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1話 ぼっち・ざ・ろぐいん

 神威の正式な英字はKamuiらしいですが、アイヌとは無関係なのと語感を優先してCamuiということにしました

「ハグたん! 一緒に帰ろ!」

「ひゃっ!?」


 下校時刻となったとある小学校で、同級生の女子生徒に不意に声をかけられたために飛び上がってしまったハグたん。

 ハグたんとは、ひどく猫背で前髪が目にかかるほど長いその生徒の本名、ではなくあだ名である。


 そんなハグたんは、まるで札付きの不良に絡まれているかのような怯えようのまま。


「ええっと、掃除も終わったので……さよならっ!」


 そう言って、ただ下校するだけなのに突風が通り過ぎるかの如く廊下を疾走して消えていった。

 残された女子生徒は無理に追わずその場で独り言ちる。


「ハグたん……なんでいっつも一人でいようとしてるんだろう」

「やめとけ! やめとけ! あいつは付き合いが悪いんだ!」


 そう横合いから、顔はニヤニヤどこかうずうずした様子の男子生徒が現れる。

 彼はこの女子生徒やハグたんと同級生なだけで友人でも何でもないのだが、彼にとって生きがいでもあるハグたんの説明が始まった。


「あいつの名前は『吉川(きっかわ)作吉(さよ)』12歳。授業はまじめでそつなくこなすが、今ひとつ情熱のない生徒……悪いやつじゃあないんだが、これといって特徴のない……影のうすい生徒さ」

「あんた誰だし」


 誰も求めてないことを話されたのだから、至極真っ当な反応だった。



 ともかくとして、友人や恋人などといった待ち合わせもなく、他人との交流を神経質なまでに避け、一人ぼっちで下校する。

 これがハグたんの日常、そして非日常はここからだ。


「へへ……うへへ。早く帰って、宿題終わらせて、CCOするぞぉ」


 桜の花びら散り落ちる並木道、道行く人も二度見するほどのにやけ面だったが、そんなことなど顧みずスキップを踏んでいた。


 ハグたんがこんなにも楽しみにしているそのタイトルこそ、Comein(カムイン)Camui(カムイ)Online(オンライン)。その略称がCCO。

 現代において説明不要の一大ジャンルとなったVRMMO、その中でも最も注目を集めているアクションRPGである。


 王道を往くファンタジーの異世界を舞台にしつつ、少年心くすぐる独特なシステムが功を奏し、発売3年目にしてアクティブユーザー数はぐんぐんと右肩上がりに伸ばし続けている。まさしく衰え知らずの人気タイトルだろう。


 そのゲームがハグたんの今年の誕生日プレゼントであり、12歳のレーディングを越えたためといった理由により、ほんのつい最近始められるようになったのである。


「へへっ、今日はいっぱい友達作れるかなぁ」


 ゲームの世界で自分が大活躍をする妄想を働かせ、羞恥……ならぬ周知の事実となったかのように破顔させた。


 そう、現実の世界ではこれといって特徴のない影のうすい彼女でも、ひとたびログインするだけで降り立てるゲームの世界でなら誰もが羨む最強のヒーローになれる。



 などという甘い夢に恵まれず。



「うわああぁ! またやられたぁ……」


 本作最弱モンスターであるどんぐりこぞう相手に、ハグたんは相打ちとなって倒れていた。


 何か特異なトラブルが起きたなどではない。初めてログインしてから一週間、戦闘する度に大体こうなっているのだ。


 なお、このVRMMOはHPが0になったとしても倒れて動けなくなる仮死状態(アンデス)だけで即座に死亡状態(デス)とはならない。

 10分間このまま放置されるか、1ダメージでも食らうかでデスとなり、直近にいた街の中のランダムな位置でリスポーンされる。

 逆にHPが1でも回復されれば即座に立ち上がって復帰可能。世界観上、死者蘇生といった能力を出さないようにしつつ、倒されたプレイヤーに諦めさせないための措置でもある。


 逆にモンスター側にはこの仕様はなく、HPが0になれば消滅し経験値と化す。

 なので相討ちならば、ハグたんの可能性は潰えたわけではないはずだが。


「お父さん、買ってくれたのにごめん……。私、このゲーム向いてない……やめたい……」


 ハグたんは現実でもゲーム内でも一人ぼっちであった。


 助けてくれる友人の当ては無く、もはや心優しいプレイヤーからいわゆる辻ヒールされるか、新手のどんぐりこぞうに倒されるかしか道はないというつくづく惨憺たる有り様。

 のどかでだだっ広いこのはじまりの草原の段差の影で泣きべそをかく様子もまた、悲壮感に拍車をかけるだろう。


 これが、非日常で活動する彼女の日常。


 ただ、今回ばかりは他生の縁に恵まれたかもしれない。


「おぉ〜みてみて、この子生きてた、昼寝とかじゃなかった」

「当たり前だ馬鹿」


 悲観的な世界に没頭していたためようやく気づいたが、HP0になっていたはずの体が動くのを感じ、2人の少女の声を拾う。


 つまり回復を施されたおかげで復活したのだ。

 まず視界に入ったのは、クールな雰囲気であり目深に被った黒いフードのプレイヤー。彼女が回復してくれたようだ。


「え、えっと……」

「礼など不要だ。それよりもこやつがそなたに用があるのだが」

「そうそう! 早速だけどさ!」


 その隣で、サイドポニーテールを忙しなく揺らす底抜けに天真爛漫なプレイヤーが膝を曲げ、ハグたんとの顔同士の距離を詰めると。


「キミ暇? アタッカーできる? いけるならパーティ申請了承して!」

「はいいいっ!?」

「おい驚かせてどうする。その子、下手なAI生成画像みたくなっただろう」


 単刀直入な質問、だったが元気が有り余る声量だけでハグたんは怖がりすぎるあまり固まってしまっている。

 その様子を気にしないでいるのか、気分が異様に高揚しているプレイヤーはいきなりサムズアップをし。


「よっしゃ! じゃあ仲間入り決定だね!」

「おい貴様、どこに肯定する部分があった」

「だってこの子『はい』って言ったじゃん。だったらよくね?」

「解釈が都合良すぎるぞ貴様! はぁ……そのそそっかしさはいつ治ってくれるのだ」


 これが漫才だったらどちらがボケとツッコミ役かが明白になる掛け合いである。

 それを物珍しげな目で眺めていたハグたん。


「私、このお姉さん達の仲間になっちゃったんだ……」


 初めての体験故に早とちりしたハグたんは慌ててメッセージウィンドウを開き、送られてきたパーティ申請に了承の項をタップしていた。


 なおこの決断は、人がいいのではなく断る勇気がないだけだ。そのせいで得てして厄介事に巻き込まれ、もっと大きな勇気を求められる事態に発展することもしばしば。


「む? 少女よ、何も真に受けるなど……」

「ほら! やっぱりウチが正しいんじゃん。いやぁこんなちぃこい子にもモテちゃうなんて、人気者はつらいねぇ〜」

「あひっ! ごごごめんなさい」

「なんで謝るのさ」


 ハグたんの喉には、謝る言葉が一番上にスタンバイしているために咄嗟のレスポンスになると大体こうなってしまう。


「そんでちっちゃいちゃんのPN(プレイヤーネーム)は……ハグたんって呼べばいいんだね」

「よ、よろしくお願いします……」


 ハグたんは緊張が解れないまま、相手と顔が合わなくなる角度でお辞儀をした。


「オッケオッケ。そんでもってウチのPNはマサムネ。カタカナのマにカタカナのサにカタカナのムにカタカナのネでマサムネ。よろムネ〜」

「はい……はい?」


 それもそうだとツッコミたくなる自己紹介であったが、「はい」イコールYESと捉えたマサムネは左側に一歩ずれる。


「そんで右隣のこいつさぁ、ウチとは生まれた時からの幼馴染なんだけどさぁ」

「……クックック、我が真名を唱えし時、電脳世界は終末の闇に覆われる」

「おうふ、始まっちゃった」


 どういうわけか、自己紹介に入ったかと思えば立ち居振る舞いを豹変させた相方。

 マサムネは幼馴染なだけあって、どうやらこの発作的な現象は見慣れすぎて飽き飽きしているようである。


「母なる空と大地の交わりし凶日、暗闇の胎海に命吹き込まれし我が木偶の肉体――」

「はいはい」

「――怒りの日に簒奪の音を奏でよ、亜世界への門戸に宣告たる音律を待ち侘びよ!」

「へいへい」

「我が真の名は、クロノワール・アートルムネェロ・シュヴァルツブラック96世ッ!」

「トーゥ! こんな寿限無に片足突っ込んでる名前覚えなくてイイんで」


 名乗りの詠唱をキメてご満悦の相方に対しても、マサムネはいい意味でも悪い意味でも空気を読まない。むしろ壊した。


「クロちゃんでもクーちゃんでも好きに呼んどいてね」

「は、はぁ……」


 呼び方などよりも、中学二年生時代が未経験のハグたんにとっては聞いてる方が共感性羞恥に追いやられそうなセンスにはただ混乱ばかりしていた。


 そこにマサムネが更なる混乱を齎す追加情報を持ち寄る。


「でねでね、こいつこう見えて凄いんだよ。だって何を隠そう男の娘(おとこのこ)なんだから!」

「ふええっ!? クロさん男の人だったんですか!」


 言われてみなければ判明もしない盲点には思わず瞠目する。どこからどうみても女性だと、男の娘だと言われようともまだ信じられないクオリティだとも。


 改めて真相を確かめるべく、脂肪の落とされた胸や細くしなやかな足腰をまじまじ眺めるハグたん。


「も、もう一回聞きますけど、本当に女の人なんじゃないんですか?」

「うんその通り! こいつ男の娘キャラってだけでウチと同じゲーマー女子高生だし」

「へっ?」

「なっ!? 貴様、なぜネタバレした!」


 ハグたんの抱いていた疑惑は的中していた。

 あっけらかんと明かしたマサムネもそうだが、自己紹介など記憶の彼方となる紛らわしい、そんなクロの生い立ちはこれだ。


「昔こいつ中二病ムーブしながらゲーム実況配信してたんだけどさ、再生数伸び悩んだせいで実は男の娘って嘘ついたらいきなりバズっちゃったもんだからさぁ、逆にむっちゃビビっちゃって後に退けなくなったワケ」

「待て! 我は配信からは足を洗ったはずだ!」

「いやぁ草生えるよね〜女の子のプライド捨てすぎて。可愛(かわぁ〜い)! もう骨格隠せる服しか着れないやーい!」

「止まれ貴っ様ぁ!」


 こいつだの貴様だの本当に幼馴染なのか怪しくなる二人称で、ハグたんの周りで二人はバターになる勢いで追いかけ回す。


 際限なく続くじゃれ合いのような喧嘩に、埒が明かないと見定めたハグたんは。


「あ、あの、パーティに入ったのはいいんですけど、何を手伝えばいいんでしょうか」

「ん? そりゃあメンバーがどうしても足りなかったからだよ」


 マサムネは羽交い締めされながらも答えを返す。

 だがこのプレイヤー、抱えている諸事情が一癖違っていた。


「メンバーって、倒したいモンスターがいる、とかですか」

「ううん、果たし合いのメンバー」

「……え」


 早くも厄介事の予感しかない単語が飛び出した。

 書き溜め30話ほど有り。

 こんな弱気の擬人化のような主人公ですが、我が子を慈しむような温かい目で末永く見守っていて下さい。

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