4.独りぼっち
屋敷を出て数日が経過したある日。
私を含む数名の宮廷魔法使いは、騎士団と合同で魔物退治をすることになった。
場所は王都近郊の山奥。
毎年この時期になると大量の魔物が山を越えて、王都近郊までやってくる。
王都と他の街を繋ぐ街道の安全を維持するため、大進行する魔物たちを退けなければならない。
魔物退治はとても危険な仕事だ。
本来なら新人魔法使いが選ばれることはない。
だけどなぜか今回は、新人の私も討伐隊のメンバーに名前が入っていた。
「今回は例年に比べ魔物の数も種類も多い! よって厳しい戦いになるだろう。各人、各々の職務を全うしてくれ!」
戦闘地帯である山奥の手前で、作戦に参加する騎士たちや魔法使いが集められ、作戦の最終確認が行われている。
全ての魔物を討伐する必要はない。
本作戦の最優先は、魔物を王都近郊から遠ざけることにある。
よって魔物の逃げ道を残し、王都や街道側に近寄らせないように陣を敷く。
私たち宮廷魔法使いの役割は、前線で戦う騎士たちの援護だ。
魔法使いの利点は、どんな状況にも対応できる柔軟性と、多数の敵に対しても有効な手段を多く持っていること。
騎士たちは十の部隊に分かれ行動し、各部隊に最低三名の宮廷魔法使いが配属されている。
私も、同じ研究室で働く先輩二人と同じ班になった。
「足を引っ張らないでよ? オルトリア」
「はい! 頑張ります」
見習いの時に魔物退治は何度か同行させてもらっている。
正式にメンバーとして戦うのは初めてだから緊張する。
先輩たちの言う通り足手まといにならないよう精一杯頑張ろう。
ふと、先輩たちを見る。
さすが何度も経験しているから、二人とも笑みをこぼしていた。
私も二人のように、こういう状況でも落ち着いていられるようになりたい。
この時はそう思っていた。
けれど私は気づくべきだった。
二人の笑みの理由を。
定刻になり、戦闘が開始される。
魔物たちは予定通りのルートを通り、山奥の川沿いを大群を作り進行していた。
最初の一撃は、私たち魔法使いが請け負う。
私は大きく深呼吸をして、他の魔法使いと一緒に狙いを定める。
「アイスブレイク!」
一帯に凍結魔法を発動させる。
川の周囲は水気も多く、氷の壁を生み出し魔物たちの行く手を阻む。
「今だ! 迎撃を開始せよ!」
騎士団の皆が一斉に魔物たちに駆け出す。
自分より何倍も大きい魔物に怯みもせず、勇敢に斬りかかる姿に感銘を受ける。
私も頑張らなくちゃ。
そう思った私は、同じ舞台の騎士たちを援護する。
「トルクアップ! インナーアームズ!」
同部隊の騎士たちに向けて支援魔法を発動させる。
一時的な筋力向上と、耐久性を増加させた。
「おお、身体がいつもより軽くなった! 支援感謝する!」
「はい!」
これで騎士たちは力いっぱい戦える。
続けて私は上空を飛ぶ魔物に視線を向ける。
空高くまで飛ばれると、騎士たちの攻撃はもちろん、魔法使いの私たちでも取り逃す危険がある。
先に空の逃げ道は塞ぐべきだ。
「リフレクション!」
大空に透明な壁を生成する。
あらゆる攻撃、衝撃を反射する光の壁だ。
これで空へ逃げようとする魔物は壁にぶつかり落下する。
それでも間を縫って通り抜けようとする魔物には、私が直接攻撃する。
「アイシクルランス」
巨大な氷柱を無数に生成し、空飛ぶ魔物を撃墜していく。
最初の攻撃で凍結魔法が効いていた。
辺り一面には冷気が満ちていて、氷結系の魔法の効果があがっている。
「いいなあの子、見ない顔だが新人か?」
「かなり的確な動きをしてくれる。お陰でこっちもやりやすい」
「その調子で頼むよ!」
「あ、ありがとうございます!」
動きがいいと騎士の方々に褒めてもらえた。
嬉しさに心の中でぐっとガッツポーズをする。
宮廷と違い、騎士団には私のように平民に出身の人も多く在籍しているから、今いる環境ほど偏見は持たれていない。
純粋な賞賛は久しぶりで、自然と顔がニヤケてしまう。
「何笑ってるのよ。戦場で笑うなんて不謹慎よ!」
「す、すみません」
先輩には怒られてしまった。
確かに、みんなが必死に戦っている場で歯を見せるのはよくなかった。
笑うなら無事に作戦が終わった時に目いっぱい笑おう。
幸いなことに作戦は順調だった。
例年より魔物の数や種類は多いけど、適所に対応できている。
私も、自分でも驚くほど冷静で、身体が自由に動いていた。
作戦開始から三十分。
魔物たちの勢いは依然として衰えないものの、徐々に終わりは見えてきた。
「フレアフォース! ライトニングダガー!」
「すごいなあの子本当に。もうずっと攻撃魔法を撃ち続けてないか?」
「俺たちへの支援も継続してる。他の魔法使いはへばってきてるのに、魔力量だけじゃない。体力も根性もある」
「いい新人が入ってるな」
「……ちっ」
不思議なくらい身体が軽い。
訓練でもこんなに全力で、自由に魔法を使うことはできなかった。
もしかしたら初めてかもしれない。
私は今、魔法を堪能している。
そこへよくない知らせが舞い込む。
一人の若い騎士が駆け寄り、私たちを含む各部隊に伝える。
「――た、大変だ! 十時の方向から別の魔物が迫っている!」
「なんだと? 数は?」
「そこまで多くはないが、最低でも一部隊は必要だ。誰か手が空いている者は対処に向かってほしい!」
「オルトリア、私たちで行きましょう」
先輩の一人が私の隣に立ち提案する。
「先輩?」
「数はそこまで多くないなら、魔法使いの私たちが適任よ」
「わ、わかりました」
「すまんが頼むぞお前たち! こっちはしばらく大丈夫だ!」
「はい!」
私は先輩たちと一緒に持ち場を離れ、新たに出現した魔物たちを迎撃に向かう。
一刻も早く終わらせて持ち場に戻らないと。
騎士たちの支援も距離が離れれば効果が薄れる。
私は急いだ。
周りも気にせず、言われたポイントへ。
到着した私は驚愕する。
数は少ない?
そんなことはまったくなかった。
「こんな数……」
私たちが戦っていた魔物の大群と遜色ない数がこちらに向かっている。
「先輩、この数は私たちだけじゃ……先輩?」
振り向いた先には誰もいない。
私は気づかなかった。
いつの間にか、一人で走っていたことに。