12.存在証明
ここは騎士団隊舎の一室だ。
隣にはヴァルハラのメンバーだけが使える特別訓練室がある。
上も横も広々としていて、壁や天井は頑丈に作られている。
金属で出来た部屋は声もよく響く。
ヴァルハラに配属されて僅か三分ほど。
私はなぜか、この訓練室の真ん中に立たされていた。
「あ、あの……フレン様?」
「なんだ?」
「私は、何をすればいいんですか?」
「ん? あーすまない。ちゃんとした説明を省いていたな」
彼はごほんと咳払いを一回して、改めて経緯を語り出す。
「彼らには君の話を軽くだが伝えてある。どういう経緯で入隊を誘ったのかもね。俺の分隊ヴァルハラの入隊条件はただ一つ、俺がその実力を認めた人かどうかだ。つまり、オルトリアは俺が認めた魔法使いということになる」
「は、はい! ありがとうございます」
私は勢いよく頭を下げる。
フレン様に認めてもらえるなんて、名誉以外の何ものでもない。
本当に嬉しくて、顔がニヤケそうになる。
頭を上げた視線の先で、フレン様はニコリと笑っていた。
「俺は認めている。けど、彼らは君の実力を知らない。先の戦いでは別の場所にいたし、俺との戦いも見ていない。ここまで言えばなんとなくわかるかな?」
「はい! えっと、つまりここで私の力を見てもらえばいいんですね」
「ああ、そういうことだ」
フレン様だけでなく、彼らにも私の力を認めさせる。
これから一緒に仕事をする仲間たちに、私はちゃんとできるんだぞと最初に示す。
言わば、これは入隊試験みたいなものか。
ここにいる人たちは皆、フレン様に認められた人たちなのだろう。
そんな彼らに認められなければ、フレン様の目が節穴だったと思われてしまう。
絶対にそんなことにはなりたくない。
フレン様が認めてくれた今の私を、否定させるわけにはいかない。
「が、頑張ります!」
「その意気だ。じゃあ、なんでもいいから魔法を使ってくれるか? 得意な魔法を披露してくれ」
「はい! あ、でもこれ、どこにどう撃てば……」
「そういうことならオレが的になってやるぜ!」
名乗り出てくれたのはライオネスさんだった。
しかも的役に。
「そうだな。じゃあお願いしよう」
「よっしゃ」
「えぇ!?」
フレン様はあっさり認めてしまう。
私は驚いて目を丸くする。
別に目印があればよかっただけなのに、わざわざライオネスさんが的になる必要はなかっただろう。
何より、当たり前だけど彼は人間だ。
私は心配になってフレン様に尋ねる。
「だ、大丈夫なんですか?」
「心配はいらねーよ! 全力できやがれ!」
答えたのはライオネスさんだ。
彼は自信満々に拳同士をぶつけて笑みを浮かべている。
魔法とは兵器だ。
剣よりも鋭く、ハンマーよりも破壊的で、弓より遠くまで届く。
極めれば何でも出来てしまう魔法は、人を傷つけることなんて容易い。
だから私は人生で一度だって、人に向けて魔法を放ったことはない。
正直、怖かった。
「大丈夫、ライオネスは騎士団の中で一番硬い男だ。あいつなら必ず、君の全力の魔法を受け止めてくれるさ」
「フレン様……」
彼がそういうなら間違いないのだろう。
世界最強の英雄が、自分を差し置いて最も硬いというのだから。
けれどやっぱり、怖かった。
自分に自信があるわけじゃない。
それでも怖いのは、魔法の恐ろしさを誰よりも知っているから。
一撃で山を砕き、川を割り、空を貫く。
全て出来てしまう。
人は山より大きくないし、川より広くもない。
天まで届くほどの高さもない。
小さくて優しい存在に、鋭い刃を投げつけるようなものだ。
「――できないなら向いてないよ」
「サクラ」
私は彼女に視線を向ける。
彼女は真剣な表情で私に言う。
「私たちが相手にするのは魔物だけじゃない。人間の相手をすることもある。人に向けて魔法が撃てないなら足手まといになる」
「ストレートに言うな~ けど事実なんだよね」
ユーリさんも彼女の意見に同意した。
やはりこれは試験だ。
私がヴァルハラで共に戦うに値する人間かどうかを見定めている。
「オルトリア」
「フレン様……」
「君が優しいことはよくわかっている。どれだけ傷つけられても笑顔を絶やさない君だ。だけど、優しいだけじゃダメな時もある。本当に辛い時に自分を守るのは優しさじゃなくて、強さだ。君は優しいだけの魔法使いなのかな?」
「私は……」
フレン様は問いかけている。
私に、人を傷つける覚悟があるのかどうか。
魔法を学んだその日から、いつかこういう日が来ることも予感していた。
宮廷に入れば、いろんな仕事を請け負う。
その中には魔物だけじゃなくて、悪い人たちを相手にすることも含まれる。
私は運がよかったから、見習い期間もそういう仕事には当たらなかった。
ただ、それだけなんだ。
「わかりました」
覚悟はとっくにできていた。
お母様が亡くなって、一人で生きることを決めたあの日から。
私は優しい魔法使いじゃない。
自分のことを優しいだなんて思ったことは一度もない。
生きるために強くなった。
生き抜くために努力して、ここまでたどり着いた。
ようやく手に入りそうなんだ。
嫌味も罵声も聞こえない……私にとって一番幸せな居場所に。
だから――
「よろしくお願いします! ライオネスさん!」
「おう! いつでもいいぜ」






