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21話 頭脳戦の決勝戦

「つまり私は、2人同時に相手しろってこと!?」


 そう理不尽な現実に声を上げたハグたんであったが、その内心は意外にも予測の範疇だったりする。


 試合前、マサムネから伝えていたのだ。「初手は絶対にハグたんだけが狙われる」と。


「本当にマサムネさんの言う通りだった」


 クロよりも知的な印象が薄かったマサムネの評価を上方修正する。

 相手二人が共闘の密約を結んでいるのが合法なら、ハグたんだってマサムネの知恵を借りるのは卑怯にはあたらない。


 一安心したのも束の間、弓使いは別の矢を弓に番えている。


「2度目の正直だ。射る」

「ひいいっ! はっ走らなきゃ!」


 そのため、ハグたんは動く的となって照準から逸れるために疾走を始めた。


 もちろん闇雲に逃げるために走っているわけではなく、矢による遠距離攻撃を戦略的に躱しやすいルートを選んでいる。


「わわっ! よかった、これも避けられて……」


 第2射も矢の軌道をよく視認してから躱し、ほっと安堵しながらも引き続き走る。


 ハグたんが走っていたのは、バトルフィールドの外周スレスレの白線。

 つまり弓使いからの距離が最も遠く、それだけ放たれた矢がハグたんに届くまでのタイムラグを要す。

 だからハグたんは、かなり危うかったが射撃を見てから避けられたのだ。


「なあお前、弓矢がカムイってんならよ、速射とかホーミング系のアーツでも使えば瞬殺できるんじゃねえか?」


 とはいえそれはアーツを介さない場合での話。

 もし剣使いの言うアーツでも発動されればジエンドだろうが、それが決して起こり得ないこともマサムネは理路整然と解説していた。


「お前を射る用のアーツをあんなんに使えるか。そっちこそさっきの衝撃波をもう一回ぶっ放せば仕留められるだろう?」

「あれはお前を斬る用、と、そっくりそのままお返しするぜ」


 まるでお互いに牽制しあっているかのような口ぶり。

 彼らとて力のみならず狡猾さも持ち得ているからこそ決勝進出者。自分だけが獅子搏兎役を買って出るほどお人好しではない。


 確かに紳士協定を結んではいるものの、どちらも見据えているものはハグたんではなく共通目的を達成した直後。たとえハグたんを確実に仕留められるアーツがいくつあったとしても、なるべく余力を残したいため使おうともしないまま。


 だから、爆弾処理に本腰は入れないというマサムネの予測は的中。「当たればラッキー」程度の妥協の攻撃しか飛来しないでいるのだ。


「ひぃぃ、って言ってないでそろそろ動き出さなくちゃ……」


 矢の軌道に目が慣れてきたハグたんは、走るルートを少しずつ内側へとずらし始める。


 それは渦巻きのように、蚊取り線香のように。段々と相手選手のいる中央へと迫ってゆく。


「なあ、あいつなんかさっきより近づいてきてねぇか?」

「おい、一旦退がるぞ。あれは何か目論んでいる目だ」


 その接近に相手選手が把握し危機感のあまり左右へ離れた時こそ、ハグたんがアーツを発動する絶好のタイミングだ。


 無論、文字通り自滅となる【自爆】などではなく、HPを半分削って目眩ましをするためのアーツ。


「アーツ名は確か、爆弾さ……じゃなくて【爆煙幕(バックダンサー)】!」

「なぬ……っとなぁんだ、ダメージ無しのコケ威しじゃねえか」

「なんだもかんだもあるか、俺達はあいつの領域にまんまと引きずり込まれたんだぞ」


 バトルフィールド全体は、ハグたんが何となく色を指定した可愛らしいピンクの煙幕に包まれてゆく。


 相手選手2人もアーツ使用者のハグたんも、色はともかく一寸先さえ見通せない煙幕の中に囚われていった。


「やべぇぜ、俺はあいつを見失っちまった。どうすんだ」

「足音で位置を割り出す、だからお前は一歩も動くな。間違って射抜かれたくなければな……」


 あくまで将来的な敵であると示唆しつつ、弓使いは己の耳のみでハグたんの位置を割り出そうと物音を消す。


 彼の聴力の精度こそ可もなく不可もなく、素の人間相応でしかないが、ほんの微かな音でも聞こえたのなら誰彼構わず即座に狙撃する体勢だ。


(次のやること……次のやること……)


 ハグたんは声を塞ぎ、極限状態で飛び上がりたい気持ちを堪えて一歩も動かないでいる。

 これまでが『動』の作戦だとすれば、ここからは『静』の作戦だ。


 相手選手2人の大まかな位置は掴んでいるため、ハグたんとしてはレンタル槍を片手に不意打ちを狙いたいところ。


 しかし静寂なる空間での足音とは案内響きやすいものだ。攻撃範囲内までに弓使いに察知されて射抜かれるリスクをマサムネは予見している。

 かといって一気に近づいてしまえば剣使いにまで足音を拾われてしまい、迎撃で相打ちとなって弓使いだけが笑う結果にされかねない。


(そうっとそうっと……)


 そこでハグたん、あえて後ろへと進む。


 抜き足差し足で、倒すべき相手選手から段々と遠のいてゆく。一歩目さえどうにかなれば、あとは足音も遠のける。


 これらは、折角張れた煙幕が無為に晴れるまで時間を浪費しているのではない。

 静かなる膠着状態打破の鍵となる()()()()を拾いに行くためだ。


(あった、矢だ!)


 それは、当たり損なって儚くも地面に転がっていた木の矢、1本だけ回収する。


 この次の作戦は、たった1本の矢だけを使い、三つ巴の均衡を崩すための一世一代の賭けである。


「届きますように……」


 弱気からではなく敵に聞き取られないように小声で、祈るような面持ちで、その矢を天空へと放り投げた。

 放物線を描いて落ちてゆく先は。


「まだか、まだ撃たないのか。疑ってるわけじゃないが、俺じゃなくてちゃんとあいつを探知してるんだろうな」


 煙幕で様子が見えないが仮に移動していなければ剣使いがいるであろう場所。


「うおっと! なぬ、なんだこれ?」


 ところが、矢は剣使いの肉体に命中せず、響いたのは地面につき刺さる音。


 唐突に空から落ちてきたものを、不思議そうにしながら剣使いに拾われる。どうやら矢は、剣使いからあと数十センチ前といった場所へと着地してしまったようだ。


「だけど……これでいいんですよね」


 ノーコンな投擲に失敗どころか、むしろ大成功をおさめたようにガッツポーズをとる。


 投擲武器をレンタル槍にせず、わざわざ矢を拾いに行ってまで選んだのは、目先の1人へ中途半端にダメージを与えることではない。


「報告しろ、あいつに何をされた!」

「しらばっくれるなよ……この裏切り者がああああ!!」


 突如として剣使いが激昂し、弓使いへと吶喊しながら駆ける足音がこの場に伝わる。


「何で俺を攻撃する!? まだ不戦中だろ! まさか魅了状態でもやられたか!」

「裏であいつと組んでやがったなテメェ! だから弓とか使う輩は陰気臭くて敵わねぇなぁ!」

「訳のわからんことを……そっちがその気なら、もう射るのに躊躇う必要はないな!」


 全身全霊で剣を振るう音と、弓を引き絞って応戦する音の2つが激しく交差する。


 ハグたんの投げた矢は選手にこそ当たらなかったものの、選手同士の捨て値同然の絆を完全に断ち切ったのだ。


 勝つべき敵だとしても、自分の手で仲間割れさせることには罪悪感はあった。

 だがそれ以上に花を咲かせたのは、事が巧く運んだ『成功体験』と、最後の一歩のとこまで近づいた『優勝』を目指す意思。


「皆さん、私のためにありがとうございました。私、優勝してきます!」


 そう観客席を一望し、か弱い自分を支えてくれた人物達に感謝を捧げる。

 必勝の作戦を立ててくれたマサムネへ。

 未来を見据える大切さを説いてくれたクロへ。

 「最後まで諦めてはならんぞ」と思いもしなかった方向へ視野を広げてくれたユロクへ。


 さてマサムネの作戦はここまで。

 あとはハグたんの度量次第で行方が左右されるだろう。


「こんなザマなら……本当にあいつとも組んどくんだった……」

「ザマぁねえな! 裏切り者には死あるのみ!」


 選手2人の憎しみの対決、本来行われるはずだった決勝戦の実質的な勝敗は、やはりというべきか不意の接近戦に持ち込んだ剣使いに軍配が上がったようだ。


 ただ傍から見れば自分が裏切っているなど夢にも思わない剣使いは、その弓使いに視線が釘付けだ。



 これからつくのは、三つ巴の戦いの決着か、否。

 笑い泣き怒り喜び驚愕に絶望し、沈みきった底の底から這い上がったこのトーナメントの終止符。


「すみません! 倒されて下さい!」

「うぐっ! そんなぁ、ヴァカな……!」


 ハグたんの槍が、その無防備な背中を薙ぎ払う。


 槍は穂先で攻撃しなければダメージは半減してしまうのだが、ハグたんのSTRの高さにおいては、矢をいくつか射られて手負いの剣使い相手には、不足のないダメージを与えられた。


『バトルトーナメントブロンズカップの優勝者は……ハグたん選手に決まりました! 皆様、盛大なる拍手を!』


 会場全体の観衆からどっと湧き上がる喝采。目眩もする数に色とりどりの紙吹雪が試合結果を祝福する。


 2対1の数的不利な開始から、頭脳一つでその不利を有利へと逆利用するしたたかさ。ハグたん独力では成せなかった、『友達』に支えられて得た優勝。

 勝因としては、まさにパーフェクトと評するしかないだろう。


「ばんざぁい! ハグたんが優勝だぁ! でへへぇなんか自分の娘のことみたいに嬉しい嬉しい!」

「誰との娘だ! だがハグたん、弱気が服を着て歩いているだけだったそなたが大したものだ。ここにいる誰よりもな!」


 観客席から固唾をのんで見守っていたマサムネもクロも、友達が成し遂げた偉業には感極まり、身を乗り出しながら祝辞を盛大に叫ぶ。


「……これが、ユロクのあんちゃんが言ってた『爆弾のカムイ』を使う新規さん?」

「そのはずだったが……流石の儂でも、カムイをほぼ使わずに優勝するほどとは思わなんだか……」

「うんにゃ? むしろ評価するべきニャン? カムイ無しでも結構やるもんだにゃって」


 観客席の目立ちにくい最上部でハグたんの基礎的な実力さえも認めた2人だったが、突発的にチャット欄に舞い込んできた任務のためにこの場を後にする。



 そしてハグたんは重量感のある金のトロフィーを両手で譲り受け、優勝者にしか足をかけることの許されない壇上へと上がった。


『優勝者のハグたん選手、何か一言ございませんか?』


 何か一言、もちろん自分の意思で予め決めていた。


「私と、友達(クランメンバー)になって下さい!」

 長い戦いだった……

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