表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/27

1.婚約破棄

「オルトリア、君との関係も今日で終わりになる。婚約を、破棄させてもらうよ」

「――」


 屋敷にやってきた婚約者のアルベルト様が私に告げる。

 無機質に、なんの躊躇いもなく。

 突然のことでわずかに身体が反応する。

 けれど驚いたわけじゃなかった。

 私は心の中で思う。

 ついにこの日がやってきたのか、と。


「……一応、理由を聞いてもよろしいですか?」

「理由か。言わずともすでに気づいていると思ったのだけど……まぁ最後だ。この際ハッキリと言ってあげたほうがいいね」

「お願いします」

「……」


 私の反応を見て、彼はムスッと苛立ちを表情に見せる。

 小さくため息をこぼした彼は、冷たい視線を向けて私に言い放つ。


「僕は始めから、君を愛してなどいなかったよ」

「……」

「この婚約は家同士が勝手に決めたものだ。正直苛立ちすらあった。どうして僕が、平民の血を引く君なんかと婚約しなくちゃいけないのかってね」


 そうでしょうね。

 私は知っていましたよ。

 あなたが私を見る目は、いつも笑顔の裏に苛立ちや見下す気持ちが宿っていた。

 なんども顔を合わせれば嫌でもわかってしまう。

 彼が最初から、私のことが嫌いだということくらい。

 その理由も、なんとなく予想はついていた。

 貴族は格式や地位を大事にする。

 元平民の母を持つ私を、純粋な貴族の令嬢として見てはくれないだろう。

 アルベルト様は呆れながら言う。


「まったく困ったものだよ。周囲の目もあるから無下にもできない。ただ、それも今日限りだ。君はまだ知らないよね? これから自分がどうなるのか」

「どうなる……というのは?」

「おっと、その話は僕からするべきじゃないだろうね。だから、紹介もかねて彼女に託そう」

「彼女?」


 彼はニヤリと笑みを浮かべる。

 部屋の扉に視線を向けると、彼は一言、入ってきていいよと言った。

 すると扉がガチャリと開く。

 ゆっくり、私の部屋に彼女は入ってくる。

 綺麗で華やかなドレスは、まるでパーティーにでも参加する前のようだった。


「ごきげんよう、お姉様」

「セリカ……」


 姿を見せたのは私の妹、セリカ・ブシーロ。

 歳は私の一つ下。

 容姿も、雰囲気も、年下だけど私よりも大人っぽくて貴族らしい。

 並べば明らかなほど似ていない。

 それは当然だろう。

 姉妹と言っても、私と彼女には一切血がつながっていないのだから。

 それでも彼女が姉と呼んでくれるのは、今日限りかもしれない。


「紹介するよ。彼女が僕の新しい婚約者だ」

「そういうことになっています。お話が遅れてしまってごめんなさい」


 謝りながらセリカは笑顔だった。

 隣で肩に手を回すアルベルト様も、にっこりと楽しそうだ。

 清々しいほどに、悪いなんて思っていない。

 むしろ二人の幸福を祝福しろと言われている気分だ。


「もちろん、お父様とお母様もご理解いただいております」

「僕たちの婚約は正式決定だ。君がどう思うか知らないけど、もうどうにもならないよ」

「……そうですか」


 別に、どうも思わない。

 二人は得意げに話しているし、私が驚き悲しむことを期待していたのかもしれない。

 けれど、私は驚かない。

 二人がそういう関係になっていることも、いずれこういう日が来ることも予想していた。

 そしてもう一つ……。

 人生における最大の転機が訪れていることも。


「話はこれで半分だ。もう一つ、君にとってはとても大きな報告がある」

「お姉様……」

「すまないね、セリカ。辛いだろうけど、君の口から伝えてくれないか?」

「……はい。それが妹としての、最後の務めですね」


 悲しんでいるフリをしながら、嘘の涙まで流す。

 相変わらずセリカは表情が上手い。

 彼女のことを知らない他人なら、その涙や悲しみの表情も本物だと勘違いしていただろう。

 私は、彼女の本質を知っているから誤魔化されないけれど。

 表では涙を流し、裏では笑みを浮かべている。

 それが彼女だ。


「お姉様……お父様とお母様から、言伝を預かっています」

「……」

「アルベルト様との婚約解消に伴い、お姉様をブシーロ伯爵家から除名する……そうです」

「除名……」


 家名を失う。

 要するに、家から追放されるという意味だった。

 セリカは悲しそうなフリをしながら、つらつらと言葉を漏らす。


「こんなことになってしまうなんて……思っていませんでした。お姉様は何も悪くありません。きっと……お父様とお母様も悲しんでいるはずです」

「僕もとても悲しいよ。君と長い付き合いだった。もう会うことすらなくなってしまうというのは、多少の寂しさを感じる」

「……」


 二人ともわざとらし過ぎて、一切悲しいなんて思えない。

 両親が悲しむ?

 自分たちが私を追い出す決定をしたのに、どうして悲しむことができるのだろう。

 セリカだって、私を姉と呼びたくないと内心では思っていたはずだ。

 アルベルト様が寂しいなんて思うはずもない。

 これからはセリカと一緒に、より堂々と仲良くできるはずだ。

 二人にとっても、ブシーロ家にとっても、この決定は喜ばしいことに違いない。

 悲観するのは私だけ?

 確かに少しは悲しいと思う。

 生まれてから十八年、今年で成人を迎えるまで過ごした場所を失う。

 感慨深さを感じずにはいられない。

 けれど、やっぱり私は驚かなかった。


「そうですか。わざわざ伝えに来てくれて、どうもありがとうございました!」

「――!」

「お姉……様?」

「二人とも、どうかお幸せになってください。お父さんとお母さんにも、今までありがとうと伝えてください」


 私は精一杯の笑顔で二人に感謝の気持ちを伝えた。

 そんな私を見て、逆に二人のほうが目を大きく開いて驚いていた。


「それじゃあ私は、これから荷造りをします。できるだけ早く終わらせるので安心してください」

「ま、待ってくれ」

「はい?」


 荷造りを始めようと動き出した私を、なぜかアルベルト様が引き留める。

 背を向けた私は、彼のほうへと振り戻る。

 二人とも、ひどく驚いた表情のまま私をぼーっと見つめていた。


「まだ何かありましたか?」

「……ど、どうして平然としていられるんだ?」

「お姉様は……家を、婚約者も失ったのですよ? なのにどうして……笑っていられるのですか?」


 二人は私を見て感じた疑問をストレートに聞いてきた。

 話は終わったはずなのに部屋に残り、そんな質問をしてくる。

 よほど予想外だったのだろう。

 私とは正反対に。

 私は小さくため息をこぼし、優しい笑顔を作って答える。


「だって、最初からわかっていましたから。こうなることは全部」

新作投稿しました!

タイトルは――


『姉の身代わりで縁談に参加した愚妹、お相手は変装した隣国の王子様でめでたく婚約しました……え、なんで?』


ページ下部にもリンクを用意してありますので、ぜひぜひ読んでみてください!

リンクから飛べない場合は、以下のアドレスをコピーしてください。


https://ncode.syosetu.com/n7004ie/

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作投稿してます! 下のURLをクリックしたら見られます

https://ncode.syosetu.com/n7004ie/

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

5/10発売予定です!
https://d2l33iqw5tfm1m.cloudfront.net/book_image/97845752462850000000/ISBN978-4-575-24628-5-main02.jpg?w=1000



5/19発売予定です!
https://m.media-amazon.com/images/I/71BgcZzmU6L.jpg
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ