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712.怪しい人物

 呼び方も定まったところでヘルムートが再び話し始める。


「ちなみになのだが、レガルナス王国はかなり昔から、恐らくはミリア大帝国などが出来るよりも更に前から領土が一切変わらずに存在している古い古い国であるとは認識している。遠過ぎがゆえ、ほとんど情報が入ってこないが、東方にある未開地に接していると聞く。その東方未開地の先に何があるのかということは冒険者の証言から記録が作られていたりはするが……詳しいことは分かっていない。一つ聞いてみたいことがあるのだが、なぜ長いこと独立を保てているのだと思う?」


 レガルナス王国は聖女セリーヌが健在だった頃よりもさらに前から存在していることは把握済みだ。この世界に元々いた者たちが国を作っており、最古の国に近いのかもれない。確かにいままで存続してきたことはリゼとしても疑問を感じていて分析してみているので、話してみることにする。


「レガルナス王国はあまり大きな国ではないのですが、深い山に囲まれていまして、西側諸国から攻めるには狭い峠しか通行できるところがありません。その峠もペーデル連合王国からしか来れないのですが、峠には大きな門が作られており、なかなか攻められなかったのだと思います。峠道ですので隊列も横に広がれないですし、攻撃を受ければ峠の下に滑落してしまいます。切り立った崖ですので、滑落したら助からないかと……。環境的に攻めようという考えに至らなかったのかと考えています。そして、傭兵国家ということもあり、基本的に長男以外は傭兵として国外に出されてしまいますので、家督争いが発生していないことも、長く国が続いた理由かもしれません。内紛が発生していなかったということですね。あとは東方未開地はモンスターがいて困難な環境のようでして、他国が軍を率いて攻めてくると襲われる可能性があるということ、一番近い国でもエリアル神聖帝国という国ですが、レガルナスとゼフティア王国くらいの距離があるというのも大きいですね。他にも攻め込んだとしても特に何か利点があるというわけでもないというところもあるかもしれません……高地にあり攻めづらく、農地なども少ないですし、鉱石といった資源が豊富に取れるというわけではありません。人口も少なく、労働力も期待できません。また、傭兵業に関するところですが、様々な国に傭兵を派遣している関係で、関係悪化する国が発生しにくい……というところもあるかもしれません」


 現状でわかっていることをとりとめもなく話してみた。一応、ヴィズルに『認識齟齬(そご)はないですよね……?』と確認すると『はい、問題ありません』と返答がある。


「うーむ、この短い間でよくそこまで把握できたものだ。実際に行ったことはないが、聞いているとそうなのだろうと思える内容だった。一つ伝えておくとすると、ベーテル連合王国という国も我々の地域、つまるところ旧ミリア大帝国周辺では未知の国であるな……」

「ベーテル連合王国については、ケラヴノス帝国の横にある国でして、敵対しているようです。レガルナスの傭兵たちは大抵はベーテル連合王国に派遣されているようですね。ただ、レガルナス出身者が徒党を組んだりしないように出身が被らないように配置はバラバラにしているみたいです。なお、ベーテル連合王国からは食料品を輸入しているそうです」


 ヘルムートは興味深そうに聞いており、ヘルマンもリゼの話を聞いて頷いていた。あまりにも離れすぎているため、密偵なども派遣していない国で情報がないのだろう。ヘルムートはというと珍しく紙に何か書くと内ポケットにしまっていた。ケラヴノス帝国に対抗しているという点で何か考えがあるのかもしれない。


「それにしてもランドル商会のこのボールペンというものは便利であるな……さて、国同士の話などもしたいところであるが、まずはそちらの少女の話からだな」

「大量にお買い上げありがとうございます。こちらはメレディスです。機関の幹部で、聖女でもあります」


 ボールペンはなんだかんだ国にかなりの数を納品しているため、お礼を伝えておきつつ、本題に入ることにする。


「……メレディス、です。よろしく、お願いします」

「うむ。色々と大変だったようであるな。何があったかは詳しくは聞いていないが、協力できることがあれば、協力は惜しまない。では人の記憶を見ることが出来るという摩訶不思議な魔法があるとファールから聞いている。お願いしようか、メレディスさえ良ければな」


 メレディスは問題ないのかリゼに頷いてきた。リゼは「はい、ではシェアメモリー」と詠唱する。そして、メレディスが「シェア」と呟いて記憶の共有を行った。アデリーナ関連の記憶だ。記憶を見終わったヘルムートはしばらく考え込むが、「うーむ、あの貴族に見覚えは? ヘルマンよ」と尋ねる。もしかするとゼフティアに密偵を送っているのはヘルマンが担当しているのかもしれない。ヘルマンも少しばかり考え込んでいるが、声だけでは判断がつかないようだ。


「皇帝陛下、確証はありませんが、大貴族の一人である可能性がありますな。十二年前の時点でそこそこの年齢であったことを考えると、死んでいなければそれなりの年齢であるのではないかと。リゼよ、ゼフティアの王妃とは連絡が取れたか?」

「はい、近日中にお会いできるかと思います。ちなみにですが、ルースさんのことは連れ去って、おそらく名前なども変えさせていると思います。そして、王妃様いわく、ブリンドル侯爵という方がゼフティアで戸籍管理などをしているようです。その方が連れ去ったルースさんのことを捏造している可能性があるのではないかと考えています。いかがでしょうか?」

「ブリンドル侯爵か。本性を顔に見せない体格の良い貴族だ。常に微笑んでいる怪しい人物で、警戒心が強いのか密会をしても言葉では会話せずに全て筆談をするし、信用するまでに十年を要するようである。つまり、密偵を送り込んでもなかなか探るのが難しい。ルースの件に絡んでいる可能性は大いにあると考えられる。いや、むしろ捏造できるのはブリンドル侯爵しかいないため、一枚噛んでいるだろう」


 ヘルマンは大貴族の一人を怪しいと考えているようであるが、ブリンドル侯爵についても人柄を把握しており、探るのは難しいらしい。

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