118.目覚め
聖遺物が壊れるところを始めて見たというのもあるが、それと同時に皇子が目を開けたのだ。
ここにいる全員が驚きを持って皇子を見つめる。
「ニーズヘッグは……父上、師匠は……」
「えっと、リチャード=アロルド・セーデルリンド様、ですよね……? ニーズヘッグは倒れました。あの、まさか生きていらっしゃるとは思ってもいなくて、お身体は大丈夫でしょうか?」
ひとまずこの状況に驚きつつも、リゼは話しかけてみた。
亡くなっていると思って棺や墓石まで用意してアイテムボックスに入れていたため、まさか生きているとは思わず驚きすぎて少し声が震えてしまった。
皇子は虚ろな表情をしており、明らかに体調が悪そうだ。このままでは死んでしまうかもしれないと考えたリゼは魔法を詠唱する。
「セイクリッドスフィア」
聖なる球体を出現させた。この球体が発する光は治癒効果があるため、皇子のことを集中して照らしてみる。皇子はゆっくりと目を閉じ、眠りについたのか穏やかな寝息を立て始めた。聖属性魔法の力で癒やされたのであろう。
「お嬢様、まさかこんなことが……」
「うん……もう壊れてしまったから確認出来ないのだけれど、この聖遺物が何かしらの効果でこの方を守っていたのかも。ひとまず離宮へ戻りましょう。ベッドで安静にしたほうが良いはずよ」
ラウルとフォンゼルは絶句して目を見開いていた。百戦錬磨のフォンゼルでも動揺を隠せないことはあるらしい。リゼはフォンゼルに皇子を抱えてもらい、外に出ると離宮へと転移した。そして、王族の部屋がある三階へと向かうと皇子の部屋のベッドへと寝かせるのだった。念のため全部屋のシーツを交換して、部屋もきれいにしておいて正解であった。
ここまで誰しもが口を開かなかったが、まずフォンゼルが呟いた。
「この方は太古の昔の皇子、ということで良いのでしょうか」
「はい……そうだと思います。まさか生きていらっしゃるとは……どういう原理なのかは分かりません。でもきっと聖遺物の何かしらの効果のはずです」
「これはまた世間を騒がせるかもしれません。ひとまずは皇子が目を覚まされましたら現状をお話するしかありませんね」
「そうですね……。私の方で質疑応答してみます。先程会話が通じましたし、言葉は昔から変わっていなくて良かったです」
それから部屋で待つことにした、アイシャは一度屋敷に戻り食事などを持ってくるとのことで、慌ただしく転移していった。まだこの離宮の厨房は使える状況ではないため、最善の策だろう。そして、アイシャが戻ってきてお茶会用の机に食事などを並べ始めた。
「それにしても彼の身元引受人はリゼということになるかもしれないね。第一発見者であり、あの氷から救い出したのもリゼだ」
「そういうことになりますか……お父様、お母様、ヘルマン様に相談でしょうか」
「そうだね。まずは細かい話を聞こう」
普段は落ち着きのあるラウルだが彼を持ってしても予想外すぎる出来事なのか少し落ち着きがない感じである。
そして、ラウルとしては同い年くらいに見える皇子のことが気になっているようだ。
「この人、相当強い」
「そうよね。ニーズヘッグを倒した方だし……相当よね」
落ち着きなく歩き回るリゼにリアが冷静に話しかけてきた。あまり考えたことはなかったが、ニーズヘッグを倒したのだし、大賢者と皇子の強さ、とくに皇子の強さは恐らく想像以上だと再認識した。
すると、皇子が目を覚ましたのか上半身を起こした。
少し離れたところに居たのにも関わらず目が合ってしまった。
「ここは……離宮の部屋のようですね。ん? 皆さんは? ニーズヘッグはどうなったんです!? 師匠、いえ、エーベルハルドはどうなりました!? 父上は?」
皇子はベッドから飛び出るとリゼやアイシャたちに興奮気味に質問してきた。皇子については飾られている絵から美しく勇猛果敢な印象をいだいていたが、想像の逆をつく丁寧な話し方をされるのだなとリゼは思いつつも、フォンゼルやラウルに頷きながら前に進み出た。
「はじめまして、リチャード=アロルド・セーデルリンド様。リゼ=プリムローズ・ランドルです。全て説明しますのでまずはお食事でもいかがでしょうか。ニーズヘッグは倒れました」
「はじめまして、ランドル家のリゼ嬢。倒せましたか……分かりました。食事を用意くださったのですね。いただきます」
食事を食べてもらいながらまずは周りの人物たちを紹介することにした。おそらくリゼたちのことを敵ではないという認識を少なくとも持ってもらっているようであるため、和やかな雰囲気作りに徹する。
「それでは皆さんのことをご紹介しますね。まずそちらがラウル=ロタール・ドレ様です。公爵家の方です。そして、あちらがフォンゼル・セルギウス様。ヘルマン・フォン・ブットシュテット大公家の騎士で、現在は私の護衛をしてくださっています。そして、奥にいる二人はアイシャとリアです。ランドル伯爵家のメイドです」
リゼが紹介するとラウルたちはそれぞれ自己紹介と挨拶を行った。皇子はそれぞれに挨拶をすると「食事、美味しかったです」と言いつつリゼに向き直ってくる。説明しなければとリゼは皇子の目を見て話し始める。
「いまから先程のご質問に答えますね。まず、私たちについては先程自己紹介させていただいた通りです。そして、ニーズヘッグは倒れました。皇子殿下の魔法がきいたようです。次に大賢者エーベルハルド様はお亡くなりになりまして、先程お墓を作りました。最後に皇子殿下のお父君であるゴトフリート=イデオン・セーデルリンド様は……大賢者よりも前にお亡くなりになっていました。お墓は大賢者の隣です。あと、驚いてしまうかと思いますが、一気にお話させてください。えっと、いきなりなのですが、皇子の生きてきた時代から数千年の時が経っています。私たちは先日にたまたまこの大陸に別大陸からやってきて、調査をしていて歴史を知りました。お城は埋まっていたのですが、土などを運び出して皇子のところまでたどり着いたのです。皇子は氷漬けになっていたのですが、私が触れたところ、氷が割れて……今に至ります。おそらく、身につけていらした聖遺物、ペンダントのおかげで皇子殿下は体内が冷えず、死ななかったのだと思います……憶測ですが」
話し終えると、皇子はしばらく黙っていた。
目をつぶり沈黙が続く。
アイシャはゴクリと喉を鳴らし緊張気味だ。リアは目をつぶって壁際に立っている。フォンゼルも同じだ。ラウルは目線を静かに下に向けている。
リゼはラウルと同じように少し目線を下げて、皇子が現状を認識するまで黙っていることにした。
十分くらい経ったであろうか。ゆっくりと皇子が口を開いた。
「なるほど……状況を理解しました。墓地に連れて行っていただいても宜しいでしょうか?」
「分かりました。離宮の裏の高台です」
「ありがとうございます」
リゼの話を聞いて皇子は席を立った。それから玄関口から外に出て墓地へと向かう。
離宮の門には両脇に泥人形が護衛のように立っており、皇子は見つめた。
「これは泥人形ですか。まだ生き残りがいたのですね。だいぶやられていましたが」
「あっ、こちらは私が出しました……また後ほど、説明させてください」
「おっと、そうでしたか。僕の感覚としてはつい先程まで戦闘で泥人形と共に戦っていたので見ると安心感がありますね。ここが数千年ほど未来なのだとしたらまだ泥人形がいてくれて嬉しく思います。いつもの日常を見ているようで」
皇子が泥人形について語るのを聞きながら歩いていると墓地へと到着した。
二つの墓地が並んでいるのを確認し、皇子は振り向いてきた。
「少し一人にしていただけますか」
「分かりました。私たちは離宮の大広間におりますのでごゆっくりです」
リゼたちは離宮へと戻るのだった。大広間の席につくとラウルが神妙そうに呟いた。
「リゼ、彼は相当つらいと思う。まずは落ちついたら彼にどのように生きていきたいのか確認するのが良いだろうね。それからこの北方未開地についても確認しよう。彼はこの地を治める権利があるはずだ」
「そうですね。あとはヘルマン様にも色々とお話しないとです」
それからしばらく静かに待っていると二時間後、皇子が戻ってきた。




