19.我慢なんてさせない
突入からわずか三分。
洞窟内にいたユニオン構成員百五十二名を無力化。
囚われていた村人たちを解放した。
ヴァルハラ、村人、ユニオンに死者はなし。
救出した村人たちを、それぞれの家に送り届ける。
一気に移動させることは難しかったから、近い村から順番に移動する。
一番近かったのはプエリ村だった。
けが人はユニオンの拠点内で治療済み。
何日も何も食べていない人も少なくないから、体力的に不安はある。
なるべくゆっくり移動するつもりだったけど、自然とみんなの足取りは早くなった。
心も身体もボロボロだからこそ、早く我が家に帰りたいのだろう。
たとえもう、壊された場所であっても。
「おお……本当に戻ってきた。皆助かったのか」
「あ! おじいちゃんだ!」
拠点で泣いていた子供が、おじいさんの下へ駆け寄っていく。
私にいろいろ教えてくれたおじいさんだ。
遅れて母親が歩み寄る。
「ただいま、お父さん」
「ああ、よく帰ってきてくれた」
どうやら彼らは家族だったらしい。
おじいさんは孫と娘を力いっぱいに抱きしめる。
微笑ましい光景だ。
けれど傷跡は痛々しく残っている。
「ママ、家が壊れちゃってるよ」
「……ええ」
「どうするの? 畑もないし、お腹空いちゃったよ」
「……すまんな。ワシらが不甲斐ないばかりに」
「お父さんのせいじゃないわ! 全部あいつらが……盗賊がやったことよ」
村人は無事に村へと帰還を果たす。
誰一人として死んでいない。
傷も癒えている。
それでも、消えない傷がハッキリと残っている。
破壊されてしまった我が家、畑はそのままだ。
彼らはここで今日も、明日も暮らしていなければならない。
何年もかけて積み重ねてきた生活の基盤が、たった一度の愚かな者たちの行いで破壊された。
不条理に嘆くことすら、幼い子供の前ではできない。
「いいんだ。無事だったことを嬉しく思おう」
「ええ」
「――違う」
私はフレン様の隣でぼそりと呟く。
不幸中の幸いを喜び、それ以上は望まないと諦める。
そんな理不尽をどうして何の罪もない彼らが受け入れなければいけないの?
ダメだよ。
せっかく助かったのに、みんな笑えていない。
命が助かるだけじゃ幸福にはなれない。
だったら――
「私が直します! 壊されたもの全部!」
「オルトリア?」
「直すって、どうするの?」
サクラがフレン様の横から顔を出し、難しい表情で尋ねてくる。
私はぐっと拳を握り、壊れた村を見ながら言う。
「皆さん離れてください! 私の魔法で、この村を復元します」
「ふ、復元?」
「そんなことできるんですか?」
「はい! 私にはできます」
強がりでもいい、作り物でもいい。
ここでは笑顔は欠かせない。
不安だらけの彼らが安心できるように、よそ者の私を信じてもらえるように。
そして、自分自身を鼓舞するために。
村人たちが離れていく。
私の後ろに、フレン様とサクラが立っている。
「本当にできるのか?」
「大丈夫です」
この村の時間を一日前に戻す。
襲われたのが昨日なら、一日戻せば破壊される前に修復されるはずだ。
幸いにも村の規模はそこまで多くない。
まずは結界で村を覆う。
結界の縁に触れて目を瞑り、結界内の情報を読み取って魔法を発動させる。
「リターンレコード」
時間の巻き戻し。
一定領域内の建物、自然物に記憶された時間情報を読み取り、現在に上書きする。
上書きにかかる時間はわずか一秒。
これが私が十年以上かけて積み上げてきた魔法の力。
何十日もかけて修復が必要な村は、私の魔法であっという間に元の形を取り戻す。
「お、おお! 本当に……」
「――皆さんは悪くありません。だから絶対、諦める必要はないんです」
「オルトリア……」
善良な者たちが我慢して、悪事を働く者たちが自由に生きる。
そんな世界は間違っている。
積み重ねてきた歴史は、努力は、不当に奪われていいものじゃない。
彼らの笑顔も同じだ。
きっとこれで――
「もう大丈夫ですよ!」
素直に笑えるはずだ。
◇◇◇
馬車が揺れる。
任務を終え、王都への帰路につく。
行きと同じようにユーリが馬車を操縦し、他の者たちは馬車の中で座る。
一人はぐっすり眠っていた。
「オルトリアは大丈夫なのか? フレン」
「ああ、疲れて眠っているだけだ」
行きは爆睡していたライオネスだったが、帰りの馬車で眠っているのはオルトリアだった。
彼女は座席に横になり、頭はフレンの膝の上で気持ちよさそうに寝息を立てている。
その光景に、サクラはちょっぴり不服そうだった。
「しっかしすげーな。ホントに全部の村を元通りにしちまうなんてよ」
「さすがに魔力が限界だったみたいだけどね~」
「時間の巻き戻し……たぶん、宮廷でも使える魔法使いは、この人だけだと思う」
サクラも魔法使いの一人ではある。
故にオルトリアが成し遂げた偉業が、どれほど高度な技術か感じることができる。
「予想を超えてくれるな、君は……」
フレンは眠るオルトリアの前髪に触れる。
優しく、撫でる様に。
じっと寝顔を見つめるフレンに、サクラが呟く。
「似てるね、お兄ちゃん」
「……ああ」
二人の兄妹は、同じ思い出を脳裏に浮かべる。
そして視線は眠るオルトリアに向ける。
「そっくりだ。無理してでも笑おうとするところも……母さんに」






