるで人為的に置かれたような機械仕掛けだが、その実体は単に自動生成システムで生まれたものなので位置も把握しにくく、いざ踏んでみるまでは足場の表面に偽装されている。
一応、体重をかけすぎないよう床を払えば罠は発見できるが、モンスター蔓延るこの場所で悠長なことをしている暇は少ないだろう。
そこで罠の探知、解除の能力があれば安定感も確たるものになるが、ハグたんパーティにはそのような都合の良い能力など持ち得ていないので。
「災難だ……毒ではないとはいえ、粘っこいものが口の中にまで入ってしまうとは」
トリモチの罠によって身動きがとりにくくなってしまったクロが呻く。
時間の経過で剥がれ落ちるのは救いか。
「っと、不幸中の幸いってとこね。このあたしじゃなければ危なかったわ」
「ここまで来て分断など洒落にならぬからな――こらマサムネ、舌打ちが聞こえたぞ」
踏んだ一人を下の階へ突き落とす落とし穴のトラップをマリーが作動させてしまったが、しかし操り糸に繋がっている人形達4体が引っ張り上げで脱出。
カムイの能力によっては罠への対処も十分可能なのだ。
「ひょええっ! 体が勝手にいいいっ!」
「ヤバいヤバいヤバいってこれ! ハグたんに殴られたら死ねる! あのSTRじゃ死ねる!」
踏んだ者の操作を奪い、暫く敵味方関係なく襲いかかるようになるバーサー化の罠なんてものまで。
豊富な種類の感圧式トラップが侵入者を苦しめ慌てさせる。ものによっては壊滅まで一直線ともなろう。
ただし、脅威を被るのは誰だろうと人でなかろうと平等だったりする。
「みんな、モンスターよ! このあたし達の目標のじゃないみたいだけど」
「はぁつまんね。こちとら無駄に消耗してばっかなのに」
錆びた剣やら斧やら、かつて殺傷力のあった武器を掲げて動く骸骨こと、ボーンソルジャーの群れにエンカウント。
先頭のマサムネへと殺到し、年長3人はその場で迎撃の構え、まだまだ幽霊を怖がる年頃のハグたんはマリーにハグしたまま動けなくなっていた。
開戦の火蓋が切られそうになったその時。
4人とも動いてないにも関わらず、カチッというあの音が鳴る。
「ひょえええ……え?」
直後に起こった滑稽さもある演出には、思わずハグたんの震えさえ止まるほど。
何故ならば、モンスター達は大型落とし穴の罠を踏み抜いてしまったため、崩れた地表から全員仲良く下階の底まで転落していたのだった。
「だ……ダッハッハァ! 自分で引っかかってやんの。ざまぁみそらしド〜」
「貴様の手柄ではないだろう」
なお自動生成の罠で倒しても経験値は誰にも入らない。
罠も基本的には一度踏むと壊れて無くなり、また別の場所へ自動生成される。
かくして、この広い迷宮の翻弄され、そろそろ罠にも慣れてきた、あるいは食傷気味となってきた頃。
「ほいほい全員集合! 見てみこれ」
なにか珍しいものを発見したようなリアクションだが、マサムネの目線は床を向いていた。
一見乱雑に設置されてそうな罠にも、実は序列がある。出やすいものから、滅多に見かけないものだってある。
「ふむ、この罠は初見だな」
「だけど、見つかったなら踏まずに進めるんですよね」
神であれ罠であれ、触らぬ限り祟りなし。
ほっと安堵の息をもらすハグたん達だが、マサムネの思惑はそれとは異なっている。
「いんや踏むよ。ほいカチッとな」
「アホか貴様!! ぬわっ!?」
地面から勢いよく噴き上がった赤く青く黒く、とどのつまり色だけでは何が起こるか予測不能な虹色の煙であるが、マサムネのみならずパーティ全員を包み込む。
まさかの裏切り同然の行為により、逃げる間もなく毒々しい煙を吸い込んでしまった4人。
その煙が晴れた頃には、4人とも実にユニークな異変がその身に起こっていたのだ。
「しゅげぇ〜、おもすれぇ〜。これでウチもモフモフのプリチーになったぜい!」
わざと罠に引っかかった上に全員を意図的に巻き込んだマサムネが、無神経にも歓喜の声をあげていた。
「何がおかしいのだこやつめ……ってまさか、マサムネなのか!」
「そうだワン! いやワンはベタすぎかなぁ」
目の前にいる銅の鎧を着たこのボストンテリアの小型犬が、クロが毎日のように聞く幼馴染の声で人語を話しだしたのだから。
状況がまだ飲み込めてないクロだったが、なぜだかいつもよりも目線が低いことに感づき始める時には。
「クーちゃんはまさかのクロネコちゃんになってるじゃん! 大人の色、セクシ〜」
「ネコだと? また訳の分からぬ冗談を……っと!」
冗談口調のマサムネの言葉は何一つ冗談抜きであった。
フードを被った装備はそのまま、しかし全身を黒い体毛で覆われ細長い尻尾まで生やした成体の猫が、クロ自身なのだと認識する。
マサムネとクロが変化したということは、無論マリーも同様に。
「ほんとムカつく、なんでこのあたしまで巻き込まれなきゃならないのよ」
「マリーなのか!? そなたは兎にされたか、イメージ通りだな」
ベージュがかった体毛のウサギが起き上がる。そのフリル満点のロリータファッションを貫通する丸い尻尾、その上品さは獣になっても健在だ。
「プッギャーブブブブ! マリっさんがラビっさんになってやんの。ざぁぁっこ! 丸焼きの塩漬けにしたらゲロウマそう〜」
「ブタみたいに笑うなツバ飛ばすな! こいつワンちゃんになっても可愛げないわね!」
別人、いや別の動物と化した自分という常軌を逸した状況だが、段々と受け入れはじめている3人。
次に、おそらくこのダンジョンで最も珍しい罠である変化の罠のガスを浴びてしまったことにも把握した。
毛むくじゃらとなってもなお、どれも二足歩行で滑らかに口を動かしている姿は互いに見ていてつい可笑しくなり出し、そして思い思いに動かしてみて楽しんでいたところだったが。
「今更だけどさ、ハグたんいなくね?」
「ちょっハグたん迷子になってるの!? えっええ、これまずいんじゃない!」
「こんな素晴らしい……ではなく面妖とはいえ転移などはされぬ。落ち着いて探すぞ」
ガスで一時視界を奪われていたのだ。、首をキョロキョロ動かし、鼻を動物っぽいことをしている時に。
「ここ……ですぅ」
ハグたんの発した声は、マリーのコルセットの中からだ。
「ねえハグたん、もしかして小さい動物とかの類になっちゃったのかしら」
「ええと、あっマリーさんそんなに頭動かさないで下さわあっ!」
そこには、ずんぐりとした体格に米粒程度の尻尾をもつキンクマハムスターが転がり落ちていたのだ。
そうとも。小動物のヒロインことハムスターと化したハグたんが尻もちをついていた。
野生で暮らしていれば真っ先に淘汰されてそうなそんな姿を目にした動物女子3人はというと。
「「「かわいいいいいいっ!」」」
この異様な状況を忘れて両目を眩しく輝かせていた。
「や、やめて下さいそんな……みなさんの方がかわいいですって!」
「ハムたんだハムたん! きゃわいい通り越して美味しそうなんだけど! どやんすか、ウチの口の中に住んでみない?」
「その姿では冗談になってないぞ貴様! それでどうだハグたん、我の肉球触ってみぬか?」
最早これ以上の率直さが無いほどに骨抜きだ。なおクロの肉球の片方はマサムネがねっとりとした手つきでマッサージという体で堪能していた。
そんなハグたんのモテ期が到来した愉快な状況だが、急に横から割り込んだマリーが毛に覆われた両手でハグたんを掬い上げると。
「決めたわ。この子は、このあたしが大切に育てる。大きくなっても飼ってみせるわ!」
「私ペット扱い!?」
ハムスターの小ささと手元で震える愛くるしさには、マリーが一番首ったけとなっていた。
そんなハグたんを微笑ましく見つめるマサムネだが、どうやらハムスターにはただならない思い入れがある様子。
「いいよねぇハムスター、ウチの爺ちゃん家にもハムスター二匹いたんだよねぇ。どっちも雌で、ハルヒとあまねって名前で、ウチの指に噛みつきまくる凶暴なやつでさぁ」
「なんとなくだけど、あんたのことだからどっちも雌につける名前じゃない気がするわ」
「あはは……それでこの状態、いつ元に戻るんですか」
体に不便を感じ始めたハグたんが呈した一言。
何となく皆あえて避けていた話題であり、されど口に出したということでもう隠すわけにもいかなくなり、発端となったマサムネが目を逸らし出す。
「……あと10分くらいこのままっぽい」
「は?」
「しかもケモ化してる間ステータス3分の1」
「は??」
「いやぁ〜ダッハッハ! きっとなんとかなるなる!」
殺意すら込められた2人分の圧をかけられたせいで、もはや笑って誤魔化すしかないマサムネであった。
象や馬のような見かけから戦闘能力のありそうな動物に変化しないのも、結局はどこまで行っても凶悪なる弱体化をもつ状態異常付与の罠であるということ。
全員言いにくくなるのも、訊きにくくなるのも無理はない。
「喧嘩よくないですっ! どうにか10分間、頑張ってモンスターに見つからなければいいんですから」
「一理ある。ここはハグたんに免じよう。だがマサムネ、もしこの10分間で敵とエンカウントした時は……肉球ではなく爪だぞ」
「猫の睨む目って、なんかこわいっすね」
気圧されたマサムネは「クゥーン」と犬のつもりで小さく鳴いた。
そうして7分ほど経過し、意外と何事もなく過ごせていると思い始めた時。
「ほら言わんこっちゃないわね!」
「よりにもよってクエストの討伐対象とはな! マサムネ、貴様が責任をとれ!」
「ごめんしゃい〜」
まさしくその特徴に合致したミノタウロス3体が通路の奥から襲撃してきたのである。




