3.新人魔法使い
十八年過ごした屋敷。
名残惜しさはほどほどに、私は屋敷を出て行く。
それほど多くない荷物を担ぎ、最後に深々とお辞儀をして。
「お世話になりました」
頭を挙げたら笑顔を作る。
これは終わりじゃない。
新しい人生のスタートなんだと思っている。
私は古い我が家に背を向け歩き出した。
足取りはそれほど重くない。
住む場所も、肩書もなくしてしまった私だけど、行き場を失ったわけじゃなかった。
私が向かった先は、王城の敷地内にある宮廷。
宮廷には遠方から働くためにやってきた人たちのために、寮が併設されている。
一般に貴族ばかりの宮廷では使われない寮だけど、私みたいな立場の人間にはありがたいシステムだ。
すでに鍵は預かっている。
二階の一番端にある部屋が、私の新しい家だ。
鍵を使い、ガチャリと扉を開ける。
部屋はそれほど広くない。
私が屋敷で過ごしていた部屋の半分くらいだろうか。
それでも十分だった。
家具は揃っているし、今すぐ寝ることだってできる。
私はカバンを下ろしてから、窓を開けて外を見る。
「うん、悪くない」
ここが私の新天地。
何年もかけて手に入れた私だけの居場所だ。
「あ! 早くいかないと!」
新人が遅刻するなんて失礼なことをしてはいけない。
朝早くに屋敷を出たのも、仕事に間に合うようにするためだった。
私は宮廷の服に着替えると、急いで仕事場へ向かう。
そう、私はこの宮廷で働いている。
魔法使いの一人として。
今から一年と少し前のこと。
私は元両親に頼んで、宮廷の試験を受けさせてもらった。
見事に合格できた私は、一年間見習いとして働き、今年から正式に宮廷魔法使いの一員となった。
いずれ屋敷を出ることになるのはわかっていた。
一人で生きるためにはお金がいる。
どうすれば生きていけるのか。
私に何ができるのかを考え、探り、試していった。
そうして私は、自分に魔法使いとしての素質があることに気付いた。
私にとってそれは、唯一見つけた光だった。
独学で魔法を学び、宮廷入りを目指した。
宮廷にさえ入ることができれば、いつ追い出されても住む場所もお金も手に入る。
幸い試験を受けさせてもらえたし、無事に合格することもできた。
私は屋敷を追い出されても平気でいられたのは、自分の仕事を見つけていたからと言っても過言じゃない。
これがなければ今頃、路頭に迷っていただろう。
「おはようございます!」
仕事場である宮廷の研究室に入る。
中にはすでに先輩たちが数人いて、仕事を始めていた。
私の元気いっぱいな挨拶に視線だけ反応して、声は返してもらえない。
これもいつものことだ。
宮廷で働く人のほとんどは貴族の出身で、平民を快く思わない人が多い。
屋敷で受けていた冷たい態度を、仕事場でも受けていた。
けれど一年も続けば慣れてしまう。
私は気にせず、自分の仕事を始める。
「オルトリアさん、こっちの魔導具の調整、今日中に終わらせておいて」
「わかりました!」
「魔導機関が昨日から不調らしいわ。あとで見に行ってもらえる?」
「はい。これが終わったらすぐに」
宮廷魔法使いの仕事は多岐にわたる。
王都の生活を支える魔導機関の管理や、各種魔導具の調整、開発。
新しい魔法を作ったり、時には戦闘に駆り出されることもある。
魔法は極めれば何でもできる万能な力だ。
だからこそ、魔法を扱う者にも様々な仕事が与えられる。
ただ……。
「オルトリアさん、錬金課でポーションの生産が間に合っていないそうなの。午後から手伝いに行ってもらえる?」
「あ、はい。じゃあ調整は午前中に」
「お願いね」
新人に与えられる仕事量としては……かなり多いと思う。
同期の子たちの様子を見たことがあるけど、こんなに一気に仕事を与えられてはいなかった。
嫌がらせだと気付くのに、そう時間はかからなかった。
彼女たちにとって私は、平民の癖に生意気に宮廷で働いている嫌な奴……なのだろう。
こういう扱いもわかっていた。
仕事を与えられるのは悪いことじゃない。
ある意味では期待してもらっているのだと考えて、前向きに取り組むことにした。
「ホントに生意気よね、あの子」
「オルトリアさんでしょ? 新人の癖に張り切っちゃって、どうせすぐ潰れると思ったのに」
「だからムカつくのよ。さっさと音を上げなさいよ」
「……」
時折、聞こえる声で私の悪口が聞こえてくる。
私は聞き流し、気にしないようにしていた。
気にしたところで意味がない。
腹を立てても、悲しんでも変わらない。
私はただ、与えられた仕事をちゃんと全うして、真面目に働くだけだ。
そうしていれば、いつか本当の意味で評価してもらえる日が来る。
私は汗を流し駆け回り、そう信じて頑張っていた。