8話 一期一会
「それだけ甘くはない難易度だということに……とか脅された気がしたけど、今回もハグたんのおかげで案外楽勝だったね」
槍の穂先が地面に突き刺さったリビングアーマー3体の残骸を尻目に、ハグたんの自爆を運良く緊急回避で躱せたマサムネは膝の砂埃を払う。
「なんだか味気ない気がしますけども、これでクエストクリアなんですよね」
「ああ、あとは無事に生きて帰れば報酬が得られるそうだ」
「ウチら3人だから3等分されちゃうけどね。いやぁ3で割れそうでなにより、お金のトラブルってどんだけ固い友情もあっけなく崩壊しちゃうもんだしさぁ」
「ひいいっ!」
ハグたんが不幸な想像を高速で働かせたあまり悲鳴が漏れたが問題ない。等分して余りが発生する場合、ギルドに寄付という名目で徴収されるため別の意味でトラブルが発生しそうなだけである。
それはともかくして、クロの回復魔法をかけられ、ハグたんは無事に起き上がる。
だがHP0から全回復しているのは、ハグたんだけではなかったのであった。
「……む?」
その起き上がった者達の影は、背を向いているクロを覆い尽くす。
本人は一瞬呆けてしまい、把握した頃には槍先の標的として定まっていたのだ。
「まさか! リビングアーマーは倒れていない! ぐあっ!!」
クロが回避の体勢に入るよりも早く、その体は槍の一閃に貫かれる。
そこに立っていたリビングアーマーは、rebuild・リビングアーマーと名を変え、鎧の破損のためステータスは一回り下がったが、倒された恨みの力で攻撃力が高まった形態変化に移行していたのだ。
「クーちゃん!?」
「おのれ、覚えておれ……この身体が滅びようとも、我は必ずや闇の彼方より蘇り……」
温めておいた捨て台詞を言い終えるより早く、もう一体のリビングアーマーの槍の攻撃により、クロは死亡状態となって消滅した。
これによりクロはデスペナルティとして経験値10%と所持金の2/3を失い、活動範囲の1つ前の街、この場合はじまりの街でスポーンするだろう。
だが依然戦闘中。残された者達は悲しみに暮れている場合ではない。
「マサムネさん! 前、まえまえまえっ!」
「ハグたんめんご、こりゃ避けらんね」
諦めて棒立ちのマサムネもまた、3体目のリビングアーマーによる怨念の槍に心臓もろとも串刺しにされ、HPが0へと追いやられた。
「ぐえっ! つゆとおち、つゆときえにし、わがみかな」
「一句詠んでる場合ですか!? ひょわわ1人だぁ……」
はじまりの草原で1人ぼっちだった記憶がフラッシュバックし、膝が小刻みに震えて立ち竦む。
だが幸か不幸か、敵3体はどれもマサムネのデスを優先したようでハグたんへの注意は向いていない。
猶予が生まれた。もしここで逃げおおせたとしても、単なるリビングアーマーなら倒せているのでクエストは達成されている。
元よりハグたんのとれる選択肢は少ない。故に決めあぐねる時間も少なく、敵よりも先に体と口が動けた。
「ふっ、2人の仇っ! 【自爆】!」
「まってハグたんウチまだ仮死状態だからうぼぉ!」
レベルアップで磨きがかかった爆発力により、rebuild・リビングアーマー達は揃ってポリゴンの粒となって消滅。
あとマサムネも仲良く爆破に巻き込まれて強制送還。
「……私、なにやってるんだろう」
お決まりの自爆の代償に、ハグたんのHPは0の仮死状態に。
満月を眺める以外何もできず、後先考えなかった判断に1人悔やむしかない。
紛うこと無き詰み。回復役のクロがここまで駆けつけるに最低10分以上は要するため、その前に復活待機時間が過ぎてはじまりの街送りは確定されたも同然。
そのはずだったが、捨てる神あれば拾う神あり。
「冷たっ! あ、あれ?」
突然浴びせられた液体に反射的に飛び起き、つまりそのまま立ち歩けられるようになったと発覚する。
濁りのある黄緑色の液体、つまりHPを回復するアイテムであるポーションを体にかけられ、ハグたんはデスペナルティの運命から助かったのだ。
ポーションは通常飲んで効力を発揮するが、効果は半減するが体に注がれても回復はする。
こんな神の気まぐれのような情け深い行為、プレイヤーしかしないだろう。
「君、大事ないかね」
そこにいたのは、カイゼル髭を蓄えた軍服姿の男性が、年季が刻まれた皺のある手を差し伸べていた。
「おおお、お手数をおかけしましたっ! 代金は払いますから、食べないでくださいぃ!」
「それには及ばん、どうせ店の売りにも出せん廃棄品だ」
空になったポーションをヒョイと背へ投げる。使い終えたアイテムはやがてポリゴンと化して消滅するだろう。
「それよりもだ、こんな危険極まりない夜間の森林に1人きりとは、遊び歩いている内に迷ってしまったかな」
「あっ、違うんです。友達が2人いたんですけれども、2人ともモンスターに倒されてしまって」
「そうか、それは気の毒に……助けが遅れてすまなかった」
そう相手に頭を少し下げられれば、ハグたんはしれっと真実を曲げたことについての罪悪感に襲われていた。
仲間のうち1人を自分がトドメを刺してしまったなどとは、それは口が裂けても言えないだろうが。
「儂はこんなところで死者を見たくない。よければだが、君だけでも街まで送り届けさせてはくれないかな」
「あ……では、お言葉に甘えて……」
マサムネ達と培ったコミュニケーション能力で受け答えをする。
まだまだ警戒心が解けない、知らない人には着いていかないという教えがまだ身についている年頃。
それでも、ここで孤独に遭難して確実に死ぬよりかはマシと考え、この見知らぬ男性に一時同行するべしと判断した。
「……ふむ、君のカムイは爆弾のカムイというのかね」
歩いている間、お互い永久に口を閉じているわけにもいかないため、カムイに関する話題に自然と移り変わっていた。
「色々考えてたんですけど、結局これが定着しちゃいまして……変ですよね、格好悪いですよね」
「何を言う! 神威を悪しざまに罵る権利など誰にもない」
どこまでも自己卑下甚だしいハグたんを優しく否定。
「それに儂は、こういう珍しいカムイには目がないのでな、ハッハッハ!」
気持ちのいいくらいに大笑いする男性。
小馬鹿にしているのではなく、好奇心や研究心によるところ、少なくとも邪な気は感じられない。
それに、この男性からは単なる1プレイヤーに収まらないような、ただものではないオーラをハグたんは感じ取っていた。
初心者には手に余るこのエリアを庭であるかのように堂々と歩き、たとえモンスターがハグたんへ忍び寄っていてもこの男性を一目するだけで自ら音を立てて逃げてゆくのだから。
これはモンスターとの彼我のレベル差があまりに広いと起こる現象。第二の街周辺にいるにしては、相当な実力者であることは間違いない。
「ハグたん君――カムイの愛が伝わる良き名だ」
「いや、爆弾のもじりって意味じゃないんですけど……」
「おっと、これはすまない勘違いをしてしまった。いくつになっても、無数の言語を覚えても、乙女心というものは一番の難読文字でな」
その後も男性が訊き、ハグたんが答える。聞き上手の社会人が臆病な子供に対するコミュニケーションとしては上々。
おかげでずっと借りてきたネコみたいな状態だったハグたんでも、知らず知らずのうちに早くも打ち解けていた。
「――そうだったのか! まさかあのリビングアーマー相手に一撃とは!」
「ま、まあその代わり私もやられちゃうんですけれども……え、へへへ」
「いや、君は実に立派さ。たとえリスポーンするヌルい世界としても、人はそう易々と自己を犠牲に捧げられぬものだからな」
「えええ、そんなことないですって! だって私にできることは、自爆することくらいですから」
「何であれ自爆であれ、自分に出来ることを全うするのは誇りある行いだ。自信を持ちたまえ、ハグたん君!」
会話の節々に褒め言葉を織り交ぜるこの男性には、話しているだけで心が安らかになってゆく。
この打ち解け具合、やろうと思えばハグだって出来るほどだ。
「見たまえ、第二の街が見えてきたぞ。ハグたん君と話していると、あっという間に時間が過ぎて不思議と心地よい」
篝火の明かりが門前に灯る、帰るべき場所が近づく。
街まで送り届ける約束だったが、その後は別れるのだろうか。もっと話していられないか。
悶々とした感情に苛まれたハグたんは、ある最高のアイデアを閃いた。
(そうだ、この人なら、きっと!)
そう、この男性プレイヤーを、ハグたんの友達に誘ってしまおうと。
次回、明日更新




