6.小さな反撃
ここから新エピソードです!
戦いは無事に決着した。
例年を超える魔物の数、種類にも動じず、動員された者たちは奮闘した。
結果、例年と同程度の被害に抑え込むことに成功している。
負傷者は出たけれど、死人は出ていない。
途中、別の魔物の群れが接近するという事態が発生したものの、現場に急行した英雄フレン・レイバーン様のお力で危機は脱した。
と、一般には報告されているらしい。
「……一応、私も頑張ったんだけどなぁ」
宮廷の廊下を歩きながら、普段の私らしくないボヤキを口にした。
あれから三日が経っている。
けれど記憶は、思い出は色あせない。
今でもハッキリ思い出せる。
たった一人で魔物の群れに戦いを挑んでしまった愚かな私。
大勢の魔物に囲まれて窮地に陥った時、フレン様が颯爽と駆け付けて私を助けてくれた。
「格好……よかったな」
たくさんの魔物に囲まれながら一歩も引かず、まるで戦いを楽しんでいるように笑みさえ浮かべて剣を振るう。
その姿を凄いと思ったし、彼の剣は美しかった。
流麗なダンスを見ているような気分だった。
一緒に戦うのは初めてなので、自分がどう動けば彼の役に立てるかわかったのは、彼の剣が人並外れて素晴らしかったからに違いない。
そう、私も一緒に戦ったんだ。
ただ守られるだけで終わりたくなくて、彼の背中を守れるように戦った。
余計なお世話だったかもしれない。
彼の実力なら、私の援護がなく立って勝利を収めることは容易だったはずだ。
それでも彼は別れ際、こう言ってくれた。
君と一緒に戦えてよかった。
今までで一番、背中に安心感があったよ。
「……ふふっ」
思わず笑ってしまう。
彼は誰もが認める王国、いいや世界最強の騎士様だ。
みんなが憧れる英雄様だ。
そんな彼に少しでも認めてもらうことができた。
私は嬉しかった。
今までの何を褒められるよりも、彼に優しく頭を撫でられて、よくやったの一言が心地よかった。
「また……会えないかな」
そんなことを夢想する。
彼と私じゃ立場が違いすぎると理解しながら。
それでもいつか、また肩を並べて戦う日が来てくれないだろうか。
願わくば戦場でなくても、あるいはこうして歩いている最中に、偶然出会ったりできたら。
なんて、我ながら乙女なことを考えてしまう。
仕事や勉学ばかり考えていた私に、誰かに会いたいなんて思う気持ちがあったんだ。
この発見も、私には新鮮で嬉しかった。
「――あ」
なんとも間が悪い。
せっかくいい気分だったのに、嫌な相手と目が合ってしまった。
廊下の真ん中で立ち止まる。
反対側から歩いてきた二人と、気まずい雰囲気が流れる。
私は目を逸らしそうになった。
けれど思い返す。
どうして私が目を逸らす必要があるのだろうか。
私は何も悪いことはしていない。
心に誓ってそう言える。
だったら、堂々としていればいい。
「おはようございます!」
だから私はいつものように、元気いっぱいに挨拶をした。
廊下に響く声で。
「ええ」
「おはよう、オルトリアさん」
驚いた。
いつもは平気で無視する癖に、今日はちゃんと返事をしてくれるんだ。
真正面であいさつしたから?
ううん、違う。
この薄情な先輩たち二人は、私と顔を合わせるのが嫌だったんだ。
戦いが終わった数日はお休みを貰っていたから平気だった。
けれど今日からまた、当たり前のように研究室で仕事をする。
嫌でも顔を合わせる。
今、こうして話している廊下を右に、二人は左に曲がれば私たちの研究室がある。
覚悟はしていても、廊下でバッタリ出会うなんて思っていなかったのでしょう。
明らかに二人は動揺していた。
そしてまっすぐ見つめる私の目から、視線を逸らす。
内一人が、ぼっそと声を漏らす。
「無事に戻って来られたみたいね」
「――! はい、フレン様に助けていただきましたから」
またしても驚いた。
その話題を、自分たちから口にするなんて。
明らかにいつもと雰囲気が違う。
私の前では太々しく堂々としていた先輩たち二人が、今では縮こまっている。
少しだけ、気分がよくなる。
「そう」
「はい、運がよかったです。ところで先輩方はどうしたんですか?」
「「――!」」
だから私は意地悪な質問をする。
普段なら絶対にしない。
先輩たち二人を試すような……意地悪に意地悪を返すような問いに、二人は固まった。
「どうして途中でいなくなってしまったんですか?」
「それは……ちょっと道に迷ったのよ」
「ええ、そうよ。あの森は入り組んでいたし、オルトリアさんのほうが足が速かったからよ」
「そうですか。じゃあ、私が置いていってしまったんですね」
私はニコリと微笑む。
それが嘘だということくらい私でもわかる。
毎年必ず起こる魔物の大移動。
先輩たちは私よりも多くあの作戦に参加した経験を持っている。
確実に、私よりも森に詳しい。
別に特別な魔法を使って移動していたわけでもない。
二人が私について来られない理由が一つも見当たらなかった。
苦しい言い訳だということは、二人が一番理解しているのだろう。
だから今も、まだ目を合わせてはくれない。
「だから本当によかったわ。オルトリアさんが無事で」
「そうよ。心配していたわ」
「……ありがとうございます」
私は笑う。
いつものように。
曲がり角を先に曲がり、先輩たちよりも早く研究室へと歩き出す。
「じゃあ今度は、一緒に戦ってくださいね」
「「――!」」
私は背を向けたまま言い放った。
今の私にできる最大限の煽り、意趣返しの言葉を。
二人がどんな顔をしているのか、背中を向けているからわからない。
けれど今の一言が口にできただけで、十分にスッキリした。
偶にはいいかもしれない。
意地悪な先輩たちに、わずかながらの反撃をするのも。






