第3話 天使の落下(エンジェル=フォール)
「少年」
突然名前(?)を呼ばれた。
「今日、『天使の落下』が決行される」
「え、えんじぇる…」
言葉の意味がわからない初雪を無視して続けた。
「世界を終わりに導きたくないのなら、そいつに手を出してみろ」
「勝てば存続」シャーロットは後ろを向き、「負ければ滅亡、だ」
荷が重すぎる。
どうしてただの高校生がこんなことしなくちゃいけないんだ。
どうして俺は、能力を手にしてしまったんだ。
そう思っているのが表情から読み取れたらしい、シャーロットは目を尖らせ、こう言った。
「お前の代わりはあと6人いるからな。だが、日本にはお前除けば、二人目の落第生と、優等生しかいないぞ…まぁ、優等生とは言っても、戦力になるかはわからないがな」
「ちなみに、その落第生というのは───」
少しの間を開けて言った
「お前のよく知っている人物だ」
その声が聞こえた瞬間、この世界が音を立てて消滅した。
世界とは言っても、地球のことではない。
グレムリンと戦ったこの場所が消滅したのだ。
そして、消滅したのに気づいたときには、もう自宅のベッドの上に座っていた。
夢…ではないようだ。
Tシャツの腹の部分に目を向けてみると、そこは黒く焦げていた。
なぜかはわからないが、疲労も無くなっていた。
すると、あの言葉が頭の中に浮かんできた。
「『天使の落下』…」
無意識に目が、ベランダにつづく窓へと動き出す。
そしてそれにつられ、身体も動き出した。
まだ太陽は登ってきておらず、多量の星が漆黒を隠していた。
初雪は、夜空の中に"あるもの"が落ちてきていることに気づいた。
それについては、心当たりが一つしかなかった。
そう、あれこそが、
『天使の落下』なのだった。
夜空の中に、ヒト型の何かが落ちてきていた。
その"ヒト型"は、言葉にならない言葉を出しつつ、地に向かって垂直降下してきている。
背中には、雪のようにギラギラと光を放っている真っ白な翼がついていた。
風切り音を出しながら、交差点のど真ん中へと向かっていく。
何度も言葉のようなものを発しながら、止まることなく、落ちていった。
『oyげqhあq』
「はぁっ…、はっ…はぁっ…!」
"ヒト型"の落下地点を予測しながら、その落ちるであろう場所に走っていく。
予測した場所は、渋谷スクランブル交差点。
ここからそう離れてはいない。
走ればすぐ着くはずだ。
…と、思っていたのだが、予想もできないことが突然起こった。
それは─────
「軌道が、変わった…!?」
軌道が変わった。
今まで垂直降下だったはずが、急に進路を変更し、こちらへ向かってきた。
いつの間にか、指先のように扱えるようになったサイコキネシスを使って、自分をヒト型の方に投げ飛ばす。
「おおおおおおおお!!!!!」
叫びながら、拳を後ろへ引き、
かなりのスピードで目の前まで来たヒト型を、ぶん殴った。
────はずだった。
手応えが無い。
確かに頭を捉えていたはずなのだが。
「外したかッ!!!」
ヤツのスピードじゃ避けるのも簡単だったのだろう。
「どこだ…!!」
ビルの間を飛びながら、初雪は敵を捜索し始める。
いくらサイコキネシスが扱えるようになったとは言っても、やっぱり自分を持つとなるとかなりの力がいる。
その時、白い翼を生やしたヒト型が、こちらへ近づいて来ているのが見えた。
そしてその羽を、こちらに突き出してきた。
「…ッ!」
間一髪のところで避けたが、白い翼が纏っていた鋭い空気が横腹を掠め、そこから血が流れ出た。
初雪はビルの屋上へ着地する。
その着地と同時に、目の前のヒト型は、ぴくりとも動かなくなった。
すると、突然、声にならない声をあげた。
『amtegthngあtqmiwiup消nkgp』
頭にキーンと響く音が鳴り響いた瞬間、地が崩壊し始めた。
「なッ…!!」
サイコキネシスで、崩れ落ちたビルの残骸達を持ち上げ、ヤツにぶつけようとするが、何故かサイコキネシスを使うことができなかった。
(もしかして、この量の物は持ち上げられねぇってのか────!?)
ならもう自分を持ち上げてここから逃げるしかない、そう思っていたのだが、
「使えねぇ…!?」
何度も何度もサイコキネシスを発動させようとするのだが、何故だろうか、全く使えない。
「落ち─────
その言葉を言い切る前に、初雪は地面に向かって落下していった。
(嘘だろ、こんな、こんな終わり方ありかよ…)
ゆっくりと時が進んでいくに連れて、地面に叩きつけられるまでの時間が短くなっていく。
ヒト型は、こちらを向いて、ただ落ちていく初雪を眺めているだけだった。
掌をヒト型に向け、届くはずもない掌を、ギュッと握った。
ずずずず、と。
地面が削れる音がした。
ビュォォォォ、と。
烈風が近づいてくる音がした。
「……ッ!!」
ヒト型に向かって、黒い烈風が進んでいくのが見えた。
そしてその烈風の近くには、初雪と同い年か一つ下かの、黒髪の少年が浮遊していた。
黒髪の少年は、数十メートル離れている初雪に、手を翳した。
すると、強烈な眠気が襲いかかって来ると同時に、初雪の意識は途切れた。
「よォ、天使さんよぉ?久方ぶりだな」
烈風を打ち消した天使は、少年と同じ高さまで降下すると、青い燐光を纏った。
『─────るっせぇな、傍観者』
燐光から出てきたのは、銀髪の少女だった。
「見事に天使の落下を止められてンじゃねェか」
『止められたんじゃない、止めたんだ。落第生を殺るためにな』
「あンなやつ殺しても、なンの得にもならねェだろォが」
銀髪の少女は、憎むような顔をトリスタンに向けて言った。
『"イシュメール"のファーストプランに移行するにはこれが一番手っ取り早いんだよ。落第生共は私にとって経験値でしかねぇんだ』
「そうかよ。そンなに力を持って何をする気だァ?どォーせ世界征服とか考えてンじゃねェだろうな」
『お前には関係ないことだ。クソ野郎』
その言葉を言い終わるとともに、二人は動き出した。
数十メートル伸ばした白い羽から、青い粒子が放出された。
トリスタンの掌に当たる直前、ゴゴゴゴという音とともに、粒子が砕け散った。
「ナメてんのかァ?」
『…逆だ』
すると、砕け散った粒子がもう一度まとまり、傍観者の目の前で爆発した。
「が、ッ!!」
ビルの側面を突き破り、室内へ飛ばされた。
(ありえねぇベクトル数だ…野郎、学習してきてやがる)
すると、白い翼がこちらへ伸びてきた。それを避けると、後ろのコピー機に白い翼が突き刺さり、爆発した。
急ぎ走って、反対側の大窓のガラスを割り、外に出た。
予想通り先回りをされていたので、真下に烈風を起こして身体を上空に飛ばした。
『攻撃しねぇのかよ』
「さあな」
追ってきた白い翼を避けながら、相手のベクトル数の解析を行う。
そして、ベクトルを詰め込みまくった烈風を少女にぶつける。
白い翼で自身を包み込んで烈風を防ぐ少女だったが、ベクトル量に負けて少し後ろに飛ばされていた。
『んだよそれ…!なんでダメージのある攻撃をしねぇんだよ!!!』
その言葉を無視して、攻撃を避けていく。
白い翼の攻撃を掌で受け止める寸前、掌から出た超音波のようなものが、白い翼の攻撃力を中和し、跳ね返す。
なのだが、
ゴンッ!!!と、鈍器で殴られたような感覚が腹に走った。
それと同時に、建物の上にあるタンクに衝突し、水とともに外へ出る。
「ァ、が…ッ」
突然身体の上に乗られたような重さが来た。そしてその重さに耐えきれず、そのまま落下していった。
道路に倒れた傍観者を見ながら、無様なものを見る様な目でこう言った。
『なんなんだ、なんなんだよお前!何がしたいんだ、私を止める気があるのか無いのかはっきりしろ!!この───
そう言おうとした瞬間
『な、ッ…!!!』
地に身体が吸い込まれて行き、下半身が完全に埋まりきった。そこへ傍観者が歩み寄って来る。
『何、…しやがった!』
傍観者は呆れた顔をして、
「何の為にベクトル方向と量の解析をしたと思ってンだァ?それさえ分かればこんなこともできるってのによ」
その言葉を最後に、少女の意識は途切れた。
白い天井の部屋で目が覚めた。
左手側には窓があり、右手側には網に包まれた果物と、白衣を身に纏った男性が立っていた。
その男は、驚いたように目を開き、優しい口調で喋りだした。
「身体は大丈───
と、ここで言葉を切って、
「…ああ、うん。大丈夫じゃないね」
何が大丈夫ではないのか、そう聞いてみると、男はこう答えた。
「…脳にダメージを負ってしまったみたいで、記憶が飛んでいたり────…するかもしれないね」
「な…ッ!」
「ああ、落ち着いて。いや、落ち着いてられないか、まぁ取り敢えず、どうして脳にダメージを負ってしまったかを調べさせてもらったんだけど…」
不思議そうな顔をしてこう続けた。
「無理矢理脳に、『ある特定のもの』を破壊する大きな周波を流し込まれたみたいで」
「何を破壊されたのかはわからないけど、それほど大きな周波を流し込まないと壊れないものなんだとしたら、破壊されるのに伴って脳にダメージを受けるというのも納得がいく…よね?しかもその破壊されたものっていうのは、どうも非現実的なものらしくてね」
「今は完全な記憶喪失だけど、一気に記憶を飛ばされたわけじゃないらしくて、徐々に時間をかけて記憶が無くなってったらしいね。ただ、その『ある特定のもの』っていうのは一気に無くなった。つまり、本来は『ある特定のもの』を壊す周波なんだけど、その副作用が、『記憶を破壊する』というものなんだろうと思うよ」
よくわからないが、一つ気になることがあったので聞いてみることにした。
「記憶喪失って言っても、俺…、いや、僕?…俺、カレンダーの数字も読めるしそこにある果物がなにかもわかるんですけど」
すると、男は少し考え言った。
「『記憶を破壊する』だけなんだとしたら、知識はまだ生きている筈だからね」
「あー、それと…多分、なんだけど」
「"もしかしたら君、2回目の記憶喪失かもしれない"」
3話です。
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