812.機密事項
男の話を聞いたリゼは「その神託はいつ出たことですか?」と確認した。啓示石板が盗み出された後のことかを確認したいところだ。
「最近だ。私を捕らえたタイミングが良かったな。だが、問題もある。機関はルイ国王陛下とその聖女を婚約させたがっているが、ケラヴノス帝国の皇族は皇太子と婚約させたがっているし、三至宝を管理しているのは皇族だ。その聖女の取り扱いについては意向がそれぞれあるようだね。今回、ゼフティア大帝国のために正規軍を動かしただろう。その見返りはまず皇太子から聖女にアプローチするということになったそうだ。聖女が皇太子を選ばなければルイ国王陛下が次点となる」
「えっ……と、機関と皇族は利害が一致していなかったのですけれど、今回の事件でひとまずの内部分裂はないということでしょうか?」
「そういうことだ。だが、力をつけすぎた機関を皇族は良しとしていないと見えるがね。表向きは協力しているが、状況次第では何が起こるか分からない。機関も国ごとに独立している関係で派閥があるし、さて、どうなるかな。貴様はフェオドール・クーニンを知っているか?」
フェオドール・クーニンといえば、ゼフティア王国で狩猟大会後の建国記念パーティーに来ていたケラヴノス帝国の男で諜報機関を任されている者であるはずである。私兵もおり、危険人物だとヘルマンに教えてもらった。リゼが頷くと男が話を続けてくる。
「フェオドール・クーニンは機関の構成員であるし、かなり上の方の者であるはずだ。奴は切れ者でね。諜報機関が主導して国を制圧した場合、その国の者たちを諜報機関の兵士として使ってもよいということを皇族に認めさせ、すでに小国をいくつか滅ぼしている。そこの者たちを兵士として訓練しており、彼が動かせる軍として存在しているわけだ。諜報機関はほぼ機関の傘下組織にすぎないため、機関はある程度の軍を有していることになる。今回のゼフティア大帝国の件はカステナ公爵とルイ国王陛下が主導したため、正規軍を借り受けたとはいえ、フェオドール・クーニンが皇族に認めさせたルールに準じている。彼らはゼフティア人でケラヴノス帝国の諜報機関の者ではないが、今回の作戦は皇族からすれば諜報機関が彼らに働きかけてクーデターを起こさせたように映っているからね。現状、ゼフティア大帝国の軍は機関の軍ともいえる状態なわけだ。機関はケラヴノス帝国から始まっているが、思い入れなどはないのでね。例の覚醒済み聖女の件もあるし、いつケラヴノス帝国に攻撃を始めるか分からんよ。仲違いもあり得るわけだ。私の推測では正規軍の中枢にも機関の者が入り込んでいると思うがね。ブルガテド帝国にもヴィッセル公国にも、いたるところに機関の者はいるだろう」
「一応、ブルガテド帝国においてはリーデル侯爵夫人が機関の方だったのですが、すでに捕縛していますね……。ミュラー公爵を煽ってクーデターを起こさせようとしていましたが、阻止しましたね……。ヴィッセル公国は分かりませんが……。あの、随分と内情に詳しいのですね……」
ただの研究員にしては詳しすぎる気がしてしまったリゼだ。
「研究員気質でね。自分が納得できるくらいには調べないと気がすまないのだよ。時には機関の同僚を捕らえて尋問したりもしたが。そういう人物はダンジョンで死んだことにしたよ」
「あっ……殺したのですか?」
「そうだ。私が尋問したことがバレてしまうではないか? 苦労して手に入れた貴重な情報だ。せいぜい有効活用することだね。他にも知りたいかね?」
「はい……」
やり方が最悪で言葉を失ってしまうが、聞いておくしかない。
「機関には幹部というものがあるがね。二種類の幹部がある。表向きの幹部と真の幹部だ。メレディスなどは表向きの幹部だ。現場に出る。真の幹部は定期的な会合を催して全体的な方針を決めたりしているようだ。場所はケラヴノス帝国かデルナリ国で開催されるらしい。連絡方法は分からないがね。聞き出す前に死んでしまった。真の幹部を一人ほど殺した時に教えてくれたよ」
「あの、ダンジョンに入るために戦闘技術を学んだそうですが、本当は尋問も出来るように学んだのですか? ある程度強い方をも超越できるように……。どれくらい殺害しているのですか?」
「そうだ。知りたいことを聞き出すには恐怖による支配と拷問が良いと昔から証明されている。そうだな、ダンジョンで冒険者と鉢合わせになった際などにも殺害しているから……少なくとも百五十くらいは殺しているな。ダンジョン内で楯突いてくる冒険者が多くて困ったものだ。私の邪魔をしてくるのだから死んで当然だ。高度な研究を行える私と一端の冒険者では人そのものの価値が異なる」
「そうですか……」
そこまで話すと男はもう話は終わりといわんばかりに寝転び始める。どうやら寝るつもりのようだ。
リゼとしては初めて出会ったレベルで残忍な人物だということが分かった。自分の目的のためには人の命などないに等しいらしい。リゼが去ろうとすると後ろから声がする。
「君もいつか殺すか殺さないかという選択を迫られるかもしれない。ただ、忠告しよう。一度殺したら抵抗感が一切なくなる。目的のために殺すか、目的を諦めて殺さないか、その時によく考えることだな」
男には返事をしなかった。話してくれない場合は会話を通してうまく知りたい内容を想像してもらうように誘導してヴィズルにスキャンしてもらうことが出来るからだ。なんだか疲れてしまったが、聞いた内容はブルガテド帝国にも共有するつもりである。ゼフティア大帝国は実質機関の国というような位置づけになっていて、状況次第ではケラヴノス帝国に対しても攻撃を加える可能性があるということは話しておいたほうが良い。さらに諜報機関と皇族の取り決めについても話しておくべきだ。表向きの幹部と真の幹部についても同様である。かなりの機密事項だろうし、例の男は中枢に近い人物を殺害して得たのだろう。素早くメッセージウィンドウで送っておいた。
また、例の男はおそらくはメレディスと異なりケラヴノス帝国以外のダンジョンにも潜っていたのだろう。冒険者がうろつける国のダンジョンだ。




