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第八話 常夜の魔女と金青の瞳


「それまでにしておけ」


 金青(こんじょう)の鋭い眼光で周囲を射竦める美青年が発した声は良く通った。それに、無視できない威厳がある。邑人達だけではなく蘭華も逆らい難い圧力を感じた。


(やんごとなき貴人とお見受けしたけど……ただ者でもなさそうね)


 敵に回すのは得策ではなさそうだ。


(それに、とても綺麗……)


 容姿の美しさもあるが、内から滲み出る風格の清々しさが好ましい。深く青い瞳に惹き込まれ、思わず蘭華の頬が赤くなった。


「蘭華?」


 主人の様子がいつもと違い芍薬が心配そうな目を向けた。


「えっ、あっ、う、うん、大丈夫よ。それより、その人を解放してあげて」


 最初は嫌な予感を覚えた蘭華であったが、青年の瞳には理性的な光が見られる。任せても大丈夫だと確信めいた予感がした。


「むぅ」


 だが、蘭華のお願いに芍薬は不満そうに唸る。


「お願い芍薬、あの方を信じてみましょう」

「……」


 頬を染める蘭華を不信に思ったが、芍薬にも乱入してきた若い男から濁りの無い清涼な気風が感じられる。信じても良いかと芍薬は下敷きにしていた李盛からのっそりと離れた。


 解放された李盛はヒィッと情け無い悲鳴を上げると、這う這うの体で仲間達の背後へと逃げ込んだ。


「さあ仲間は解放されたぞ、貴様らも矛を収めろ」


 天絹の胡服を纏った青年は恐れるでもなく邑人達の向ける多数の矛先の前に立つ。その泰然自若とした態度に男達の方が気圧されたが、それでも彼らは振り上げた拳を下ろす気配がない。


「だ、黙れ!」

「これは我らの問題だ」

「他所者は引っ込んでろ!」


 その意固地な態度に青年の口から溜め息が漏れた。


「この姑娘(むすめ)が何をしたかは知らんが、何の審議も裁きも受けさせずに問答無用で殺傷しようとするのは道理が通らんぞ」

「こいつは妖魔(あやかし)(けしか)けた魔女だ」

「そうだ、殺さねば俺達が殺される」


 青年の説得にも邑人は何処までも頑なだ。


「彼女がそのつもりなら俺達の到着を待たず貴様らは全滅していたと思うが……」


 それでも青年は何処までも理知的な対応を崩さない。


「それに、俺にはお前達の方が一方的に仕掛けたように見えたが?」

「うるせぇ!」

「どうせこいつは有罪なんだ」


 だが、男達は理性を欠き喚き散らす。


「我が国は私刑を認めていないぞ」

「お上の沙汰を待つまでもない」

「それに無爵位者なんて殺ってもバレやしねぇよ」


 最後の者の暴言に青年が不愉快そうに眉を顰めた。


「あの者達はアホウか?」


 やり取りを傍観していた牡丹が呆れ声で蘭華に囁く。


「妾でもあの若造が身分の高い貴人だと分かるぞ?」


 法を破ると宣言するのは政府を蔑ろにすると言っているのと同じ。あの青年が咎めれば最悪死罪もあり得る状況である。


「大事にならなければいいけど」


 蘭華は彼らの無法が人の弱さによるものと理解している。だから、自分を殺そうとした男達であっても心配してしまう。


「蘭華は優し過ぎる」


 そんな蘭華のお人好しに牡丹は呆れた。だが、そんな蘭華だからこそ牡丹は彼女と共にあろうと思ったのだ。


「だが、あの若造はアホウ共を許すつもりはなさそうじゃ」


 牡丹の視線の先を追えば青年の怒りの圧が凄まじく、まるで視認できるようであった。


「それが貴様らの考えか」


 その声も今までより低いが怒気を孕んだ声が持つ威圧感は相当なもので、直接向けられていない蘭華の背中にも冷や汗が流れた。


(この方は本物だわ)


 貴族出の武人は格好だけで戦いは屈強な従者に任せ、本人は実戦を知らない者も少なくない。この青年も強そうな巨漢の従者を連れていたが、どうやら本物の武人のようである。


「だ、だから何だってんだ!」


 全員が青年の気迫に飲まれる中、子雲(しうん)だけは辛うじて虚勢を張った。


「お前ら何やっとる!」


 そこへ叱責の声が割って入った。今にも修羅場になりそうな場に現れたのは齢六十はすぎているだろう老人であった。


「丹(じい)か」


 子雲の顔は苦虫を一度に何十匹も噛み潰したように渋くなった。


「見れば分かるだろう。我らを襲った妖魔(あやかし)使いの捕縛だ」

「蘭華は関係ないと言ったろう!」


 丹翁――本名丹頼(たんらい)は月門の邑で蘭華に親身になってくれる数少ない人物の一人である。民爵最上位の八位公乗(こうじょう)で邑の民からの信頼も厚く、お陰で蘭華は助けられている。


「犯人はこいつだ!」


 だが、月門の邑で敬われている丹頼に子雲は食って掛かった。


「現れた妖魔は鳥、猫、虎であろう。蘭華が連れているのは羽兎に竜馬に白猫じゃないか」

「その猫が虎になったぞ」

「ならば残る鳥と猫はどこだ。お前の目にはあの竜馬が猫にでも見えるのかね?」

「忌々しいジジイが!」


 小馬鹿にされて子雲は顔を真っ赤にして怒り狂い、配下の若者達はおろおろと戸惑う。


「お節介な若造といいどいつもこいつも邪魔しやがって!」

「お節介な若造?」


 その時になって丹頼は異質な若者の存在に気が付き凍りついた。


「あ、あ、あ、み、皇子(みこ)様!?」


 丹頼は滑り込むように若者の前に平伏した。


「確か丹頼だったか?」

「私めのような卑賎の者の名を覚え頂き恐悦至極にございます!」

「去年の大難(たいな)の時以来か」

「はっ、末席にてご尊顔を拝謁させて頂きました」


 (まち)で尊敬を集める丹頼が恐縮する姿にこの場の者がいよいよ訝しんだ。


「丹翁、そいつはいったい誰だ?」

「馬鹿もん!」


 子雲が恐る恐る聞くと丹頼は目を剥いた。


「この方は第五皇子の刀夜様じゃ!」

「だ、第五皇子!?」


 子雲の顔はみるみる青くなる。


「えっ、噂に名高い?」

「ほ、本物なのか?」


 続き全員が青年の正体を知って騒然となった。


「お前ら、頭が高い!」


 丹頼の一喝に慌てて男達は膝を折って額を地につけ跪拝(きはい)した。


(この方が巷間(ちまた)にも名が広まっている剣仙の皇子)


 (まち)の男達が平伏する後ろで蘭華は茫然と立ち尽くし美しい皇子に見惚れてしまった。外見の美しさもあるが、彼から感じられる清風に魅入られてしまったのだ。


「刀夜……様……」


 その小さな呟きが届いた訳ではないだろうが、何かに気が付いたように刀夜の金青の瞳が蘭華を捉えた。


 青い視線と紅い視線が絡み合う。

 刹那、刀夜がふっと薄く笑った。


「――ッ!?」


 蘭華の顔が一気に熱くなる。


 途端に正気を取り戻し、皆に(なら)い蘭華も急ぎ平伏したのだった。


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