1.婚約破棄
「オルトリア、君との関係も今日で終わりになる。婚約を、破棄させてもらうよ」
「――」
屋敷にやってきた婚約者のアルベルト様が私に告げる。
無機質に、なんの躊躇いもなく。
突然のことでわずかに身体が反応する。
けれど驚いたわけじゃなかった。
私は心の中で思う。
ついにこの日がやってきたのか、と。
「……一応、理由を聞いてもよろしいですか?」
「理由か。言わずともすでに気づいていると思ったのだけど……まぁ最後だ。この際ハッキリと言ってあげたほうがいいね」
「お願いします」
「……」
私の反応を見て、彼はムスッと苛立ちを表情に見せる。
小さくため息をこぼした彼は、冷たい視線を向けて私に言い放つ。
「僕は始めから、君を愛してなどいなかったよ」
「……」
「この婚約は家同士が勝手に決めたものだ。正直苛立ちすらあった。どうして僕が、平民の血を引く君なんかと婚約しなくちゃいけないのかってね」
そうでしょうね。
私は知っていましたよ。
あなたが私を見る目は、いつも笑顔の裏に苛立ちや見下す気持ちが宿っていた。
なんども顔を合わせれば嫌でもわかってしまう。
彼が最初から、私のことが嫌いだということくらい。
その理由も、なんとなく予想はついていた。
貴族は格式や地位を大事にする。
元平民の母を持つ私を、純粋な貴族の令嬢として見てはくれないだろう。
アルベルト様は呆れながら言う。
「まったく困ったものだよ。周囲の目もあるから無下にもできない。ただ、それも今日限りだ。君はまだ知らないよね? これから自分がどうなるのか」
「どうなる……というのは?」
「おっと、その話は僕からするべきじゃないだろうね。だから、紹介もかねて彼女に託そう」
「彼女?」
彼はニヤリと笑みを浮かべる。
部屋の扉に視線を向けると、彼は一言、入ってきていいよと言った。
すると扉がガチャリと開く。
ゆっくり、私の部屋に彼女は入ってくる。
綺麗で華やかなドレスは、まるでパーティーにでも参加する前のようだった。
「ごきげんよう、お姉様」
「セリカ……」
姿を見せたのは私の妹、セリカ・ブシーロ。
歳は私の一つ下。
容姿も、雰囲気も、年下だけど私よりも大人っぽくて貴族らしい。
並べば明らかなほど似ていない。
それは当然だろう。
姉妹と言っても、私と彼女には一切血がつながっていないのだから。
それでも彼女が姉と呼んでくれるのは、今日限りかもしれない。
「紹介するよ。彼女が僕の新しい婚約者だ」
「そういうことになっています。お話が遅れてしまってごめんなさい」
謝りながらセリカは笑顔だった。
隣で肩に手を回すアルベルト様も、にっこりと楽しそうだ。
清々しいほどに、悪いなんて思っていない。
むしろ二人の幸福を祝福しろと言われている気分だ。
「もちろん、お父様とお母様もご理解いただいております」
「僕たちの婚約は正式決定だ。君がどう思うか知らないけど、もうどうにもならないよ」
「……そうですか」
別に、どうも思わない。
二人は得意げに話しているし、私が驚き悲しむことを期待していたのかもしれない。
けれど、私は驚かない。
二人がそういう関係になっていることも、いずれこういう日が来ることも予想していた。
そしてもう一つ……。
人生における最大の転機が訪れていることも。
「話はこれで半分だ。もう一つ、君にとってはとても大きな報告がある」
「お姉様……」
「すまないね、セリカ。辛いだろうけど、君の口から伝えてくれないか?」
「……はい。それが妹としての、最後の務めですね」
悲しんでいるフリをしながら、嘘の涙まで流す。
相変わらずセリカは表情が上手い。
彼女のことを知らない他人なら、その涙や悲しみの表情も本物だと勘違いしていただろう。
私は、彼女の本質を知っているから誤魔化されないけれど。
表では涙を流し、裏では笑みを浮かべている。
それが彼女だ。
「お姉様……お父様とお母様から、言伝を預かっています」
「……」
「アルベルト様との婚約解消に伴い、お姉様をブシーロ伯爵家から除名する……そうです」
「除名……」
家名を失う。
要するに、家から追放されるという意味だった。
セリカは悲しそうなフリをしながら、つらつらと言葉を漏らす。
「こんなことになってしまうなんて……思っていませんでした。お姉様は何も悪くありません。きっと……お父様とお母様も悲しんでいるはずです」
「僕もとても悲しいよ。君と長い付き合いだった。もう会うことすらなくなってしまうというのは、多少の寂しさを感じる」
「……」
二人ともわざとらし過ぎて、一切悲しいなんて思えない。
両親が悲しむ?
自分たちが私を追い出す決定をしたのに、どうして悲しむことができるのだろう。
セリカだって、私を姉と呼びたくないと内心では思っていたはずだ。
アルベルト様が寂しいなんて思うはずもない。
これからはセリカと一緒に、より堂々と仲良くできるはずだ。
二人にとっても、ブシーロ家にとっても、この決定は喜ばしいことに違いない。
悲観するのは私だけ?
確かに少しは悲しいと思う。
生まれてから十八年、今年で成人を迎えるまで過ごした場所を失う。
感慨深さを感じずにはいられない。
けれど、やっぱり私は驚かなかった。
「そうですか。わざわざ伝えに来てくれて、どうもありがとうございました!」
「――!」
「お姉……様?」
「二人とも、どうかお幸せになってください。お父さんとお母さんにも、今までありがとうと伝えてください」
私は精一杯の笑顔で二人に感謝の気持ちを伝えた。
そんな私を見て、逆に二人のほうが目を大きく開いて驚いていた。
「それじゃあ私は、これから荷造りをします。できるだけ早く終わらせるので安心してください」
「ま、待ってくれ」
「はい?」
荷造りを始めようと動き出した私を、なぜかアルベルト様が引き留める。
背を向けた私は、彼のほうへと振り戻る。
二人とも、ひどく驚いた表情のまま私をぼーっと見つめていた。
「まだ何かありましたか?」
「……ど、どうして平然としていられるんだ?」
「お姉様は……家を、婚約者も失ったのですよ? なのにどうして……笑っていられるのですか?」
二人は私を見て感じた疑問をストレートに聞いてきた。
話は終わったはずなのに部屋に残り、そんな質問をしてくる。
よほど予想外だったのだろう。
私とは正反対に。
私は小さくため息をこぼし、優しい笑顔を作って答える。
「だって、最初からわかっていましたから。こうなることは全部」
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タイトルは――
『姉の身代わりで縁談に参加した愚妹、お相手は変装した隣国の王子様でめでたく婚約しました……え、なんで?』
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