〇〇ぴょい伝説?
「さぁ始まりました!総合学園グランプリ!!実況は僕、東山琳。解説は紫燕雷斗さんをお呼びしております!よろしくお願いします、雷斗先生」
「はい、よろしくお願いしますね」
いつの間にやら出来上がっている実況席で東山先生と雷斗さんのノリノリな挨拶でAグランドに生徒達の歓声が響いた。
東山先生はB組の教師だ。
はっきり言って小学生か、小人の大人と見間違える程小さいのだがれっきとした大人である。
年齢は流石にわからないが、この学園の教師になっているなら二十代半ばといったところだろう。
その姿のせいか生徒からは琳ちゃんと呼ばれているが本人も満更ではないらしい。
「それでは選手を紹介していきましょう!1番、凱王牙君!」
「獣人特有の身体能力の高さがウリですね。短い距離ならば彼に勝てる選手はいないでしょう。ただ、今回は1000m。彼のペース配分に注目ですね」
「なるほど、1000mという長さがネックになりそうです。続きまして2番、神崎カイジ君!」
「この中では魔術を持たない生徒ですが、彼ならば何かをしてくれるかもしれません。期待したいですね」
紹介されたカイが手を振っている。
なんでこいつこんなに気楽なんだ……
「さて、それで今回の大本命!!1番人気であろうことは揺るぎないか!?3番、ルーヴェ・エルフェリア君!!」
今まででも大きな(特に女子の)歓声が上がる。
うわー、すげぇな。カイが若干落ち込んでるじゃないか。
「この中では完全に上位でしょうね、貫禄すら感じてしまいます。彼の実力に関しては誰もが周知の事実でしょう。他の生徒がどうやって彼に対抗するのか、期待しましょう」
雷斗さんの折り紙付。流石だな、ルーヴェは。
「はい、個人的にも一押しの生徒です!」
気づけば遠山先生の手には小さなルーヴェ旗が握られている。用意がいいなぁ、おい。というか教師ならそこは思ってても隠しなさいよ!?
「さて、続きまして4番!赤間ソウスケ君!」
ようやく呼ばれた自分の名前。
さて、さっきまで客観的に全てを見ていたわけなのだが……残念ながらそうではない。
響く歓声、実況と解説、その声に耳を傾けながら
『俺はトラックで始まりの合図を待っていた』
……どうしてこうなった!?
この急な展開に追いつけていない?安心して欲しい、俺もだ。
どうしてこうなったか、それは少し前に遡る。
「我と勝負をせぬか?」
「え、やだ」
ルーヴェから勝負を申し込まれた俺だったのだが即答で断った。
こいつと勝負なんてしてられるか。ゲームならまだしもこのタイミングでそれはない。
身体測定の内容のどれかで勝負しようというんだろう。
無理無理、絶対に勝負にならないからね?勝負にならない勝負はただのいじめですよ。
統合学園の身体測定は魔術強化ありである。
今の現代社会において魔術で身体強化は当たり前になっているので基本的に魔術込みでの身体測定をすることになっている。
もちろん、魔術を使用できない人は魔術なしでの測定になるので自然と差が出てしまうのは仕方ないことだ。
……そういうので若干の差別意識が生まれているのも。
「即答か」
「当たり前だ」
こっちの返答はわかってたんだろう。苦笑気味にルーヴェが言う。
魔術に関しては2年生でトップクラスのルーヴェに俺が勝てるわけがない。
「ふむ、残念だ」
「ゲームなら相手になってやるよ」
「ふっ、我に勝てるか?」
「ゲームなら、な」
前々からやけに俺を過大評価すると思っていたが、ここまでとはなぁ。
例え俺が全力を出したところで、勝てるわけがないだろ。
勝てる見込みがあるものといえば強いて言うなら……1000m走か?スタミナと足には少々自信が……って、いやいや!何を考えている俺!
そんな話から結局勝負などせず身体測定は始まった。
種族ごとでも全く違う結果がでるが、同じ種族であっても魔術が使えるか使えないかで全く違う。
俺はというと魔術が使えない人の中では良い方の結果が出ているが、それでも魔術使用者と幻想人の生徒には程遠い。
「えーっと、次で最後ですかね」
「うん!1000mで終わりだねー」
「うへぇ、私もう疲れちゃったんですけどぉ」
ミコト達が和気藹々と話しているのを尻目に俺は改めてこの学年の魔術力を考えていた。
流石は総合科と言ったところ、魔術科に勝るとも劣らない実力者が多い。
トップはやはりルーヴェだろう。無駄なく自分の魔力を力に変換して使用している。
その次に続くのがCクラスの唯野模武、魔力適性はBクラスだが制御がうまい。
後は幻想人にも驚かされる。
凱王牙の身体能力は流石獣人というには高すぎる。身体能力だけなら学年トップは間違いないだろう。
こんな有能な生徒の中に俺はいるわけで、若干嫌にはなるが把握はしておくに越したことはないからな。
「そう言えばルーちゃんどこ行ったんだろ?」
「基本ソースケの近くにいるけど今いないね?」
こら、仁阿。あいつを俺の付属みたいに言うんじゃありません。
しかし、言われてみればついさっきまで近くにいたはずなんだが。カイも居なくなってるし。
「あ、向こうのほうにいますよ。雷斗先生のところ」
「リンちゃんもいるみたいだけど?」
お、本当だ。
雷斗さんの横に東山先生がいるとその小ささがさらに際立つな。
「なんかソウちゃんの方指さしてない?」
「え?」
本当だ。
俺の方を指差して何やら話している。嫌な予感しかしない。
「こっちに戻ってきましたよ」
「おーい、リンちゃん達と何話してたの?」
ミコトがルーヴェ達に聞くと2人は満面の笑みを見せた。
「ちょっと面白いことを、な。ルーヴェ!」
「ふっ、そうともさ。楽しみだな、ソウスケ」
………そして、今に至る。
どうしてこうなったぁ!!
俺はこいつらと競い合いたいわけじゃないんですがねぇ!?
勝てるとも思わないし。
「最後の生徒になります!5番、唯野模武くん!」
「この総合学科でも随一の魔術の腕前の持ち主です。彼の実力に期待しましょう」
ふむ、模武もいるのか。
計らずとも俺が注目していた生徒がみんな集まってしまった。
「ふっ、この私が出ることになろうとはな。しかし、この面々とこうして走れるのは嬉しい限りだ」
なんか急に模武が話し始めた。
「今こそ私の力を見せつけ、この学年で1番は誰かを分からせる。やってやるやってやるぞ!」
やる気十分ってわけね。
やれやれ、勝手にやってくれ。俺は俺のペースでやるからな。
「ソウちゃん頑張ってー!」
そんな俺の考えを乱す存在が1人。そんな大きい声で応援するんじゃありません。
「良いのか、ソウスケ。ミコトがああして言っているのだ。女性の期待には応えるのが男だと思うのだが」
「うるせぇよ。勝手にこんなことに巻き込みやがって。勝負はしないって言ったろ?」
「それならばそれで良いのではないか?しかし、ここにいる者は皆、本気だと思うぞ」
「そんはこと……」
ないだろ、とは言えなかった。
凱王牙もカイも模武もその顔は真剣そのものだ。
「好きにするが良い。私は、本気で行く」
ーーーほんの一瞬、身体が固まった。ルーヴェから一気に魔力の高まりを感じて恐怖すら覚えた。
それに呼応するように模武も魔力を高める。
この2人の間にいるのは……辛いな。
「では、合図は俺がやるゾォ!」
Cクラス担任の獣人であるウゾイッキオ先生が鼻を高々とあげる。ちなみに象の獣人だ。
はぁ、やれやれだ。やれやれだわ。
「位置についてー……」
まぁ、しかしなんだ。
「よーい……」
ここで自分の実力を測るのも悪くはないのかもな。
『ゼロ、リミッター限定解除』
『……レベルは?』
『聞いてたんだろう、なら分かるよな……レベル3だ』
『了解した。現段階でのリミッターを最大開放する』
その言葉とともに一気に体が軽くなったのを感じる。
さっきまでは全身に重りをつけられてるんじゃないかって感じだったからな。
さて、どのくらい出来るのか。
「どぉぉぉん!」
やってやろうじゃねぇか!
パオーンという鳴き声とともに一斉に走り出す。
「さて、ついに走り出した生徒達ですが、おおっとこれは!!凱王牙くん、ものすごい速さで一気に抜け出したー!!これはどうなんでしょう?」
「彼の瞬発力と足の速さは並外れたものがありますからね。スタミナに関しては大きな差でカバーしようというのでしょう」
いやいや、バカかあいつ。全速力じゃねぇか!?
既にかなり前の方にいる凱王牙、しかしそれに合わせていたら確実にスタミナが足りなくなる。
今の俺にとってラストスパートで勝負をかけるしか勝ち目はない。それはわかっているのか、カイも俺の横に並ぶように走っている。
ただ、一つ気がかりなのが……
「順位を見ていきましょう!まず先頭は凱王牙くん、かなり間が開いて唯野模武くん、そこから少し間があって赤間ソウスケくんと神崎カイジが並んでいる。そして1番人気であろうルーヴェ・エルフェリアくんはその後ろについています!これは予想外の展開だ!」
「ルーヴェくんには考えがあるのでしょうね、このまま終わる生徒ではありませんので」
ルーヴェが俺たちの後ろにきっちりついているということだ。
エルフは森の中で狩りをする種族と聞いている。
こうして背後からつかれているのはまるで獲物を狙い澄ます狩人そのものだ。
まさか獲物の気持ちになるとは思いもしなかったが、だが俺の考えは変わらない。
自分のペースで、他は関係ない。
「さてここまで残り順位は変わらず先頭の凱王牙くんは500mを過ぎようというところ!ただ目に見えて疲労が出ています!スピードもどんどん落ちていっていますね!」
「2位の模武くんがかなり頑張ってますからね。その差は150mと言ったところ。これから少しづつ距離が縮まっていっていきます。凱王牙くんがどれだけ耐えることができるのかが鍵でしょう」
残りの距離は700ぐらいか、そろそろペースを上げていく頃合いだ。
前の方は遥か前だがそれでも追いつける!
ふと横を見るとカイも同じ考えだったようだ。ペースが上がっている。
つまり、本気なんだな。
カイと目があってお互いに笑顔になった。さて、そうと分かればやりきってやるか!
「おっと、ここで先程まで動きがなかった最後尾、天崎カイジくんと赤間ソウスケくんもペースをあげてきたようだぁ!」
「魔術を使えない2人ですが身体能力は高い方です。それに唯野模武くんは凱王牙くんのペースに乱されて魔力も体力も消耗しているようですからね、まだまだわかりません」
周りを気にせず自分のペースを……
そう思っていた。
だが、それでも後ろを振り向きたくなる恐怖心のようなものに駆り立てられた。
その理由は分かっている。
俺達がペースを上げたのにも関わらず、全く俺達から離れず同じ距離を保っている存在。
ルーヴェ・エルフェリアだ。
こいつ、本気を出せば俺達なんか追い越せるだろ。
だってのになんでずっと俺達をつけてるんだ?このプレッシャー、重く冷たい感じ。
まさにハンターだな。
それでも、俺は本気でやると決めた。
ここで思った通りの力を発揮できないのは……
それは……ダメだ。
俺を応援してくれている人にも、勝負を挑んできたルーヴェにも、失礼だろ!
ペースを更に上げる。
熱くなるのはいい、だがなりすぎるのはダメだ。
熱く、されど冷静に。
現状を把握し、ペースを上げる。
あー、冷静になろうとすればするほど。
なんだな。
俺はなんでこんな真面目にやってんだってなるな。ルーヴェに乗せられたわけだが。
しかも無理矢理。
横には俺と同じようにペースを上げているカイがいる。
多分、というか絶対にこいつも共犯だよな、一緒にいたし。
ちくしょうめ。
「さーて、後方にいた3人のペースがどんどん上がっています!それとは比例して前方にいた2人のペースは落ちていっているようです!」
「本来ならばもっと差が開いていたか、凱王牙くんのペースに乱されてしまうでしょうが。冷静にペース配分し、距離を保っていた3人だからこその状態でしょうね。これは3人が2人を追い越すのも見えてきました」
「なるほど!残りの距離、凱王牙くんは200m。唯野模武くんは250m。その後ろ、赤間ソウスケくん達は300mとどんどん距離が縮まっています!」
胸の鼓動が早まる、息が荒くなる。
でも、まだ大丈夫だ。まだまだペースは上げられる。
こんなところで終わらない!
周りの音が聞こえる。
応援の声かなにかは分からない。
流石にそこまで意識をもっていけない。
今はただ、今はただ前を。前を向いて走る!
前にはもう模武の姿がある。
こいつは抜ける。
凱王牙までは距離があるが、それも抜ける。
あいつらはペースが落ちてる向こうからこっちに近づいてるようなもんだ。
問題は、この2人だ。
カイもルーヴェも全く変わらない。
結局こいつらとの勝負か、やれやれ……
「おおっと!先程まで後方にいた3人がここで模武くんを抜きにかかるぞ!」
「模武くんは苦しそうですね、完全にペースを乱されてしまったようです」
「さぁ、今模武くんを……抜いたぁ!!ついに3人が模武くんを抜きましたぁ!」
横目で唯野模武を見る。
正直、可哀想なくらいヘロヘロになってて言葉にならなかった。
これを記録に残すのは正直どうなんだってレベルだな。悪いけど、これは勝負だ。追い抜かせてもらう。
後は凱王牙だが、これも……
「そして、今凱王牙くんも……抜いた!これで先頭は一気に赤間ソウスケくん達の3人になったー!残りはもう50m、誰が前に出るのかぁ!」
ぐっ、心臓が破裂しそうだ!
熱が行き場を求めて口から吐き出る。それでも足りない。
それでも思いっきり足と手を動かせ!周りの視線は気にするな!今はただゴールだけを目指せ!
「んんんんあああぁぁぁぁ!!」
横に居たカイから叫び声にも聞こえる雄叫びが聞こえる。
俺との差が少し開いた。
あぁ……流石だな。
そう、思った。思ってしまった。だからなのか、一気に力が抜けた気がする。
これ以上は、もう無理かな。
もう、何も聞こえない。何も目に入らない。頑張った。ああ、頑張ったよな。
こんだけ頑張ったんだからもう、いいんじゃないか。
ーーちゃん!!
あぁ?なんだ、なにかが聞こえる。
ーーちゃん!!
聞き覚えがある。この声は……
「ソウちゃん!!頑張れぇ!!!」
ミコトの声だ。
何も聞こえなかったはずの音が聞こえる。
何も見えなかったはずの視界が一気に広がる。
力が抜けたはずの体に力が入る。
ーーまだ、終わってなかったな。
「うおぉぉぉぉ!!!」
腕も足はまだ動く。肺は空気を欲しているのに熱と共に吐き出す。
ゴールは目の前!負けてたまるかぁぁ!!
「最後のデットヒート!赤間ソウスケくんと神崎カイジくんはどちらも譲らない!!」
「……勝負アリですね」
「えっ?」
それは時が止まった感覚だった。そう、これは俺とカイだけの勝負ではなかった。
俺達は忘れていたのだ。
『後ろに潜んでいた狩人』を。
止まった時の中で一瞬風が吹いた気がした。そして、気がついた時には目の前に白銀の髪が靡いていた。
「ーーあっ」
「ーーなっ」
目の前にあったゴールが遮られ、白銀の髪はゴールのテープを切る。
「ゴーーーーール!!」
パオーンっと静まり返るグランドに虚しく響くウゾイッキオ先生の鳴き声。
「……ご、ゴールです!!1着は生徒達の予想通りか、1番人気だったルーヴェ・エルフェリアくんだー!!」
少し遅れて東山先生の実況が響いた後、グランドに歓声が鳴り始めた。
「ーーっつあ!!……はぁっはぁっ……」
スピードをゆっくりと緩めながらグランドを歩く。
カイはゴールと同時に横の方にぶっ倒れていた。
「……すぅー、ふぅ……」
ルーヴェも少し呼吸を戻すのに時間がかかったようだが一息で戻したようだ。
負けた、かぁ。
「ソウスケ、カイ。それが……そなた達の全力なのだな」
倒れ込んでいるカイと両手を膝につけている俺のところにルーヴェがきた。
肩で息をしているところを見ると完全には落ち着いていないみたいだな。
まぁ、こっちは喋ることすら辛いんだけど。
「はぁ……はぁ……まっ、まさか……最後で……」
カイがなんとか喋ろうとするが上手く喋れてない。
そりゃそうだ。俺は喋る気力すらない。
「2人とも、我が加減をした。とでも思っているのではないか?言っておくが加減は無しだ。そなた達を追い抜けるのならば追い抜いていた」
俺とカイが同時にルーヴェを見る。
どうやらカイも思ってたみたいだな。
「……ふっ、良き戦いであった。ぜひ次もやりたいものだ」
そう言って立ち去るルーヴェ。
え、マジで?俺達ってそんなに速かった?
カイと目を見合わせる。
それはつまるところ、なんだ。
俺達はとんでもないことをしてしまったということだ。