5.運命の出会い
騎士たちが魔物と奮戦する中、視線が後ろに向く。
「――もう終わったのか! ん? あの子はどうした?」
帰ってきたのは二人だけ。
オルトリアの姿がないことに騎士が疑問を抱く。
「オルトリアは一人で大丈夫だそうです。魔物の数も多くありませんでしたから」
「そうか? まぁあの子の実力なら大丈夫だろ。じゃあこっちに集中してくれ!」
「はい」
魔法使いの女はニヤリと笑みを浮かべる。
もちろん、そんなことオルトリアは一言も口にしていない。
二人は前に集中しているオルトリアを置いて、一足先に帰還した。
彼女を一人にするために。
そして……。
「ありがとう。助かったわ」
「ひどいことしますね」
「いいのよ。どうせもう平民になったみたいだし、いなくなってもらったほうがいいわ」
最初に魔物の襲撃を知らせた騎士、彼も協力者だった。
数は多くないと嘘をつき、魔法使い少数で現場に向かわせるように仕向けたのだ。
距離や場所も偽っている。
魔物の軍勢が迫っていることは事実だが、位置的にもまだ脅威にはならない。
下手に刺激せず、そのまま離れていけば問題なかったにも関わらず、オルトリアを単身向かわせた。
これにオルトリアは失敗し、その尻拭いを他でする。
彼女の評価は落ち、上手くいけば完全に排除できる。
「十分後に再度新しい部隊を呼びますから、その時はちゃんと働いてくださいよ」
「ええ、もちろん、あの子の尻拭いをしてあげましょう。先輩として」
◇◇◇
「なんで? 二人は?」
途中ではぐれた?
まさか魔物の襲撃に……でもそんな気配はなかったし。
「それより!」
この大群をなんとかしなくちゃ。
明らかに想定よりも多い。
もし魔物たちが戦っている皆の元へたどり着けば、せっかく維持している戦況が傾く。
私が何とかするしかない。
一人でも。
「サンダーボルト!」
魔物に向かって先制攻撃を放つ。
雷が魔物をとらえ、彼らの敵意が私に向けられる。
背筋が凍る。
それでも私は前へ出る。
一緒に戦う人たちを守るために。
与えられた役割を果たすため。
「フリージスウィンドウ!」
魔物に向けて魔法を放ち続ける。
数が多すぎて、全てを阻むことは難しい。
だから全体に浅く攻撃して、全ての敵意をこっちに向けさせる。
いつの間にか私は魔物に囲まれていた。
「これでいい」
私に集中してくれたら、騎士たちの元へは行かない。
ここで釘付けにする。
「私がやるんだ!」
私は力を振り絞る。
一匹でも多く、早く倒す。
魔物の勢いは増すばかりで、徐々に距離が詰められる。
大技を使いたいけど、下手に使えば魔物たちが散り散りになり、最悪向こうへ行ってしまう。
何より範囲に味方がいたら巻き込むかもしれない。
「誰か……」
一瞬だけ加勢を期待して、すぐ諦める。
誰かに頼るようじゃだめだ。
私は一人でも生きられるように頑張ってきたんだから。
もっと頑張ろう。
そう……。
誰のために?
何のために?
内心では気づいていた。
どうして私は一人で戦っているのか。
二人が私を置いて逃げてたことも。
もしかしたら、これまでの全てが罠だったのかもしれない。
「私……そんなに嫌われてたのかな」
仕方ない。
平民だから、生意気だと思われても。
我慢して、もっと頑張って、笑えるように……。
もう、疲れちゃったな。
「――よく頑張ったな!」
「え?」
力が抜けそうになった時、誰かが私の前に降り立った。
白銀の髪に白い騎士のマントを翻し、引き抜いた剣は魔力を纏う。
「あとは任せろ」
瞬間、彼は剣を振るった。
たったの一振りで突風が吹き、地面がえぐれて地形が変わる。
私は一目でわかった。
王国騎士団にはたった一人でドラゴンすら屠る英雄がいるという。
世界最強の魔剣士、フレン・レイバーン。
戦場に颯爽と現れた彼は、数多の魔物に立ち向かう。
その姿は凛々しく、見惚れそうになる。
「――! 援護します!」
「ああ、頼むよ!」
見ている場合じゃないと気付き、私も彼を援護した。
一人から二人。
数では圧倒的に劣るにも関わらず、戦況は一変した。
僅か一分足らずで、戦場の魔物はいなくなる。
「これで一安心だな」
「はい」
噂通りの強さだ。
私が加勢しなくても、彼なら一人で十分だっただろう。
おかげで助かった。
私はまだ……。
「生きてる……」
「そうだ。君は生きているぞ」
トンと、彼は私の肩に手を置く。
「君がオルトリアだね?」
「え? どうして私の名前を……?」
「注目していたからだよ。君に」
「私に?」
英雄騎士様が、新人の私を見ていた?
あまりに突然の出来事すぎて、私は頭の中がぐるぐる回る。
そんな私に、彼はニコリと微笑む。
「期待の新人がいることは知っていたからね。実は今回の任務に君を推薦したのは俺なんだよ」
「え……」
どうして?
心の中の疑問に、彼は応える。
「君がどれほどなのか見てみたかった。たった一人で大群の相手をするなんて予想以上だ。ただ、無茶が過ぎるぞ? 俺が気づいたからよかったが」
「す、すみません……その……」
「ふっ、君は勝手な行動をするようなタイプには見えない。何かあったか? たとえば、嫌がらせか何か?」
「――!」
ビクッと、私は大げさに反応してしまう。
「いえ、その、大群が来ているからと言われて……先輩たちと対処に……」
「向かっていたら一人だった、とかかな? 聞いていた以上に平民に対する扱いがひどいらしいな。まったく、辛い思いをさせたようだね」
もっと怒られると思った。
けれど彼は優しく微笑み、その大きな手で私の頭を撫でてくれる。
「よく頑張ったね」
「――!」
心で大きな音が鳴る。
鐘の音に似ている。
響き渡り、ジーンと残る熱い何か。
身近な誉め言葉が、これほど心を熱くするのだろうか。
私は知らない。
こんなにも、嬉しいと思えることを。
「あ、あれ……?」
状況のせいもあるかもしれない。
安心して、私の瞳からは涙が零れ落ちる。
「どこか怪我でもしたか?」
「いえ、ち、違います」
私はお母さんの言葉を思い出す。
どんな時でも笑顔を忘れないで。
辛くても、苦しくても、笑顔を作れるように。
そうすればいつか、本当の幸せは向こうからやってくる。
だから――
「ありがとう、ございました!」
私は目いっぱいに笑った。
流れる涙を吹き飛ばすように。
私のことを褒めてくれた人に、精一杯の感謝を伝えたくて。
「――いいな。その笑顔」
彼の手が優しく、私の頬に触れ涙を拭う。
「ずっと見ていたくなる」
彼は微笑む。
笑顔の先に掴む幸せはある。
この出会いをきっかけに、私の日常は大きく変わる。
今はまだわからない。
けれど、近い将来私は感謝する。
この出会いを。
お母さんが私に残してくれた言葉を。






