第九話 剣仙の皇子と邑の門番
――第五皇子、刀夜。
本来、皇族は顔どころか名も宮中から殆ど出ない。
ところが、日頃から在野で剣を振るっている刀夜は庶民に慣れていた。それに武人としても名高く、剣を持つ者の憧れでもある。
それに何と言ってもかなり美形の好青年で、兵だけではなく夭い娘達からの絶大な人気も誇っていた。
「皇子様とは知らずとんだご無礼を!」
自分がどれ程の不敬を働いたか悟り子雲は叩頭して謝罪した。
「如何様な罰もお受け致しますので、後ろの者達にはどうかお慈悲を賜りたく……」
「俺は非公式でここへ来ているから無礼講だ。誰も罪には問わん」
「寛大な御心感謝致します!」
刀夜という雲上人の出現で全員が恐縮してしまった。これでは刀夜としては話が進まない。
「礼は不要だ面を上げよ」
恐る恐る顔を上げる男達の後ろの意思の強そうな紅眼へ刀夜は顔を向けた。
「貴女の名前を聞いてもよいか?」
「はい、蘭華と申します」
「魔女と呼ばれていたようだが?」
「いえ、私は導士です」
「月門のか?」
「近くに住んでおりますが此処の者ではございません」
「近くに?」
刀夜は首を傾げた。月門の邑以外にこの近郊には小さな小邑しかない。導士がそんな集落に居を構えるものだろうか?
だが、今はその疑問は関係ない。
「この霊獣達は蘭華の使い魔なのか?」
蘭華を守るように警戒を崩さない百合達を一瞥して、当たり前の質問かと思いながらも刀夜は尋ねた。が、蘭華は首を横に振った。
「私の友にございます」
「友?」
その意外な回答に一瞬、刀夜は呆気に取られ、しばし微妙な沈黙が流れる。
「ふっ、そうか友か。良い友だな」
だが、すぐに蘭華の答えをいたく気に入ったらしく刀夜は爽やかに笑った。
「さて、事情は後で丹頼から聞くとして、蘭華の処遇に関しては俺が預からせてもらう」
「そ、それは!」
「異論は認めん」
子雲が不満の声を上げようとしたが、刀夜はピシャリと撥ねつけた。
「どう見ても貴様らに理はない」
「で、ですが……」
「妖魔の種類も違うようだし、だいたい先程も言ったが彼女がそのつもりなら容易くお前達を葬っていたぞ」
青年はちらりと白虎を一瞥した。その視線に釣られて白虎に視線を向けた男達はごくりと生唾を飲み込む。
「この件は俺達が調査する。軽々な行動は慎め」
刀夜に釘を刺され男達は引き下がったが、子雲だけは瞳に不満を宿していた。意固地な子雲の気持ちに気付き刀夜は屈んで肩をポンと叩いた。
「彼女を粗略に扱うな」
「あの女は邑に災厄を齎す魔女です」
「彼女は魔女ではなく導士であろう」
頑なに蘭華を否定する子雲の態度に刀夜の口から溜息が漏れる。
「自らの手でせっかくの瑞兆を失うのは愚かだぞ」
「それはどういう……」
意味深な言葉に子雲は不思議そうな顔で尋ねたが、刀夜はそれ以上は何も語らなかった。
「事情は邑で聞く」
話はそれまでと、刀夜は丹頼と蘭華を連れて邑内の方へと去って行った。
「どうするんだよ?」
「どうするって、皇子様にお任せする他ないだろ?」
残された男達は戸惑う。貴人の最上位である皇族が命じる以上は自分達にはどうする事もできない。
「魔女を放置なんてできっかよ!」
だが、日和始めた仲間達に利成が怒りの声を上げた。
「だがよぉ、皇子様の仰る通り妖魔の種類は違うしなぁ」
「そんなの怪しげな魔術を使ったに違いない!」
「落ち着け利成」
「いや、利成の言う通りだ」
何とかこじつけようとする利成に仲間達は辟易したが、ただ一人彼に賛同する者がいた。
「魔女は許しちゃならん」
子雲は憎しみとも思える炎を瞳に宿し、小さくなっていく蘭華の背を睨みつけた。