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31話 それぞれの家族

 ある日、彼女は月に一度の恒例事業、パパの住む実家へと行く。


 果てしなく長い新幹線の旅ももう慣れっこだし、たとえ地球の裏側に引っ越そうと苦ではない。


 最初は恐る恐るだったインターホンを押す右手も、今や鼻歌をならしながら躊躇いなく手を伸ばせるほど。


 だったのだが。


「どちらさまでしょうか」

「えっ、誰なの……」


 そこに現れたのは、愛しのパパではない。

 ストレートの黒髪が風になびく凛々しい顔つきの女性であり、彼女には面識もない相手。


 思わずネームプレートをもう一度確認するほど動転し、その結果やはり実家を間違えたわけではなかったため、状況が読みこめずにますます困惑するしかなかった。


 お互い二言目が出ないまま、次に現れた人物は。


「あっと、直江が来てたのか。ちょっと代わってくれないかな」

「あなたのお知り合いの方ですか? ならいいですけど」


 奥から自分が探し求めていた声の主が登場し、謎の女性を居間へと戻させて

 いつもの2人のシチュエーション。


「パパ、さっきの人って一体誰なの」

「ええっとだ……怒らないで聞いてくれるかな」

「パパに怒ることなんてないわよ。けどあたしはすぐに知りたいの、もうあたしだけ悲しくなる隠し事されたくないの!」


 投げかける言葉に反して、胸中では孤独で寂しかった時間がフラッシュバックしており、されどこみ上げる感情を1秒でも長く押し殺す。


 離婚騒動を隠し通せるほどには秘め事が上手いパパではある。

 それでもあの時とは違い、前もったタイミングで告げられただけまだ改善されたとはいえようか。


 娘の内面を悟ったパパはもう焦らさないと、怒鳴られる覚悟を決めて真実を告白する。


「隠すつもりじゃなかったんだが……パパはね、実を言うとさっきの人ともうすぐ再婚するんだ」

「え……!?」


 それは彼女にとって青天の霹靂となる一言。

 母が離婚を切り出した時以上に震撼させたともいえる。


「だからその、なんて言ったらいいのか……これからはパパの家に遊びに来るのは……じゃないな。パパのことは気にせず、直江は直江の好きになった人に時間を注いで欲しいんだ」


 そう娘を思うあまり却ってバツの悪く言いづらそうな顔をして告げたのだ。


 パパはもう、離婚のショックから立ち直っていたのだ。

 あるいは、押しかけ女房同然となった娘を見て自身の現状に焦燥感を覚えたからか。少なくとも、彼女がイメージしているよりもパパは大人らしく心が強くあったのだ。


 それに対し、かくいう彼女など『パパのため』だの親孝行なお題目をつけては結局自分の方が寂しさを紛らわせたいためにここに来ていただけだと。

 周囲の人間を振り回すほど我を尖らせていただけだと、浅ましさに気付かされる。


「パパ……なんで……」


 最初に嫉妬心が現れた。


 自分だけがパパを守って幸せに出来るという独占欲の発露か。

 パパを誑かしたその女に対し、暴力的なまでのどす黒い衝動がぞくぞくと湧き上がる。



 だが次に独占欲を超えて現れたのは、彼女の軋む心を割れないよう抱きしめてくれた、友情。


 彼女はついこの前までのように孤独ではない。

 何故なら、ハグたんという気の置けない大切な友達が出来たから。


 パパだけではない、もっと大事な存在を、それ以上の人をきっとこの先何人も作れるだろう。


 もうこんな遠い田舎町の一軒家まで足を運ばなくとも、ログインするという簡単な手順だけでその友達に会える空間へと赴ける。

 これまで地獄の責め苦を味わう舞台だった自室でも、母と距離を置いて安らげる世界へ行くための控え室と前向きに捉え出せている。


「なんで……じゃないわよね」


 そう胸のすく思いと共に、この事態を喜べる現実として受け入れた。


 かつて自ら背負った苦痛を抑えながら父への愛を形作っていた娘は、今や何にも拘束されない幸せの第一歩を踏み始めている最中。


 だから彼女は、微かに滲む涙を飲み込み、一切の演技も取り繕わない満面の笑みを露わにし。


「結婚おめでとう! そんなパパが大好きよ!」


 過去を乗り越えた自慢の父を祝福し、小指同士を繋ぐ赤い糸に操られし役割(ロール)に終止符を打ったのだ。



○○○



 ハグたんらパーティは第三の街・スカラベグラベルに到着し、翌日に改めて細かな散策を開始。

 砂漠地帯に合致したアラビアン情緒を押し出した景観に見惚れていたが、慣れてくると段々と不満が噴出してゆくもの。


「暑苦しい都市に暑苦しい馬鹿。あぁほんとうんざり、美容に甚だ悪影響しかないところね」

「んだとぉ!」


 暑苦しい馬鹿という単語に反応した暑苦しい馬鹿ことマサムネは、わざと聞きとりやすい声量で陰口をこぼし始める。


「マリっさんのヤロー、ぜってぇ分からせてぇ〜。チン◯生やしてからハサミでちょん切って分からせてぇ〜」

「なんなのよその下品な上に想像だけで痛くなる発想!?」


 確執を埋めても、やはりこのコンビに喧嘩は絶えない模様。

 ただし少なくともマサムネの方は、先の騒乱で流石に懲りたところがあるので、マリーの一線を踏み越えないよう言動に注意を払っている。


 ところがだ、マリー側はマサムネの踏み越えてはならない一線をまだ知らない。


「はぁ、ほんとどうして口が減らないのかしら……あんたのパパとママの顔が見てみたいわ」


 そうマリーはため息交じりで、何気ない軽口のつもりで零した苦言だった。


 すると、これまでマリーを小馬鹿にしてばかりだったマサムネの形相がみるみる内に般若の如き怒り心頭へと変貌していたのだ。


「ぶん殴るぞてめぇ! ウチは爺ちゃんの子供だ! あんな親失格のしょうもない顔なんかどうだっていいんだよ!」

「えっ? あっ……?」


 発言一つ一つが鼻をほじりながらしてそうなおふざけを旨とするマサムネにしてはあまりにも直接的な言葉遣いであり、冗談ではなくマリーの顔面に拳を入れられそうなほどの凄み。


「その、ごめんなさい……」

「へんっ!」


 一線を踏み越えた失言をしてしまったと、マリーはただ萎縮して謝罪の意を示すしかなかった。


 それから少しして、マサムネが場を離れたところを見計らってマリーはクロへと訪ねに行く。


「ねえクロノ、あんたあいつと幼馴染なのよね。『爺ちゃんの子供』って言ってたけど、それなら親御さんはどうなってるのよ」


 マリーの声には一抹の不安が入り混じっていた。

 馬鹿だと見下してズバズバと物を言いすぎたことへの反省もあるのだろう。


「訊いてしまったか……よいか、これよりの事はマリーが友達だから腹を割って話せるのだぞ」


 ハグたんを預けられるほどの信頼関係にあたり、そろそろ情報共有してもいい頃合いだと、クロはその場で幼馴染についてを語り始めた。


「おおかた察しのとおりだろうが、マサムネは両親共に他界している。どちらも過労でだ」

「ちょっとそれ本当なの!? そんな重いこと知ってさえいれば、あたし……」

「あいや、気負うな、そこまで悲しい話ではない」


 大人ぶってもまだまだ青いマリーを気遣うように制する。


 そしてクロは、より具体的な部分を掘り下げ始めた。


「元々あやつの両親は仕事の都合で家を空けることが殆ど。だからあやつは両親よりも祖父の元で育った日数が勝る、それだけの話だ」

「つまり生みの親よりも育ての親ってわけだったの。なんとなく分からなくもないけど」

「あのちゃらんぽらんでグレている人格も、あやつが慕う祖父の影響で色濃く形成されたに過ぎない。両親の訃報を耳にした時よりも、祖父が体調を崩して庭で倒れた時の方がショックが大きかったほどにな」


 無遅刻無欠席が取り柄の幼馴染が、その一件で1週間ほど登校しなかったという衝撃はクロの脳裏に鮮明にこびり付いている。

 なお祖母はとっくに亡くなっているため、祖父こそがマサムネの最後に残る身内だ。


「一命こそ取り留めたのだが、最終的に入院生活を余儀なくされている。だが今や、退院より先に終わりを迎えるほど余命幾ばくもないそうだ」

「そう……あんなやつにも、誰にも代えられない家族がいたのね」


 聞けば聞くほど、軽率さが過ぎた自身の言動が罪深く思えてくるマリー。

 自身も家族関係で根深いものを抱え込んでいたが故に、軋轢が薄まるほど共感を禁じ得ない。


「あやつはああ見えて寂しがりだ、されど長くない内に心の拠り所を一つ喪うだろう。だから我は、たとえあやつが外道に手を染めようとも、せめて我だけは味方であり続けるよう善処しているのだ」

「そうだったのね。クロノのこと、ちょっと誤解してたかも」


 せめてもっと早く知っていれば……だがゲーム内でリアルの詮索など無粋にあたるだけなので、自分からは避けて通るしかない。


 自分にひたすら意味もなく突っかかる血気盛んな奴だとしても、ここまで聞かされれば心境ではハグたん同様の気の置けない友達として認めつつあった。


「まあ近頃は我の家に居候してばかりだがな。フッ、我とあやつの親同士も幼馴染であるが故、食事も用意して盛大に歓迎されている」

「いや図々しすぎないかしらそれ!? このあたしが知らないだけでそういうのって訳なくあるわけ!?」


 マサムネの歌舞伎っぷりには猛烈な勢いでツッコミするしかない。


 そういうことなので、普段マサムネはクロの部屋からCCOにログインしている。流石に機体は自費で購入したものだが。


「忘れ形見だとしても、クロノのパパとママどっちの幼馴染か知らないけど、あの腕白を預かるなんて大した器の広さね……」


 肩を竦めてこれまた何気なくため息。


 だが、地雷とは須らく思わぬところにこそ潜んでいるもの。


「パパとママ? 否ッ!!」

「いっ!?」


 突然クロが怒鳴り声をあげ、マリーは前述のことも相まって思わず黙りこくるほど気圧される。


 とはいえそうではなく、クロが妙なポーズを取りながら凛々しく口を開く。


「母3人が幼馴染ぞ! 我こそは母と母の娘なり!」

「えぇ……あんたの家庭も結構珍しいとこなのね」


 立て続けに意外性が盛られた事実を告げられたために、マリーは自分の抱えてる家族問題がちっぽけなもののように思えてきていたのだった。


 そうして、マリーはここまで一切茶々を入れず影薄く聞きに徹していた友達へと目を向ける。


「まさかハグたん、このパターンだとハグたんの家族もやんごとない事情があったりするわけじゃ……」

「えっと、お父さんもお母さんも元気です、仲良しです」

「そ、そうよねぇ。そんな複雑な家庭しょっちゅうあるはずないわよね! あたしったらなに詮索しちゃってるのかしら」


 流石に不躾が過ぎた言動を誤魔化す。しかし居心地悪そうにしょんぼりし始めたハグたん。


 その不幸で結ばれた蚊帳の外な様子を見てられないと、マリーは胸の辺りでハグたん顔を覆うように抱きしめ。


「ハグたん、パパとママを大事になさいね」

「はっはい。えぐっ、お父さんもお母さんも……ひぐっ、だいじに……」

「ちょっと、急に泣かないでよ! お涙頂戴のつもりで言ったわけじゃないんだから!」


 まだまだ感受性豊かで影響を受けやすいハグたんの年頃。何故だかもらい泣きしているマリーもいた。


 ハグたんは次にログアウトしたら、たとえしたくても叶わない皆の分まで親孝行しようと誓うのであった。

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