運命の赤い糸が見える魔法
ある日、神様はこの世界に生きる生物全員に一つの魔法を授けた。その魔法は『運命の赤い糸が見える』。魂と魂を繋ぎ、片方が死ぬその時まで決して切れることのない赤い糸。
その日から世界は変わった。目に見える景色に赤が映らない日はない。そして運命とはときに残酷なものである。運命の相手が人同士ならまだ良かっただろう。神は言った、『この世界に生きとし生けるもの全てに一つの魔法を授けよう』と。それ即ち、動物や魔物もその対象であるということだ。また、運命とは多種多様である。幸福を招く運命もあれば破滅への一途を辿る運命もある。幸福とは誰かの不幸の上に成り立つものだと誰かが言った。ヒトは誰しもが自分にとっていい方向に進みたいと想い願う種族である。それこそ、何をしても誰を殺しても…。
運命によって人は大きく3つに分かれた。酔狂派、過激派、平穏派、だ。酔狂派は運命を信じ、ただ相手を至高の存在とばかりに崇めるモノ。運命至上主義の彼らは時に己すらも捧げるという。過激派は運命を呪い、相手を忌むべき存在として殺すモノ。そうすれば赤い糸は二度と現れないのだから。平穏派はそれら以外のモノ。運命を気にせず、だが関わらないように避ける彼らは他の2つに比べれば賢いのかもしれない。だがその根底には逃げという脆さや弱さを兼ね備えている。だからこそ、転派するモノも少なくないという。
☆ ★ ☆
俺はレオン。各地を旅しながらソロのD級冒険者として一応活動している。因みに冒険者ランクは上からSABCDEの6階級ある。冒険者になりたての頃はパーティーを組んでいたが、諍いや喧嘩などが起きるたびウンザリしてたしD級に昇級したと同時に解散した。それからはパーティーに誘われても全部に断りを入れている。ソロは気楽だからいいものだ。
「よし、今日は街まで行くか。そろそろ野宿じゃなくてベットで休みてぇな」
マジックボックスに先程倒した魔物を入れ街に向かう。
街の冒険者組合に行き、いくつか素材を換金する。今夜泊まる宿を探しながら屋台で買い食いする。
受付嬢からは実力と階級が釣り合ってないと昇級の勧告をされたが上げるつもりはない。俺はクエストを受けないから達成数が足りない。旅して道中遭遇した魔物を倒して金にして生活してるんだから当然だろう。クエストなんて面倒いのはパーティーを組んでた当時しか受けていない。
広場で運命同士が言い争いをしているのを冷めた目で見る。
「運命なんてクソッタレたもんに縛られるなんて絶対嫌だね」
俺は24年間でいくつもの運命の成れの果てを見てきた。ある者は魔物に喰われ、またある者は金遣いの荒い相手に豪遊され働きすぎて過労死したりとろくでもない終わりを迎えた奴らを冷めた目で見てきた。なかには幸せに暮らしている奴もいるみたいだがな。俺には何故そこまで運命に拘るのか理解できない。こんなクソみたいな魔法、呪いと変わりないだろ。
「明日はどの方角に進むか。西の方に海に面している街があるんだっけか」
海鮮料理に想いを馳せながらベットに沈む。この選択がまさかあんなことになるとは露ほどにも思っていないレオンはぐっすりスヤスヤ眠りについた。
☆ ★ ☆
「やっと見つけました!僕の運命!!」
「あ?」
西の街へと移動している道中、森で昼飯の準備をしていたところ、急に現れた男が放ったのが先程の言葉である。
「君が僕の運命の相手ですね。僕はジウサード。ジウと呼んでください。君の名前は?」
そう尋ねられ、俺は…逃げた。
(無理無理無理!運命の相手とは巫山戯んな!しかもあの感じ、酔狂派のヤツじゃねぇか!?)
そりゃもう全力で逃げた。身体強化を全開に掛け、風魔法でさらに速度を速めた。レオンの全力疾走で駆ける速さは馬や狼よりも断然速い。その速さで半日も駆け逃げた。
「ッハァー、ゼーハー。…ここまで来りゃ、追いつけねーだろ。っあー、無駄に魔力使った」
手を膝につけ呼吸を整える。
男に遭遇したのが昼前、今は夜の帳はとっくに下り、満月が大地を明るく照らす夜も遅い頃合いだ。
「街に寄るのはやめて何処かもっと遠くの方へ行かねぇと。さっさと寝て早朝には此処を出るか…」
そのとき、背中に何か重みを感じた。
「捕まえました。ふふ、追いかけっこはもう終わりですか?」
「ひっ」
ギギギっとブリキが如く首を動かし振り向く。そこには先程、もう半日前か、いた男がのしかかっていた。
「どうして…ここに」
「忘れました?僕らは赤い糸で繋がってるんですよ」
「違うっ!俺は全速力で半日も走ったんだぞ」
「ああ、速かったですね。スゴイスゴイ」
そう言って頭を撫でてくる。その手を払い、男と距離をとる。疲労と追いつかれたことのショックと子供扱いされたイラつきで感情的になる。
「俺は運命なんて信じてねえ。お前なんか知らない」
「酷いですね。せっかく会えましたのに」
「会いたくなんかなかったさ」
「どうして?」
「どうしてって…」
「何が怖いんです?何が不安ですか?幸せになること?不幸になること?それとも…運命に出会って自分が変わってしまうこと?」
「っ俺は!一人でいたいんだ。誰かに縛られる人生なんて御免だ」
「では安心してください。僕は君を縛りません。やりたいことはやればいいし好きな人がいるなら恋愛したって構いません」
「は?」
「僕は君を愛するけれど、君に愛を求めているわけではありません。ただ君を見ていたいだけ。それだけです。付き纏いますけど邪魔はしません。君は、僕をただ側にいることを許すだけでいいんです。ね、簡単でしょう?」
そう笑顔でほざく男は正しく狂っているのだろう。
(言ってる内容が理解出来ねえ。頭イカれてんのか?なんでそこまで執着するんだ?意味わからねえ)
「疑問は解消しました?ではそろそろ君の名前を教えてください。名前を呼ばせてください」
「…仲良くする気はない」
「つれないですね。名前ぐらい教えてくれたっていいではないですか。…それともこういうことがお望みなら僕は別に吝かではないですけど?」
妖艶に微笑んで俺の頬に手を添える。怖気着いたわけではない、威圧されたわけでもない。なのに、なぜか体が動かない。頭の中は絶えず警報の音がけたたましく鳴り響いているのに、体がいうことを聞かない。
顔がどんどん近づいて…これ以上は、駄目だ。
「…っレオン」
「そう、レオン、レオンですか。いい名前ですね」
名前を聞いて満足したのか離れていく。どれだけ緊張していたのか、無意識に安堵の息を吐く。
「もういい、疲れた。寝る」
「もう寝るんですか?いいですよ、寝ずの番してあげますから安心してぐっすりお眠り下さい」
肉体的にも精神的にも限界を迎えた俺は、諸悪の根源である男を一瞥だにせず近くの木にもたれ掛かり眠った。
「ふふ、可愛いですね。おやすみなさいレオン、いい夢を」
近くに寄ってそう呟いたジウの声は、既に眠りについたレオンには届かなかった。
☆ ★ ☆
「んっ…ん〜。…んあ?……っうわ!」
目が覚めたら男の顔がドアップとかないだろ。勘弁してくれ。何を思って俺の真ん前にしゃがんで両手で頬杖ついてそんな幸せそうな顔してるんだ。こっちはお前のせいで寝起き最悪だってのに。
「おはようございますレオン。いい朝ですね」
最後にハートがつきそうな声を出すな、気持ち悪い。
「お腹空いてませんか?ご飯作りましたが食べますか?食べさせて欲しいですか?あーんして食べさせてあげますよ」
「…自分で食う」
「そうですか?ではこちらに来てください。ああ、食べれないものはありますか?」
「ない」
渡されたのはスープと肉を挟んだパンだった。男が食べたのを確認してから口に入れる。
「…旨い」
「良かったです。沢山作りましたからおかわりもありますよ」
旨い飯を食って絆されたわけじゃあない。断じて違う。
「じゃあ俺、もう行くから」
そう言って立ち上がり、歩き出す。
歩き出した俺に合わせて男がついてくる。
「「…」」
「なんでついてくんだよ」
「それはもちろん、レオンと一緒にいたいからですよ」
「俺は独りがいいんだ。ついてくんな」
「邪魔はしませんよ」
「存在が邪魔」
「それは仕方がないですね。諦めてください」
只管にウゼェ。このまま何処までも着いてきそうだし、もういっそ、殺るか。
素早くマジックボックスから愛用の鎌を取り出し、振り向きざまに鎌を振るう。完全に不意打ちを狙った攻撃。殺ったと思った。なのに、笑みを崩さずに剣で受け止めた。身体強化を使っているのに、動かない。
「ちっ」
立て直そうと後方に飛んだ。瞬間、腕を取られる。
「っが!?」
「こんな手荒な真似、本当はしたくありませんけどね」
体が動かない…。
「何、した」
「僕の得意魔法が雷でしてね。体を麻痺させましたから暫くは動けませんよ」
「…」
実力は相手の方が上。まるで手も足も出ない。それでも抵抗とばかりにギロリと睨みつける。
「そんな顔はしないでください。誘われてるって勘違いしそうになります」
「変態が」
ふうって肩を落とすな。やれやれって態度を出すな。如何にも愉しいって顔は隠せ、恐い。
「僕たちには一つやるべきことがありますね。なんだと思います?」
「今すぐ離れることだろ。俺は別大陸に移る」
「僕たちは出会ったばかりでお互いのことを知りません。近くにログハウスを見つけましたからそこで語り合いましょう。今受けているクエストはありませんか?大丈夫です、時間は沢山ありますから、食事も僕が用意しますよ」
「っ話しを聞け!!」
「聞きますよ、後でたっぷりと。さあ、行きましょうか」
「は?ちょっ、待っ」
なにが哀しくて男に、よりにもよってコイツなんかに横抱きされなきゃなんねぇんだ。
「大人しくしていてくださいね。ああ、怖いのならしがみついていていいですよ」
「降ろせっ」
痺れが治ってきた。手足を動かし藻掻き暴れる。客観的に見るとなんとも情けない姿なのだが、男のプライドを傷つけられているレオンは必死だった。
「降ろせ、っ離せ!自分で歩け…っん、〜〜〜」
「ほらほら、暴れないでください。すぐに着きますから」
コイツ口を…。しかもベロまで入れやがった。ホント、なんでこんなことに…。
☆ ★ ☆
「いつまで愚図愚図してるんですか。口を尖らせて、キスを強請っているんですか?」
眉を寄せて顔を顰める。それでも目の前に座る男の態度も表情も変わらない。
結局男に抱えられて少し古びたのログハウスまで運ばれた。今は机を挟んで椅子に腰を掛けている。机の上には紅茶が置かれている。もちろん、この男が用意したものだ。
「さて、改めて自己紹介をしましょう。僕はジウサード。S級冒険者です」
「S級!?」
「2年前にスタンピードが起きたの知っていますか?当時、A級のパーティーを組んでいてそのときに昇級しました」
スタンピードは知ってる。俺は別大陸にいたから参加してないけど話しは聞いたことある。多くの騎士兵士冒険者が力を合わせて魔物を討伐し国を守った。代償に被害も莫大だったようだが。
「次はレオンの番ですよ」
「…レオン。D級冒険者」
「D級ですか?あの強さならB級、いやA級でもやっていけると思いますが」
「クエストは受けていない」
「では僕と組んで昇級しますか?」
「しなくていい」
「そうですか?」
「クエスト受けなくても魔物倒せば金が手に入る」
「まあ、それはそうですね」
その後も語らい、食事をし、実に一日男と、ジウとともにログハウスに滞在した。
☆ ★ ☆
それから、レオンの側にはジウがおり、行動を共にした。
レオンは諦めず、ジウが指名クエストでレオンの側を離れた隙に遠くに逃げては捕まったり、油断をついては不意打ちを喰らわすなど抵抗を続けた。抵抗する度に少し話し合いをしたそうだが。
基本、ジウは最初に宣言した通りレオンの側にいるだけで何事もなければ指の一本も触れることはなかった。
数年も経てば流石にレオンも諦め、ジウを便利な道具として扱うことにしたとか。