第4話 腕
佐倉雪は、早くなる心臓の鼓動を感じながら、すでに暗くなった街角を走っている。
遠くで爆音が鳴り響いたり、竜巻のような黒いものが蠢いていたりと、あそこに近寄ってはだめだというメッセージが心に飛び込んできた。
「やばいやばいやばいって…!遠くで誰か戦ってるわ変な人に追われるわ、人生ってこんな大変なものなのかねぇ…」
と言ったその直後。
ガギンッ!!!という音が、佐倉の隣にある信号機を貫いた。
(もう来たの─────!?)
かなり距離を離していたはずなのだが…。
(いや、違う。きっとこれは遠距離攻撃────!!)
さっきと攻撃パターンが違う事に気づいたのだが、そんな事に気づいてもこの状況は変わらない。距離を離しても遠距離から攻撃され、逆に離さなすぎてもすぐ追いつかれる。
(どうすれば…ッ!)
取り敢えずどこかに隠れるしかないと思い、身体の向きを進行方向に合わせた瞬間。
キュイィィィン!!!という甲高い音が鳴ったと思うと、目の前にはスーツを着た男が立っていた。右手には剣を携えていて、それはパッと見全長2メートル程あった。
『………』
遠くで鳴る轟音以外の音はほとんどすべて消え去った。
と、その時。
男は、青色に発光した剣を横に振った。その刀身からは、青く蠢く粒子が放出された。
「ッ!!」
佐倉は、反射的に右手を前に突き出してしまった。
(やば…ッ!!)
右手を引っ込めようとしたが、その行動をとる時間はもう無かった。
ギィィィィン!!!と、右手の掌から音が鳴った。
恐る恐る目を右手に向けてみると、その右手には、紅く淡い光を纏った剣が握られていた。
『"レーヴァテイン"、か』
ドゥン!!!!と、不可解な重々しい音が鳴った。
「か…、あ…!?」
そして、佐倉の腹を鈍器のように固くなった空気が貫いた。
『だが、私の剣には及ばないようだ』
男は一歩も動いていない。
ただ、剣を緩やかに動かしただけ。
地面に背をついたまま、佐倉は男を見つめていた。
動かない身体を動かそうと、必死になるが、ダメだった。指一本も動かせなかった。
『終わりだ』
男が、あの位置から剣を動かそうとした瞬間。
《pキkャァcァァaァァァァ!!!!》
どこかから、声にならない声が、街中に響き渡った。
雪。
あの男がいた位置に、力強い吹雪が吹き渡った。
※
「──────記憶喪失が、二回目…?」
初雪は告げられた事が本当の事だと、安易に信じることができなかった。
「ああ、間違いない」
俺は、
俺は何者なんだ。
どこの誰なんだ?
何をしていた?
俺は────────
……そこで、あることに疑問を持った。
「あの…なんで、なんでそんなことまでわかるんですか…?」
「?」
「なんでその『特定の何か』というのが非現実的なものだとわかるんですか?さすがに医者でも、そんなことまではわからないはず…!」
すると男は少し笑みを浮かべ、
「僕をなめてもらっちゃ困るな」
「ッ!?」
「ここで初めてカミングアウトするのだけれどねぇ。僕はね、魔─────────
ガチャッギギギギギィ!!!!という機械的な音に、男の声は打ち消された。
それと同時に、初雪の体は窓を突き破り、外へと放り出された。
「う、うわあぁぁぁぁぁ!!!!」
悲鳴を出しながら落下していると、あることに気づいた。
(街が…ッ!!)
この東京という街が、何故か崩壊していた。
そんなことはまだどうでもいい。
地面に叩きつけられる前になんとかッ!!
…と思ったが、できることは何もない。記憶喪失前の俺ならなんとかできたかもしれないが、生憎今の俺はなんにも持っていないただの人間。もうここで死を待つしかないのだ。
ドチャッ!!!!と。
体はアスファルトの地面に叩きつけられた。
「ぎ、が…」
体中が痛みという次元を超えて悲鳴をあげている。
だが、叩きつけられたはずの右手だけは、痛みを感じることなんてなかった。
身体から流れる血が、その右手に触れた瞬間────
不可思議で重々しい音が鳴った。
その音が鳴り終わるまで、体中の痛みがどんどんひいていき、砕け散った骨が再生するような感覚に襲われた。いや、感覚などではない、本当に再生していたんだ。
『────南條初雪』
突然、名を呼ばれた。それも、女性の声で。
「私の名前は『彼方 妙』お前を殺す者だ。初雪」
セブンス…コード?
「な、にを言ってやがる…ッ!!」
初雪はその場から立ち上がり、拳をギュッと握った。
「そのままだ。私はお前を殺す。この、【虚軸『赤黒神』】という私の愛刀でな」
「知らねぇよ」
その言葉が始まりだった。
彼方妙が2本ある内の1本を鞘から取り出し、それをこちらに向けて構えた。
「吹き荒れろ『赤黒神』ッ!!!!」
その言葉を唱えた瞬間、その剣が眩い漆黒を纏った。
「ッ!!」
いつの間にか、彼方妙は視界から消えていた。
リリリリリリリッ!!!!と、甲高い音を出しながら左方向から何かが向かってくる。
それは、漆黒を纏った刀身だった。
速い。
避けられるか微妙な速さであり、
「おおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」
咆哮。
刀身から目を離さず、上半身を後ろに動かすようにして攻撃を避けることができた。
そして、1つ気づいた事がある。
刀身が通った後、ほんの一瞬だけ、そこの空気が消える。
(なんだこれ、空気を消す力を持った刀なのかッ!?)
「お前は今こう思っただろう。『この刀は、空気を消す力を持った刀なのか』とね」
彼方妙は、刀の刀身を愛でるようにしてなぞりながら、
「あながち間違ってはいない。が、この刀の能力はそれだけじゃ留まらない」
「この刀の能力は、大きく2つある。『触れた物質、物体をこの世界から消す』能力。そしてもう一つは、『空気を圧縮して放つ』能力だ」
俺を外に放り出したのは後者の方か。
「そうかよ」
短い言葉を放ち、全速力で敵の方へと駆け出した。
「警戒心が足りないな」
刀を左から右へと動かすと、その刀身から歪んだ見えない何かが飛び出した。
(これならッ!!!)
スライディングで見えない何かの下を潜り抜けると、そこには、もう一つ、ゆっくりと進んでくる見えない何かがあった。
ブレーキをかけて止まろうとするが、そんな急には止まれず─────
見えない何かに、激突した。
「か…、ッは!!!」
鋭い空気に腹を裂かれ、後方に飛ばされた。
ごぽごぽと音をたてて、腹部から赤黒い血液が流れだす。焼けるような痛みで、悶絶しているのが、ヤツからは面白く見えるのだろうか。
「痛いか、セブンスコード」
右手を腹に当て、血が流れるのを止めようとした瞬間─────
再度、不可思議で重々しい音が鳴った。
どんどん痛みが消えていき、傷跡もすべて消え去った。
「変な右手だな」
そして、初雪はまた立ち上がった。
「面倒くさい。その右手、葬り去ってやるか」
すると、刀の刀身がまたしても漆黒と同化した。
リンッ!!と、そのさり気ない音が鳴った。
その音が鳴った直後、右手の感覚が全て途切れた。
「え」
何が起きたかわからなかった。
ただ、その刀身が右手に軽く触れただけ。
なのに、
ジジジジジと、焼けるような音が右肩から鳴った。
ドグッと、何かが右肩から放出された。
同時に、
右眼があり得ないほどの悲鳴をあげた。
その眼から、熱いものが流れた。その流れたものは、涙なんてものではなく、もっと悲劇的で絶望的な何かだった。
「あ、あ…ッぎぎがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
眼が赤を噴出した。
視覚能力を潰し、ある『何か』を噴出させたのだ。
その『何か』は、右頬を伝って、右肩から放出されている赤黒い血の塊のようなものにまとわりついた。
そして形作られたのは1つの巨大な右手だった。
肉が剥き出しで、その腕は、筋肉と血液を抜き取ったようなカタチをしていた。
「な…んだ、?」
彼方妙は、目を丸くして、初雪から出ている『何か』を傍観していた。
「なにかわからないが、消し去ってやる…ッ!!」
2つの刀を『何か』に向かって構え、『何か』に斬りかかった。
グチュァァッ!!!!と、肉と骨を潰す音がした。
「が…、は…ッ!?」
彼方妙の下半身は、全て毟り取られていた。その『何か』によって。
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