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新人魔法使いオルトリアは人並みの幸福がほしい ~婚約破棄に追放されても知っていたので平気ですよ!~  作者: 日之影ソラ


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25.何度でも

 彼女は庭のベンチに座っている。

 その瞳から流れる涙が、月明かりに照らされ光る。

 私の声に気付いた彼女が顔を上げる。

 視線が合う。


「――! なんでここに」

「えっと、眠れなくて夜風に当たろうとして……」


 サクラさんは慌てて涙を拭う。

 目を逸らし、顔を向けてくれない。

 気まずい空気が流れる。

 私も彼女と出くわすなんて思っていなくて、驚きと戸惑いで何を話せばいいのかわからない。


「……違うから」

「え?」

「寂しくて泣いてたわけじゃない。欠伸をしただけ」

「あ……そういう」


 彼女はそっぽを向いたまま恥ずかしそうにそう言った。

 私は笑ってしまいそうになる。

 こんな時に強がらなくていいのに。

 泣いているところを見られたことが、彼女にはさぞ恥ずかしかったみたいだ。


「寂しくて泣いてもいいじゃないですか」

「……だから違う」

「私も、一人の時はよく泣いてましたよ」

「え?」


 目が合う。

 意外そうな顔を彼女は私に見せる。

 私は笑顔で返す。


「意外でしたか?」

「――! 別に……けど、いつも笑ってるから」

「普段はそうです。辛くても、苦しくても、笑顔を忘れないで。それがお母さんの残してくれた言葉でしたから」


 私はお母さんの言葉を信じて守ってきた。

 辛い時も笑おう。

 苦しくても笑顔を忘れないように。

 無理にでも笑顔を作る。

 けれど、私の心は弱かったから、一人きりで誰も見ていない時は……我慢できなかった。


「誰も見てないって思うと、気持ちが緩んで涙が出るんです。そういう涙は拭っても中々止まらなくて、困っちゃいますよね」

「……あなたの母親は……」

「はい。私が五歳の頃に病気で倒れて亡くなりました。お父さんは私が生まれる前に失踪して、今もどこにいるかわかりません」


 生きているのだろうか。

 考えたことはあるけど、探す気にはなれなかった。

 顔も見たことがない父親より、私に笑いかけてくれたお母さんのことが大切だった。


「今でも、お母さんの最後を思い出すと泣きそうになるんです。きっとこれからも……私たちは同じじゃないけど、少し近いんだと思います」

「……そうかもしれない」

「軽はずみにわかるなんて言えません。でも、大好きだった人のことを思い出して涙を流すのは、恥ずかしいことじゃないですよ」

「――オルト――!」


 私たちはほぼ同時に感知する。 

 それは魔法使いにしかわからない魔力の揺らぎ。

 同じく魔法を扱う者同士だから、遠くの離れた地の変化に気付いて振り向く。


「今の魔力は……」

「……あの方角……まさか!」


 サクラが立ち上がり、迷いなく駆け出す。

 私は慌てて彼女の後に続く。

 魔力の揺らぎを感知した場所に心当たりがあるみたいだ。

 私はすぐには気づけない。

 けれど次第に近づくにつれ、ある場所が思い浮かぶ。


 そう、あの花畑だ。

 私たちが向かっている先には、二人の両親が好きだった花畑がある。

 だからサクラは焦って走り出したんだ。

 最悪の光景を連想して。


 その光景は、現実になってしまう。


「――! そんな……」


 花畑は炎に包まれていた。

 闇夜を照らす月よりも明るく、激しく燃え上がる。

 黄色い花は黒く染まり、一面は火の海となる。

 犯人は目の前にいた。


「サラマンダー!」


 炎を操るトカゲの魔物。

 翼のないドラゴンとも呼ばれ、魔物の中でも上位の危険性を持つ。

 どうしてサラマンダーがこんな場所に?

 サラマンダーの生息区域は火山付近の高温地帯だ。

 ここは一切当てはまらない。

 それに、さっき感じた魔力の揺らぎは……。


「そんな……嫌……いやああああああああああああああ!」

「サクラ!」


 燃え上がる花畑を見て絶望し、サクラは膝を突く。

 そこへサラマンダーが襲い掛かる。

 彼女は失意のまま動けない。

 

「させない!」


 燃え上がり舞う花びら。

 私は自分の位置と舞う花びらを入れ替える。

 

 ――トリックルーム!


 これでサクラの前に出た。

 あとは襲い掛かるサラマンダーを止める。

 炎ごと凍れ!


「フローズンエア!」


 瞬間凍結の風を纏い、触れたものを一瞬にして凍結する。

 サラマンダーの超高温の炎ごと、私の氷が覆う。

 目の前には襲い掛かろうとするサラマンダーの彫刻ができあがった。

 中々の迫力だけど、身体の芯まで凍らせたから溶けない限り抜け出すことはない。

 周囲に広がっていた炎もついでに、冷気の風で散らした。

 とはいえ、もうほとんど燃えてしまっている。


「花が……お父さんとお母さんの……」

「サクラ……」


 思い出が一瞬にして燃え尽きてしまう。

 昼間に見えた美しい花畑は、今は炭と灰に覆われている。

 石でできたお墓は無事だから?

 そんな慰めは聞きたくないだろう。

 彼女がほしいのはそんな言葉じゃない。

 取り戻したいのは、美しかった思い出の光景だ。


「大丈夫!」

「――え」


 私なら取り戻せる。

 この燃え尽きた花畑を、本来の姿に戻す。

 結界で包み、縁に手を当てる。

 時間は経過していないから、あの時よりも簡単だ。


「まさか……」

「失われた命は戻りません」

「――!」

「どれだけ努力しても、勉強しても、魔法でも……それはできないんです」

「……」


 私がもしも神様なら、きっと二人の両親を取り戻せたのだろう。

 けれど私は人間だ。

 万能に近い力はあっても、決して全能には程遠い。

 私は、私にできることしかできない。

 

「でも、この花畑を元通りにすることはできます!」


 魔法を発動させ、時間を上書きする。

 燃え上がる前の光景に。

 月夜に照らされた黄色が、鮮やかに風で揺れる素敵な景色に。


「花が……」

「私にできることはこれくらいです。だから、どれだけ燃えても、枯れてしまっても、私が元通りにしてみせます! 大切な思い出を……傷つけさせはしませんから」

「――!」


 これが、私にできる精一杯だ。

 大好きな両親との思い出を、一秒でも長く守れるように。

 私の魔法は人を蘇らせたりできない。

 けれど私の魔法は、誰かの思い出を守ることができる。

 誰かの笑顔の、糧になれる。


「サクラ! オルトリア!」

「フレン様」


 騒ぎを嗅ぎつけて、フレン様が慌てて走り寄ってくる。

 フレン様の下へ近づこうとした私の手を、サクラが握る。

 振り返ると彼女は、瞳から大粒の涙を流していた。


「オルトリア……」

「はい。なんですか?」


 震える手を握り返し、サクラは言う。


「ありがとう」

「――どういたしまして」


 この日が初めてだった。

 彼女が私の名前を、ちゃんと呼んでくれたのは。

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